モブなのに巻き込まれています ~王子の胃袋を掴んだらしい~

ミズメ

文字の大きさ
52 / 53
番外編置き場

モブは見た【文庫2巻発売記念SS】

しおりを挟む
「ミラ・バートリッジと申します。2年生からの編入になりますが、よろしくお願いします」

 教室の前に立ち、そう頭を下げた令嬢を見て、伯爵令嬢のモブミー・アボットは大いに目を見開いた。

(こっ、この人って……!)

 平民として過ごしながら、実は貴族の血筋で、現在は公爵令嬢となり、第2王子の婚約者として大々的に発表された彼女――ミラ・バートリッジがそこにいた。

 モブミーも先月の卒業パーティーに参加したから知っている。もうなんかすごすぎる一日だった。

 そこで起きた出来事はあまりにも有名だ。
 そして、ミラという人物のことをモブミーもそれより前に知っていた。

 茶色の髪に青色の瞳。特徴的な組み合わせの容姿ではないものの、モブミーはかつて彼女がエプロン姿で店に立つのを見たことがある。

 アボット家の領地は王国の北の方に位置している。王都へは単身で来ており、この学園では寮生活だ。
 領地の山で自然に囲まれてのんびり暮らしていたモブミーは、物珍しさで王都の下町へも何度も散策に出かけている。何を隠そう、じゃじゃ馬娘である。

 その日のモブミーは、下町の食堂から放たれる胃袋に直撃する香りに誘われ、その扉をくぐった。

(――ロールカツ、最高に美味しかった。うどんも温まったし。うちの領地では汁なしのうどんを食べることはないから、ヤキウドンは衝撃だったわ)

 黄金色の衣をまとうサクサクのカツを噛めば、中からはお肉の旨みととろけだすチーズ。そこにかかるソースのパンチの効いた味わい。

 醤油で炒められた香ばしい茶色のうどんには、ベーコンや野菜の味わいが重なってえもいわれぬ美味しさ。

 その味はいっぺんにモブミーを虜にした。

(考えてたら、お腹が空いてきちゃった。……って、今はそれを思い出している場合じゃないわ)

 思考が完全に食事になっていたモブミーは慌てて頭を振って意識をこちらに戻した。
 その時食堂にいたのが、あのミラという女の子。その子がこうして、学園の特別クラスへと編入してきている。

「バートリッジ嬢の席はどこにしましょうかねぇ」

 担任のベイド先生が、のんびりと教室を見回す。その瞬間、素早く手が挙がった。

「はい! 先生、わたしの隣が空いています」

 輝く金の髪に湖畔のような水色の大きな瞳のご令嬢――スピカ・クルト伯爵令嬢だ。

 滅多に社交界に現れないこととその妖精のような容姿から幻姫の異名を持つ令嬢が、堂々と手を挙げている。

「そうですね。ではバートリッジ嬢、クルト嬢の隣へどうぞ」
「ありがとうございます」

 ベイドは柔らかな笑顔を浮かべ、ミラを誘導する。
 ミラのどこか強ばった表情が、スピカの挙手によって緩んだのをモブミーは見逃さなかった。

(……パーティーでも親しそうだったもの。当然ね。あら、そうなると……?)

 スピカとミラが友人関係にあることは、パーティーに出席していた生徒なら誰でも分かった事だ。
 もうひとつの重要な事に気がついたモブミーは、シュバっと目的の方向に目を向けた。

 そこには、挙げかけた手をそっと下ろしている第二王子レグルスの姿があった。すっと消えてしまった笑顔が寂しい。

(や、ヤッパリイィィィ!!! 婚約者になったって言ってたものね!? そうよね、そうなりますよね!? パーティーではあんなに溺愛モードでしたものぉぉぉぉ)

 憂いを帯びたレグルスの表情を確認したモブミーは、口をおさえながら机に突っ伏した。

 大方、レグルスもミラを隣の席へと誘おうとしたのだろう。だが、タッチの差でスピカが挙手をした。それで少し落ち込んでいるのだ。

(ひっっっ、楽しすぎる……!)

 ちらりと目を向ければ、スピカの隣の席になったミラは、心から嬉しそうにふたりでキャッキャと笑っている。
 婚約者の王子の隣の席が空いていることなど、全く気が付かなかったようだ。

(俄然楽しくなってきたわ……! 一年生の時は見られなかったものが見られそう)

 幻姫のスピカは大人しく、第二王子のレグルスはいつもクールで無表情だった。
 それがもうこの一瞬で全部違う。最高か。

(あああ! このクラスでよかったアアア)

 心の中で叫びながら、モブミーはクラスに吹いた新しい風を誰よりも享受していた。

 そこから、モブミーはちらちらとミラを取り巻く様子を観察することになるのだが、彼女と接するときのスピカやレグルスの自然な振る舞いにますます惚れ込み、果てはシャウラやカストルなどのささやかな変化などにも気が付いてゆく。

(ありがとうお父様……学園に通わせてくれて……めっちゃ楽しい)

 モブミーは学園生活を満喫したまま卒業し、箱推ししているミラたちを守るために辺境の地で女領主として活躍したらしい、というのは別のお話。




--------

お読みいただきありがとうございます!
最高にふざけました。本物の(?)モブが見た世界。

先日、モブ巻き文庫2巻が発売となりました。
文庫だけの書き下ろしはアーク義兄さまとスピカです⸜( ◜࿁◝ )⸝︎︎

文庫も出していただけてありがたい限りです。
先月発売のコミックスと併せてお楽しみください。

2023.1.13   ミズメ
しおりを挟む
感想 863

あなたにおすすめの小説

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。