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第六話 報酬-2
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連隊長は二〇名ほどの小隊を引き連れてハイデンの通りを闊歩する。彼らの姿を目にした通行人は足早に走り去り、付近の住民は鎧戸を閉めて息を潜める。瞬く間に通りから人影が消えて静まり返り、連隊長らの足音と彼らが牽く荷車の立てる音が響くのみになる。一人二人の隊員だけであれば住民も隠れるまでに至らないのだが、小隊規模で悪名高き連隊長が指揮しているとなれば、触らぬ神に祟りなしなのである。
「どいつもこいつもこそこそしやがって! 骨の有る奴は居ねぇのか!?」
隊員の一人が不快げに声を荒げた。強敵を求めているのだろうか。それとも愛を求めているのであろうか。いずれにしても誰かを求めているのだろう。それを自覚してかしないでか、強がるような顔をする。
「この方が歩く邪魔にならなくていいがな!」
住民は言うに及ばず、他の隊員の誰も相手にしない。それが恥ずかしかったらしく、それ以上は口を歪めるだけで噤んだ。
それから暫し、ここが目的地と連隊長が立ち止まる。とある商店の前だ。
「お前ら! 今回の徴発はここだ!」
『おー!』
大凡軍とは思えない命令と諾了の後、周辺の警戒のために兵士の半数が標的の商店と荷車を囲んだ半円を描いて展開する。装備するのは剣に加えてフリントロック式の銃。銃は単発式のため、主に威嚇と初撃による優位性確保を目的とする。残る半数の兵士は連隊長の許に待機して、警戒態勢が整うのを待っている。
彼らはヘンドリックが伝えたボナレス伯爵からの指示を早速実行に移そうとしていた。
そんな連隊長らの様子に後方の路地の物陰から目を光らせる影もある。ヘンドリックだ。
彼はハロルドの部下の追跡を撒いてから詰め所付近に戻り、連隊長の動向を監視するべく潜伏した。連隊長が行動を起こすなら一両日中と見て、その間は監視し続ける心づもりをしてである。ところが連隊長の動きは予想を超えて早かった。
ここまで追跡したのは、荷車を牽いて詰め所を出ただけでは目的がはっきりとしないためだ。だがそれも今し方の命令で明瞭となった。周りが静まっていることで連隊長の声だけが響いたのだから聞き間違えようもない。行動を起こすべき時である。
ヘンドリックは剣を抜いた。
彼は古いタイプの傭兵だ。剣と槍を頼りに戦場を駆け巡った。戦争の主力が銃となった時代において、荒天時の奇襲や隠密行動を伴う遊撃が主な任務であった。その中で名を馳せたのだ。
そして今の状況はそれに近い。
展開した兵士の視線が逸れるのを見計らって走り出す。直後に近場の兵士三名へと寸鉄を投擲する。腕に当たった者は銃を取り落とし、喉元に当たった者は悶絶し、目に当たった者は絶命した。この結果はたまたまだ。いずれも喉元を狙ったものが、腕を振り上げたり屈んだりの投擲後の兵士らの動作で違いが出た。
三挺の銃の一時的な無力化に成功して空いた隙に、展開した兵士と荷車の間へと突入する。それに気付いた兵士の幾人かが咄嗟に銃を構える。
「撃つな! 同士討ちになる!」
小隊長が制止した。
そんな様子に構わず、ヘンドリックは連隊長へと向かう。剣を抜いて迎撃を試みる兵士らを斬り伏せてゆく。
襲撃者の正体に気付いたらしい連隊長が驚愕に顔を歪めつつ叫ぶ。
「ヘンドリック! 貴様!」
その時にはもう、ヘンドリックは連隊長に肉薄していた。
「貴方のような輩をのさばらせたのは私の不徳の致すところ。捨て置いては先代に申し訳が立ちません」
連隊長が振り下ろす剣を弾いて背後を取りつつ囁いてから、その背中へと剣を深々と突き刺した。
ゴボッと口から血を溢れさせて連隊長の目から光が消える。その身体が力無く頽れてゆく。兵士らはあまりのことで一瞬だけであるが棒立ちになった。
その隙を見逃すヘンドリックではない。直ぐさま連隊長から剣を引き抜いて兵士の一人を斬り捨てる。
次の瞬間には兵士らも動き出すが、既に致命的な遅れだ。ヘンドリックの剣の錆に成り果ててゆく。
「撃てっ!」
このままでは全滅だと考えたのか、小隊長が同士討ちも止む無しとばかりに射撃の指示を出す。
パンパンパンと連続した射撃音。
しかしヘンドリックはこの時には既に待機中だった兵士の集団を突破しており、更には半円の一方の端の兵士二人へと寸鉄を投擲して銃を無力化する。後方と側面からの射撃に対しては敢えて斬らずに残した兵士らの陰に隠れてやり過ごす。
「ぐおっ」「がっ」「ぎっ」とくぐもった悲鳴が響く。胸を撃たれた兵士はその場で息絶える。
その間にもヘンドリックは今し方寸鉄を投げ付けた兵士らに肉薄し、これを斬りつつ盾として次の兵士へと向かう。次の兵士に肉薄すれば、今度はこれを斬りつつ盾として次の兵士に向かう。
そうして数分と経たずに全ての兵士を斬り捨てた。
その後、逐電したヘンドリックが伯爵の前に姿を現すことは二度と無かった。
いくら恩のある先代から頼まれたことだとて、もう限界だったのである。
「どいつもこいつもこそこそしやがって! 骨の有る奴は居ねぇのか!?」
隊員の一人が不快げに声を荒げた。強敵を求めているのだろうか。それとも愛を求めているのであろうか。いずれにしても誰かを求めているのだろう。それを自覚してかしないでか、強がるような顔をする。
「この方が歩く邪魔にならなくていいがな!」
住民は言うに及ばず、他の隊員の誰も相手にしない。それが恥ずかしかったらしく、それ以上は口を歪めるだけで噤んだ。
それから暫し、ここが目的地と連隊長が立ち止まる。とある商店の前だ。
「お前ら! 今回の徴発はここだ!」
『おー!』
大凡軍とは思えない命令と諾了の後、周辺の警戒のために兵士の半数が標的の商店と荷車を囲んだ半円を描いて展開する。装備するのは剣に加えてフリントロック式の銃。銃は単発式のため、主に威嚇と初撃による優位性確保を目的とする。残る半数の兵士は連隊長の許に待機して、警戒態勢が整うのを待っている。
彼らはヘンドリックが伝えたボナレス伯爵からの指示を早速実行に移そうとしていた。
そんな連隊長らの様子に後方の路地の物陰から目を光らせる影もある。ヘンドリックだ。
彼はハロルドの部下の追跡を撒いてから詰め所付近に戻り、連隊長の動向を監視するべく潜伏した。連隊長が行動を起こすなら一両日中と見て、その間は監視し続ける心づもりをしてである。ところが連隊長の動きは予想を超えて早かった。
ここまで追跡したのは、荷車を牽いて詰め所を出ただけでは目的がはっきりとしないためだ。だがそれも今し方の命令で明瞭となった。周りが静まっていることで連隊長の声だけが響いたのだから聞き間違えようもない。行動を起こすべき時である。
ヘンドリックは剣を抜いた。
彼は古いタイプの傭兵だ。剣と槍を頼りに戦場を駆け巡った。戦争の主力が銃となった時代において、荒天時の奇襲や隠密行動を伴う遊撃が主な任務であった。その中で名を馳せたのだ。
そして今の状況はそれに近い。
展開した兵士の視線が逸れるのを見計らって走り出す。直後に近場の兵士三名へと寸鉄を投擲する。腕に当たった者は銃を取り落とし、喉元に当たった者は悶絶し、目に当たった者は絶命した。この結果はたまたまだ。いずれも喉元を狙ったものが、腕を振り上げたり屈んだりの投擲後の兵士らの動作で違いが出た。
三挺の銃の一時的な無力化に成功して空いた隙に、展開した兵士と荷車の間へと突入する。それに気付いた兵士の幾人かが咄嗟に銃を構える。
「撃つな! 同士討ちになる!」
小隊長が制止した。
そんな様子に構わず、ヘンドリックは連隊長へと向かう。剣を抜いて迎撃を試みる兵士らを斬り伏せてゆく。
襲撃者の正体に気付いたらしい連隊長が驚愕に顔を歪めつつ叫ぶ。
「ヘンドリック! 貴様!」
その時にはもう、ヘンドリックは連隊長に肉薄していた。
「貴方のような輩をのさばらせたのは私の不徳の致すところ。捨て置いては先代に申し訳が立ちません」
連隊長が振り下ろす剣を弾いて背後を取りつつ囁いてから、その背中へと剣を深々と突き刺した。
ゴボッと口から血を溢れさせて連隊長の目から光が消える。その身体が力無く頽れてゆく。兵士らはあまりのことで一瞬だけであるが棒立ちになった。
その隙を見逃すヘンドリックではない。直ぐさま連隊長から剣を引き抜いて兵士の一人を斬り捨てる。
次の瞬間には兵士らも動き出すが、既に致命的な遅れだ。ヘンドリックの剣の錆に成り果ててゆく。
「撃てっ!」
このままでは全滅だと考えたのか、小隊長が同士討ちも止む無しとばかりに射撃の指示を出す。
パンパンパンと連続した射撃音。
しかしヘンドリックはこの時には既に待機中だった兵士の集団を突破しており、更には半円の一方の端の兵士二人へと寸鉄を投擲して銃を無力化する。後方と側面からの射撃に対しては敢えて斬らずに残した兵士らの陰に隠れてやり過ごす。
「ぐおっ」「がっ」「ぎっ」とくぐもった悲鳴が響く。胸を撃たれた兵士はその場で息絶える。
その間にもヘンドリックは今し方寸鉄を投げ付けた兵士らに肉薄し、これを斬りつつ盾として次の兵士へと向かう。次の兵士に肉薄すれば、今度はこれを斬りつつ盾として次の兵士に向かう。
そうして数分と経たずに全ての兵士を斬り捨てた。
その後、逐電したヘンドリックが伯爵の前に姿を現すことは二度と無かった。
いくら恩のある先代から頼まれたことだとて、もう限界だったのである。
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