3 / 17
3.手紙
しおりを挟む
翌日の朝、ライナートは寝室で、いつものようにオーレリアが起こしに来るのを、待っていた。
朝は彼女の笑顔を見てから、一日を始めたいと思ってのことだとは彼女に伝えていないけれど。
だか、どれだけベッドの中で彼女を待っても、オーレリアはいっこうに起こしに来ない。
仕方ないのでライナートは自分で起きて、用意されてある服に着替える。
オーレリアが寝坊なんて、珍しい。
昨日ちょっとだけ様子が変だったし、何かあるのかな。
その時、寝室のドアをノックする音が響き、側近のヤンセンが入って来た。
「ライナート様、まだこちらでしたか、本日は準備ができましたら、公爵家にキアーラ様をお迎えに上がる予定です。」
「なんだって。」
ライナートはその言葉に青ざめた。
今日は婚約者を迎えに行き、その後はその女性がライナートの婚約者として、王宮に住む予定の日だった。
ライナートは日々忙しく、そのことをすっかり忘れていた。
婚約者が王宮に入ることを、どのようにオーレリアに話せばいいのか分からずに、無意識に考えないようにしていたらしい。
だか、そうしている内に、無常にも時は流れ、今日という日を迎えてしまった。
「リアの姿が見えないんだ。
探してくれ。」
とりあえず、婚約者が王宮入りする前にオーレリアと話さねばと思い、ヤンセンに彼女を呼ぶようにと指示を出すが、いっこうに彼女は姿を見せない。
内心では焦りつつも、結局そのまま、キアーラを王家の馬車で迎えに行く。
公爵家の父君と面談を済ませ、婚約者のキアーラを無事に連れて王宮に戻るが、頭の中はオーレリアのことでいっぱいで、表面上は微笑みを浮かべながら、何を話ても終始上の空だった。
なので、キアーラには新しく用意された部屋でゆっくり休むように告げ、急いで今度は乳母であるオーレリアの母を呼び出す。
「朝からオーレリアの姿が見えないんだ。
何か聞いているかい?
用事があって、今日は休むって言ってたかなぁ。」
「ライナート様、娘からこちらを預かっております。
ご覧になってください。」
そう話すと、乳母は固い表情のままライナート宛の手紙を渡して、すぐに彼の部屋を出て行ってしまった。
いつもと違う乳母のようすもどこか違和感を覚えるが、オーレリアのことが気になっているので、そのことには触れずに手の中の手紙を見つめる。
そして、ライナートは言われた通りその手紙の封を開けると、急いで手紙を読み出した。
そこには、オーレリアの筆跡で、昨日限りで王宮を出て、一人で生きていくつもりだと書かれてあった。
ライナートの幸せを祈っているとも。
ライナートはその手紙を見て、驚きに目を見開いて、しばらく呆然とする。
頭も心も考えることを拒否するかのように動かない。
しかし、これは現実のことで受け止めざるを得ないと考えつくと、立っていることすらできずに、頭を抱え、崩れるようにその場にうずくまる。
筆跡のようすから見ても、落ち着いて書いていることがうかがえた。
オーレリアは、この手紙を書くまでに、しっかりと考えて、ここを離れる決心をしたのであろう。
彼女が突発的に大切な判断をする人ではないことは、僕が一番わかっている。
乳母の態度からも、前々からその話を聞かされていて、彼女の判断を受け入れたということだ。
乳母にとっても、彼女は大切な娘である。
しかし、ひとたび王宮を出てしまったら、この先、親子であっても中々会えなくなるのは、覚悟しているはずだ。
だから、僕が婚約者のことを考えるのを、まるで現実逃避するかのように背を向けている間に、よく考え抜いてこの決断をしたということになる。
こうなる前に、オーレリアと向き合おうとしなかった自分が恥ずかしい。
彼女がこうしなければいけなかったのは、すべて僕のせいだ。
だからと言って、ライナートには、彼女と話すことができなかった。
オーレリアを思うならば、自ら身を引く彼女の判断を、尊重しなければならないことはわかっている。
でも、僕は今でも受け止められていないし、出て行ことする彼女をきっと引き止めていただろう。
オーレリアがいない日々のどこに僕の幸せがあるというのか。
そうは言っても、しなければいけないことも、受け入れないといけないことも、これから先の僕には山ほどある。
その姿を、オーレリアに見せるのも、きっと心が傷むのだろう。
だから、結局、二人が離れる未来しかない。
それが、早いか、遅いかの違いだっただけだ。
婚約者といる嫌な自分を散々見せて、オーレリアを失望させるより、今離れる方が、僕達の幸せだった思い出を穢さないで済むのだ。
だから、彼女の判断はどこまでも正しい。
だったら、僕は何をしていたのだろう。
もし、きちんとオーレリアと話していたら、彼女が王宮を離れることになったとしても、周りの者達と別れの挨拶をすることもできたんだ。
ここで生きてきた彼女には、ここでの生活がすべてだった。
これからのことを友人達に相談したり、ささやかながら別れの会を開いたり、きっとできたことがたくさんあったはずだ。
けれども、それらが全く果たせず、雲隠れするようにここを出なければいけなかったのは、すべて僕の責任だ。
僕が彼女と最後まで向き合おうとしなかったから。
その夜、わかってはいるけれど、一向に前を向く気持ちになれず、その手紙を何度も読み返しながら、片っ端からワインを飲みまくる。
彼女が注いでくれないワインなんて、香りも、味わいも何も感じられない。
それでも、それをしなかったら、僕は今すぐ彼女を探しに行くだろう。
そして、今まで頑張ってきたすべてをぶち壊す。
王になる未来も。
家臣や民からの信頼も。
僕の目指す自分すべてを。
そして、オーレリアと共に大切にしてきた母との約束も。
それが、わかっているから、ワインですべての感覚を鈍らせ、地べたに這いつくばる。
そうすれば僕は、まだ王子でいられる。
痺れた身体でゆっくり手を伸ばし、再びオーレリアの手紙を手に取る。
感覚を鈍らせているのに止まらない涙を流しながら。
朝は彼女の笑顔を見てから、一日を始めたいと思ってのことだとは彼女に伝えていないけれど。
だか、どれだけベッドの中で彼女を待っても、オーレリアはいっこうに起こしに来ない。
仕方ないのでライナートは自分で起きて、用意されてある服に着替える。
オーレリアが寝坊なんて、珍しい。
昨日ちょっとだけ様子が変だったし、何かあるのかな。
その時、寝室のドアをノックする音が響き、側近のヤンセンが入って来た。
「ライナート様、まだこちらでしたか、本日は準備ができましたら、公爵家にキアーラ様をお迎えに上がる予定です。」
「なんだって。」
ライナートはその言葉に青ざめた。
今日は婚約者を迎えに行き、その後はその女性がライナートの婚約者として、王宮に住む予定の日だった。
ライナートは日々忙しく、そのことをすっかり忘れていた。
婚約者が王宮に入ることを、どのようにオーレリアに話せばいいのか分からずに、無意識に考えないようにしていたらしい。
だか、そうしている内に、無常にも時は流れ、今日という日を迎えてしまった。
「リアの姿が見えないんだ。
探してくれ。」
とりあえず、婚約者が王宮入りする前にオーレリアと話さねばと思い、ヤンセンに彼女を呼ぶようにと指示を出すが、いっこうに彼女は姿を見せない。
内心では焦りつつも、結局そのまま、キアーラを王家の馬車で迎えに行く。
公爵家の父君と面談を済ませ、婚約者のキアーラを無事に連れて王宮に戻るが、頭の中はオーレリアのことでいっぱいで、表面上は微笑みを浮かべながら、何を話ても終始上の空だった。
なので、キアーラには新しく用意された部屋でゆっくり休むように告げ、急いで今度は乳母であるオーレリアの母を呼び出す。
「朝からオーレリアの姿が見えないんだ。
何か聞いているかい?
用事があって、今日は休むって言ってたかなぁ。」
「ライナート様、娘からこちらを預かっております。
ご覧になってください。」
そう話すと、乳母は固い表情のままライナート宛の手紙を渡して、すぐに彼の部屋を出て行ってしまった。
いつもと違う乳母のようすもどこか違和感を覚えるが、オーレリアのことが気になっているので、そのことには触れずに手の中の手紙を見つめる。
そして、ライナートは言われた通りその手紙の封を開けると、急いで手紙を読み出した。
そこには、オーレリアの筆跡で、昨日限りで王宮を出て、一人で生きていくつもりだと書かれてあった。
ライナートの幸せを祈っているとも。
ライナートはその手紙を見て、驚きに目を見開いて、しばらく呆然とする。
頭も心も考えることを拒否するかのように動かない。
しかし、これは現実のことで受け止めざるを得ないと考えつくと、立っていることすらできずに、頭を抱え、崩れるようにその場にうずくまる。
筆跡のようすから見ても、落ち着いて書いていることがうかがえた。
オーレリアは、この手紙を書くまでに、しっかりと考えて、ここを離れる決心をしたのであろう。
彼女が突発的に大切な判断をする人ではないことは、僕が一番わかっている。
乳母の態度からも、前々からその話を聞かされていて、彼女の判断を受け入れたということだ。
乳母にとっても、彼女は大切な娘である。
しかし、ひとたび王宮を出てしまったら、この先、親子であっても中々会えなくなるのは、覚悟しているはずだ。
だから、僕が婚約者のことを考えるのを、まるで現実逃避するかのように背を向けている間に、よく考え抜いてこの決断をしたということになる。
こうなる前に、オーレリアと向き合おうとしなかった自分が恥ずかしい。
彼女がこうしなければいけなかったのは、すべて僕のせいだ。
だからと言って、ライナートには、彼女と話すことができなかった。
オーレリアを思うならば、自ら身を引く彼女の判断を、尊重しなければならないことはわかっている。
でも、僕は今でも受け止められていないし、出て行ことする彼女をきっと引き止めていただろう。
オーレリアがいない日々のどこに僕の幸せがあるというのか。
そうは言っても、しなければいけないことも、受け入れないといけないことも、これから先の僕には山ほどある。
その姿を、オーレリアに見せるのも、きっと心が傷むのだろう。
だから、結局、二人が離れる未来しかない。
それが、早いか、遅いかの違いだっただけだ。
婚約者といる嫌な自分を散々見せて、オーレリアを失望させるより、今離れる方が、僕達の幸せだった思い出を穢さないで済むのだ。
だから、彼女の判断はどこまでも正しい。
だったら、僕は何をしていたのだろう。
もし、きちんとオーレリアと話していたら、彼女が王宮を離れることになったとしても、周りの者達と別れの挨拶をすることもできたんだ。
ここで生きてきた彼女には、ここでの生活がすべてだった。
これからのことを友人達に相談したり、ささやかながら別れの会を開いたり、きっとできたことがたくさんあったはずだ。
けれども、それらが全く果たせず、雲隠れするようにここを出なければいけなかったのは、すべて僕の責任だ。
僕が彼女と最後まで向き合おうとしなかったから。
その夜、わかってはいるけれど、一向に前を向く気持ちになれず、その手紙を何度も読み返しながら、片っ端からワインを飲みまくる。
彼女が注いでくれないワインなんて、香りも、味わいも何も感じられない。
それでも、それをしなかったら、僕は今すぐ彼女を探しに行くだろう。
そして、今まで頑張ってきたすべてをぶち壊す。
王になる未来も。
家臣や民からの信頼も。
僕の目指す自分すべてを。
そして、オーレリアと共に大切にしてきた母との約束も。
それが、わかっているから、ワインですべての感覚を鈍らせ、地べたに這いつくばる。
そうすれば僕は、まだ王子でいられる。
痺れた身体でゆっくり手を伸ばし、再びオーレリアの手紙を手に取る。
感覚を鈍らせているのに止まらない涙を流しながら。
106
あなたにおすすめの小説
本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】前世の恋人達〜貴方は私を選ばない〜
乙
恋愛
前世の記憶を持つマリア
愛し合い生涯を共にしたロバート
生まれ変わってもお互いを愛すと誓った二人
それなのに貴方が選んだのは彼女だった...
▶︎2話完結◀︎
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
僕の婚約者は今日も麗しい
蒼あかり
恋愛
公爵家嫡男のクラウスは王命により、隣国の王女と婚約を結ぶことになった。王家の血を引く者として、政略結婚も厭わないと覚悟を決めていたのに、それなのに。まさか相手が子供だとは......。
婚約相手の王女ローザもまた、国の安定のためにその身を使う事を使命としていたが、早い婚約に戸惑っていた。
そんなふたりが色々あって、少しづつ関係を深めていく。そんなお話。
変わり者の作者が、頑張ってハッピーエンドを目指します。
たぶん。きっと。幸せにしたい、です。
※予想外に多くの皆様に読んでいただき、驚いております。
心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
ご覧いただいた皆様に幸せの光が降り注ぎますように。
ありがとうございました。
笑わない妻を娶りました
mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。
同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。
彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる