【完結】公爵令嬢は勇者への恩返しを試みる〜サブヒロインとして頑張ります〜

マロン株式

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北の魔王と勇者の傷口

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勇者side




   何故か婚約者が今夜からこの屋敷に滞在するらしい。

 確かに、領主邸の管理を誰に任せるべきか分からず、知り合ったばかりの婚約者に自分から頼む気にもなれなかった。

 だからこそ、向こうから申し出てくれたのは助かるーーおかげで、この数日は別のことに時間を使える。

 勇者として危険地帯へ派遣される以上、武器の調達や体調の調整は疎かにできない。

 元々俺に勇者としての素質があったからと言って、何も準備をせずに生きて帰れる訳もないから。

 西の魔王を倒したのも実は生きるか死ぬかと言う、本当に死ぬかもしれない瀕死の状態で、ただ運よく勝てたに過ぎなかった。


 少し前まで、俺はただの村人Aだったのだから。

 領主の邸宅で門番をする1兵士をしていた。家族と助け合って生きていた。ある日、仕事から帰ると村が魔物に襲われたあとで、田畑は荒らされていたが、死人はいなかった。

 皆その日は運が悪かったと言って、再び荒らされた村を再興しようとしたけれど、魔物は何度も襲ってきて、魔王に目をつけられた事を悟った。

 村人達はただ耐えていた。けれどもある日、死人が出た。
 その中に、俺の家族もいた。

 だから、魔王に挑んだのは文字通り自殺行為と知っていて挑んだのだ。まさか倒せるとは思っていなかったけど。

 
 でもやはり、無傷では無くて、未だ服の下には癒えていない傷がある。

 (明日、きっと王宮で勇者としての任務を言い渡されるだろうが、せめて、この傷のままでも務まる仕事でありますように。王の前で断る方がよっぽど労力いるし……)


 上半身の服を脱いで、包帯を取ると、早く治れと言う想いを込めて、塗り薬を丁寧に塗り込んでゆく。

(背中はーー今日も届かないな。まあ仕方ないか)


ーコンコン



  戸が叩かれる音がして、ユウフェの連れてきた使用人の1人かと思い、「どうぞー」と入っても良いと許可をだした。

(丁度良かった。背中だけ手伝ってもらおう)


ーカチャ
「勇者様、お薬を塗るお手伝いをしに参りました」


 柔らかな声が聞こえて思わず薬を塗っていた手を止めて、戸の方へ視線をむけた。そこには、ユウフェが立っていて、腕に何か入った袋を引っ掛けてあり、手には新しい包帯とタオル、お湯を入れた容器。


「…え?」

「お背中の方まで、手が届かないのではと思いましたので。
つい先日治癒師の資格も取得しましたので、多少の痛みを緩和する程度ならできます」


「い、いや。でも公女であるユウフェ殿にそんな事は…」

(いやその前に、俺、公女の前でなんて格好してんだ)

 慌てて衣服を着ようとした勇者の手をユウフェが両手で掴んだ。

「心配せずとも大丈夫です!
見てください。私の治癒師としての口コミを!!」


(……治癒師の口コミ?)


 まさかの「治癒師ユウフェ・ヴィクレシアの口コミ集」

 その中に書いてあるのは、〝ユウフェ様の治癒師の腕前は確か!長年悩みの腰痛が治りました(ハドソン村 無職70歳)〟

〝ユウフェ様のヒーリングにより産後にあった内腿の後遺症が治りました(テルキントン村 主婦30歳)〟

〝深傷を負ったけれど、公女の適切な処方により治りが早かったテンベル村 兵士(20歳)〟

 ーーなどなど。

 何人かの口コミが書かれていた。

(そう言えば、〝戦場に舞い降りた天使〟とか言われてるんだっけ?)

 ユウフェは両手で勇者の手を握って、コクリと力強く頷いて言った。

「私、これでも領民と勇者様のお役に立つ為に治癒師の勉強は怠った事ありませんよ!

だから、安心してお背中の傷を預けてください。任務の日までに、必ず万全の状態にしてお送りしますから!」 
  



♢♢♢
ユウフェside




 その夜、ユウフェは妙な胸騒ぎで目が覚めた。
 疲れているわけでもないのに、胸の奥がざわつく。

 まるで――何かに見られているような、そんな感覚。

(もしかして…いえ、まだ登場には早いですよね)


 寝間着の上に外套を羽織って、バルコニーに出ると、夜風は冷たいのに、背中を伝う汗だけが妙に熱い。


 ゆっくりと視線を上げると――
 星の止まった空 が広がっていた。

(……え?)

 風も止まり、草木も揺れない。
 世界から音が抜け落ちたような、不気味な静止。
 ただ一つ、北の方角にだけ揺らぐ影があった。

「あれ?もして、君動いてる?」

 聞こえた声は、低音で、耳元に直接触れるように鮮明だった。

 振り返ると、いつの間にか白い毛皮を肩にかけた男が立っていた。

 気配がまるでない。

 垂れ目がちでルビーのように赤い瞳に、白金の髪を横で緩く結んでいる。人並みはずれた美しい顔立ちに、白磁の肌。
 
 けれど、その身から漂う〝在り方〟が、普通の人間ではないと告げていた。


「あなた……もしかして」

 震えないように声を整えると、その男は愉快そうに微笑んだ。

「え?私のこと知っているの?そんな筈ないんだけどな」
「いえーー知りません」
「まぁ、そうだよね。
ここ100年人間と関わってないし。
でも、暇つぶしに西の魔王を倒したって言う勇者を見にきたら面白いもの見つけちゃったな」

 ユウフェは息を飲んだ。

(やはり、この方は…北の魔王)

 男は指先で〝止まった星〟をなぞりながら続ける。

「普通は、この世界のものなら全て止まる。勇者も、王も、魔物も例外なくーーなのに」

 軽い調子なのに、口にしている内容はあまりに規格外だった。

「……」
 
 けれど、ユウフェは既にそのことを知っている。
 気圧されそうになる自分を奮い立たせて、彼の瞳を見つめ返す。

  澄んだ赤色の瞳ーーその奥に、底知れないものを感じる。


「あなたは、何者なのですか?」

 知っているけれど、まだ興味を持たれる訳にいかないので、知らないふりをした。

「〝北の魔王〟だよ」

 さらりと正体を述べて、優雅な笑みを浮かべる。

「ま、魔王……?」

 わざとらしく動揺をしてみるが、相手はユウフェを良く見ていないのか、初めから知り得るなどあり得ないと思っているのかーーその演技には気付かない。

「そう緊張しなくてもいいよ。別に害はないから。
人間は私が欲しいと言うものを全てくれるから嫌いじゃないんだ」 

(うぅ……)

 その欲しいと言われるものの一つになる予定のユウフェは、心の中でうなる。

 ふと、魔王の視線がユウフェから外れ、屋敷の方角へ向いた。

「……勇者か。倒された西の魔王の残滓がまだ付いているかと思ったけど、予想外に回復が早い」

 その声音に、ほんの少しだけ“期待”の色が宿っている。まるで、面白い物語を読むかのように。
 
「……」

 それは、ユウフェが本にない治療をしたせいである。余計なことを言って、興味を持たれる時間を短くするのは困るので、黙り込んだ。

 そんなユウフェを、北の魔王は横目でちらりと見た。

「ふっ」

 小さく笑う声がしたかと思うと、いつの間にか世界に“音”が戻った。

 星が瞬き、風が草を揺らし、遠くで夜警の兵士の足音が聞こえる。

 ユウフェは肩にかけていたブランケットが足元に落ちたことにも気づかず、両手を胸の前で握りしめていた。

――あれが、北の魔王。
 私が将来、結婚しなければならない人。

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