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ラスティア国
87 大公の苦悩
しおりを挟む「え?そうなんですか?」
ひったくり騒動の翌日、アシュリーはレティシアの部屋に泊まると言い出す。
「明日、一緒に食堂で朝食を食べたいと思ってね」
「朝食を?公爵ご夫妻とではなく、私?…しかも食堂ですか?」
(急に?どうして、食堂で食べたいの?)
右や左に首を傾げるレティシアの様子が面白い…と、アシュリーが笑う。
「ハハッ…そうだよ。食堂で食べたことがないんだ」
「…はぁ…」
(そりゃそうでしょう。国のトップなんですもの)
「それに、今日からは魔力香をもっと強くしてみようと思っている。もしかすると、レティシアが眠ってしまうかもしれないだろう?何かあったら心配だからね」
「…分かりました。…では、ロザリーに説明して…」
「さっき私から伝えたよ。後で準備に来ると言っていた」
「…準備?…」
ほどなくして、ロザリーがパタパタとやって来る。
飲み物を増やし、照明を少し落として部屋の四隅と二つのテーブルに大きな蝋燭を灯した後…『失礼いたします』と、レティシアをベッドに誘導し…ロザリーは天蓋の幕を引き始めた。
(あー、コレは100%“共寝”と勘違いしてるな…)
ロザリーは室内を見回して小さく頷いた後…消えるように部屋を出て行く。
レティシアは、準備と聞いた時から嫌な予感がしていた。
(…ロザリーったら…)
巨大なベッドの上にポツンと座っていると、アシュリーが側へ近付いて来る。
蝋燭の灯りからは妙に甘い香りが漂ってきて、広い部屋の空間を天蓋で狭く仕切ったことで…ベッドにいる二人っきり感は三倍増し。
レティシアが真顔でチラリとアシュリーを見ると、笑いを堪えて今にも吹き出しそうな顔をしている。
「……殿下、ロザリーに何と仰ったのですか?」
「…フッ……ん?…今夜は泊まるからと…」
(それだけ…?…そりゃ駄目だ。ワザとでしょ?!)
「…殿下は、時々言葉足らずになりますね…?」
チクリと嫌味を言いながら、明日になったら誤解を解かなければと…レティシアは大きくため息をつく。
「心配しなくても、ルークがちゃんと説明する」
「だからって、純真なロザリーをからかうのはいけませんよ?」
アシュリーは、怒るレティシアの頬をひと撫でして…『ごめん』と…叱られた子犬のような顔をする。
「では…私は帰ったほうがいいだろうか?」
「それはそれで、ロザリーが気にしますから駄目です!
今度からは、なぜ泊まるのか…ちゃんとロザリーにも説明してあげてくださいね」
「ロザリーは、レティシアに大事にされているな」
「彼女が、私のことを大事にしてくれるからです。
いつも…ほら…全力でお世話を頑張っているでしょう?」
部屋の様子を見てご覧なさい…と言わんばかりに、レティシアは手のひらで室内を指し示した。
「さて、殿下には罰を与えますよ?お覚悟なさいませ」
「…ば…罰…?」
10分後、アシュリーの長い髪は三つ編みだらけになっていた。
「こうして髪に触れるのは『ナデナデ』の代わりになりますよね?我ながらいいアイデアだわ。
私、殿下が髪を下ろしているお姿が好きですけど…プッ」
「…レティシア…」
アシュリーのショゲた表情に、レティシアは堪らず笑い出す。
「アハハ…殿下、可愛いです。あ、あそこに立派な鏡があるので見てください!」
素直に大鏡の前に立って、自分の姿を見つめて渋い顔をするアシュリー。
その様子に、レティシアはベッドの上で笑い続ける。
「こら、レティシア。…笑い過ぎだろう…?」
アシュリーは不機嫌そうな声でそう言うと、ベッドに転がるレティシアの身体を上から押さえ込む。
彼がどんなに真面目な顔をしても、ヘアスタイルが三つ編みではちっともキマらない。
「ふふっ、アルティア王国の末っ子王子様は…どうしてこんなに可愛いのかしら…?」
アシュリーに伸しかかられ、身動きできない状態のレティシアは、三つ編みを握り締めてクスクスと笑う。
(全く…困っちゃうわね)
♢
『可愛い』と…ただそう言われただけなのに、レティシアが相手だとこんなにもドキドキする。
以前から、時折…余裕のある大人の微笑みを見せることがあったレティシア。
しかし、レティシアの表情だけではなく…ほんの少し幼さの残っていた顔つきが、シャープで大人っぽく変わり始めていることに…アシュリーは気付いてしまう。
レティシアがアルティア王国へ着いてから間もなく一ヶ月、身体との一体化が随分と進んできたと見るべきなのかもしれない。
容姿に変化を感じるということは、身体が魂寄りに同化しつつあるという証拠。
『侯爵令嬢レティシア』は『平民レティシア』へと生まれ変わりを遂げるのだ。
そう遠くない未来に、中身28歳の…大人びたレティシアが誕生する。
─ 私は、彼女を拒絶してしまうのだろうか? ─
こうなる先は見えていたはず。
それなのに、突然現実味を帯びて…感じたことのない恐怖心でアシュリーの身体の奥底がブルリと震えた。
この手の中から…レティシアを失いたくない。絶対に。
アシュリーが拒絶の反応をわずかでも示せば、レティシアはそっと側を離れて行くのではないか?
聖力を纏っていたとしても、今までのように触れ合えなくなるのは明らか。
『どうすればいい?』
アシュリーは…最善策を見つけられない。
♢
「…ん…殿下ったら、重たいですよ…」
苦しそうな声に、アシュリーはハッとした。身体の下で、レティシアが身を捩って呻いている。
「…あぁ…すまない…」
サッと立ち上がったアシュリーの髪は、三つ編みが全て解かれ…元に戻っていた。
────────── next 88 大公の苦悩2
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