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その後 side イヴ
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イヴ=グランティーノはカシミールと結婚してから、愛想笑いをすることが無くなった。
グランティーノ家に居ることが多く、愛想笑いをする必要の無い環境であったことが1番の理由である。
イヴは、仕事を無断欠勤したせいで王立騎士団の経理部に戻ることは出来なかった。
カシミールは「いくらでも家に居てくれて構わない。やりたいことがあればやっていいし、自由にしていい」と言うが、趣味がないイヴは、何をしていいのか分からずボーッとしたり、本を読んで過ごしたりしていた。
けれど、暇すぎてやっぱり仕事をしようと思い、就活することにした。
「それで、私のところに来たのかい?」
「はい、治療院で雇ってくれないかなぁ……と思いまして」
イヴの兄、レイリーは治療院で最も優秀な治癒師である。
レイリーは、切り傷なんかはもちろん、内臓再建や骨折治療、全身やけどなんかも治療することが出来るほどの強い治癒の力を持っている。
レイリーが所属するこの治療院では、レイリーは『神の手』と呼ばれるほどの実力を持つ。
「それなら、ここで治癒をするといい。患者は割り振るし、イヴが働いてくれるなら後遺症関係のクレームも減るだろう」
レイリーが『神の手』ならば、イヴは不本意ながらも『天使の手』と呼ばれている。
レイリーが外傷を得意とする治癒に対し、イヴはもっと内側の原因不明の頭痛や腰痛、関節痛、幻肢痛など視覚では感知できない治癒をすることが出来る。
レイリーはイヴが治療院で働くことを歓迎してくれているようだった。
「ただし、旦那さんとよく相談してね」
「え? でも自由にしていいって言われて……」
「要相談で」
「……はい」
レイリーが強めの口調で押してくる。
イヴはとりあえず一旦家に帰ってレイリーの言う通り、カシミールに相談することにした。
カシミールが騎士団から帰ってきて一息ついた所で、治療院で働きたい旨を伝えた。
「……なので、兄様の所で働こうと思っ」
「却下だ」
「えっ」
まさかダメと言われると思っていなかったので予想外の返答に驚く。
しかもカシミールは食い気味に却下をする。
「ど、どうしてです?」
「……どうしてもだ」
「それは……理由にならないです」
カシミールはあまり言いたくなさそうなオーラを出していた。
けれどイヴだって、時間だけが浪費されていくこの環境に身を置くことは嫌なのだ。
ただでさえ辺境では、いつも追われるように仕事をしていたのに、それがぱったりとなくなってしまったのだ。出来れば働きたい。
「君の治療は、直接触れるだろう」
「? ええ、そうですね。触らないと治療出来ないです」
「…やはり却下だ」
「えっ」
「君の自覚が足りてない、そんな状態では行かせられない」
自覚とは。
イヴには疑問符が頭に飛び交っていた。カシミールにだって頭痛を治すとき直接頭部に触れて治療しているから分かっているはずだ。どうして今更そんなことを言うのかイヴは分からなかった。
イヴが理解しかねている顔をするとカシミールはため息をついた。
「とにかく、治療以外の仕事にしてくれ。治療院だって事務はあるだろう」
「あ、あると思いますけどでも」
「治療以外なら許可する」
「ええぇ……」
イヴはさっぱりどうして却下されているのか分からないが、仕方なくそれをレイリーに伝えると「やっぱりね。事務も人が足りてないって言ってたから、そっちで働きなさい」と言われた。
やっぱりとは。
そうして、ようやくイヴは労働を再開することが出来た。
治療院の事務では得意とする経理の方へ回されたので仕事は何日か経てばそこそこ覚えた。
レイリーの兄弟ということで、人間関係が複雑になるかも懸念したが、事務方は皆穏やかな人達ばかりで優しかった。
「イヴさん、あの……」
事務の同僚が言いにくそうに声をかけてきた。普段は普通に会話する仲であるのに、何故遠慮しているのか疑問で首をひねった。
「? どうしました?」
「…イヴさんがこの治療院に居ることが知られてるようで……」
「え? …最小限の人にしかここで働いている事を伝えてないんですが……あ」
イヴには心当たりがあった。
この間、転んだ怪我の所が治療後も痛いと子供が大泣きしており、親がほとほと困っていたところに廊下で出くわしたのだ。
子供に「もう痛くないようにおまじないしてあげるね」と言いながら、イヴは治療後の怪我の部分にガーゼの上から優しく触れて、治癒の力を使って痛みを軽減させた。
子供は最初怖がっていたが、本当に痛みが消えたことで涙を止めて、笑顔で帰って行った。
この出来事は、治療待ちの待合室兼、廊下で行われており、患者が何人か居たのだ。
「それで…侯爵家の息子が『天使の手』に会わせろと……」
「ど、どうしてです」
「前にここで一度治療を受けているんですよ。腕に結構な怪我をして。その治療はもう終わっているんですが……どうやら後遺症?なのか痛みが消えないらしくて」
「ああ、なるほど」
後遺症で困っている患者は結構な人数がいる。 治療院を通い続けている半数以上は後遺症の治療の為である。
イヴ以外でも後遺症の治療が出来る人は居るのだが、恐らく『天使の手』と呼ばれるほどの実力を持った人でなければ納得しないという貴族だ。
そういうクレーマーのような対応は、実はスターム家でもやっていた。
レイリーが説得しても納得しない患者は、レイリーがイヴに依頼してスターム家で治療する、という流れだった。
「良いですよ、行きます」
「え! い、良いんですか?」
「ええ。 治療に当たってる人が仕事にならないでしょうし」
「た、助かります!!」
同僚に患者がいる場所を尋ね、治療室へ向かった。
治療室の扉を開ける前から嫌な予感がした。怒鳴り声が聞こえてくるのだ。相当なクレーマーなのだろう。
イヴは一度ため息をついてから扉をノックした。
「失礼します。こちらに治療が必要な方がいらっしゃるとお伺いしたのですが……」
「居るではないか!! 誰だ! 『天使の手』は居ないと言ったのは!!」
「い、イヴさん……っ!?、おい!誰がイヴさんを呼んだんだ!!」
患者も、この患者の担当治癒師であろう人物も、イヴが現れたことで何故かむしろ興奮して怒り始めてしまった。
「イヴというのか! おいお前! 早くやれ! この治癒師がヤブなせいで痛みが消えないんだ!!」
「……ここの治療院にヤブな方はいらっしゃいませんよ。それは訂正してください」
「口答えするのか! さっさとやれ!」
イヴは患者を諭そうとするも、効果がなさそうだった。治癒師の方を見ると、「やらなくていい」というジェスチャーをしている。
しかし、イヴはこの患者の怒りを抑えるには恐らく治癒した方が早いと思った。
「治療しますので、どこが痛いのかお伺いしても?」
「イヴさん!?」
「この傷跡の部分に決まってるだろう!」
右の二の腕から前腕部にかけて大きな傷跡が見られる。魔獣の爪痕のように見えた。
呪いなどは無さそうなので、イヴは早速取り掛かることにした。
「失礼します」
イヴは患者が座っている横に跪き、右腕の傷跡部分に優しく手のひらで触れる。上から徐々に下へ向かって撫でるように触れていった。
触れたところに柔い白い光がでて、内側の痛みへ届くように治癒の力をかけていく。
「……終わりました。 どうでしょうか?」
イヴが患者へ微笑みながら治療が終了したことを伝えると、侯爵家子息の患者はしばらく黙っていたが、腕を動かして確認していた。
「……痛くないな」
「そうですか、良かったです。またしばらくして痛みが出てきましたら、受付に連絡してください。 私に回して貰えるように伝えて……」
「いや、イヴ。我が家に来い、私が貰い受けよう」
「へ?」
イヴはこの患者が何を言っているのか分からなくて、変な反応をしてしまった。後ろにいる担当治癒師の顔が青ざめ始めていた。
「気に入った、私の所へ来い。そもそも治癒をするために手を直接触れるなど見たことも聞いたことも無い。お前も私に気があるんだろう」
「は? え、いや…私はこういう治療方法で…」
「恥ずかしがる必要はないだろう。 いいから来い!」
「っわ! ちょ、何するんですか!」
イヴは治療した右腕で、手を引かれる。そしてそのままどこかに連れて行こうとグイグイ引っ張られる。
担当治癒師が慌ててどこかへ行ってしまったが、イヴは助けて欲しかったと思った。
掴まれた腕が痛むが、離してくれそうもないので仕方なくズルズルと引きずるように後をついて行くしか無かった。
治療院の入口辺りまで着き、待っていた馬車に乗らされそうになってようやく抵抗を始めた。
「え?! ど、何処に行くんですか?」
「我が家と言ったでは無いか」
「いやいや! 行きませんよ!」
「私の誘いを断るのか!」
すると、担当治癒師が走って戻ってきた。その横には兄、レイリーの姿があった。
レイリーは息を切らしながらイヴの所まで走り、患者へ声をかける。
「申し訳ありません。イヴは私の弟でございます。何かございましたでしょうか」
「イヴは私に気があるとみた。私も気に入ったので持ち帰るだけだ」
「え! ち、治療しただけです!」
「……イヴの治療は少々特殊なのです。最初にお伝えしなかったことはこちらの不備でございます。それに、イヴは結婚している身ですので、家に連れていくことは不貞を疑われてしまいますのでご容赦ください」
「なに、お前結婚しているのか!」
「……は、はい。イヴ=グランティーノと申します」
イヴが名を伝えた途端、侯爵家子息の顔色が変わった。
「な、なら仕方あるまいな!! 早とちりした! 治療代は後ほど送金する! では!」
そう言って、イヴを掴んでいた腕を離して、馬車に乗り込み、侯爵子息はどこかへ行ってしまった。
イヴは助かった、と思い、レイリーの方へ向き直ってお礼を言おうとすると、レイリーは見たことも無い見事な笑みで黒いオーラを放っていた。
イヴはつい後ずさった。
「ひっ」
「イヴ? 治療をしない為に事務方に回したはずなのになぜ勝手に治療したんだい? スターム家には、父がご老人方を呼んでいたのと、私が厳選していたから問題が起きなかっただけだ。こうなることが分かっていたから回さなかったんだ」
「ひぇ……」
「このことは、カシミール殿によーく伝えておく。反省しなさい」
「えっ!」
「反省しなさい」
「は、はい……」
レイリーに「今日はこのまま帰ること。カシミール殿には私から連絡しておく」と言われ、イヴは兄の迫力に半泣き状態でそのまま帰ることになった。
帰ると、既にカシミールが待ち構えていた。カシミールからは兄同様黒いオーラを背後に宿しているが、一切笑ってはいなかった。
「イヴ? 治療は禁止と伝えたはずだ」
「で、でもあの場はその方がいいと思っ」
「君の治療法は勘違いするような奴らが出てくるやり方だという自覚を持ちなさい」
「でも」
「イヴ?」
「ひゃい……」
その晩、イヴは嫌という程カシミールに分からされ、「ごめんなさいぃ! もうしないから、やだぁ! もうやめてぇ!」と本気で泣くほど反省することになったのだった。
「愛想笑いをしなくなったから本気で微笑んでる状態で治療していただろうに、勘違いしたやつの目を潰すしかないな」
「ひぇ…」
----------------
長い間読んでくださってありがとうございました。
番外編に続きます。
読んでくださると嬉しいです。
七咲陸
グランティーノ家に居ることが多く、愛想笑いをする必要の無い環境であったことが1番の理由である。
イヴは、仕事を無断欠勤したせいで王立騎士団の経理部に戻ることは出来なかった。
カシミールは「いくらでも家に居てくれて構わない。やりたいことがあればやっていいし、自由にしていい」と言うが、趣味がないイヴは、何をしていいのか分からずボーッとしたり、本を読んで過ごしたりしていた。
けれど、暇すぎてやっぱり仕事をしようと思い、就活することにした。
「それで、私のところに来たのかい?」
「はい、治療院で雇ってくれないかなぁ……と思いまして」
イヴの兄、レイリーは治療院で最も優秀な治癒師である。
レイリーは、切り傷なんかはもちろん、内臓再建や骨折治療、全身やけどなんかも治療することが出来るほどの強い治癒の力を持っている。
レイリーが所属するこの治療院では、レイリーは『神の手』と呼ばれるほどの実力を持つ。
「それなら、ここで治癒をするといい。患者は割り振るし、イヴが働いてくれるなら後遺症関係のクレームも減るだろう」
レイリーが『神の手』ならば、イヴは不本意ながらも『天使の手』と呼ばれている。
レイリーが外傷を得意とする治癒に対し、イヴはもっと内側の原因不明の頭痛や腰痛、関節痛、幻肢痛など視覚では感知できない治癒をすることが出来る。
レイリーはイヴが治療院で働くことを歓迎してくれているようだった。
「ただし、旦那さんとよく相談してね」
「え? でも自由にしていいって言われて……」
「要相談で」
「……はい」
レイリーが強めの口調で押してくる。
イヴはとりあえず一旦家に帰ってレイリーの言う通り、カシミールに相談することにした。
カシミールが騎士団から帰ってきて一息ついた所で、治療院で働きたい旨を伝えた。
「……なので、兄様の所で働こうと思っ」
「却下だ」
「えっ」
まさかダメと言われると思っていなかったので予想外の返答に驚く。
しかもカシミールは食い気味に却下をする。
「ど、どうしてです?」
「……どうしてもだ」
「それは……理由にならないです」
カシミールはあまり言いたくなさそうなオーラを出していた。
けれどイヴだって、時間だけが浪費されていくこの環境に身を置くことは嫌なのだ。
ただでさえ辺境では、いつも追われるように仕事をしていたのに、それがぱったりとなくなってしまったのだ。出来れば働きたい。
「君の治療は、直接触れるだろう」
「? ええ、そうですね。触らないと治療出来ないです」
「…やはり却下だ」
「えっ」
「君の自覚が足りてない、そんな状態では行かせられない」
自覚とは。
イヴには疑問符が頭に飛び交っていた。カシミールにだって頭痛を治すとき直接頭部に触れて治療しているから分かっているはずだ。どうして今更そんなことを言うのかイヴは分からなかった。
イヴが理解しかねている顔をするとカシミールはため息をついた。
「とにかく、治療以外の仕事にしてくれ。治療院だって事務はあるだろう」
「あ、あると思いますけどでも」
「治療以外なら許可する」
「ええぇ……」
イヴはさっぱりどうして却下されているのか分からないが、仕方なくそれをレイリーに伝えると「やっぱりね。事務も人が足りてないって言ってたから、そっちで働きなさい」と言われた。
やっぱりとは。
そうして、ようやくイヴは労働を再開することが出来た。
治療院の事務では得意とする経理の方へ回されたので仕事は何日か経てばそこそこ覚えた。
レイリーの兄弟ということで、人間関係が複雑になるかも懸念したが、事務方は皆穏やかな人達ばかりで優しかった。
「イヴさん、あの……」
事務の同僚が言いにくそうに声をかけてきた。普段は普通に会話する仲であるのに、何故遠慮しているのか疑問で首をひねった。
「? どうしました?」
「…イヴさんがこの治療院に居ることが知られてるようで……」
「え? …最小限の人にしかここで働いている事を伝えてないんですが……あ」
イヴには心当たりがあった。
この間、転んだ怪我の所が治療後も痛いと子供が大泣きしており、親がほとほと困っていたところに廊下で出くわしたのだ。
子供に「もう痛くないようにおまじないしてあげるね」と言いながら、イヴは治療後の怪我の部分にガーゼの上から優しく触れて、治癒の力を使って痛みを軽減させた。
子供は最初怖がっていたが、本当に痛みが消えたことで涙を止めて、笑顔で帰って行った。
この出来事は、治療待ちの待合室兼、廊下で行われており、患者が何人か居たのだ。
「それで…侯爵家の息子が『天使の手』に会わせろと……」
「ど、どうしてです」
「前にここで一度治療を受けているんですよ。腕に結構な怪我をして。その治療はもう終わっているんですが……どうやら後遺症?なのか痛みが消えないらしくて」
「ああ、なるほど」
後遺症で困っている患者は結構な人数がいる。 治療院を通い続けている半数以上は後遺症の治療の為である。
イヴ以外でも後遺症の治療が出来る人は居るのだが、恐らく『天使の手』と呼ばれるほどの実力を持った人でなければ納得しないという貴族だ。
そういうクレーマーのような対応は、実はスターム家でもやっていた。
レイリーが説得しても納得しない患者は、レイリーがイヴに依頼してスターム家で治療する、という流れだった。
「良いですよ、行きます」
「え! い、良いんですか?」
「ええ。 治療に当たってる人が仕事にならないでしょうし」
「た、助かります!!」
同僚に患者がいる場所を尋ね、治療室へ向かった。
治療室の扉を開ける前から嫌な予感がした。怒鳴り声が聞こえてくるのだ。相当なクレーマーなのだろう。
イヴは一度ため息をついてから扉をノックした。
「失礼します。こちらに治療が必要な方がいらっしゃるとお伺いしたのですが……」
「居るではないか!! 誰だ! 『天使の手』は居ないと言ったのは!!」
「い、イヴさん……っ!?、おい!誰がイヴさんを呼んだんだ!!」
患者も、この患者の担当治癒師であろう人物も、イヴが現れたことで何故かむしろ興奮して怒り始めてしまった。
「イヴというのか! おいお前! 早くやれ! この治癒師がヤブなせいで痛みが消えないんだ!!」
「……ここの治療院にヤブな方はいらっしゃいませんよ。それは訂正してください」
「口答えするのか! さっさとやれ!」
イヴは患者を諭そうとするも、効果がなさそうだった。治癒師の方を見ると、「やらなくていい」というジェスチャーをしている。
しかし、イヴはこの患者の怒りを抑えるには恐らく治癒した方が早いと思った。
「治療しますので、どこが痛いのかお伺いしても?」
「イヴさん!?」
「この傷跡の部分に決まってるだろう!」
右の二の腕から前腕部にかけて大きな傷跡が見られる。魔獣の爪痕のように見えた。
呪いなどは無さそうなので、イヴは早速取り掛かることにした。
「失礼します」
イヴは患者が座っている横に跪き、右腕の傷跡部分に優しく手のひらで触れる。上から徐々に下へ向かって撫でるように触れていった。
触れたところに柔い白い光がでて、内側の痛みへ届くように治癒の力をかけていく。
「……終わりました。 どうでしょうか?」
イヴが患者へ微笑みながら治療が終了したことを伝えると、侯爵家子息の患者はしばらく黙っていたが、腕を動かして確認していた。
「……痛くないな」
「そうですか、良かったです。またしばらくして痛みが出てきましたら、受付に連絡してください。 私に回して貰えるように伝えて……」
「いや、イヴ。我が家に来い、私が貰い受けよう」
「へ?」
イヴはこの患者が何を言っているのか分からなくて、変な反応をしてしまった。後ろにいる担当治癒師の顔が青ざめ始めていた。
「気に入った、私の所へ来い。そもそも治癒をするために手を直接触れるなど見たことも聞いたことも無い。お前も私に気があるんだろう」
「は? え、いや…私はこういう治療方法で…」
「恥ずかしがる必要はないだろう。 いいから来い!」
「っわ! ちょ、何するんですか!」
イヴは治療した右腕で、手を引かれる。そしてそのままどこかに連れて行こうとグイグイ引っ張られる。
担当治癒師が慌ててどこかへ行ってしまったが、イヴは助けて欲しかったと思った。
掴まれた腕が痛むが、離してくれそうもないので仕方なくズルズルと引きずるように後をついて行くしか無かった。
治療院の入口辺りまで着き、待っていた馬車に乗らされそうになってようやく抵抗を始めた。
「え?! ど、何処に行くんですか?」
「我が家と言ったでは無いか」
「いやいや! 行きませんよ!」
「私の誘いを断るのか!」
すると、担当治癒師が走って戻ってきた。その横には兄、レイリーの姿があった。
レイリーは息を切らしながらイヴの所まで走り、患者へ声をかける。
「申し訳ありません。イヴは私の弟でございます。何かございましたでしょうか」
「イヴは私に気があるとみた。私も気に入ったので持ち帰るだけだ」
「え! ち、治療しただけです!」
「……イヴの治療は少々特殊なのです。最初にお伝えしなかったことはこちらの不備でございます。それに、イヴは結婚している身ですので、家に連れていくことは不貞を疑われてしまいますのでご容赦ください」
「なに、お前結婚しているのか!」
「……は、はい。イヴ=グランティーノと申します」
イヴが名を伝えた途端、侯爵家子息の顔色が変わった。
「な、なら仕方あるまいな!! 早とちりした! 治療代は後ほど送金する! では!」
そう言って、イヴを掴んでいた腕を離して、馬車に乗り込み、侯爵子息はどこかへ行ってしまった。
イヴは助かった、と思い、レイリーの方へ向き直ってお礼を言おうとすると、レイリーは見たことも無い見事な笑みで黒いオーラを放っていた。
イヴはつい後ずさった。
「ひっ」
「イヴ? 治療をしない為に事務方に回したはずなのになぜ勝手に治療したんだい? スターム家には、父がご老人方を呼んでいたのと、私が厳選していたから問題が起きなかっただけだ。こうなることが分かっていたから回さなかったんだ」
「ひぇ……」
「このことは、カシミール殿によーく伝えておく。反省しなさい」
「えっ!」
「反省しなさい」
「は、はい……」
レイリーに「今日はこのまま帰ること。カシミール殿には私から連絡しておく」と言われ、イヴは兄の迫力に半泣き状態でそのまま帰ることになった。
帰ると、既にカシミールが待ち構えていた。カシミールからは兄同様黒いオーラを背後に宿しているが、一切笑ってはいなかった。
「イヴ? 治療は禁止と伝えたはずだ」
「で、でもあの場はその方がいいと思っ」
「君の治療法は勘違いするような奴らが出てくるやり方だという自覚を持ちなさい」
「でも」
「イヴ?」
「ひゃい……」
その晩、イヴは嫌という程カシミールに分からされ、「ごめんなさいぃ! もうしないから、やだぁ! もうやめてぇ!」と本気で泣くほど反省することになったのだった。
「愛想笑いをしなくなったから本気で微笑んでる状態で治療していただろうに、勘違いしたやつの目を潰すしかないな」
「ひぇ…」
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番外編に続きます。
読んでくださると嬉しいです。
七咲陸
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スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
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