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2 オリーブ・マルーン伯爵令嬢の動揺
辺境伯領の貴族は武力を以って辺境伯家に仕える武家と、文官として仕える文家とに分かれる。
ヴェルトの実家であるクルール男爵家は武家、オリーブの実家であるマルーン伯爵家は文家である。
辺境伯領の貴族はなかなか王都に出ることが叶わないため、その瑕疵を領外の貴族と縁を結ぶことによって補っている家が多い。
特に文家ではその傾向が顕著だ。
しかし、ここブラッシュ辺境伯領では特に当主の政略結婚を良しとしておらず、相愛になりさえすれば本人の希望が優先される。その為、辺境伯領の貴族の多くは学園での恋愛婚で、そうでなくとも本人同士が納得しての婚姻が主流だ。もちろん独り身を選ぶ者もいるが、嫡子であっても基本的にその選択に否を唱える者もいない。
嫡子は後継を望まれるため独身を貫く者は滅多にいないが、親戚筋から養子を迎え入れることが認められている。
辺境の貴族はその役目から緊張を強いられることが多いため、せめて家では癒しと自由を、というのが大きな理由だ。
この国では貴族が年上の女性を娶ることは滅多にない。
オリーブとヴェルトの年齢差は三つ。オリーブはその年齢差からヴェルトとの未来を諦めていた。
ヴェルトのことを当主である父に告げていないオリーブは、文家の令嬢として王都で好いた相手に出会えることを望まれて学園に送り出された。
しかし、そう言われて簡単に捨てられる気持ちでもないし、その気持ちを持ったまま他に相手を見つけられるものでもない。
オリーブは望めば独り身も叶うという辺境ならではのルールを利用し、その三年を棒に振ったのだった。
その年、オリーブの卒業とすれ違いでヴェルトが学園に入学した。王都で逢えるかと期待したオリーブであったが、日程の関係で話をすることはおろか、顔を見ることすら出来なかった。
寡黙なだけでなく筆不精でもあるヴェルトから手紙が来ることもなかったし、武家の後継として忙しいであろうヴェルトの邪魔をしたくなくて、オリーブからそれを送ることもなかった。
オリーブが単身辺境伯領に戻ったことをヴェルトは知らない。
武家であれば、あえて領外から令嬢を迎える必要もないのだが、ヴェルトと年齢が釣り合った辺境令嬢のほとんどが中央貴族との縁を望んでいたため、ヴェルトも学園在学中に相手を探すよう言われて旅立ったと人伝に聞いた。
オリーブは辺境伯邸にて侍女として働きながらヴェルトを待った。
ヴェルトを思い出すたびに今頃誰かと恋に落ちているのではないかと考えてしまい、生きた心地がしなかった。
不安でたまらず枕を濡らした日も一度や二度ではない。
ヴェルトのように低位貴族であれば、伴侶は学園に入学できるだけの素養がある者であれば平民でも許されるため、彼ほどの男であれば相手は簡単に見つかってしまうだろうと思っていたのだ。
しかし、ヴェルトは学園を卒業した時、王都から誰も連れ帰らなかった。
(あぁ!やはり・・・!)
オリーブは歓喜した。
貴族が年上の女性を娶ることは滅多にないが、全くないわけではない。しかもオリーブは見た目が若いため、年下のヴェルトと並んでも何の遜色もない。むしろお似合いとすら思えた。
それからもオリーブはヴェルトと静かに愛を育んできた。
その一年後、レィディアンスが学園を卒業し、辺境へ戻ってきた。
この頃、一年経っても婚約へと進まないヴェルトとの関係を不安に思っていたオリーブは、次期辺境伯であるレィディアンスにヴェルトへの想いを伝えた。
ここは辺境。
婚姻に関しては本人の希望が通りやすいが、当主の婚姻ともなればやはり辺境伯や次期辺境伯を無視して決めるわけにはいかないし、口下手なヴェルトもレィディアンスに背中を押して貰えたら頑張ってくれるのではないかと思ったからだ。
レィディアンスには「次期当主であるヤツの意志が重要だ」と前置きしたうえで「わかった」とだけ言われた。
やはり女性からこのような話をするのは、はしたなかっただろうか。
しかし、女性側から男性に直接伝えるよりは賢明なはずだ。
それがレィディアンスに背中を押された結果だとしても、やはりこればかりは男性側から言葉が欲しい。
レィディアンスの了承の言葉に、無口で必要な言葉ですら口にしないヴェルトとの未来がぐっと近づいた気がして、オリーブはほっと息をついた。
男爵家でありながら、ブラッシュ辺境伯に重用されているクルール家。
実家と比べ爵位は下がるが、ヴェルトと添い遂げることが出来るのであれば底辺の男爵であっても否やはない。
いつかレィディアンスがヴェルトに「そろそろオリーブとの婚約を進めてはどうか」と提案してくれることを期待しながら、今日もお茶を出し終え部屋を辞す。
今日も待ち望んだ瞬間はやってこなかったけれど、ヴェルトに会えたことで満たされたオリーブが応接室の扉を閉めかけた時、その耳に信じられない言葉が聞こえてきた。
「──から俺に縁談が来たんです。詳細はお嬢に聞けと書いてあったんで、詳しく聞かせてもらっていいですか?」と。
「あぁ、あの娘か。平民にしては美しかったな。磨けば光るだろう。
それに自分の欲しいものを手に入れるために手段は選ばない。方法は間違っているがその心意気、嫌いではない──」
(ヴェルト様に縁談ですって……!)
しかも、平民。『自分の欲しいものを手に入れるために手段は選ばない』などというとんでもない言葉も聞こえた。
応接室の扉は防音性に優れている。
完全に閉じられた扉からはもう何も聞こえなかったが、オリーブを動揺させるには十分だった。
ヴェルトの実家であるクルール男爵家は武家、オリーブの実家であるマルーン伯爵家は文家である。
辺境伯領の貴族はなかなか王都に出ることが叶わないため、その瑕疵を領外の貴族と縁を結ぶことによって補っている家が多い。
特に文家ではその傾向が顕著だ。
しかし、ここブラッシュ辺境伯領では特に当主の政略結婚を良しとしておらず、相愛になりさえすれば本人の希望が優先される。その為、辺境伯領の貴族の多くは学園での恋愛婚で、そうでなくとも本人同士が納得しての婚姻が主流だ。もちろん独り身を選ぶ者もいるが、嫡子であっても基本的にその選択に否を唱える者もいない。
嫡子は後継を望まれるため独身を貫く者は滅多にいないが、親戚筋から養子を迎え入れることが認められている。
辺境の貴族はその役目から緊張を強いられることが多いため、せめて家では癒しと自由を、というのが大きな理由だ。
この国では貴族が年上の女性を娶ることは滅多にない。
オリーブとヴェルトの年齢差は三つ。オリーブはその年齢差からヴェルトとの未来を諦めていた。
ヴェルトのことを当主である父に告げていないオリーブは、文家の令嬢として王都で好いた相手に出会えることを望まれて学園に送り出された。
しかし、そう言われて簡単に捨てられる気持ちでもないし、その気持ちを持ったまま他に相手を見つけられるものでもない。
オリーブは望めば独り身も叶うという辺境ならではのルールを利用し、その三年を棒に振ったのだった。
その年、オリーブの卒業とすれ違いでヴェルトが学園に入学した。王都で逢えるかと期待したオリーブであったが、日程の関係で話をすることはおろか、顔を見ることすら出来なかった。
寡黙なだけでなく筆不精でもあるヴェルトから手紙が来ることもなかったし、武家の後継として忙しいであろうヴェルトの邪魔をしたくなくて、オリーブからそれを送ることもなかった。
オリーブが単身辺境伯領に戻ったことをヴェルトは知らない。
武家であれば、あえて領外から令嬢を迎える必要もないのだが、ヴェルトと年齢が釣り合った辺境令嬢のほとんどが中央貴族との縁を望んでいたため、ヴェルトも学園在学中に相手を探すよう言われて旅立ったと人伝に聞いた。
オリーブは辺境伯邸にて侍女として働きながらヴェルトを待った。
ヴェルトを思い出すたびに今頃誰かと恋に落ちているのではないかと考えてしまい、生きた心地がしなかった。
不安でたまらず枕を濡らした日も一度や二度ではない。
ヴェルトのように低位貴族であれば、伴侶は学園に入学できるだけの素養がある者であれば平民でも許されるため、彼ほどの男であれば相手は簡単に見つかってしまうだろうと思っていたのだ。
しかし、ヴェルトは学園を卒業した時、王都から誰も連れ帰らなかった。
(あぁ!やはり・・・!)
オリーブは歓喜した。
貴族が年上の女性を娶ることは滅多にないが、全くないわけではない。しかもオリーブは見た目が若いため、年下のヴェルトと並んでも何の遜色もない。むしろお似合いとすら思えた。
それからもオリーブはヴェルトと静かに愛を育んできた。
その一年後、レィディアンスが学園を卒業し、辺境へ戻ってきた。
この頃、一年経っても婚約へと進まないヴェルトとの関係を不安に思っていたオリーブは、次期辺境伯であるレィディアンスにヴェルトへの想いを伝えた。
ここは辺境。
婚姻に関しては本人の希望が通りやすいが、当主の婚姻ともなればやはり辺境伯や次期辺境伯を無視して決めるわけにはいかないし、口下手なヴェルトもレィディアンスに背中を押して貰えたら頑張ってくれるのではないかと思ったからだ。
レィディアンスには「次期当主であるヤツの意志が重要だ」と前置きしたうえで「わかった」とだけ言われた。
やはり女性からこのような話をするのは、はしたなかっただろうか。
しかし、女性側から男性に直接伝えるよりは賢明なはずだ。
それがレィディアンスに背中を押された結果だとしても、やはりこればかりは男性側から言葉が欲しい。
レィディアンスの了承の言葉に、無口で必要な言葉ですら口にしないヴェルトとの未来がぐっと近づいた気がして、オリーブはほっと息をついた。
男爵家でありながら、ブラッシュ辺境伯に重用されているクルール家。
実家と比べ爵位は下がるが、ヴェルトと添い遂げることが出来るのであれば底辺の男爵であっても否やはない。
いつかレィディアンスがヴェルトに「そろそろオリーブとの婚約を進めてはどうか」と提案してくれることを期待しながら、今日もお茶を出し終え部屋を辞す。
今日も待ち望んだ瞬間はやってこなかったけれど、ヴェルトに会えたことで満たされたオリーブが応接室の扉を閉めかけた時、その耳に信じられない言葉が聞こえてきた。
「──から俺に縁談が来たんです。詳細はお嬢に聞けと書いてあったんで、詳しく聞かせてもらっていいですか?」と。
「あぁ、あの娘か。平民にしては美しかったな。磨けば光るだろう。
それに自分の欲しいものを手に入れるために手段は選ばない。方法は間違っているがその心意気、嫌いではない──」
(ヴェルト様に縁談ですって……!)
しかも、平民。『自分の欲しいものを手に入れるために手段は選ばない』などというとんでもない言葉も聞こえた。
応接室の扉は防音性に優れている。
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