122 / 215
第8章
122 目覚め2
しおりを挟む「覚醒したなら、もう心配は要らないよ」
「本当ですか!大魔女様、ありがとうございます!!」
一時的に身体の自由が利かなくても時間が経てば解れて来ると聞いて、レティシアはホッとする。
「解呪は成功した。呪い本体が消滅すれば、それを守っていた魔法も効力を失う。厄介なのは魔法のほうだったのかもしれないが…まずまずという感じか。やっぱり、敵に直接ぶつけるのが一番効果的だねぇ」
呪いは解けた。今後、アシュリーは女性に嫌悪感を抱かなくなり、誰と触れ合っても体調を崩したりしない。
幼いアシュリーに近付くことすらできなかった母ヴィヴィアンや姉たち、彼を愛する家族…何より、長い間苦しんできたアシュリー本人がどれ程喜ぶだろう。レティシアは、瞳を潤ませながらサオリに抱きつく。
「…サオリさん…」
「待ちに待った時が来たのね…レティシアのお陰よ」
「…よかった…ありがとうございます…」
夜会と舞踏会。二日間の大きな催事を成功させながらアシュリーを助け、レティシアを支え、できる限りの力を尽くしてくれたサオリに対して深い感謝の気持ちが込み上げた。
自分の役目をほぼ終えたスカイラは、抱き合う姉妹の姿に目を細める。
「サオリは、大公の魔力捻れを解いてやらないとね。まだまだ終わってはいないよ」
「全力で解きますわ!」
「こりゃ頼もしい。…レティシア、大公の身体を温かい湯で拭いて、マッサージしてやったらどうだい?目覚めた後、楽なはずだ」
「はい、分かりました!私、聖水をいただいて来ます」
アシュリー専属の看護師であるレティシアは、今日も素直にスカイラの言うことを聞く。治療室を出て行く背中を見送ると、スカイラがカラカラと笑った。
「あの子、声のハリからして違うじゃないか」
「でも、恋をしているとは気付かないの」
「呪いがなくなって、どうなるやら…楽しみだ」
「大公はレティシアにもっと甘くなって、きっと見ていられないわ。こっちが焦げそうよ」
「若いってのはいいねぇ。…そういや、国王陛下に知らせに行くんじゃなかったのかい?」
「えぇ、急いで伝えに行かないと。何だか緊張するわ」
「サオリが頑張っていたのは、皆が知っているよ」
「…私、大公を救えて…本当にうれしい…」
スカイラは静かに涙を流すサオリを抱き締め、背中を優しく擦ってやる。
「こんなに喜ばしい報告ができる日が来るだなんて、信じられないわ。ありがとう…おばあ様」
──────────
意識を取り戻したアシュリーは、またすぐに眠りに落ちた。眠ると回復が早まるという。
レティシアは聖水に浸して温めたタオルでアシュリーの顔や身体を丁寧に拭きながら、手足のマッサージを繰り返す。
魔法薬は後三回。
念には念を入れて、九回分を最後まで飲む。スカイラやサオリがアシュリーに触れて状態を診れるのは、薬を全て飲んで体力が回復した後になりそうだった。
「殿下…起きていますか?」
意識があれば、直接口へ薬を含ませて簡単に終了する。六時間間隔で飲ませているため、時間になっても問い掛けに反応がなかった場合、今まで通りレティシアが口移しをしなければならない。
「…………」
握り返されない手を、レティシアはちょっと寂しい気持ちで見つめた。そうして結局、残り一回分だけが残る。
♢
夕食を済ませたレティシアは、エメリアと側付きメイドのジェイリーと共に、治療室へ向かう廊下を歩いていた。
「大公様がお目覚めになられたそうですね。私共も安堵いたしました」
「はい、お陰様で…エメリアさんたちにも大変ご心配をお掛けして、申し訳ありません」
「いいえ…よろしゅうございましたね」
「私はアリス様のお顔の色を見て、大公様が回復されたことがすぐに分かりましたよ?」
「えぇ?」
「明るい表情をなさっていますし、今日はお食事もいつもよりたくさん召し上がっていらっしゃいました。今までとは、全然違いますもの」
「ジェイリー…アリス様に失礼ですよ。おやめなさい」
ジェイリーの言う通り、レティシアは今日の食事がとても美味しく感じたのだと思う。アシュリーが目覚めてから、周りの景色までもが明るく目に映る。
「アリス」
突然後ろから声がして、驚いたレティシアが飛び上がって振り向くと、サハラが立っていた。
首元の詰まったタイトなシャツの上から薄手のガウンコートを羽織ったブラックコーデの立ち姿は、惚れ惚れするくらいに美しい。普段着がほぼ全裸に近い彼にしては、かなりちゃんとした格好をしている。
「…サ、サハラ様?」
「お前は、いつもぼんやりしているな」
「……しておりません。考え事をしていたのです」
「ほぅ…なるほど。たくさん食べて、その骨張った身体に肉をつける計画でも考えていたか?」
「…い、いえ…」
(神獣が盗み聞きだなんて、お行儀が悪いわ)
「お前たちは下がれ。治療室へは、私が一緒に行く」
「「畏まりました」」
廊下に跪くエメリアとジェイリーは、サハラの一声でサッとその場から身を引いた。サハラはレティシアの背中に手を添え、先へ進むよう促す。
「行くぞ」
「…はい…」
神獣であるサハラと肩を並べて歩くのが、聖女宮であっても稀なことだとレティシアにも分かる。最初に感じていた圧倒的な強者のオーラも、大地の加護を受けたレティシアには無害となっていた。
「大公が覚醒したそうだな、様子はどうだ?」
「呪いが解けたばかりで…まだ何とも言えません」
「…そうか…」
♢
「お帰り、レティ…ㇱ…えぇっ!…あ、あなたっ?!」
レティシアと共に治療室へ入ったサハラは、慌てるサオリを無言のまま強引に抱き込む。
「…まだ人化する時ではないでしょう?どうして…」
「大公が目覚めて、解呪が完了したと聞いた。今、サオリを抱き締めなくて…どうしろというのだ?」
「…あなた…」
「…今までよく頑張った…サオリ…」
すすり泣くサオリを慰めるサハラの声は、愛情に溢れている。スカイラとレティシアは、顔を見合わせてそっと治療室を出た。
「サオリさんは殿下を治してあげたかったんですよね。諦めずに、完治を目指して努力していた…」
「触れることさえできれば…と、よく言っていたよ。魔力暴走から大公を救い出したサハラ様も、気にかけていたようだった。当時は、大公も子供だったからねぇ」
この数日、解呪できると分かっていても…レティシアは寝込むアシュリーが心配でならなかった。
彼が幼い少年で、治療法が見つかっていなくて…苦しむ姿をただ見ていることしかできないのだとしたら?想像しただけで、胸が張り裂けそうに辛い。
「私が殿下にお仕えしていたとしても、サオリさんと出会っていなければ、同じ結果は得られませんでした」
「そうだね。私たち皆が運命の出会いをしたんだ」
「…はい。お二人はお似合いのご夫婦ですね。サハラ様を見直したといいますか…猛獣が素敵に見えました…ふふっ…いいなぁ…ラブラブ」
レティシアがうっとりする様子に…『お前さんだって』と、スカイラが生温かい目を向ける。
────────── next 123 目覚め3
22
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由
冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。
国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。
そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。
え? どうして?
獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。
ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。
※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。
時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる