前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第8章

122 目覚め2

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「覚醒したなら、もう心配は要らないよ」

「本当ですか!大魔女様、ありがとうございます!!」


一時的に身体の自由が利かなくても時間が経てば解れて来ると聞いて、レティシアはホッとする。


「解呪は成功した。呪い本体が消滅すれば、それを守っていた魔法も効力を失う。厄介なのは魔法のほうだったのかもしれないが…まずまずという感じか。やっぱり、敵に直接ぶつけるのが一番効果的だねぇ」


呪いは解けた。今後、アシュリーは女性に嫌悪感を抱かなくなり、誰と触れ合っても体調を崩したりしない。
幼いアシュリーに近付くことすらできなかった母ヴィヴィアンや姉たち、彼を愛する家族…何より、長い間苦しんできたアシュリー本人がどれ程喜ぶだろう。レティシアは、瞳を潤ませながらサオリに抱きつく。


「…サオリさん…」

「待ちに待った時が来たのね…レティシアのお陰よ」

「…よかった…ありがとうございます…」


夜会と舞踏会。二日間の大きな催事を成功させながらアシュリーを助け、レティシアを支え、できる限りの力を尽くしてくれたサオリに対して深い感謝の気持ちが込み上げた。
自分の役目をほぼ終えたスカイラは、抱き合う姉妹の姿に目を細める。


「サオリは、大公の魔力捻れを解いてやらないとね。まだまだ終わってはいないよ」

「全力で解きますわ!」

「こりゃ頼もしい。…レティシア、大公の身体を温かい湯で拭いて、マッサージしてやったらどうだい?目覚めた後、楽なはずだ」

「はい、分かりました!私、聖水をいただいて来ます」


アシュリー専属の看護師ナースであるレティシアは、今日も素直にスカイラの言うことを聞く。治療室を出て行く背中を見送ると、スカイラがカラカラと笑った。


「あの子、声のハリからして違うじゃないか」

「でも、恋をしているとは気付かないの」

「呪いがなくなって、どうなるやら…楽しみだ」

「大公はレティシアにもっと甘くなって、きっと見ていられないわ。こっちが焦げそうよ」

「若いってのはいいねぇ。…そういや、国王陛下に知らせに行くんじゃなかったのかい?」

「えぇ、急いで伝えに行かないと。何だか緊張するわ」

「サオリが頑張っていたのは、皆が知っているよ」

「…私、大公を救えて…本当にうれしい…」


スカイラは静かに涙を流すサオリを抱き締め、背中を優しく擦ってやる。


「こんなに喜ばしい報告ができる日が来るだなんて、信じられないわ。ありがとう…おばあ様」




──────────




意識を取り戻したアシュリーは、またすぐに眠りに落ちた。眠ると回復が早まるという。
レティシアは聖水に浸して温めたタオルでアシュリーの顔や身体を丁寧に拭きながら、手足のマッサージを繰り返す。

魔法薬は後三回。
念には念を入れて、九回分を最後まで飲む。スカイラやサオリがアシュリーに触れて状態を診れるのは、薬を全て飲んで体力が回復した後になりそうだった。


「殿下…起きていますか?」


意識があれば、直接口へ薬を含ませて簡単に終了する。六時間間隔で飲ませているため、時間になっても問い掛けに反応がなかった場合、今まで通りレティシアが口移しをしなければならない。


「…………」


握り返されない手を、レティシアはちょっと寂しい気持ちで見つめた。そうして結局、残り一回分だけが残る。



    ♢



夕食を済ませたレティシアは、エメリアと側付きメイドのジェイリーと共に、治療室へ向かう廊下を歩いていた。


「大公様がお目覚めになられたそうですね。私共も安堵いたしました」

「はい、お陰様で…エメリアさんたちにも大変ご心配をお掛けして、申し訳ありません」

「いいえ…よろしゅうございましたね」

「私はアリス様のお顔の色を見て、大公様が回復されたことがすぐに分かりましたよ?」

「えぇ?」

「明るい表情をなさっていますし、今日はお食事もいつもよりたくさん召し上がっていらっしゃいました。今までとは、全然違いますもの」 

「ジェイリー…アリス様に失礼ですよ。おやめなさい」


ジェイリーの言う通り、レティシアは今日の食事がとても美味しく感じたのだと思う。アシュリーが目覚めてから、周りの景色までもが明るく目に映る。


「アリス」


突然後ろから声がして、驚いたレティシアが飛び上がって振り向くと、サハラが立っていた。
首元の詰まったタイトなシャツの上から薄手のガウンコートを羽織ったブラックコーデの立ち姿は、惚れ惚れするくらいに美しい。普段着がほぼ全裸に近い彼にしては、かなりちゃんとした格好をしている。


「…サ、サハラ様?」

「お前は、いつもぼんやりしているな」

「……しておりません。考え事をしていたのです」

「ほぅ…なるほど。たくさん食べて、その骨張った身体に肉をつける計画でも考えていたか?」

「…い、いえ…」


(神獣が盗み聞きだなんて、お行儀が悪いわ)


「お前たちは下がれ。治療室へは、私が一緒に行く」

「「畏まりました」」


廊下に跪くエメリアとジェイリーは、サハラの一声でサッとその場から身を引いた。サハラはレティシアの背中に手を添え、先へ進むよう促す。


「行くぞ」

「…はい…」


神獣であるサハラと肩を並べて歩くのが、聖女宮であっても稀なことだとレティシアにも分かる。最初に感じていた圧倒的な強者のオーラも、大地の加護を受けたレティシアには無害となっていた。


「大公が覚醒したそうだな、様子はどうだ?」

「呪いが解けたばかりで…まだ何とも言えません」

「…そうか…」



    ♢



「お帰り、レティ…ㇱ…えぇっ!…あ、あなたっ?!」


レティシアと共に治療室へ入ったサハラは、慌てるサオリを無言のまま強引に抱き込む。


「…まだ人化する時ではないでしょう?どうして…」

「大公が目覚めて、解呪が完了したと聞いた。今、サオリを抱き締めなくて…どうしろというのだ?」

「…あなた…」

「…今までよく頑張った…サオリ…」


すすり泣くサオリを慰めるサハラの声は、愛情に溢れている。スカイラとレティシアは、顔を見合わせてそっと治療室を出た。


「サオリさんは殿下を治してあげたかったんですよね。諦めずに、完治を目指して努力していた…」

「触れることさえできれば…と、よく言っていたよ。魔力暴走から大公を救い出したサハラ様も、気にかけていたようだった。当時は、大公も子供だったからねぇ」


この数日、解呪できると分かっていても…レティシアは寝込むアシュリーが心配でならなかった。
彼が幼い少年で、治療法が見つかっていなくて…苦しむ姿をただ見ていることしかできないのだとしたら?想像しただけで、胸が張り裂けそうに辛い。


「私が殿下にお仕えしていたとしても、サオリさんと出会っていなければ、同じ結果は得られませんでした」

「そうだね。私たち皆が運命の出会いをしたんだ」

「…はい。お二人はお似合いのご夫婦ですね。サハラ様を見直したといいますか…猛獣が素敵に見えました…ふふっ…いいなぁ…ラブラブ」


レティシアがうっとりする様子に…『お前さんだって』と、スカイラが生温かい目を向ける。









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