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13.姉妹
しおりを挟むそれからしばらくののち、森の邸の玄関先に、不意に人影が現れた。
逆光の中に立っていたのは、淡い紫のマントを羽織った一人の令嬢ダリアだった。
「お姉様、生きているって噂を聞いて来たのだけれど、本当に生きていたのね。」
「ダリアっ!
どうしてここが?」
「そんなのどうでも良いでしょう。」
ダリアは細い顎を上げ、メイベルを頭の先から足のつま先まで値踏みするように見つめた。
その瞳には、驚きよりも軽蔑の色が濃く浮かんでいる。
私を崖から突き落としておきながら、罪を理解しているようには未だ見られない。
「それにしても、ずいぶん地味な格好ね。
私ならけして我慢ならないわ。」
私が着ているのは、ディオン様に用意してもらっているワンピースだ。
一見簡素だが、生地は最高級のものを使っており、ここにもディオン様のこだわりが垣間見える。
けれど、華美であることを第一に考える彼女には、この良さがわからないのだろう。
「この格好の方が動き易いのよ。
それに今は、普通の民だから私のことは忘れてくれると助かるわ。」
そう告げた私の声は穏やかだったが、胸の奥には微かな痛みがあった。
彼女に再び会うのが怖いと思っていたけれど、今は怖くない。
ダリアとの確執よりも、今はトムを守ることを優先する。
私には自分のことよりも大切にしたいものがある。
「ここに少年がいるんでしょ?
いいから連れて来て。」
「えっ、そんな人はいないわ。」
「お姉様ごときが私に歯向かうだなんて、面倒なのよ。
いいからさっきと出しなさい。」
「帰って、ここにはいないって言ってるでしょ。」
「フン、使えないわね。
ここで切り捨てても構わないのよ。」
金属のきらめきが視界をかすめ、ダリアが短剣を抜いた。
「何てことをするの?
あなたは今もなお私を襲うの?」
「うるさい!
私だって、やりたくてやってるわけじゃないの。
その少年を連れて帰らないと、こっちまで酷い目に会うのよ。」
「誰に?
ダリアは脅されてるの?」
「そんなの関係ないじゃない。
どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの?
全部お姉様のせいよ!」
ダリアは怒りにまかせて足を踏み鳴らした。
その姿は、昔一緒に笑っていた少女の面影を、完全に失っていた。
「でも私達もう関係ないんだから、あなたがどうなろうと、私にはどうでも良いわ。」
それは紛れもない本心だった。
「お姉様の分際で、そんなことをいうなんて信じられない。」
ダリアの瞳が一層鋭く光った。
「ネミアスも今更お姉様の方が良かったなんて、ほざくのよ。
頭にきたから平手打ちしてやったわ。」
彼女は思い出したようにほくそ笑む。
私を谷底に落としてまで彼を奪ったのに、もう仲違いしているなんて、何がしたいのだろう。
「随分暴力的ね。
前はそんな子じゃなかったのに。」
小さな頃は手を繋いで、お人形遊びをしたり、くすくす笑いながらお話したり、決して仲が悪かったわけじゃない。
いつから二人は、こんなにも遠くなってしまったのだろう。
二人を大切に育ててくれたお父様を思えば、申し訳なさが胸をかすめる。
「うるさい。
私の何が不満だっていうのよ。
お姉様なんてただのお人好しじゃないの。」
「でも、ここには本当に誰もいないの。」
ただ静かにダリアを見つめ、言葉を選ぶように呟いた。
このまま帰らせるしか、私達に未来はない。
その時、遠くで茶色の上着を着たトムが通りかかった。
ダリアの視線が、獲物を見つけたようにそちらを向く。
「あの人じゃないの?
嘘ばっかり。
これで満足してもらえるわ。」
「トム、逃げてー!」
私の叫びが森に響く。
それを聞いたトムは、瞬時に状況を悟り、裏口の方へと駆け出した。
間髪入れず、私も別の方角へ走り出す。
私達は何度も話し合い、万一の時どうするか決めていたのだ。
「早く捕まえて!」
ダリアが叫ぶと同時に、茂みの奥から十数人の私兵たちが飛び出し、一斉にトムを追いかける。
鋭い剣の光が、木漏れ日を反射して瞬いた。
彼女ははっきり言わなかったけれど、やはり王妃の命令なのだ。
だからトムを捕えようとする私兵の数は、もはや軍のようだった。
私は懸命に走り、息を切らしながら蔦に覆われた洞窟に辿り着いた。
やはり兵達は一丸となってトムを追う。
私はその間に、なんとか逃げることができた。
迎えが来るまで、ここで助けを待つことになっている。
私が捕まったら、トムをおびき寄せる格好の材料になってしまうからだ。
遠くでざわめきや叫び声が聞こえていたが、しばらくして静寂が戻った。
その頃には辺りは暗く、月だけが森を照らしている。
「どうかトム、捕まらずに生き延びて。」
私は一人祈ることしかできない。
ここにいればきっと、三人のうち誰かが助けに来てくれる。
それだけを信じ、命が尽きるまでここで待ち続ける。
そう決めたのだ。
この深い森の中から、私が自力で村まで出るのは不可能だとわかっている。
だからひたすら待つしかない。
道をわからなければ、たどり着くことも、森を抜けることもできない場所だからこそ、ディオン様が選び、ここまで隠れることができたのだ。
それほどトムをここに隠した彼の計画は完璧だったと言える。
けれどそれは今日までで、もうここは安全ではなくなってしまい、私達はもう個々に頑張るしか道はない。
それでも、洞窟の中で一人でいるのは、心細さに押しつぶされそうになる。
だから、ディオン様からいただいたお手紙をポケットから取り出して、読み返す。
~メイベルへ~
最近はめっきりそちらに行けなくて申し訳ない。
それでも君の面影を、森の邸と全く同じに作った庭園でいつも探している。
まるで君が、僕の傍でそっと微笑んでいるように思えて落ち着くんだ。
夜が静まるほどに、灯りが庭を照らし、君の笑顔も瞳もすべてが僕の心の中心にあるよ。
どれほど距離があろうとも、君を想う気持ちは薄れない。
むしろ会えない寂しさが、それをより強くしている。
君のいない日々は、色を失った空洞のようだ。
けれど、君の笑顔を思い出せば、僕のするべきことを見失うことはないだろう。
トムを一人で守ろうと苦しんでいた時、君が僕の道しるべになったように。
もし君が迷う時は、僕を思い出してほしい。
僕の心はいつもそばにいる。
再び君と会えた日に、僕は迷いなく言うだろう。
「離れていても、僕はずっと君を愛していた」と。
その手紙を抱きしめ、ディオン様を思う。
彼はきっとこうなることがわかっていて、それでも私を励ますために、わざわざお手紙を書いてくれたのね。
彼の優しさに包まれながら、私は小さく微笑んだ。
今度こそ素直に私もディオン様が好きだと伝えよう。
だって、これを乗り越えることができたらきっと、私達は結ばれる運命だから。
そう願い何日も空を見上げ待ったけど、ついに誰も来なかった。
私は諦めと寂しさを感じながら、手紙と赤いブレスレットを抱きしめ、目を閉じる。
みんなありがとう。
あの邸でみんなに出会えて本当に幸せだった…。
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