で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby

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3 無礼な娘

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オリーブはヴェルトに確かめたくて、ヴェルトが帰路に就く頃を見計らい、玄関先の花壇の水やりをはじめた。侍女の仕事ではないが、最近腰を悪くしたという庭師に手伝いを申し出たのだ。

執事に見送られ、どこか緊張したような、硬い表情のヴェルトが玄関ポーチに姿を現した。
その平民の娘を迎え入れるのか、それとも断るのか。
仕事以外で辺境伯邸に足を運ぶことのないヴェルトに確認するには今を置いてチャンスはない。
しかし侍女として客人にお茶を出した際の会話は耳に入っていても、聞いていないものとしなければならないという暗黙のルールがある。その上、ヴェルトとは想い合っているとはいえ目に見える形の約束──婚約しているわけでもないのだ。
そのためオリーブはそれを聞くことを躊躇した。

ヴェルトは馬車に乗り込む瞬間、オリーブに気付き彼女を視界に入れた。

オリーブから聞くことが出来ない以上、どうかヴェルトの言葉で聞かせて、安心させてほしい。
空になったジョウロを傾けたままヴェルトと見つめ合ったのは、一瞬か、数瞬か。ヴェルトがニコリと微笑み、軽く頭を下げた。

辺境伯邸に来るのは仕事であるため、ヴェルトはいつも難しい顔をしている。しかしそんな中、いつも自分だけに向けられるこの笑顔が、オリーブは好きだった。
でも今日はその笑顔さえも、オリーブに不安をもたらす。

「一言でいいのに・・・」

ヴェルトはきっと、オリーブがあの話を耳にしたとは思っていないのだろう。
ヴェルトの乗った馬車が出発した。オリーブはそれを一人見送る。

ヴェルトが王都に発ったと聞いたのは、それからしばらくしてからのことだった。



ここに、伯爵令嬢である自分がいるのに平民を選ぶ──王都に住まう中央貴族に頼まれたからと言ってそのことを受け入れるレィディアンスとヴェルトが信じられなかった。
レィディアンスはオリーブをヴェルトの伴侶へと推してくれるのではなかったのか。
オリーブは今すぐレィディアンスにそう言って詰め寄りたかったが、暗黙のルールがある以上、そうすることは出来ない。



その後、レィディアンスは邸の使用人に行儀見習いを一人受け入れると告げた。
使用人たちにはその行儀見習いが誰かは告げられなかったが、オリーブはヴェルトの連れてくる平民であることを察し、すぐに男爵家に入りヴェルトと婚約するわけではないのだと胸をなで下ろした。

(なんだ。レィディアンス様も平民を認めたわけではなかったのね)

ならばまだ間に合う。
オリーブからヴェルトを奪おうとする平民なんて、辺境伯領から追い出してしまえばいいのだ。



*――*――*



その日の昼過ぎ、一台の馬車が辺境伯邸に到着した。

「お嬢様からの伝言です。彼女はこちらでお預かり致しますので、貴方は速やかに男爵邸にお帰りになるようにと」

その馬車から男女が降り立った。どんなに離れていようともシルエットで分かる。男性はヴェルトだ。・・・であれば、ヴェルトの隣に立つ娘が件の平民だろう。
二人を出迎えた執事と彼との会話は聞こえないが、オリーブは遠目からその様子を見ていた。

「え?挨拶の後、男爵家に連れて行くのでは?」
「お嬢様は男爵には話を通してある、とおっしゃられていましたよ」

揉めているのかヴェルトが困惑したように執事に何かを尋ねているのが見えた、その時──

「ヴェルト、あたしは大丈夫だからあんたは帰って自分の仕事をしなさい。男爵様が了解しているんなら従わなくちゃ。あんたからよろしく伝えといて」

平民の口から発せられたその声は、その大きさと声の高さからか、しっかりとオリーブのもとに届いた。

(貴族であるヴェルト様に対してなんて言葉遣いなの!?)

なんと無礼な娘だろう。
オリーブが学園に通っていた頃、何人かの平民と接する機会があったが、貴族に対してこのような物言いをする者はいなかった。
それともヴェルトが自分の縁談の相手だということで同等にでもなったつもりでいるのだろうか。

オリーブは、この平民が辺境に送られてきた理由をずっと考えていたが、今確信した。きっと身の程も弁えず、この調子で貴族に無礼を働いたに違いない。
修道院や平民の金持ちの後妻など行き先は色々あったはずなのに、ヴェルトへの輿入れが罰であるかのように扱われることには納得出来ないが、この平民が男爵家より高位の貴族の機嫌を損ねたことは、ほぼ間違いないと考えた。

(・・・まだ、間に合う・・・。まだ、取り戻せる・・・)

オリーブは無意識に胸元の衣服を掴んでいた手をより強く握りしめた。
胸が痛い。焦りが呼吸を速くする。

レィディアンスはきっとこの平民とヴェルトを引き離すために辺境伯邸で受け入れることにしたに違いない。
オリーブはこの悪魔のような平民をヴェルトから遠ざけ、彼との未来を取り戻すのだと、改めて心に誓った。





その後、執事によって皆に紹介されたエボニーは、可愛らしい印象のオリーブとはタイプが異なり、近くで見ると庇護欲をそそる──悔しいが、若く美しい娘だった。
貴族には及ばないが、髪や肌を見れば普段から手入れがされており、貴族令嬢とは違い健康的な肢体を持っていた。

「エボニーと申します。よろしくお願いいたします」

まるで、先ほどのヴェルトへの暴言はなかったかのように、エボニーと名乗った平民は丁寧に頭を下げて挨拶をした。

「よろしくね。アンバーよ」
「アッシュだ。よろしく」
「辺境にようこそ──」

皆が新しい仲間を歓迎し、次々とエボニーに声を掛けている。
しかしこの娘の本性は粗野で粗暴な平民なのだ。
先ほどのヴェルトに対する態度との違いに、オリーブはこの平民は我々を欺くために人畜無害な人間を装っているのだと察した。

「私はオリーブ・よ」
「はい、マルーンさま、よろしくお願いいたします」
「同じ邸に勤める同僚ですもの。私のことはオリーブと呼んでちょうだい。分からないことがあったら何でも聞いてね」

家名があるということは貴族だということ。オリーブはこの挨拶でエボニーより自分のほうが上で、ヴェルトに相応しいのだと暗に示したのだった。
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