私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩

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12.三人

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 夕暮れの森の中、木々の隙間から差し込む陽は赤く傾き、トムの横顔を染めている。

「ディオンから聞いたよ。
 王が暗殺されて、俺の身にも危険が迫っているかもしれないんだね。」

 トムは静かに言った。

「お父様まで失って、かける言葉が見つからないわ。
 でも、トムには私達がついている。」

 メイベルはトムの手を握り、少しでもトムの支えになりたいと思っていた。

「俺には父との思い出なんて、ほぼないに等しい。
 だけど、いつかいろんなことを聞いてみたいと思っていたし、悲しむ気持ちはあるよ。」

「もちろんよ。
 それが当たり前の感情だわ。
 でも今は、悲しむだけじゃいられない。
 もし追っ手が迫って来たら、私とユージーンを盾にしても、トムには生き延びてほしいの。」

「そんなの無理に決まってるだろ?」

「私とユージーンはそのために集められた。
 だからお願い、私の望みを聞いて。」

 彼は唇を噛みしめ、わずかに目を伏せた。

「…それだけは絶対に嫌だ。」

 その短い言葉には彼らしい反発と、優しさが同居していた。
 重たい沈黙が流れる中、ユージーンがゆっくりと口を開く。

「俺の話を聞いてもらってもいいか?」

「ええ。」

 私とトムは、普段は語らないユージーンに耳を傾ける。

「俺は元々近衛兵として、王宮に勤めていた話は知ってるよな?」

「はい。」

「そんな俺がここにいるのは、王妃達の裏の計画を聞いてしまったからなんだ。」

「えっ?」

「彼女らは俺に濡れ衣を着せ、貴族籍を剥奪して俺を放り出した。
 そんな俺を拾ってくれたのが、クライゼル公爵だったんだ。
 だから俺はこうなることもわかっていたし、それが遠くないことも知っていた。」

「だから、トムの訓練を急いでいたんですね?」

「ああ、本当にやるのかどうかは、最後までわからなかったけどな。
 俺達には計画の途中で王妃を止める確たる証拠なんてないから捕らえれないし、その時のために備えるしかなかったんだ。」

「王妃様はそれほどまでに危険なお方なのですか?」

「ああ、権力を手に入れるためなら、どんなことでもするさ。
 俺が知ってるだけでも、細かい悪事なら数知れないよ。
 俺もちょっとした誤魔化しや犯罪には目を逸らして来た人間なんだ。

 俺だって己のできることは心得ている。
 変に騒ぎ立てて、自分の身に危険が及ぶようなことはしない。
 だが、ついに王にまで手にかけるとはな、狂ってるよ。」

 ユージーンの声には怒りよりも、諦めに似た悲哀が滲んでいた。

「そうなんですか…。」

「王は証拠を掴めなくても、それを悟っていたんだろう。
 だから危害を加えられる前に、早くからトムを逃した。
 お前は信じないかもしれないが、決して見捨てたわけじゃない。
 むしろお前の生きる道を探ったら、結果的にこうなったんだと思う。

 俺はトムを隠しているのが、クライゼル公爵だと知って、未来に希望が持てたんだ。
 あの男こそ、王の意思を継ぐ者だからな。
 だから、こうしてお前を鍛えるのに協力した。
 いいか、不安だろうが今は諦めるな。
 俺達が支えるから。」

 ユージーンはトムを見つめた。

「…ありがとう。
 俺、皆んなを信じてもいいんだね。」

 その言葉に、私の胸がじんと熱くなる。

「もし離れることになっても、心は一緒よ。
 だから、私達のことは心配せず、思うがままに未来を手に入れてほしいの。」

 「わかった。
 俺だって、みすみすやられる気は毛頭ないんだ。
 最後まで抗ってみせる。」

 トムの強い気持ちを知って、ユージーンがうなずく。

「そうだ、どんな時も諦めるな。
 だが現状、王妃と闘う手助けができるのはクライゼル公爵だけだ。
 踏ん張っていれば、やつが必ずトムを引き上げる時が来る。
 それまで俺達でできることをしよう。

 王はやつを信頼していた。
 だから、やつのすることが王の意志なんだ。」

 トムの拳が震える。

「俺、父さんとほとんど話すこともできなかった…。
 もっとどんな国にしたいと思っていたのか、俺のことをどう思っていたのか、本人の口から聞きたかった…。」

 トムは俯き、鍛えてがっしりとしてきた肩を震わせる。

 彼の気持ちがわかるほど、私は何も言えなかった。
 どれだけ強くなろうとしても、彼はまだ十代の若者なのだ。

 今置かれている状況を頭で理解しても、親に甘えたい愛されたかったと思う気持ちは、なくならないだろう。

「トム…。」

 彼を慰める良い言葉など浮かぶはずもなく、ただその名を呼ぶことしかできなかった。

「俺達の言ったことを忘れるな。」

「…わかった。」

 トムは静かに顔を上げる。
 その瞳には、強い光が宿っていた。

「何があっても私達は仲間。
 ずっとそうだったし、これからも変わらないわ。
 それに、もしこの先でトムが判断を間違っても私は信じてるし、何があっても恨まない。
 だから、けして一人だと思わないで。」

 この先どう動くかによっては、ここで私達は命を落とす。
 うまく一人残ったトムが、後悔しないで生きて行ってくれれば、それで良いと思っていた。

 その思いが伝わったのか、トムはじっと私を見つめる。

「…なぁメイベル、手を出して。」

「えっ?
 はい。」

 私がそっと手を差し出すと、トムは懐から王家の紋章入りの赤いルビーの入ったブレスレットを取り出して、私の手首につけた。

「これ、あなたを示す大切な物じゃない。」

「うん、俺、これとついになってる指輪を首から下げてるんだ。
 だから、これはメイベルに持っていてほしい。
 俺がこの世に生きた証。」

「トム…。」

 「俺、嫌なんだ。
 誰にも知られずひっそりとこの世からいなくなることが。

 俺という人間が生きてたって誰かに知っていてほしい。
 どんなことがあっても、メイベルなら覚えていてくれるだろ、俺のこと?」

「もちろんよ。
 私はトムのことを一生忘れることはないわ。」

「だったらもう一つ覚えていて、俺の本当の名前はトレフィンだ。」

「トレフィン?
 良い名前ね。」

「いつかこの名前をちゃんと名乗れるような世の中にしたい。」

「ええ、応援してるわ。」

 そう言うと、トムはふわっと優しい笑顔を見せる。
 まだ若い十代の少年が、そんな思いで生きているなんて、過酷な運命にほかならない。

 だったら、少しでもこの先の未来にトムが希望を持てるように、彼の思いに答えたい。
 私はそっとブレスレットを握りしめる。

「じゃあ、このブレスレット預かるね。
 いつかトムに愛する人ができたら、私から渡すわ。
 だから、その時は教えて。」

「メイベルは相変わらずだね。
 そんな人現れないと思うけど、…まあいいや。
 とりあえずは預かって。
 俺だっていつまでも十代のガキじゃないといつか教えてやる。」

「…うん。」

「…まあ、トム、残念だが今は無理だな。」

 ユージーンの皮肉まじりの声に、トムは頷く。

「わかってる。」

 再び夕陽に向かうその笑みは、出会ったばかりの頃の少年のものではなく、未来を背負う者の顔になっていた。







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