上 下
87 / 174
ラスティア国

87 大公の苦悩

しおりを挟む


「え?そうなんですか?」



ひったくり騒動の翌日、アシュリーはレティシアの部屋に泊まると言い出す。


「明日、一緒に食堂で朝食を食べたいと思ってね」

「朝食を?公爵ご夫妻とではなく、私?…しかも食堂ですか?」


(急に?どうして、食堂で食べたいの?)


右や左に首を傾げるレティシアの様子が面白い…と、アシュリーが笑う。


「ハハッ…そうだよ。食堂で食べたことがないんだ」

「…はぁ…」


(そりゃそうでしょう。国のトップなんですもの)


「それに、今日からは魔力香をもっと強くしてみようと思っている。もしかすると、レティシアが眠ってしまうかもしれないだろう?何かあったら心配だからね」

「…分かりました。…では、ロザリーに説明して…」

「さっき私から伝えたよ。後で準備に来ると言っていた」

「…準備?…」


ほどなくして、ロザリーがパタパタとやって来る。

飲み物を増やし、照明を少し落として部屋の四隅と二つのテーブルに大きな蝋燭を灯した後…『失礼いたします』と、レティシアをベッドに誘導し…ロザリーは天蓋の幕を引き始めた。


(あー、コレは100%“共寝”と勘違いしてるな…)


ロザリーは室内を見回して小さく頷いた後…消えるように部屋を出て行く。

レティシアは、準備・・と聞いた時から嫌な予感がしていた。


(…ロザリーったら…)


巨大なベッドの上にポツンと座っていると、アシュリーが側へ近付いて来る。
蝋燭の灯りからは妙に甘い香りが漂ってきて、広い部屋の空間を天蓋で狭く仕切ったことで…ベッドにいる二人っきり感は三倍増し。


レティシアが真顔でチラリとアシュリーを見ると、笑いを堪えて今にも吹き出しそうな顔をしている。


「……殿下、ロザリーに何と仰ったのですか?」

「…フッ……ん?…今夜は泊まるからと…」


(それだけ…?…そりゃ駄目だ。ワザとでしょ?!)


「…殿下は、時々言葉足らずになりますね…?」


チクリと嫌味を言いながら、明日になったら誤解を解かなければと…レティシアは大きくため息をつく。


「心配しなくても、ルークがちゃんと説明する」

「だからって、純真なロザリーをからかうのはいけませんよ?」


アシュリーは、怒るレティシアの頬をひと撫でして…『ごめん』と…叱られた子犬のような顔をする。


「では…私は帰ったほうがいいだろうか?」

「それはそれで、ロザリーが気にしますから駄目です!
今度からは、なぜ泊まるのか…ちゃんとロザリーにも説明してあげてくださいね」

「ロザリーは、レティシアに大事にされているな」

「彼女が、私のことを大事にしてくれるからです。
いつも…ほら…全力でお世話を頑張っているでしょう?」


部屋の様子を見てご覧なさい…と言わんばかりに、レティシアは手のひらで室内を指し示した。


「さて、殿下には罰を与えますよ?お覚悟なさいませ」

「…ば…罰…?」





10分後、アシュリーの長い髪は三つ編みだらけになっていた。


「こうして髪に触れるのは『ナデナデ』の代わりになりますよね?我ながらいいアイデアだわ。
私、殿下が髪を下ろしているお姿が好きですけど…プッ」

「…レティシア…」


アシュリーのショゲた表情に、レティシアは堪らず笑い出す。


「アハハ…殿下、可愛いです。あ、あそこに立派な鏡があるので見てください!」


素直に大鏡の前に立って、自分の姿を見つめて渋い顔をするアシュリー。
その様子に、レティシアはベッドの上で笑い続ける。


「こら、レティシア。…笑い過ぎだろう…?」


アシュリーは不機嫌そうな声でそう言うと、ベッドに転がるレティシアの身体を上から押さえ込む。

彼がどんなに真面目な顔をしても、ヘアスタイルが三つ編みではちっともキマらない。


「ふふっ、アルティア王国の末っ子王子様は…どうしてこんなに可愛いのかしら…?」


アシュリーに伸しかかられ、身動きできない状態のレティシアは、三つ編みを握り締めてクスクスと笑う。


(全く…困っちゃうわね)



    ♢



『可愛い』と…ただそう言われただけなのに、レティシアが相手だとこんなにもドキドキする。



以前から、時折…余裕のある大人の微笑みを見せることがあったレティシア。

しかし、レティシアの表情だけではなく…ほんの少し幼さの残っていた顔つきが、シャープで大人っぽく変わり始めていることに…アシュリーは気付いてしまう。


レティシアがアルティア王国へ着いてから間もなく一ヶ月、身体との一体化が随分と進んできたと見るべきなのかもしれない。
容姿に変化を感じるということは、身体が魂寄りに同化しつつあるという証拠。


『侯爵令嬢レティシア』は『平民レティシア』へと生まれ変わりを遂げるのだ。
そう遠くない未来に、中身28歳の…大人びたレティシアが誕生する。



─ 私は、彼女を拒絶してしまうのだろうか? ─



こうなる先は見えていたはず。
それなのに、突然現実味を帯びて…感じたことのない恐怖心でアシュリーの身体の奥底がブルリと震えた。


この手の中から…レティシアを失いたくない。絶対に。


アシュリーが拒絶の反応をわずかでも示せば、レティシアはそっと側を離れて行くのではないか?

聖力を纏っていたとしても、今までのように触れ合えなくなるのは明らか。


『どうすればいい?』


アシュリーは…最善策を見つけられない。



    ♢



「…ん…殿下ったら、重たいですよ…」


苦しそうな声に、アシュリーはハッとした。身体の下で、レティシアが身を捩って呻いている。


「…あぁ…すまない…」


サッと立ち上がったアシュリーの髪は、三つ編みが全て解かれ…元に戻っていた。










────────── next 88 大公の苦悩2









しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

野望

BL / 完結 24h.ポイント:484pt お気に入り:241

大好きなあなたを忘れる方法

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:12,373pt お気に入り:1,023

獣人の恋人とイチャついた翌朝の話

BL / 完結 24h.ポイント:1,164pt お気に入り:32

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:13,710pt お気に入り:1,905

踏み出した一歩の行方

BL / 完結 24h.ポイント:434pt お気に入り:66

幼馴染による寝取り性感マッサージ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:75

不本意な転生 ~自由で快適な生活を目指します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,394pt お気に入り:3,657

鬼は内、福も内

BL / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:39

処理中です...