恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第2章

若様と私たち

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 当家の若様は、ここしばらくお元気がありません。
 原因は、恐れながら屋敷の全ての者が分かっております。シルヴィア嬢が一週間前に魔法学園に入られたことでございます。
 若様は、表面上はいつも通りお過ごしなさっています。ですが、ふとした折り――お茶を味わっていらっしゃるときが多いでしょうか――、一瞬、物思わし気に目を伏せられ溜息を微かにつかれていらっしゃるのです。
 そんな若様はたいそう見ごたえが、――いえ、ともかく、屋敷の者は皆、若様のことを心配しておりました。
 私も、シルヴィア嬢と会われる前の若様に戻られるのではないかと、密かに胸を痛めていたのでございます。

 今日も若様は何事もない風を装って、登城なさいました。
 そして、それはお昼のことでございました。
 執事見習のアダムが、何ということでしょう、走って私の部屋にやってきたのです。将来の執事の行動として許されるものではございません。どのように注意するべきか思案を巡らせ、アダムの手にしているものを見ました。
 私は、今回だけは、軽い注意で済ませることにいたしました。執事たるもの、主の気持ち、屋敷の使用人の仲間の気持ちに、敏感であることが必要でございます。
 アダムからそれを受け取って、私は思うところを声に出すことにいたしました。
「こちらのものは、若様が戻られたときに、玄関の間でお渡しすることにしましょう」
 アダムは目を輝かせお辞儀をしてから、やや速足で部屋から下がりました。
 まだ、歩みを抑制できないところに、私の指導の至らなさを感じましたが、指導は明日に致しましょう。

 それから、屋敷の中は、皆が普段の2倍の速さで仕事を片付けていきます。
 私の仕事は、皆の仕事が速さにとらわれ、疎かな仕上がりになっていないか目を配ることになったのでございます。
 常日頃の皆の心がけの賜物でございましょう、皆の仕事の出来栄えはいつもの水準が保たれています。私は皆を誇らしく思いました。
 そうして、ついに若様がお戻りになられたのでございます。

 我々、使用人一同、勢ぞろいで若様をお出迎え致しました。
 「お帰りなさいませ、若様」
 心なしか、皆の声が明るく高めになっている気がいたします。
 若様は出迎えの多さに目を瞬かれましたが、澄んだ声であいさつを返されました。
「ただいま」
 私に外套と手袋を渡されながら、小さく呟かれました。
「一週間か…、もう届いただろうか…」
 若様は、シルヴィア嬢が学園に向かわれてすぐに、手紙を送っておられたのです。
 手紙は人の移動より、時間がかかります。
 学園まで、おおよそ一週間ほどでございましょう。
 
 普段でございましたら、若様のこのような独り言に私が言葉を挟む失礼は致しません。
 それでも、
「きっと届いているはずでございます」
 はっきりとお答え申し上げたのでございます。
 若様は再び目を瞬かれ、私をご覧になりました。
 私はアダムを見遣り、通常お部屋でお渡しするトレーを差し出させます。銀のトレーの真ん中には一つの淡いピンクの封筒が載せられています。
 
 若様の目は見開かれ、頬はほんのりと上気しました。
後ろで控える女性の使用人たちから「きゃっ」と声が漏れております。
気持ちは分かりますが、声まで上げるのはよろしくありません。見逃すのは今日だけでございます。今日は、この瞬間を見るために、皆、作業を頑張っていましたから。
 若様はそっとシルヴィア嬢からの手紙を取り上げ、目を輝かせて仰いました。
「セバスチャン、父上と母上に先に夕食を始めてくださいと伝えておくれ」
 小走りにならないぎりぎりの速さでお部屋に向かわれる若様の背中に向かって、お辞儀を致しました。
「承りました」

 若様、よろしゅうございましたね。

 我々、使用人一同の想いでございました。
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