ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人

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エリアスの背中(5)

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 エリアスが私の前に出た。

「下がっていろロックウィーナ」
「え、でも……」
「敵を全員殺す必要性が出てきた。下がっていろ」
「!…………」

 そうだ。ユーリが生きていると知った彼らは帰せない。捕縛した場合も彼らの口から、ユーリ生存がグラハムに伝わる可能性が有るのだ。
 殺すしかない。長らく重犯罪を重ねてきた集団だ、逮捕後は成人以上の者はほぼ処刑台へ昇ることになるだろう。だったらここで殺しても同じことだ。むしろ兵士から拷問にかけられない分、彼らにとっては幸せな最期になるかもしれない。
 でも……。

 私には人を殺した経験が無かった。今ここでできるのだろうか?
 きっと迷いで動きが鈍る。私が下手な行動を取ればエリアスとユーリの危険が増える。足手まといにならないよう、私は下がるしかないのだと悟った。
 広いエリアスの背中を見ながら、私はゆっくりと後退あとずさりをして大木の陰に身を潜めた。
 非力な自分が情けなかった。

 ギインッ。

 構成員達は剣や槍を構えて突進を試みたが、エリアスの大剣に打ち負けて途中から折られていた。返す刃でエリアスは彼らの肉と骨を分断した。
 ユーリは素早い動きで相手の懐に飛び込み、武器が振り下ろされる前に急所へクナイを沈めた。
 全く勝負にならない。三下の構成員達に比べてエリアスとユーリは強過ぎた。これではまるで大人と子供の喧嘩だ。

(うう……)

 次々に物言わぬ肉塊と化していく構成員達。私は目を伏せた。
 昨日公民館へ突入した時だって対人間戦だった。たくさんの死体を目にした。でもあの時は、「エンの義兄弟を救い出す」という前向きな目標が有ったから進めた。

「な、なんだアイツ、化け物だぁっ!」

 勇者エリアスの長剣は、一振りで相手の身体の大半を欠損させた。巨漢モンスターであるトロールでさえ両断してみせた彼だ、人体をバラすなど造作もないことだろう。

(生臭い血の匂い。これはモンスターではなく人間のものなんだ……!)

 強盗、放火、麻薬取引、人身売買に殺人……。アンダー・ドラゴンはありとあらゆる犯罪に手を染めてきた。命を散らした構成員に同情なんてしない。
 でも怖い。すぐ側で人が斬られている事実が怖い。

「うわ、ああぁぁぁ!!」

 短時間で二十数名のしかばねの山が築かれた。残った構成員はたった二人だけだった。完全に戦意を喪失した二人は逃げ出したが、足の速いユーリに追い付かれ、背後から首の血管を斬られて声も立てずに絶命した。

「……済んだな。ユアン、怪我は無いか?」
「大丈夫だよエリアスさん。顔だけじゃなく腕も立つんだな。アンタには喧嘩を売らない方が良さそうだ」

 エリアスとユーリは武器に付いた血糊を布で拭き取りながら、避難していた私の元へ歩いてきた。
 余裕の足取りの二人に対して、下半身に力が入らない私は立っていられず、大木の根元にしゃがみ込んでいた。

「ロックウィーナ!?」

 吐き気までもがこみ上げてきた私は、口元を両手で覆って必死に耐えた。これ以上の迷惑をかけたくないのに、エリアスが背中をそっとさすってくれた。

「楽になるなら吐いてしまえばいい。恥じることではない」
「……おい女、どうしたんだ?」
「彼女は人が斬られる場面に慣れていない。もっと配慮してやるべきだった」
「え、そうなのか……?」

 指先が冷たくなっていく。雪の中へ放り出されたかのように、私はブルブル小刻みに身体を震わせた。

「おいおいおい、そんなに気分が悪いのか? エリアスさんの言う通り吐いた方がいいぞ?」
「ち、違……う、自分が、情けなくて……」
「?」

 泣くな。それだけは我慢しろ。
 戦力にならないばかりか、役目を果たした二人に気遣われている始末だ。これ以上みっともない姿を見せるな。
 私は滲んできた涙が落ちないように気合いを入れた。

「人を殺す覚悟が無いくせに……、後ろへ下げられたことに拗ねて……馬鹿みたい。私へのみんなの評価は正しかった……」
「ロックウィーナ……」

 エリアスが優しく言った。

「私は……キミはそのままでいいと思う。人を殺すことになんて慣れないでくれ」
「だな。知らなくて済むなら知らない方がいいぞ? 殺人技なんか碌《ろく》なモンじゃない」

 ユーリも慰めてくれた。みんなみんな私が役に立たなくても責めない。いつもだ。



「でも……でも、みんなは必要に応じて手を汚してる。私だけ何も背負わないなんて……」
「キミの分は私が背負う」

 間髪入れずにエリアスが宣言した。

「キミがするはずだった汚れ仕事も、背負う罪も、全て私が引き受けよう」
「そんな、そんなことは!」

 私は彼のプロポーズを受け入れていない。たとえ結婚したとしても、エリアスに「汚れ」の全てを押し付けるなんてしたくない。

「それは優しさじゃなくて甘やかしです。私をこれ以上無能な人間にしないで!」
「キミは無能じゃない。そして甘やかすつもりも無いよ。ちゃんと私の行動に見合うだけの代償は支払ってもらう」

 ……代償? 彼のことだから金品ではないよね。結婚を承諾してくれ……とか?

「ええと、それは……?」

 おずおず尋ねる私へエリアスは柔らかく笑った。

「私がどれだけ汚れても、私を嫌いにならないでくれ」
「…………!」

 駄目だった。涙腺が完全に崩壊した。
 あああ、もう、この人ってば。それを甘やかすって言うんです。溺愛ですよ、こんちくしょう。
 出会った時から変わらない。私の全てを包み込む寛容力。格好をつけている訳ではなく、きっとこれが彼の地なんだろう。世界を創造した神様ポジションの少女に、「エリアスと結婚すれば幸せになれる」と太鼓判を押されるだけのことはある。
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