慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔

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第六話 報酬-3

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 第三大隊もまた隊長の指揮の下で徴発へと出発していた。
 この隊長の見るからに不潔な髭面はどこから見ても山賊で、その振る舞いも見た目通りのもの。非道なことこの上なく、連隊長を遙かにしのぐ悪名は、一目見ればそれと判る風体とともに人々に知れ渡る。そんな男がどうして隊長の地位に就いているかと言えば、所詮傭兵と言うべきか、ボナレス伯爵が雇い主だからと言うべきか、全ては腕っ節の強さによるものだ。

 その第三大隊隊長を建物の屋根の上から銃で狙うのが女盗賊となったレミアである。銃はボナレスの詰め所から盗み出したものだ。
 これに先立ち、レミアはヘンドリックと名乗る老人から接触され、ボナレス伯爵の意向と各大隊の行動予測を伝えられた。合わせて連隊長と第三大隊隊長を討ち取る提案もだ。ボナレス伯爵の執事だったと言う得体の知れない老人からの提案など連想されるのは罠。だが、彼の言葉が真実であれば放置してもいられない。それに接触した上で罠を掛けるくらいなら端から奇襲した方が簡単な筈だと考えもした。だからレミア自身の事情も相まって、警戒つつも同意する。どちらを狙うかを問われて選択したのは、個人的に思うところの有る第三大隊隊長だ。
 レミア自身の事情については極単純な話。ボナレス兵への襲撃が日に日に困難になり、終ぞ、明日の食事さえ危ぶまれ始めている。巡回中の兵士を襲うだけでは勿論足りない。だからとボナレス領軍の詰め所は頻繁には狙えないため、いつものようにこそこそと盗み出すのではなく、一つ派手な略奪を行わなければならないかと考えていたところだった。それは今までより遙かに危険で、失敗する可能性も高い。失敗すれば命が無いのだ。その場で殺されるか、後で処刑されるかの違いしか無い。だからその前に第三大隊隊長だけは討つ。
 第三大隊隊長は以前の同僚で大嫌いだった年増の娼婦を殺した相手。でも年増の敵討ちをするつもりは無い。第三大隊隊長を討ち取りたいだけだ。

 当たっても当たらなくても銃は単発、一発勝負。狙いを定めて引き金を引く。
 パンと乾いた音の後、第三大隊隊長は自らの頭から噴き出した血の海に沈んだ。
 結果を確認したらもうここに用は無い。逃亡の邪魔になる銃をその場に捨て置いて、屋根を伝い、立木を伝って反対側の通りへと出る。周囲を警戒しつつ予め決めていた逃走経路をひた走る。
「こっちに居たぞ!」
 ところが兵士らの対応が思いの外早く、見つかった。声のした方には傭兵の姿。仕方なく経路から外れた道を行く。狭い路地を何度か曲がりながら進んでいると、前方の十字路から「あっちに逃げたぞ」と声がした。咄嗟とっさに横路に入る。ところがそこは一層曲がりくねって入り組んだ路地。時折立ち止まって方角を確かめなければどっちへ進んでいるかも判らなくなる。
 盗賊を始めて逃走経路になる道を調べてはいるが、全ての道を知っている訳ではない。この路地もその一つだ。
 立ち止まること幾度か目。また前方から「あっちに逃げたぞ」と声がしたので横路に入る。それを更にもう一度。行き着いたのは三方を高い壁に囲まれた袋小路であった。登るには壁が高すぎる。
「はは……」
 どこで失敗したかなど判りはしない。戻って別の道に活路を見出す気力が湧かない。人生の袋小路に迷い込んだ気分であった。だから袋小路の入り口に向いて座り、時を待つ。
 昨日まで最も殺したいと思っていた相手を殺した直後だからか、もうこれまでかと奇妙な達観をする。それでももう一人や二人道連れにしたいものだとも考える。
 ゴゴゴゴゴ。
 奇妙な音に合わせ、横の壁に穴が空いた。
「こっちだ」
 男の声が聞こえ、穴の中から手招きする手が伸びる。
 考えるのは一瞬。このまま座っていれば破滅だ。穴の先が破滅でも同じこと。
 招かれるまま穴へ。暗闇に目が慣れる前にまたゴゴゴゴゴと音が響いて穴が塞がり、いよいよ真っ暗になる。
「暫くすれば目が慣れる」
 男の言葉通りに微かな灯りは有るようで、次第に周囲の様子が見えてくる。男の姿もぼんやりながらだ。レミアと同じ二十代なかばの様子。
貴方あなたは? どうして私を?」
「俺はゴダード。ヘンドリックとか言う爺さんにあんたの支援を頼まれたもんでな」
 レミア自身も会ったあの意味の解らない老人ならあり得ることだとは理解はできても、解らないのはどうしてゴダードなのか。それを尋ねれば、ボナレスに雇われていた傭兵だからだろうと言う。
 彼は元々反乱軍討伐と言う大義のために雇われて討伐軍に加わった。ところがいざハイデンに攻め込んでみれば様子がおかしい。友軍の多くの振る舞いが山賊そのもので、大義の欠片すら無い。そこで真実を調べるため、軍を離れてハイデンに潜伏した。この場所を見つけたのも潜伏場所を探す中でのことだ。そうして調べるにつれ、浮かび上がったのはボナレス伯爵の悪意であった。
 そう話す彼は暗がりでも判るほど苦しげに顔を歪めていた。
「こう見えて、俺は正義の味方を目指してたんだ」
 経緯を話し終えた後、一転して戯けたようにそう言った。過去形なのが如何いかなる理由かは知れない。
「それで私を助けてくれたの?」
「そうなるかな。少し脅かしてしまったみたいだけど。『あっちに逃げたぞ』って」
「え?」
「ごめん。ここに来るよう誘導させて貰った。三回ばかり」
「ええ!?」
「ほら、普通に声を掛けても付いて来ないだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
 へなへなとレミアの脚から力が抜けた。追ってらしき声を聞いたのは四度。その中の三度が目の前の男のものだったと言うのだ。先の覚悟は何だったのか。少しゴダードを恨みに思ってしまう。
 だから重ねて聞けば、立ち止まりつつ進んだ路地を迷わず抜けられればハイデンから出るのも容易だと言う。もたもたしては追っ手に追い付かれるのでここに誘導したのだとか。言葉では「もたもた」とは言っていないが概ねそんな感じだ。
 そこまで聞いてはもう怒るに怒れなくなった。

 レミアはゴダードの隠れ家で夜まで待ち、夜陰に紛れてハイデンを一旦離れる。
 見送りのつもりか、護衛のつもりか、ゴダードが町外れまで付いて来た。
「なあ、あんた。俺の仲間にならないか?」
「今日会ったばかりでそこまで信用できる筈がないでしょ」
「それもそうか。でもまあ、その気になったらいつでも言ってくれ」
「ええ、憶えておくわ」
 レミアは走る。ちらりと後ろを見ると、ゴダードの背中が見えた。

 ハイデンの町並みも遠くなた所で走りを歩きに変える。隠れ家の有る村までは今暫く掛かる。
 夜の風に吹かれながら思い出されるのは今日の出来事、そして年増の娼婦のこと。
 そして年増に対して思うのだ。
「あんたのことはやっぱり嫌いよ」
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