ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~

さとう涼

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2.彼女は大事な存在

003

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 だけど、いまから二ヶ月前、事態が変わった。自分の気持ちの変化を自覚する出来事があった。
 同じ部署の先輩である稲橋《いなはし》さんから輝を好きだと打ち明けられ、仲を取り持ってほしいと言われた。稲橋さんは、俺と輝が同期の仲間を交えて飲み会をするほど仲がいいのを知っていたため、輝とふたりきりで会うためのセッティングを頼んできたのだ。

「頼むよ、藤城。小松崎《こまつざき》さんに聞いてみてよ」
「わかりました。輝に話をしておきます」

 稲橋さんは日頃から仕事でお世話になっている先輩。仕事は間違いなくできる。性格もまじめ。俺と違って、手あたり次第に女の子と遊ぶこともしない。信頼できる男だ。
 だけど心に引っかかるこのもやもやはなんだ? 輝と稲橋さんがつき合う? そんなことを想像したら複雑な気持ちになった。

「どうする? いい男だよ。俺が保証する」
「うーん……」

 稲橋さんの話をすると輝が困っていた。すぐに返事ができないところはまじめな輝らしい。

「気楽に考えろよ。一回デートして、それからどうするか決めれば?」
「でもそういう軽い感じでOKするのはどうなのかなって思うんだよね」
「そんなふうに消極的じゃ、一生彼氏なんてできないぞ。最初の一歩が肝心なんだ」
「わたしに彼氏ができなくても冬馬くんには関係ないでしょう。それに誰かに強制されて恋愛するなんて変だよ」
「言わなきゃ、輝はそのままじゃん。輝は昔好きだった男を一生引きずっていく気なのかよ? そうやって新しい出会いを無駄にしてると、そのうち誰にも相手にされなくなるぞ」
「冬馬くん……」

 まずい、少しきつかったか?
 輝がうつむいて言葉をなくしていた。

「そ、そうだよな。輝の人生なんだから、輝が自分で決めなきゃな。言いすぎたよ、ごめん」
「ううん、謝らないで。ありがとう。そんなふうに言ってくれるのは冬馬くんだけだよ。少し考えてみる。返事は直接わたしから稲橋さんにするから」

 これまでほかの男に誘われたり告白されたりしても、輝は誰にもなびかなかった。それが「考えてみる」に変化した。それってつまり恋愛に前向きになろうという意気込みなのだろうか。輝は稲橋さんになんて返事をするんだろう。
 それからというもの、稲橋さんを見るたびに、つい稲橋さんを観察してしまうようになった。輝に話をしてから二日経ったが、今日は別に変わった様子はない。向こうからもなにも言ってこないということは、輝はまだ返事をしていないということなのか?

 だけどそれから数日後の昼休み、俺は喫煙ルームでの稲橋さんの会話を立ち聞きしてしまって、とんでもないことをしたと気づいた。

「稲橋、小松崎さんとはどうなったんだよ?」

 稲橋さんと仲のいい男が尋ねる。

「とりあえず今日の夜に会う約束をしてるよ」
「マジかよ!? 今晩、がんばれよ! 俺、おまえが小松崎さんと“ヤれる”に賭けてるんだからさ」
「わかってるって」
「ずいぶんと余裕だな。でも本当に大丈夫か? あの身持ちの固い小松崎さんだからな。きっと手強いぞ」
「まかせとけって。絶対、ラブホに連れ込んでやるよ」

 信じられなかった。まさか稲橋さんがこんな卑劣なやつだったなんて。

「稲橋さん、これはどういうことですか!?」

 俺は喫煙ルームに入ると、稲橋さんにつめ寄った。輝を賭けの対象にするなんて許せなかった。

「藤城、聞いてたのかよ?」
「ええ、全部聞いてました。なので説明していただけますか?」
「さっき言ってたことは冗談だって。俺はちゃんとまじめにつき合いたいと思ってるよ。でもみんなが絶対に無理だって言うから、ついムキになってあんな言い方になっただけだよ」

 稲橋さんは茶化すことなく、冷静に答えた。

「だとしても、輝のことをネタにするのはやめてください。あいつは大事な仲間なんです」
「わかってるって。そんなに怒るなよ」
「怒るのは当然だと思いますけど。こんなの、黙っていられるわけないじゃないですか」
「そうは言うけどさ。藤城だって女をとっかえひっかえしてるだろう。俺を責める権利なんてあるのかよ? 少なくとも俺は輝ちゃんとのことは本気で考えているから」

 そう言われて言い返せなかった。その通りだ。俺にはなにも言う権利はない。
 稲橋さんが言ったことを信じるしかなかった。みんなの前だからあんなふうに言っているだけで、本当はそうじゃないんだって。じゃなかったら、あんなまじめすぎるくらいまじめな輝をターゲットにするわけがない。

 そのあと俺はクライアントとの打ち合わせで、上司と一緒に夕方まで外出していた。会社に戻ったのは定時を少し過ぎた頃だった。戻ってすぐに輝の部署に行ってみたが、デスクにもう輝はいなくて、パソコンの電源も落とされていた。
 心配になって輝に電話をしたけれど留守電。電話がつながったのは、午後九時をまわった頃だった。

『ごめん、着信あったの気づかなかった』
「稲橋さんとデートだったんだろう?」
『え? なんで知ってるの?』
「ちょっとそんな話を聞いたもんだからさ」
『でも違うの。その話、断ったの』
「は?」

 意味がわからない。

『だから、稲橋さんとデートはしてないの。そういうことだから』

 どういうことだよ? たしかに稲橋さんは今日の夜に輝と会うと言っていたんだぞ。けどまあ、デートじゃなかったんならこれ以上この話題を続けるのもおかしいよな。

『それよりどうしたの? 急用?』

 あ、やばい。なににも考えないで電話しちゃったよ。まさか輝と稲橋さんのデートが気になったからなんて言えるわけない。だからといって用事なんてとくにないし。ていうか、なきにしもあらずだけど。

「輝って、あさっての日曜日は暇?」
『予定はないけど』
「じゃあさ、ちょっと買い物につき合ってよ」
『いいけど、なに買うの?』
「来月、母の日だろう?」
『いいよ。そういうことなら喜んで』

 少し早いけど、まあいっか。
 毎年、母の日にはプレゼントをあげていた。でもマザコンじゃないぞ。
 俺が中学生のとき、親父が病気で死んだ。それからおふくろは俺を育てるために必死で働いてくれた。それまでやっていたパートの仕事に加え、別のパートもかけ持ちした。そんなおふくろだから、せめて母の日ぐらいは親孝行してやろうと思っている。

「ところで話を戻すけど、なんで稲橋さんとのデートを断ったんだよ?」

 やっぱり気になるものは気になる。今日のデートをキャンセルしただけで、別の日に会う約束をしたのかもしれないしな。

『実は聞いちゃったんだよね』
「なにを?」
『今日のお昼休みに冬馬くんが稲橋さんと話してるのを』

 嘘だろう? あの場所に輝もいたのかよ? ちくしょう。あんな話、聞かせたくなかった。

「でも稲橋さんは遊びのつもりで誘ったんじゃないぞ」

 たぶんだけど。

『どっちにしても最初から断るつもりだったの。でも稲橋さんが最後にどうしても直接会って気持ちを伝えたいって言うものだから、今日の夜に会う約束をしていたんだけど。あんなことを聞いちゃったものだから、会いにいくのが怖くなっちゃって……』

 気持ちを伝えたいか……。そこはなんとなく共感できる。俺も昔、最後にどうしても伝えたくて告白したことがあるから。でも、たとえ男同士の会話を盛りあげるためだとしても、「ラブホに連れ込んでやる」なんてことを口にしている時点で男として失格だ。

「俺が悪かったんだ。いくら稲橋さんに頼まれたからといって、仲を取り持つべきじゃなかった。嫌な思いをさせたよな」
『でもうれしいこともあったよ。冬馬くんがわたしのためにあんなふうに言ってくれたから。ありがとう』

 俺は心のどこかで、ほっとしていた。ずっと誰ともつき合わなかった輝が稲橋さんとつき合うなんてことになったら、それはかなり本気ということだと思うから。もしそうなっていたら、なんかさみしい。いや、違うな。激しく後悔するような気がした。
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