前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
128 / 215
第9章

128 平和?

しおりを挟む


聖女宮で目覚めてから一週間の療養期間を過ごした後、アシュリーはレティシアを連れて約十日ぶりにラスティア国へ戻る。


「母上は、姉上たちよりずっとか細くて…驚いた」


前日に家族と感動の対面を果たした彼は、馬車に揺られながらぼんやりと呟く。

感極まって皆と抱き合ったかのようにも聞こえるが、ガッシリとした体格のアシュリーを力一杯抱き締めたのはヴィヴィアンのほうだった。
泣きじゃくる小さな母を前に戸惑い、背中をそっと擦って慰めるアシュリーを姉たちが左右から取り囲む。立派に成長した弟の身体を確認しようと触れる優しい手は小刻みに震え、あちこち撫でてはその度に涙ぐんだ。


「父上があれ程陽気に酒を飲む姿は見たことがなかった。兄上たちと酒を酌み交わすのも初めてだったな…勧められるまま…少し飲み過ぎた」


成人して以降、お酒といえば寝酒程度しか飲んでいないアシュリーは見事に酔っぱらい、途中から記憶が曖昧になったらしい。


「…レティシアは私のものだと、皆に宣言をした…かもしれない…」

「宣言…?」

「君は、どこへも行かないと私に約束してくれただろう」

「…えぇ…」


一体、どんな会話をすればそんなおかしな宣言をする羽目になるのか?唖然とするレティシアに対して『約束の撤回はさせないよ』と言い切るアシュリーの顔は赤かった。




──────────
──────────




通常の生活に戻って半月。
個人秘書官室で仕事をするレティシアと外出ばかりのアシュリーは、すれ違いの生活をしている。

呪いが解けて『ナデナデ』が必要なくなった彼は、毎夜レティシアの部屋を訪ねる正当な理由を失う。宮殿で朝の挨拶をした後は翌朝まで会えないのが普通で、早朝から遠方へ視察へ出掛けていれば、二日ぶりに姿を見かけるのも珍しくない。精力的に活動するアシュリーの側に、レティシアの居場所はなかった。


「この忙しさ、大公になってすぐの時みたいだ。レイは、全く疲れもないらしい。バケモノみたいに元気だから、心配しなくて大丈夫だよ」


時折、廊下ですれ違いざまにカインに腕を引かれ、アシュリーの健康状態の報告を受けることがある。やはり、彼の身体を蝕んでいた諸悪の根源は呪いだったのだ。



    ♢



レティシアが居候先の公爵家で新しく始めたのは、剣術の稽古。
ラファエルが指導者と聞いて驚き、ロザリーが剣術を一緒に習うと知ってまた驚き、実はロザリーがなかなかの手練れだと分かってまたまた驚いた。


「レティシアは反応が早くて剣筋がいいです。どちらかというと、相手をじっくりと観察しながら戦う…試合や対戦向きですね」


ロザリーは素早い動きと二刀流で、主に実戦向きだとラファエルが評価をする。素人が聞くと正反対に思える生徒が二人、指導者の負担は如何ばかりかと申し訳なく思う。

見た目猫っぽいロザリーは、剣を持つと爪を凶器にした獣の如く別人のようにギラついていた。
長剣を優美に扱うラファエルは、流石クロエ夫人の弟子だとレティシアは惚れ惚れする。日中、次期公爵としての教育が忙しいのに嫌な顔一つせず丁寧に指導をしてくれる彼は、美形で性格も花丸。


(…目の保養になるわ…)


汗を流しての運動がとにかく楽しい。
朝食前のランニング、筋トレ、夕食前のランニング、剣術の稽古…と、お陰でレティシアは宮殿に入り浸る社畜生活から完全に脱出した。


レティシアの取り成しによって絶交を解消したルークとロザリーは、夜にレティシアの部屋で語り合う時間を頻繁に取るようになる。
アシュリーの働きっぷりや、従者s内部の揉め事、秘書官たちの恋愛事情など…他愛のないルークの話は面白く、気付けば剣術の稽古と夜の語らいを楽しみにして日々を過ごすようになっていた。


「ロザリー、ルーク、お休みなさい」

「お休みなさいませ、レティシア様」

「また明日な」


いつも通り、静かに閉じた扉に背を向けてレティシアはベッドへ潜り込む。聖女宮で過ごした時間に比べると、この半月はやたら早く感じる。心にポッカリ穴が空いたようで…寂しい。

多忙な大公に会えないのはレティシアだけではなかった。その証拠に、執務机の上には秘書官が提出した書類がいつも積み上げられている。
翌朝にはその書類が減っているため、外出先から戻ったアシュリーが夜の間に処理を済ませているのだろう。そんな忙しない毎日を難なくこなせているのは、彼が元気である証拠。喜ぶべきことであって、寂しく思ってはいけない。

考え込むと眠れなくなり、レティシアは毛布に包まってサオリの話を思い出す。




──────────




“アシュリーが無敵”である謎を解き明かしてくれたのはサオリだった。


「その神聖なる遺物アーティファクトの指輪は、ペアリングになっているの。対となる金の指輪は、銀の指輪の浄化する力を抑えてくれるわ」

「どういうことでしょう?」

「要するに…金の指輪は恋人に渡すといいのよ。だって、男性の邪な欲望を全部綺麗に浄化されてしまったら…正直困るじゃない?」

「確かに…恋人関係には支障が出そうですね」


思いも寄らない話の内容に、レティシアはそう返事をするのが精一杯。必然的にペアで使用するしかない指輪となると、凡人が簡単に付け外しできないことがそもそも問題に思えて来る。


「でも、どうして殿下に?」

「金の指輪の一番の役割は過度に浄化されるのを防ぐことだけれど、持っていればいろいろと役立つアイテムだから、レティシアの側にいる大公に渡しておいたの。因みに…彼は指輪の契約者ではないわ」


(金の指輪は、契約なしでも保持者特典付きなのね)


実は、魔力の強い者は神聖なる遺物アーティファクトと契約するのが難しい。アシュリーは、サオリから貰った指輪をネックレスのように首から下げていて、常時身につけているとは限らなかった。


「殿下の手元には金の指輪があって、その恩恵を受けているんですね」

「えぇ。…ただ、銀の指輪くらい聖力の強い遺物って意志があるというか…金の指輪の効果が気休め程度説もなくはないけれど…大公になら預けておいて心配はないわ」


今となっては何をどうすることもできないが、ペアリングが長く聖具室に留まっていた理由は、この扱い辛さのせいではないだろうかとレティシアは苦笑いをする。


「加護の攻撃も、道具を使えば避けられるのですか?」

「エルフの加護はレイヴンが与えたものだから…恐ろしくパワーがあると思う。防ぐなんて無理なレベルね。レティシアが本当に身の危険を感じたら、相手を殺しかねない」

「……っ……」

「怒りのいかずちで確実に仕留める前に、軽い電撃ショックで威嚇くらいはするんじゃない…?」


サオリの顔付きを見るだけでは、本気か冗談かが分からない。是非とも後者であって欲しいと…大魔術師レイヴンの強大な力を再認識して身体が震えた。


(…殿下…よくご無事で…)


「レティシアは、エルフの加護を持った上で更に指輪の契約者となったわ。目に見えない神秘的な精神世界と繋がっているのよ。心や感情が通ずると言えばいいかしら…逆に、レティシアが大切にしたいと思う人はむやみに攻撃を受けたりしないはず」

「…私が大切に……あっ、殿下が無敵なのは…」

「そうよ。加護の守りと指輪に邪魔されず、その身に触れてあなたを愛でることができるのは許された相手だけ。知ってる?世間ではそんな男性を恋人って呼ぶのよ」

「…こっ…」

「夜会の日、レティシアを襲った大公は無傷だった。簡単に言うと…強引なキスは嫌じゃなかったってことね。レティシアが拒絶していたら、加護も指輪も黙っていないわ」


(…嫌ではなかった…その通りかも…)


「例えば…大公と顔が似ている、国王陛下やアフィラム様だったらどう?」

「…どう?」

「護衛隊長や補佐官とのキスは?…大公以外の男性たちを想像してみて?」

「えぇっ?!…そ…ぃや…嫌ですっ!!」


想像するまでもなく、言葉を口に出してしまってからハッとする。
レティシアは気付いた。
アシュリーが特別な存在だということに。
そして、加護と指輪がある限り…現状、彼以外は選べない事実に。










────────── next 129 平和?2









    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...