5 / 38
公爵令嬢の手
しおりを挟むそんなこんなで、勇者はユウフェの治療を受けるようになった。まずは傷を負ってから何日も洗えていなかった背中を清潔なタオルで拭かれている。
(…。これじゃまるで夫婦……)
勇者は頭をブンブン横に振って邪念を払う。
(この人は俺とは違う世界の人だ。高潔で、眩しくて。対象じゃない――はずなのに)
とは言っても、チャプチャプとタオルを水に浸す音が室内に響き、傷口に触れないようタオルでそっと背中を拭かれる空間がどうにもむず痒い。
沈黙に耐えられなくなった勇者は、思わず聞いた。
「どうして、ユウフェ殿は…「私の事はユウフェとお呼びください」
「…どうして、ゆ…(公女だぞ。俺は元平民だ。出来るかそんなこと…)」
「………」
(でも、この人はそんな事、初めから考えて無い。
…拘っている俺の方が、おかしい…のか…)
「ユウフェ…は、何故俺の事をそんなに知っているんだ?
屋敷の管理に困ってるだろうことや、傷を負っている事とか。昨日会ったばかりなのに」
痒い所に手が届くと言うのだろうか。今まで強引に感じる展開にも思えるが、出会い頭から俺の困るであろう事、全てに手を貸して負担を軽減している。
まるで初めから困る事がわかっているみたいに。
俺の事だけじゃ無くて、オルフェに聞いた自領での活躍。
貴族の令嬢として流されて生きていたなら、治癒師と言う職業にも興味はないだろうし、そもそも、そう言う職種がある事も知らないだろう。だけど、彼女は自分が関わる人間に大いに助けになるだろう知識を予め知っていたかのように身に付けている。
「もしかしてユウフェは、予言者のスキルがあるのか?」
稀に、未来を見通すスキルを持つものが居るという。だが、それは絶滅危惧種の存在で、未来が見えても断片的なものだと聞くが…。
ユウフェは一度だけ息を吸い込んだ。
「いいえ、私には特殊な力など何一つありません。
魔力も、ヒーラーが使えるとは言え、人の痛みを和らげる程度のものです」
「なら何で、俺の困る事が予測できるんだ?」
「予測出来るのでは無く、知っているんです。
私は、この後に起こる事も」
「知っている?」
「私は1度死に、生まれ変わっているのです。此処は私が前世で読んでいたファンタジー小説の世界。貴方は主人公で、私はサブヒロインなんです」
「……?生まれ変わり…。小説の世界?」
にわかには信じられないけれど、ユウフェは嘘をつくような人に見えない。何より、今までの行動を見ていると、納得してしまう所もある。〝ファンタジー〟とか〝サブヒロイン〟の意味は全然わからないけど。ユウフェの前世では当然にある言葉なんだろう。
「だから、これからも安心してください勇者様。貴方を辛い目に合わせないよう、私は全力を尽くします!」
「俺、辛い目に合うの?」
「いいえ!私がそうはさせません。
私が貴方を全力で守ります!!」
(その台詞は男が女に言う台詞だと思うんだけどなぁ…)
そんな事を考えていると、背中にヒンヤリと冷たい感触がしてビクッと身体が反応する。如何やら、身体を拭き終わって塗り薬を塗り始めたようだ。
ヌルヌルした感覚がして、薬ごしに、ユウフェの細く柔らかい指の感触がする。
「……っ」
「?勇者様、傷口が痛むのですか?」
ユウフェは後ろからひょこりと顔を覗きこむと、頬を赤くして口元を押さえながら勇者は思わず視線を逸らした。
「な、何でもない。少しこそばゆかっただけ」
(……なんでこんなに意識してるんだ俺)
「ふふっ。勇者様もこそばゆいのは苦手なんですね。
実は私もなんですよ」
「……」
「でも、もう少し耐えてくださいね!
治りの早くなる薬草を注ぎ足したお薬を塗り込んで居ますから。この上から私のヒーラーの力で効果の促進と痛み止めをしたら完璧ですから!」
ニッコリ笑うユウフェから顔を背けて、勇者は呟くように言った。
「うん、よろしく頼むよ」
顔に熱が集まっているのが自分でも分かる。
後ろで作業を再開したユウフェの指が触れるたびに、勇者は何処かこそばゆくて、胸の鼓動が少しずつ早まっていた。
ーピトッ
手のひら全体が背中に触れた。
驚いた勇者の胸の鼓動が、どきっと大きく跳ねて頬があからむ。
じわりと薬が浸透していき、傷の奥にあった鈍い痛みがすっと引いていく。
「では、ヒーリングをしますね!」
そう言ってから暫くして、傷口に塗られた液体が身体に浸透してくるのが分かった。
傷口全体が心地良くて、治りの遅かった背中の痛みがひいて行く。
(凄いな…)
自分の出来る事を、地道に、効果的に積み重ねきたからこそ出来る事なのだろう。足りない力を知識で補い、持てる才能が小さな物でも、その知識と融合する事で最大限生かしている。
彼女が〝戦場に舞い降りた天使〟と言われる所以がわかった気がする。
(……。今日は、ぐっすり眠れるんだろうな…)
勇者はぼんやりとそんな事を考えた。
(……ユウフェのおかげで)
78
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~
水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。
彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。
失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった!
しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!?
絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。
一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる