ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~

さとう涼

文字の大きさ
4 / 16
3.彼のついたやさしい嘘

004

しおりを挟む
(side 輝)


 二ヶ月前、冬馬くんに母の日のプレゼント選びのつき添いを頼まれた。独身の男の人が母の日のプレゼントをするなんてと意外に思った。でも冬馬くんらしいとも思った。冬馬くんは誰に対してもやさしかったから。だからそんな冬馬くんのお母さんのために一生懸命プレゼントを選んであげたいなと思った。

 ◇◇◇

 四月中旬の日曜日。わたしは冬馬くんの車でデパートに来ていた。

「なにを買うのか決まってるの?」
「ぜんぜん。毎年プレゼントしてるからネタ切れなんだよ」
「去年はなにをあげたの?」
「イヤリング。その前はネックレス」
「すごーい! 彼女へのプレゼントみたいだね」
「言っとくけど、俺はマザコンじゃないからな」
「そんなこと、ひとことも言ってないでしょう」

 毎年、母の日にプレゼントをあげるなんて冬馬くんはやっぱりやさしい。冬馬くんが息子で、お母さんは幸せだろうな。
 冬馬くんのお父さんが亡くなってから、お母さんがすごく苦労をしてきたのは冬馬くんから少しだけ聞いていた。休みなく働き、自分のものはほとんど買わず、冬馬くんの大学の学費を稼いでくれたそうだ。それを聞き、お母さんにはおしゃれに関するプレゼントをしたいと思った。

「イヤリングにネックレスかあ。王道いかれちゃったな」
「別になんでもいいよ。エプロンとかパジャマとかそんなもんでも」
「それもいいけど、もっと華やかなものにしようよ」
「たとえば?」
「そうだなあ……。あっ!」

 わたしは一階の売り場に冬馬くんを連れていった。

「これなんてどう?」
「スカーフか。でもありきたりじゃないか?」
「冬馬くんのお母さんはスカーフを持ってる?」
「そういえば見たことない」
「なら、ひとつぐらい持っていてもじゃまにならないよ。スカーフってけっこう便利だよ」

 前にインターネットの通販でスカーフを眺めていたとき、あまりにも豊富なバリエーションで興味がわいた。うちのお母さんに買おうかなと思っていたのだ。

「洋服に合わせやすいものを選べば大丈夫だよ」

 売り場には有名ブランドの高級品がたくさん並んでいた。
 こうして見ると、どれもすごく素敵。

「ね? きれいでしょう?」
「なるほどね。おふくろ、あんまりおしゃれに興味を示さないから、こういうのもいいかも」
「これからの季節は暑くて首に巻けないから、バッグの持ち手に結びつけるとかわいいかもしれない。ほら、こんなふうに」

 わたしは自分のバッグに軽くスカーフをあててみた。

「最初はこんな感じで使ってみたらどうかな? 簡単でしょう? で、秋にはジャケットを着て首に巻いたり、ブラウス一枚に合わせたりして。それだけで雰囲気が変わるよ」

 冬馬くんは半分ポカンとしながら聞いていたけれど関心は持ってくれたみたい。商品棚から何枚か手に取って、真剣に眺めていた。
 冬馬くんにいろいろ意見を聞き、最終的に白と薄紫の大きめのドット柄のスカーフを選んだ。華やかさもあるけれど、下地は紺と紫なので色合いとしては大人っぽい感じ。

「これならアクセントになるし、洋服にも合わせやすいと思うよ」
「いいかも。格好いいよ、これ」

 冬馬くんに気に入ってもらえてうれしい。お母さん、喜んでくれるといいな。
 それから、きれいにラッピングもしてもらい、無事に買い物ができた。

「ほっとしたあ!」
「よかったね」
「でも来年もあるんだよな」
「いまから心配してどうするの? そんなの、来年になってから悩もうよ。あっ……」

 デパートのフロアを歩きながら、そんな会話をしているときだった。目の前から来る人物に、わたしは息が止まりそうになった。

「佐野《さの》先生……」

 四年ぶりになる。大学二年の秋以来の再会だった。

「輝さん」

 最初に声をかけてきたのは実紅《みく》さんだった。

「お久しぶりです。……佐野先生も」
「久しぶりだな、輝」

 無意識に視線を移した実紅さんの左手薬指にはプラチナの結婚指輪。もちろん佐野先生の薬指にも指輪があった。
 そして……。

「かわいいですね。生後何ヶ月ですか?」
「八ヶ月です」

 実紅さんが答える。
 佐野先生が女の子の赤ちゃんを抱いていた。抱き慣れているみたいで、腕のなかで軽く暴れ出した赤ちゃんを上手にあやしていた。その様子を見守る実紅さんはやさしい眼差し。
 ふたりは結婚し、お子さんを授かっていた。絵にかいたような幸せそうな家族の光景。だけどそれを目のあたりにしたわたしは心のなかでショックを受けていた。
 なんでこんなふうに思ってしまうのだろう。佐野先生の幸せをあんなに心から願っていたのに。いざ幸せそうな姿を見ると嫉《ねた》んでしまう。わたしは本当に最低な人間だ。
 でもこれでよくわかった。わたしは、あの日から一歩も前に進んでいなかった。佐野先生と過ごした時間は思い出になっていない。なんとなく忘れられずにいるんじゃなくて、かなり重い感じで過去を引きずっているんだ。

「そちらの方は?」

 実紅さんが冬馬くんのほうを見た。

「彼は……」

 動揺して佐野先生たちを見ることができなかった。
 いまでも佐野先生を忘れられないでいると知ったらどう思うだろう。きっと迷惑だよね。

「輝と同じ会社に勤めています。俺たち、つき合っているんです」

 え?
 なぜか冬馬くんが爆弾発言をする。でも気を利かせてくれありがたかった。あれからずっとフリーであることは絶対に知られたくないので、彼氏のフリをしてもらえると助かる。意地もあるし、わたしの気持ちが佐野先生たちに気づかれてしまいそうで怖かった。

「格好いい彼氏を見つけたな」

 佐野先生はにっこりと笑みを浮かべ、安心したような顔をしていた。
 わたしはうまく笑顔を作ることができなかった。

「ちゃんと幸せになりましたよ」

 悲しい強がり。自分を惨めに感じた。

「そうだな。輝なら大丈夫とは思ってたけど」

 大丈夫か……。いったい、その根拠はどこにあったんだろう。こんな嘘をついて、ちっとも大丈夫じゃないよ。わたしが手に入れたかった未来を見せつけられて、心のなかはどす黒く染まって、「おめでとう」の言葉も言えない。

「じゃあ、俺たちはレストランに予約を入れてあるのでこれで。そろそろ時間だよな、輝?」
「……あ、うん」

 そんな予約は入れていない。冬馬くんのついた嘘にまた救われた。
 それから冬馬くんが佐野先生たちに丁寧にあいさつをしてくれた。わたしは、「失礼します」と言うだけで精いっぱい。「行こう」と冬馬くんがわたしの手を引っ張ってくれて、なんとか歩き出すことができた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

夫が勇者に選ばれました

プラネットプラント
恋愛
勇者に選ばれた夫は「必ず帰って来る」と言って、戻ってこない。風の噂では、王女様と結婚するらしい。そして、私は殺される。 ※なろうでも投稿しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

【完結】刺客の私が、生き別れた姉姫の替え玉として王宮に入る

nanahi
恋愛
『王太子の側室である姉姫が側近の子をみごもった。このことが知れたら一族は破滅だ。苦肉の策として、双子の妹である私が替え玉として王宮に送られることになる。幼い頃、家族と生き別れ、刺客として育てられた私だが、大切な姉姫のためにも、王太子にさとられないよう側室として振る舞うのだ』 だが、妹の思惑とは裏腹に、王太子と王太子の命を狙う凄腕の刺客をまじえた、奇妙な三角関係が始まる── 初めて書いた短編連載です。読んでくださった皆様ありがとうございました。

処理中です...