前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
127 / 215
第8章

127 脱・期間限定3

しおりを挟む


アシュリーは、誘拐されて呪いを受けた当時の記憶が未だ不鮮明だった。体調がよくなっても、心の傷まで癒えたかどうか…目には見えない。


「殿下、苦しい思いをされることがありましたら、遠慮なく吐き出してくださいね」


握った手を大事に胸に抱き締めるレティシアの自然な動きと胸の柔らかな感触に、アシュリーは目を見張る。


「…君は、私が眠っている間もずっと温もりを与え続けていてくれたんだな…ありがとう。身体もマッサージで解して貰えたお陰で助かった。私は…我を失ってレティシアを襲ったというのに…はぁ…」

「…………」


ため息と共に肺から大量の空気を押し出して萎んだアシュリーは、不安気に自分を見つめるレティシアの頬に触れた。


「………私のせいで…怪我をしたのか?」

「…そんなことは…」

「怖い思いをさせて…本当に申し訳なかった」


ベッドの上で、毛布に顔がつきそうなくらいに深々と頭を下げられてしまい…レティシアは焦る。責めるべきは目の前のアシュリーではなく、呪いなのだから。


「お顔を上げてください!見ての通り、私は平気です。殿下が気になさる程の過ちは何もありません。怪我も、自分で指を少し切ってしまっただけで…」

「…不可抗力だとしても…きっかけは私にあった。二度と同じ過ちを繰り返さないと誓う、約束する」

「…殿下…」


あの日、レティシアはアシュリーの異常行動に驚いて戸惑った。しかし、意識を飛ばして記憶すらない彼にそこまで深く罪の意識を感じさせてしまっては申し訳ない。


(刻印の能力で、過度な性欲を与えるエロ神も悪いわ)



    ♢



アシュリーは魔法薬を強制的に口移しさせた件についても謝罪して許しを得ると、ようやく胸のつかえが下りた表情を見せる。


「あの時は、ご自分のお身体の状態を何もご存知ない殿下からお話を聞くわけにいかないと思って…それで、私は薬を選びました」

「…あぁ…分かっている…」

「もしかして…殿下は怒っていらっしゃったのですか?」


濃い魔力香に耐え切れず気を失ったことを思い出し、アシュリーの感情が読み取れないままだったレティシアは小首を傾げた。


「いや…そうではない」 


即否定したものの、頑なに話を聞くのを拒まれ、愛らしい唇をその代償とばかりに乱暴に貪ったアシュリーは…再び罪悪感を感じる。


「呪いが解けて、今度は刻印の力が色濃く現れるようになった。怒ったと思わせてしまったのは、私が君を強く求め過ぎてしまうが故だ…制御が不十分で、不快な思いをさせてすまない」


女性と契りを交わし、縁を結ぶのが“刻印”。レティシアはそれを求められては困ると思う一方で、アシュリーの好意が嫌だと感じたことはない。
誠実で常に人を思いやる優しい心を持つ美しい男性、嫌いになる部分が彼には存在しないのだと改めて思った。


「この先、殿下は多くの女性からアプローチを受けるでしょうね。今までできなかった令嬢たちとの交流や新たな出会いから、たくさん刺激を受けるはずです」

「アプローチは要らない」

「要らなくても、あちらから勝手にやって来ます」


顔を上げたアシュリーは、にこやかなレティシアをチラリと見て恨めしそうな目を向ける。


「殿下は、若くて魅力的な青年ですよ?大公として催事へ参加すれば、素敵な令嬢たちが接近して来るのは当然かと…」

「素敵な令嬢?…レティシアは少し誤解しているな」

「え?」

「私は女性との触れ合いを避けてはいたが、女性に見向きもしなかったわけではない。人間観察は抜かりなくしてきたつもりだ」

「…観察ですか?」

「夜会やパーティーに表向きは参加していなかったが、姿を変えたり…消したりして会場には情報収集のために行っていた。社会的影響を持つ貴族の動向は探る必要がある」


(姿を消したり?…殿下は透明人間なの?)


「名門家の令嬢たちなら数多く目にしてきた。人によって巧みに話題と態度を変え、上手くやっているように見えて…話の内容は、悪口と陰口と噂話が八割。高位貴族に尻尾を振りながら、水面下では隣の相手をどう蹴落とそうかと互いに腹を探り合うしたたかな生き物だ」

「…………」

「噂一つで立場が逆転する。素敵なご令嬢は、脆くて弱いから生き残れないな」


プリメラ2号、3号が、か弱き令嬢を虐める光景が安易に想像できた。
一族を繁栄させる目的で『他家へ嫁ぐ』のが貴族令嬢に与えられた役割。誰かが躓けば自ずと己の価値が上がる。より条件のいい嫁ぎ先を手に入れるために、他人を貶めることすら厭わない。社交の世界は弱肉強食だった。


「叔父上に任せっきりだった部分も含め、大公としてすべき範囲で異性とも関わってはいく。だが、私がアプローチしたい女性ならここにいる」


むくれた表情で呟くアシュリーの言葉は重く、レティシアの耳に長く余韻を残す。





──────────
──────────




「…月のもの…ですか?」

「そうだよ、レティシアは女の子だろう?」


アシュリーはパン粥を食べ終え、スカイラとサオリは菓子パンをレティシアにも勧め…ゆったりとお茶を飲んでいたところ『月のものがあるか?』とスカイラに尋ねられる。


(生理?あれ、言われてみれば……一度もない)


「女の子のはずなんですけれど、ないですね」

「えっ!…本当に?!」


女性ならばあって然るべきものが“ない”と聞いて、ギョッとしたのはサオリだった。緊張した面持ちで、スカイラとレティシアを交互に見つめる。


「はい、特に気にしていませんでした。身体が不完全だからでしょうか…それとも、ファンタジー的な現象?」

「ファンタジーが何かよくは分からないけれどね、月のものがないと赤ちゃんができないんだよ」

「それは…存じております…すみません」

「この世界で目覚めて五ヶ月目だろう?…うーん…魂と身体の同化は早ければ半年程度かねぇ、月のものが始まれば確定だ」

「…分かりました…」

「それから、月のものが確認できるまで交わりは禁止だよ」

「………交わり?」

「意味は分かってると思うが…ヤッてないだろうね?」

「…この身体は、処女(推定)なはずです…」

「いいかい、情を交わすってのは濃い魔力を引き入れることだ。長年慣らされた大魔術師レイヴンの魔力なら抵抗ないとして、それ以外は今のレティシアには負担が大きい。加護があるから滅多なことはないと思うが、貞操を守るように」


魔力のないレティシアの身体は、一度魂を失って現在未完成。男性の精は魔力と同じで、それを体内に直接取り込む…つまり、躰を繋げる行為は危険だと理解をした。魔法王国とはいえ、お相手が魔力持ち限定なのが少々気にかかる。
避妊方法が薬や魔法だと言うロザリーの話からすると、避妊具を使用して未然に防ぐという思考はなさそうだった。


「おばあ様、指輪の効果も加護もすり抜けちゃう男がここにいるわ」


(そうです、サオリさん!殿下が無敵な件!!)


「大公、レティシアのために頼んだよ」

「肝に銘じます」

「安心しな、口付けやお触りは自由さ」


(……何て?)


三人が顔を寄せ合ってコソコソ話す。
アシュリーが女性とこんな風に内緒話をする姿を見れるとは…感慨深い思いに耽ると同時に、こっそり聞き耳を立てるレティシアに向かってサオリが微笑んだ。


「レティシアには、後でお話してあげるわね」

「…はい…」








────────── next 128 平和?

いつもお読み頂き、ありがとうございます。







    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした

冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。 けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。 その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。 ※小説家になろうにも投稿しています

処理中です...