殿下、毒殺はお断りいたします

石里 唯

文字の大きさ
9 / 45
第1章

上官の溜息

しおりを挟む
 全く、あの男は人が良すぎる

 グラハムは内心で大きな溜息を付いた。
 ポールは全く気付いていなかったが、部屋にはもう一人の男が潜んでいた。
 ポールの上官グラハムである。
 クロシア国では珍しく魔力の強いグラハムは、隠形を得意として、殿下の護衛の切り札として控えていた。
 そして、自分の部下の表情もつぶさに見ることになった。
 ポールは自身の良心の呵責を表に出さないように、顔の筋肉を抑えているつもりのようだが、それが功を奏していたのはエリザベス嬢に対してだけであった。
 ポールのわずかな眉の動きや顎の強張りを、アンソニーは口元を微かに緩めて眺めている。
 恐らく、いや、確実に、楽しんでいるのだろう。
 もっともアンソニーはポールの顔の動きだけを楽しんでいるのではないと知りつつも、グラハムに一つの考えが形をとった。
  
 あの男の配属を変えた方がいいのかもしれないな

 ポールは剣技も体術も一流の技量があり、ある程度の魔力も持つ素晴らしい部下であることはグラハムも認める所であるが、純朴で人が良すぎるため感情の動きが大きい点が、護衛としては玉に瑕なのである。
 せめて、もう少し表情に出さないようにやり過ごす技術を身に着けてくれればいいのだが、それはあの性格を変えてしまうことになるかもしれない。  
 
 部下の至らなさと職業選択の難儀を憂いながら、グラハムは再び胸の内で溜息を付いた。
 まるで、その溜息を聞き取ったかのように、アンソニーがからかうような視線をこちらに向ける。
 グラハムは舌打ちしたい思いに駆られた。

 しかし、あのご令息は本当に強い魔力の持ち主だな
  
 グラハムは公爵の屋敷内を隠形で護衛すると、事前に公爵家に対して極秘に許可を取っていたが、特に部屋のどこに控えているとは知らせていない。
 それでも、アンソニーは必ず彼の控える場所に強い視線を一度は向けて、警戒を怠らない。
 
 初めて公爵家で殿下を護衛したときは、アンソニーは通りすがりにいきなりグラハムの目の前でよろめき、肘でグラハムのみぞおちを突いたのだった。
 まだ成人前の体の細い少年に不釣り合いな強力な魔力と殺気に、グラハムは一瞬総毛だったものだ。
 
 隠形の技が落ちているのではないかと、その後、白の守護師に練習に付き合ってもらったが、自分の技量が衰えていることはなかった。
 白の守護師の見立てによれば、強い魔力で他人の思念を読み取ることができるのだろうというものだった。残念ながら、グラハムの結界で彼の魔力を遮ることはできなかったのである。
 
 隠形としての自分を見破る魔力の持ち主ならば、どこに敵が潜んでいても察知することができるのだろう。
 正直なところ、護衛に引き抜きたい思いだったが、公爵嫡男の彼にそれを望むことはできない。
 断腸の思いで逸材を眼前にして諦めたグラハムであったが、その結果、アンソニーに公爵家での護衛のたびに警戒の眼差しを向けられるのである。
 
 護衛するものが監視されるとは、動きが制限されるようで幾分調子が狂う。かといって、いかなる動きにも気を配ることが護衛には求められ、アンソニーの顔の動きを無視するわけにもいかない。
 
 あのご令息の前では、純朴な部下も自分も大差はないかもしれないな
 
 公爵家での仕事はやりづらいものがあったが、任務は遂行しなければならない。
 グラハムは息を深く吸い込み、再び集中を高めた。
 その時、アンソニーの口元が微かに緩んだ。
 それが、部下の思念を読んだためか、あるいは自分の思念を読んだためであるかは、任務に専心するグラハムは、もう追究しないことにしたのである。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

政略結婚の作法

夜宮
恋愛
悪女になる。 そして、全てをこの手に。 政略結婚のために身分違いの恋人のいる王太子の婚約者となった公爵令嬢は、妹の囁きを胸に悪女となることを決意した。 悪女と身分違いの恋人、悪女になるはずだった妹の物語。

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

確かに愛はあったはずなのに

篠月珪霞
恋愛
確かに愛はあったはずなのに。 それが本当にあったのかすら、もう思い出せない──。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

東雲の空を行け ~皇妃候補から外れた公爵令嬢の再生~

くる ひなた
恋愛
「あなたは皇妃となり、国母となるのよ」  幼い頃からそう母に言い聞かされて育ったロートリアス公爵家の令嬢ソフィリアは、自分こそが同い年の皇帝ルドヴィークの妻になるのだと信じて疑わなかった。父は長く皇帝家に仕える忠臣中の忠臣。皇帝の母の覚えもめでたく、彼女は名実ともに皇妃最有力候補だったのだ。  ところがその驕りによって、とある少女に対して暴挙に及んだことを理由に、ソフィリアは皇妃候補から外れることになる。  それから八年。母が敷いた軌道から外れて人生を見つめ直したソフィリアは、豪奢なドレスから質素な文官の制服に着替え、皇妃ではなく補佐官として皇帝ルドヴィークの側にいた。  上司と部下として、友人として、さらには密かな思いを互いに抱き始めた頃、隣国から退っ引きならない事情を抱えた公爵令嬢がやってくる。 「ルドヴィーク様、私と結婚してくださいませ」  彼女が執拗にルドヴィークに求婚し始めたことで、ソフィリアも彼との関係に変化を強いられることになっていく…… 『蔦王』より八年後を舞台に、元悪役令嬢ソフィリアと、皇帝家の三男坊である皇帝ルドヴィークの恋の行方を描きます。

処理中です...