9 / 10
09
しおりを挟む
□
夜会から連れ出されたライラは、フォンに手を引かれて知らない道を進んでいた。
外に出る際、フォンが羽織っていた上着を掛けられ、幾分か寒さは和らぐ。
(どこに行くのでしょう)
伯爵家の屋根裏部屋、離宮の研究所。ライラが知っている場所は限られている。
薬草ならば数百種類は覚えているが、貴族の顔はほとんど知らない。
「ライラ、こちらへ」
「ここは……?」
「私専用の温室だよ。離宮では管理出来ないものを、こちらに置いているんだ」
案内されるままに足を踏み入れると、ふわりと春の温かさがライラを包み込む。咲き乱れる花々は色とりどりで、冬であることを忘れてしまいそうになる。
「ライラ。姿や身分を偽っていてすまなかった」
温室の扉を閉めると、フォンはライラに向き直った。その表情は暗い。
「この姿のままでは、自由に動くことが出来なくて……悩んでいた所で、リカードに君の薬のことを聞いたんだ」
眉目秀麗な金髪の王子が、しゅん、と眉を下げる様子はやけに可愛らしく見える。
「本当にすまない。結果的には君を騙していたことになる」
フォンは何度も謝罪する。だが、ライラにとっては彼が何者であろうと特に何も問題はなかった。
「顔を上げてください、フォン。毎日そんなに煌びやかな顔でいられたら、私の眼鏡の強度が持たなかったかもしれませんし、いつものもっさりしたフォンも好きですよ」
目の前にいるのは、ローランド殿下ではあるが、ライラにとっては"ただのフォン"でもある。
研究所でいつも意見を交わした、あの優しいフォンなのだから。
「す、好き……? ら、ライラ、私も……!」
「そんなことより、フォンがあの薬を服用していたということは、薄毛が心配ですね。この温室にも何かヒントはないでしょうか」
ライラは温室をよく見るために身を翻す。そのまま研究モードに突入したため、感極まったフォンの抱擁は空振りに終わってしまった。
「……ライラ、その、私との婚約についてだけれど。君をあの伯爵家からなんとか連れ出したいと思ったんだ。嫌ならいつでも解消する」
背中から聞こえて来た声に、ライラは花を物色していた手を止めて振り返った。
それから、何度もぱちぱちと瞬きをする。
フォンとの婚姻を嫌だと思う気持ちは、ライラの中にはない。
むしろ。
「私は、フォンが結婚相手だと知って嬉しかったです」
それがライラの正直な気持ちだ。
「それに、研究も続けていいのですよね。辺境にはどんな植物があるのでしょうか。寒冷な所は行ったことがないので、楽しみです」
「……! ああ、もちろん! 実は屋敷のそばにライラと一緒に研究するための研究室を用意してあるんだ。三食しっかり食べて寝て、研究はいつでもしていい。それからリカードも引き抜いて連れて行くつもりだ」
「まあ、リカードも」
「肩書きとしては私の秘書官として、だけどね。快諾してくれたから、彼もきっと準備をしていると思うよ」
見知らぬ土地でも、大切な友人たちが一緒だと思うと一気に楽しみになってくる。
先ほどまでの不安は一気になくなり、ライラは俄然楽しみになってきた。
「では、辺境に行く前に、こちらにある植物でも色々試してみたいです。フォン、この花はなんですか?」
そう問いかけると、優しい笑みが返ってきた。
「ああ。それはね──」
研究仲間から一変して婚約者となった二人だったが、温室の中でそのまま魔法薬についての意見交換をして、夜は更けていった。
ゲルティの騒動について少し。
捕らえられたゲルティは、フォンが綿密に調べあげた証拠が決定打となり、ハルフォード家の財産を横領していたことが明らかとなった。
その赤字を補填するためにライラの父は奔走し、過労で倒れてしまったのではないかと言われている。
ライラの父の死期が近いことを知ったゲルティは親戚筋と共謀してライラから権限を奪い、ハルフォード伯爵家を乗っ取った。ゲルティを支持した者たちには、見返りとして横領した金の一部や領地を勝手に与えていたという。
全てが詳らかになり、ゲルティ率いるハルフォード伯爵家は取り潰しとなり、その管理は国に委ねられることになった。
ゲルティはこれから罪を償うことになる。
彼の頭部については想像にお任せするが、ライラの魔法薬を使って美しい色を保っていた自慢のふさふさ緑髪は、取り調べが終わる頃には見る影もなくなっていたそうだ。
あの薬効とストレスとの組み合わせは最悪かもしれない。そんなサンプルが取れた。
夜会から連れ出されたライラは、フォンに手を引かれて知らない道を進んでいた。
外に出る際、フォンが羽織っていた上着を掛けられ、幾分か寒さは和らぐ。
(どこに行くのでしょう)
伯爵家の屋根裏部屋、離宮の研究所。ライラが知っている場所は限られている。
薬草ならば数百種類は覚えているが、貴族の顔はほとんど知らない。
「ライラ、こちらへ」
「ここは……?」
「私専用の温室だよ。離宮では管理出来ないものを、こちらに置いているんだ」
案内されるままに足を踏み入れると、ふわりと春の温かさがライラを包み込む。咲き乱れる花々は色とりどりで、冬であることを忘れてしまいそうになる。
「ライラ。姿や身分を偽っていてすまなかった」
温室の扉を閉めると、フォンはライラに向き直った。その表情は暗い。
「この姿のままでは、自由に動くことが出来なくて……悩んでいた所で、リカードに君の薬のことを聞いたんだ」
眉目秀麗な金髪の王子が、しゅん、と眉を下げる様子はやけに可愛らしく見える。
「本当にすまない。結果的には君を騙していたことになる」
フォンは何度も謝罪する。だが、ライラにとっては彼が何者であろうと特に何も問題はなかった。
「顔を上げてください、フォン。毎日そんなに煌びやかな顔でいられたら、私の眼鏡の強度が持たなかったかもしれませんし、いつものもっさりしたフォンも好きですよ」
目の前にいるのは、ローランド殿下ではあるが、ライラにとっては"ただのフォン"でもある。
研究所でいつも意見を交わした、あの優しいフォンなのだから。
「す、好き……? ら、ライラ、私も……!」
「そんなことより、フォンがあの薬を服用していたということは、薄毛が心配ですね。この温室にも何かヒントはないでしょうか」
ライラは温室をよく見るために身を翻す。そのまま研究モードに突入したため、感極まったフォンの抱擁は空振りに終わってしまった。
「……ライラ、その、私との婚約についてだけれど。君をあの伯爵家からなんとか連れ出したいと思ったんだ。嫌ならいつでも解消する」
背中から聞こえて来た声に、ライラは花を物色していた手を止めて振り返った。
それから、何度もぱちぱちと瞬きをする。
フォンとの婚姻を嫌だと思う気持ちは、ライラの中にはない。
むしろ。
「私は、フォンが結婚相手だと知って嬉しかったです」
それがライラの正直な気持ちだ。
「それに、研究も続けていいのですよね。辺境にはどんな植物があるのでしょうか。寒冷な所は行ったことがないので、楽しみです」
「……! ああ、もちろん! 実は屋敷のそばにライラと一緒に研究するための研究室を用意してあるんだ。三食しっかり食べて寝て、研究はいつでもしていい。それからリカードも引き抜いて連れて行くつもりだ」
「まあ、リカードも」
「肩書きとしては私の秘書官として、だけどね。快諾してくれたから、彼もきっと準備をしていると思うよ」
見知らぬ土地でも、大切な友人たちが一緒だと思うと一気に楽しみになってくる。
先ほどまでの不安は一気になくなり、ライラは俄然楽しみになってきた。
「では、辺境に行く前に、こちらにある植物でも色々試してみたいです。フォン、この花はなんですか?」
そう問いかけると、優しい笑みが返ってきた。
「ああ。それはね──」
研究仲間から一変して婚約者となった二人だったが、温室の中でそのまま魔法薬についての意見交換をして、夜は更けていった。
ゲルティの騒動について少し。
捕らえられたゲルティは、フォンが綿密に調べあげた証拠が決定打となり、ハルフォード家の財産を横領していたことが明らかとなった。
その赤字を補填するためにライラの父は奔走し、過労で倒れてしまったのではないかと言われている。
ライラの父の死期が近いことを知ったゲルティは親戚筋と共謀してライラから権限を奪い、ハルフォード伯爵家を乗っ取った。ゲルティを支持した者たちには、見返りとして横領した金の一部や領地を勝手に与えていたという。
全てが詳らかになり、ゲルティ率いるハルフォード伯爵家は取り潰しとなり、その管理は国に委ねられることになった。
ゲルティはこれから罪を償うことになる。
彼の頭部については想像にお任せするが、ライラの魔法薬を使って美しい色を保っていた自慢のふさふさ緑髪は、取り調べが終わる頃には見る影もなくなっていたそうだ。
あの薬効とストレスとの組み合わせは最悪かもしれない。そんなサンプルが取れた。
121
あなたにおすすめの小説
「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
マリッサの額にはうっすらと痣がある。
その痣のせいで姑に嫌われ、生まれた娘にも同じ痣があったことで「気味が悪い!不吉な子に違いない」と言われてしまう。
自分のことは我慢できるが娘を傷つけるのは許せない。そう思ったマリッサは離婚して家を出て、新たな出会いを得て幸せになるが……
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!
奏音 美都
恋愛
ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。
そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。
あぁ、なんてことでしょう……
こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!
初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~
ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。
それが十年続いた。
だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。
そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。
好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。
ツッコミどころ満載の5話完結です。
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
愛しい義兄が罠に嵌められ追放されたので、聖女は祈りを止めてついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
グレイスは元々孤児だった。孤児院前に捨てられたことで、何とか命を繋ぎ止めることができたが、孤児院の責任者は、領主の補助金を着服していた。人数によって助成金が支払われるため、餓死はさせないが、ギリギリの食糧で、最低限の生活をしていた。だがそこに、正義感に溢れる領主の若様が視察にやってきた。孤児達は救われた。その時からグレイスは若様に恋焦がれていた。だが、幸か不幸か、グレイスには並外れた魔力があった。しかも魔窟を封印する事のできる聖なる魔力だった。グレイスは領主シーモア公爵家に養女に迎えられた。義妹として若様と一緒に暮らせるようになったが、絶対に結ばれることのない義兄妹の関係になってしまった。グレイスは密かに恋する義兄のために厳しい訓練に耐え、封印を護る聖女となった。義兄にためになると言われ、王太子との婚約も泣く泣く受けた。だが、その結果は、公明正大ゆえに疎まれた義兄の追放だった。ブチ切れた聖女グレイスは封印を放り出して義兄についていくことにした。
醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?
京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。
顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。
貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。
「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」
毒を盛られ、体中に走る激痛。
痛みが引いた後起きてみると…。
「あれ?私綺麗になってない?」
※前編、中編、後編の3話完結
作成済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる