ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~

さとう涼

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3.彼のついたやさしい嘘

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(side 輝)


 二ヶ月前、冬馬くんに母の日のプレゼント選びのつき添いを頼まれた。独身の男の人が母の日のプレゼントをするなんてと意外に思った。でも冬馬くんらしいとも思った。冬馬くんは誰に対してもやさしかったから。だからそんな冬馬くんのお母さんのために一生懸命プレゼントを選んであげたいなと思った。

 ◇◇◇

 四月中旬の日曜日。わたしは冬馬くんの車でデパートに来ていた。

「なにを買うのか決まってるの?」
「ぜんぜん。毎年プレゼントしてるからネタ切れなんだよ」
「去年はなにをあげたの?」
「イヤリング。その前はネックレス」
「すごーい! 彼女へのプレゼントみたいだね」
「言っとくけど、俺はマザコンじゃないからな」
「そんなこと、ひとことも言ってないでしょう」

 毎年、母の日にプレゼントをあげるなんて冬馬くんはやっぱりやさしい。冬馬くんが息子で、お母さんは幸せだろうな。
 冬馬くんのお父さんが亡くなってから、お母さんがすごく苦労をしてきたのは冬馬くんから少しだけ聞いていた。休みなく働き、自分のものはほとんど買わず、冬馬くんの大学の学費を稼いでくれたそうだ。それを聞き、お母さんにはおしゃれに関するプレゼントをしたいと思った。

「イヤリングにネックレスかあ。王道いかれちゃったな」
「別になんでもいいよ。エプロンとかパジャマとかそんなもんでも」
「それもいいけど、もっと華やかなものにしようよ」
「たとえば?」
「そうだなあ……。あっ!」

 わたしは一階の売り場に冬馬くんを連れていった。

「これなんてどう?」
「スカーフか。でもありきたりじゃないか?」
「冬馬くんのお母さんはスカーフを持ってる?」
「そういえば見たことない」
「なら、ひとつぐらい持っていてもじゃまにならないよ。スカーフってけっこう便利だよ」

 前にインターネットの通販でスカーフを眺めていたとき、あまりにも豊富なバリエーションで興味がわいた。うちのお母さんに買おうかなと思っていたのだ。

「洋服に合わせやすいものを選べば大丈夫だよ」

 売り場には有名ブランドの高級品がたくさん並んでいた。
 こうして見ると、どれもすごく素敵。

「ね? きれいでしょう?」
「なるほどね。おふくろ、あんまりおしゃれに興味を示さないから、こういうのもいいかも」
「これからの季節は暑くて首に巻けないから、バッグの持ち手に結びつけるとかわいいかもしれない。ほら、こんなふうに」

 わたしは自分のバッグに軽くスカーフをあててみた。

「最初はこんな感じで使ってみたらどうかな? 簡単でしょう? で、秋にはジャケットを着て首に巻いたり、ブラウス一枚に合わせたりして。それだけで雰囲気が変わるよ」

 冬馬くんは半分ポカンとしながら聞いていたけれど関心は持ってくれたみたい。商品棚から何枚か手に取って、真剣に眺めていた。
 冬馬くんにいろいろ意見を聞き、最終的に白と薄紫の大きめのドット柄のスカーフを選んだ。華やかさもあるけれど、下地は紺と紫なので色合いとしては大人っぽい感じ。

「これならアクセントになるし、洋服にも合わせやすいと思うよ」
「いいかも。格好いいよ、これ」

 冬馬くんに気に入ってもらえてうれしい。お母さん、喜んでくれるといいな。
 それから、きれいにラッピングもしてもらい、無事に買い物ができた。

「ほっとしたあ!」
「よかったね」
「でも来年もあるんだよな」
「いまから心配してどうするの? そんなの、来年になってから悩もうよ。あっ……」

 デパートのフロアを歩きながら、そんな会話をしているときだった。目の前から来る人物に、わたしは息が止まりそうになった。

「佐野《さの》先生……」

 四年ぶりになる。大学二年の秋以来の再会だった。

「輝さん」

 最初に声をかけてきたのは実紅《みく》さんだった。

「お久しぶりです。……佐野先生も」
「久しぶりだな、輝」

 無意識に視線を移した実紅さんの左手薬指にはプラチナの結婚指輪。もちろん佐野先生の薬指にも指輪があった。
 そして……。

「かわいいですね。生後何ヶ月ですか?」
「八ヶ月です」

 実紅さんが答える。
 佐野先生が女の子の赤ちゃんを抱いていた。抱き慣れているみたいで、腕のなかで軽く暴れ出した赤ちゃんを上手にあやしていた。その様子を見守る実紅さんはやさしい眼差し。
 ふたりは結婚し、お子さんを授かっていた。絵にかいたような幸せそうな家族の光景。だけどそれを目のあたりにしたわたしは心のなかでショックを受けていた。
 なんでこんなふうに思ってしまうのだろう。佐野先生の幸せをあんなに心から願っていたのに。いざ幸せそうな姿を見ると嫉《ねた》んでしまう。わたしは本当に最低な人間だ。
 でもこれでよくわかった。わたしは、あの日から一歩も前に進んでいなかった。佐野先生と過ごした時間は思い出になっていない。なんとなく忘れられずにいるんじゃなくて、かなり重い感じで過去を引きずっているんだ。

「そちらの方は?」

 実紅さんが冬馬くんのほうを見た。

「彼は……」

 動揺して佐野先生たちを見ることができなかった。
 いまでも佐野先生を忘れられないでいると知ったらどう思うだろう。きっと迷惑だよね。

「輝と同じ会社に勤めています。俺たち、つき合っているんです」

 え?
 なぜか冬馬くんが爆弾発言をする。でも気を利かせてくれありがたかった。あれからずっとフリーであることは絶対に知られたくないので、彼氏のフリをしてもらえると助かる。意地もあるし、わたしの気持ちが佐野先生たちに気づかれてしまいそうで怖かった。

「格好いい彼氏を見つけたな」

 佐野先生はにっこりと笑みを浮かべ、安心したような顔をしていた。
 わたしはうまく笑顔を作ることができなかった。

「ちゃんと幸せになりましたよ」

 悲しい強がり。自分を惨めに感じた。

「そうだな。輝なら大丈夫とは思ってたけど」

 大丈夫か……。いったい、その根拠はどこにあったんだろう。こんな嘘をついて、ちっとも大丈夫じゃないよ。わたしが手に入れたかった未来を見せつけられて、心のなかはどす黒く染まって、「おめでとう」の言葉も言えない。

「じゃあ、俺たちはレストランに予約を入れてあるのでこれで。そろそろ時間だよな、輝?」
「……あ、うん」

 そんな予約は入れていない。冬馬くんのついた嘘にまた救われた。
 それから冬馬くんが佐野先生たちに丁寧にあいさつをしてくれた。わたしは、「失礼します」と言うだけで精いっぱい。「行こう」と冬馬くんがわたしの手を引っ張ってくれて、なんとか歩き出すことができた。
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