前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第1章

12 トラス侯爵家3

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「父上っ!!」

「ジュリオン…何事だ、騒がしいぞ」


ノックもせず…勢いよく執務室の扉を開けて現れたジュリオンの姿を、執務机に座ったトラス侯爵が呆れた顔で見上げる。


「…大体の要件は分かっているが…どうした?」

「レティシアを除籍するとは、どういうことですか?!」


とうとう知ってしまったかと、トラス侯爵は大きくため息をつき…手元にあった書類を脇へ寄せた。


「それが…本人の希望だからに決まっている。お前は、私が勝手にレティシアを追い出すとでも思っているのか?」

「希望しているからといって、許していいものではないと申し上げているんです。レティシア一人で、どうやって生きていくんですか?婚約は解消できたのですから、私たちで守ってやるべきでしょう?!…とにかく…私は反対です!」

「ジュリオン、ここでの暮らしはレティシアには合わない。それは彼女にとって辛いことではないか?」

「ならば、辛くないようにしてやるべきでしょう。父上は、たった一人の娘がいなくなってもいいと?」



最近、ジュリオンがレティシアを女性として愛し始めているのではないか?と、邸内で噂になっている。

溺愛していた可愛い妹のレティシアが、見た目そのままに別の女性として生まれ変わった『禁断の恋』。使用人たちは、二人を物語の主人公へ見事に仕立て上げてしまう。

こういった噂は、それが嘘でも真実でも体裁を保つ上ではよくない。邸内の者たちにはしっかりと注意をしたが、人の口に戸は立てられぬもの…何を言っても諦めの悪そうなジュリオンの様子に、トラス侯爵はここで一度しっかり話をしておく必要があると思った。



「私の娘であった“レティシア”は…もう存在しない。
それに…17年間共に生きてきた私たちには情があっても、彼女にはない。ないものを求めることはできんだろう?」

「…………」

「ジュリオン、彼女は…自分は父親の所有物でも、政略結婚の道具でもないと言っていた。こことは全く違う別世界にいた女性なんだ。生き方が違えば考え方も変わる…私たちとは添う部分があまりにも少ない。彼女が日ごろ邸内の奥に籠もっているのは、私たちの間に無駄な軋轢が生じるのを防ぐためでもある。
貴族として生きるなら手伝いもするが、彼女はそれを望まない。曖昧な立場のまま長く居座っていてはよくないと、明確に線引きをしたんだと私は思う。彼女にとって一番いい選択は何か?…毎日ひっついているお前なら、すぐに理解できると思ったが?」


少しでも時間があれば、ジュリオンはレティシアの様子を見に行っている…との報告を受けている。
それが単に“妹思いの兄”の姿であるのならば、咎めるような物言いはしたくない。ただ、そのような行動の積み重ねが周りに誤解を与え、恋人同士だと見られてしまっているのも事実。


「…一番の選択…」

「貴族としての役割を果たすより、平民として生きたいと言う…彼女のその選択を私は許したまでだ」


レティシアの除籍は決定事項で、国王からの許可も得て…すでに手続きを開始している。ジュリオンが何を言っても覆りはしない。


「…この家を継ぐのは私です…私が、ずっと側でレティシアを守っていきます。それが、一番いい選択です」

「…何だと?…強い意志があり、自由を望んでいるのに、邸内に閉じ込めて囲うつもりか?」


レティシア側の都合などまるで考えていないジュリオンの発言に、トラス侯爵は一瞬耳を疑った。
妹を手放したくないという強い執着か、それとも…?


「…ジュリオン…彼女に魅入られてしまったか?」

「…っ…!!」



    ♢



ジュリオンには、ブリジットという婚約者がいる。

トラス侯爵の友人であるコールマン伯爵の娘、ブリジットとは幼馴染。
昔から交流があり仲がよかったため、婚約するならばブリジットがいいのではないかと…自然な流れで、本人たちも納得をして婚約を結んだ。


『ブリジットと会う予定を、何度か断ってきている』


そうコールマン伯爵から聞いたトラス侯爵は、事情を説明し謝罪をしていた。
レティシアの転落事故があったからといって、婚約者との関係を疎遠にしていいものでは決してない。

だが、今のジュリオンはレティシアしか見えておらず…このままでは非常に危険だと感じる。



    ♢



「少し頭を冷やしたほうがいい。私が言えるのは、レティシアには彼女の望む生き方があって、お前は貴族ジュリオン・トラスとして正しい道を進むべき…ということだ」

「…それは、分かっています…」

「いいや、分かっていない。ジュリオン、婚約者を傷付ける…愚かな行為をする男にだけはなるんじゃないぞ。ブリジット嬢に、誠実な対応をしろ」

「…………」


ブリジットの話を持ち出されたジュリオンは、俯いて黙る。
レティシアを蔑ろにしたフィリックスと同じようには絶対になるな…そう忠告を受けているのだと分かった。


「レティシアの除籍は、私たち夫婦でよく話し合って決めた。理解して欲しい」

「…っ…そんな!…母上まで…」

「これ以上、その話はするな」


トラス侯爵は、執務机の引き出しを開けて一通の手紙を取り出すと…机の上に置いた。


「…もう少し落ち着いてからと思っていたが…」

「………手紙?」

「妹のレティシアから、お前への…“最後の手紙”だ」




──────────




娘のレティシアが遺した…トラス侯爵と侯爵夫人への手紙には、深い感謝と謝罪の言葉が書き綴られていた。



『私は自由になりたい』



そう最後に書かれていた文字は、涙で滲んでいた。

侯爵夫妻は、貴族籍を抜けたいと言うレティシア本人の希望を承諾する。

除籍後は、親戚が経営する街の商店へ三ヶ月ほど預かって貰えるよう約束を取り付け…平民の生活環境に慣れるまでそっと様子を見守ることにした。




──────────




ジュリオンが受け取った手紙は、幼いころから一緒に過ごした“兄との思い出”がたくさん詰まった…妹からの愛の手紙ラブレターだった。



『お兄様、私を愛してくださってありがとう。私は、ジュリオン・トラスを愛しています。永遠に』



手紙を胸に抱き締め、レティシアの名を何度も呼びながら…ジュリオンは泣き崩れる。



「愛している…私も…永遠に愛している…レティシア」



その日、ジュリオンが部屋から出てくることはなかった。










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