11 / 215
第1章
11 婚約解消
しおりを挟む国王は、応接室の外で待機していた護衛官数人を呼び出す。
「第三側妃が私に虚偽の報告をし…騙していたことが判明した。すぐに捕らえ、東の塔に幽閉せよ。第三側妃の居住区は即閉鎖、全員の身柄を拘束しておけ…全員だぞ」
「仰せの通りにいたします!」
国王は、第三側妃とフィリックスに仕えていた者を一人残らず取り調べるように申しつける。
「……父…上……」
「ここにいるフィリックスは、王位継承権を剥奪する。東の塔に放り込め」
「「「…はっ!!…」」」
護衛官たちは、抵抗する気力すら残っていないフィリックスを連れて、慌ただしく応接室から立ち去って行った。
「侯爵、フィリックスはこれより王族ではなくなる。よって、この婚約を解消させて貰いたいと思うのだが…構わないだろうか?」
「構いません」
「レティシア嬢も、合意していただけるかな?」
「はい、国王陛下」
「すぐに書類を作成させよう。誰か、文官を呼べ!」
第三側妃とフィリックスは見限られた。
東の塔は、隔離塔と呼ばれる王族専用の牢屋のような場所。二人はそこで処分を待つことになる。
♢
フィリックスの婚約は破談になるだろうと…予め下準備を済ませていた国王は、契約の解消手続きを先へと進めていく。
書類を前に、この短時間で深く刻まれた眉間のシワを指で解しながら、自責の念に駆られる。
今では別人になったとはいえ、真っ直ぐな視線を向けるレティシアから…ああもはっきりと『絶望した』と告げられれば、転落事故を未然に防げなかったことに対して負い目を感じるのは当然だった。
成人王族となったフィリックスは王宮主催のパーティーに参加するようになり、婚約者のレティシアがデビュタントを終えてからは、パートナーとして二人揃って社交の場で過ごしていた。その姿を何度か目にして、声をかけた記憶がある。
会話が弾む様子は見られず、決められた催事以外での交流は皆無。しかし、それも政略結婚という契約で結ばれた関係ならば往々にしてある話だと…気にも留めず、気遣う配慮を欠いた。
勉学が苦手なフィリックスが羽目を外していたのは、主に学園内。身分を取り払った開放的な環境を活かして見聞を広めるどころか、好き放題に女性と穢れた日々を送っていた。その現実に蓋をして、徹底的に隠そうとしたのが…第三側妃だったのだ。
国王は、書類の末尾にサインをする。
「これで、婚約解消の手続きは終わった。侯爵、レティシア嬢、フィリックスは謝罪もせず…此度のことは本当に申し訳なかった」
「…陛下、お顔をお上げください…」
フィリックスには大きな罰を与えたものの、謝罪は元より反省した様子も見られなかった。
ジワジワと湧き上がる怒りや虚しさで胸が一杯になったトラス侯爵は、硬い表情のままそれ以上何も言えずにいる。
レティシアは、隣に座るトラス侯爵を気遣わしげに眺めた。
──────────
「レティシア嬢、一つ交わしてもらいたい契約がある」
国王は、神妙な面持ちでテーブルの上にニ枚の紙を置く。
これは、魔法石に記録された映像を流出させないために新しく作成された契約書。
「魔法石についてだが、王宮魔法使いが確認したところ“所有者”はレティシア嬢であり、全ての記録映像に高度な魔術による制約がかかっている。魔法石に直接契約魔法を施せない…つまり、手が出せないのだ。
自由に扱えるのはレティシア嬢だけであるから、映像を門外不出としたいこちらとしては紙面上での契約を頼みたい」
「私は映像をバラ撒いたりはいたしませんが、契約は当然であると思います。
ところで、廃嫡にした元王子でも…あちこちにその痴態を晒されてはやはり困るものでしょうか?」
契約書の内容は正しく、不正なものではない。
それでも、数年間“現世のレティシア”が精神をすり減らしながら集めた証拠だと思うと…あっさりとサインをする気にはなれなかった。
「無論だ。それ故、契約を交わすのだ」
「…であれば、映像は私の“切り札”になり得ますね。たとえば…トラス侯爵家の皆様や私が、そちらからの脅威を感じた時には、この契約は破ってもよろしいですか?」
「そのようなことは起こらないが…いや、契約書に書き加えておくとしよう」
「ありがとうございます、国王陛下。
実は…今日も、ここまでずっと撮影をし続けているのですが…」
「…っ…?!」
ニッコリと微笑み爆弾発言をするレティシアを、国王は大きく目を見開いて凝視する。
その後、観念したかのように声を立てて笑った。
王宮の主要な部屋には、魔法や結界によって会話の漏洩、不法な行為などを防ぐ“セキュリティ”が事前に施されている。しかし、レティシアを待機させるだけの予定であったこの応接室は別。
大事な書面のやり取りも通常ならば専用の執務室で行うもので、イレギュラーな事態が重なり…諸々詰めが甘かった。
そんなことなど何も知らないレティシアだが、応接室に入った時からこっそりと撮影を開始していた。
(『備えあれば憂いなし』…だよね)
──────────
「侯爵、レティシア嬢は記憶がない状態で…今後どうしていくのだ?」
「…レティシアは…貴族籍を抜けて、平民として生きていきたいと言うので…そうする予定でおります」
「何っ?!」
「私は、ご覧の通り貴族のことを何も知りません。今からそれを学ぶつもりも、窮屈なドレスを着て毎日を過ごしたくもないのです」
「…貴族制度のない国で育ったと言っていたな…」
「はい。自分で働いてお給料をいただく、普通の生活をしておりました。ドレスなど着る機会はありませんでした」
「…しかし…」
侯爵令嬢という身分を捨ててまで平民になる利点がどこにあるのか?国王には見当もつかない。
「処罰対象でもないのに、除籍を希望するなどあり得ない話だが…侯爵はそれでいいのか?」
「本人が自由になりたいと望むのですから、叶えてやるつもりです。陛下、どうか許可をいただきたく存じます」
「…………」
はっきりしているのは、それを許せば『トラス侯爵が完全に娘を喪う』ということだけだった。
76
あなたにおすすめの小説
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由
冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。
国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。
そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。
え? どうして?
獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。
ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。
※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。
時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした
冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。
けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。
その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。
※小説家になろうにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる