前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第6章

88 大公の苦悩2

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「大丈夫か…レティシア?」


レティシアはアシュリーの腕の中にスッポリと包み込まれ、強めの魔力香を思いっ切り吸引していた。

ロザリーの灯した蝋燭の甘い香りがレティシアの体質には合わなかったらしく、話をしていた途中から気分が優れなくなる。


「蝋燭は消した。魔法の風で香りを飛ばしたから、今は残っていないはずだ」

「ありがとうございます。…やっぱり、殿下の香りが私には一番いいみたい…」


薄いガウンに擦り寄ってホッと息をつくレティシアの汗ばんだ額や首元を、アシュリーが冷やしたタオルで拭う。


「一番とはうれしいな」

「私は、殿下の香りにもかなり慣れてきたと思います。殿下は…何か身体に変化などありましたか?」

「レティシアのお陰で、毎日深く眠れているよ。寝る時間が遅くなっても、朝は頭がスッキリとしていて体調もいい。皆はこれが普通なのだろう?」

「…悪夢のせいで、今までが悪過ぎたんですね…」

「レティシアの同化は進んでいる?」

「順調だと思います。何となくですけれど、忘れても影響がない前世の記憶は…ゆっくり消えていってるみたいなので」

「消える?…そうか、いつか君の前世の話も聞いてみたいと思っていたが…」




──────────




「前世の私の両親は、警察官といって…チャドクみたいな悪い人間を捕まえる仕事をしていました。私が18歳の時、母が…その悪い人間に刺されて…亡くなったんです」


剣道少女だった瑠璃は、高校三年、大学受験の真っ只中に突然母親を喪う。
母親は、一般人を守ろうとして盾になり殉職。警察官とは、いつ命を落とすか分からない常に危険と隣合わせな職業。父親も瑠璃も、亡くなった母親も…きちんとそう理解していたはずだった。


「父は、あまりのショックに警察官を辞めてしまいました。職務中に同僚の死に直面したり、辛い経験をたくさん乗り越えながら警察官を続けてきた強い人でしたが、妻の急死を受け入れることはできませんでした」


そうなるかもしれないと想像をするのと、実際にそうなってしまうのとでは落差があまりにも大きく、父親は心を壊して精神科へ通うようになる。


「幸せな毎日は永遠に続かない…神様なんてこの世にはいないって…その時、身に染みて感じたんです」

「…レティシア…」


当然、大学受験には失敗。
何とか補欠合格をした大学に入学して、父親の世話とアルバイトをしながらの生活がスタートした。


「…で、十年後には自分が死んでしまったわけでして」

「……他に家族は?」

「子供は私一人で、確か…私が15歳くらいまでは母方の祖母も一緒に暮らしていました」

「では…父親は一人残されたのか」

「…いいえ…」


五年ほど抜け殻のようになっていた瑠璃の父親は、友人の紹介で小さな会社に再就職をする。
そこで心を支えてくれる女性に巡り合い、数年経って二人は同棲生活を始め…さらにその数年後、籍を入れた。

父親の幸せを見届け、自分も今の暮らしに終止符を打とうと留学を決めた瑠璃は…人生に終止符を打つことになる。
空港まで見送りに来た父親に、最後どう声をかけたのか?今となってはもう思い出せない。


「何の知らせもなく、いつもの日常がいきなり途切れてしまうのって…悲しくて、辛くて苦しいですよね」

「…そうだな。私も…ある日突然、魔力暴走で何もかもが一変した。あの時はまだ幼かったから、母上や姉上たちに会えなくなって毎日ベッドの上で隠れて泣いていた」

「…本当に…お辛かったですね…」


レティシアは艶のある黒髪をそっと撫でる。


「…君と過ごす時間も…永遠には続かないんだな…」


アシュリーが感情を欠いた声で呟くと、髪を撫でるレティシアの手がピタリと止まる。


「永遠に変わらず続くものなどあるのでしょうか?少なくとも、私の世界…いえ、私の周りに永遠は存在しませんでした」

「…………」

「殿下と私が過ごす時間を、今と同じように続けていくのは難しいと思います。ですが、たとえこの関係に変化があったとしても…殿下をお支えしたい私の気持ちは揺らぎません。それは、続くということになりませんか…?」

「…私の側から…離れたりしない?」

「はい、殿下がお望みなら」


その言葉に嘘偽りなどないと証明するように、美しく深い至上の青い瞳が…アシュリーへと真っ直ぐに向く。


「あぁ、そう望んでいるとも。どこにも行くな…レティシア」


飢えた獣のような黄金の瞳で力強くレティシアを抱き寄せたアシュリーは、喉から呻くような声を出し…濃い魔力香を放つ。


(…やっぱり、私では殿下を助けられないのかな…)


アシュリーを呪われた日々から解放し、救う神はいるのだろうか?レティシアは魔力の香りに酔いながら、そっと目を閉じた。




──────────
──────────




翌朝の食堂は、予想通りの大騒ぎとなる。

女性のみならず、男性の視線まで独り占めしたアシュリーは、レティシアに寄り添う姿から恋人か?と狙い通りに疑われていた。


「私の秘書官が、いつも世話になっている」

「ありゃ、どこの男前かと思ったら大公様かい!何てこった、ビッグカップルだ!!」

「しーーっ!おばちゃん、何を言ってるの?!」

「レティシアちゃん、大盛りにしておくね」

「ちょっ…大盛りとかヤメてよ!」


給仕係の大声に、レティシアが激しく赤面する。










────────── next 89 側近









    
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