13 / 16
8.彼女はいまどこに?
013
しおりを挟む
(side 冬馬)
創立記念の式典の最中だというのに、俺は我慢できなくなって輝にキスをした。輝は最初こそ驚いていたみたいだったけど、そのあとは拒むことなく、従順に俺のキスを受け入れてくれた。それが逆に申し訳ない。俺ってサイテーじゃん。
「ごめん」
「ほんとにどうしちゃったの? わたし、なにかしたのかな? 気に障ることをしたんなら謝るよ」
輝は怒らなかった。逆に自分に非があるんじゃないかと不安がっている。
「輝はなにも悪くないから。俺が……」
勝手にやきもちを焼いているだけなんだ。格好悪い。ほかの女の子と遊びまくってきた俺に束縛されるなんて、輝にしてみたらすっげー理不尽だよな。
結局どうしていいのかわからなくなって、今日の夜に会う約束をした。とにかく俺のところに帰ってきてほしかった。今晩、気持ちを伝えようと思っている。
受け入れてもらえるかわからない。だけど俺は輝とそういう関係になって以降、一度たりともほかの女を抱いていない。輝だけだった。それくらい本気だ。
定刻通りに式典が終わった。現地解散となって、みんなそれぞれホテルを出ていった。
それから一時間後。
俺はホテルのロビーで悩んでいた。
あー! もうっ! いったい、あのふたりはどこに消えたんだよっ!?
どうしてなのかというと、俺は同期たちとの二次会を断って、輝のあとをつけたからだ。行き先の見当はついていた。輝が誰かと電話で話していたときに最上階にあるバーの名前を口にしていたからだ。間違いなくサイジと会うのだと思った。実際、その通りだった。
しかしさほど時間を置かずにふたりがバーから出てきて、エレベーターに乗り込んでしまった。その先は追うことができなかった。
仕方なく俺は電話をした。
輝、出てくれよ。願いを込めながらスマホを耳にあてる。だけどコールは鳴るが、輝が出てくれることはなかった。
マジかよ……。なんで電話に出られないんだよ? 輝はどういうつもりでサイジに会いにいったんだよ?
こんなことならもっと早く俺のものにしておくんだった。たぶん、輝にとって俺はかなり近い立ち位置にいるはず。なんだったら、佐野先生を除いた男のなかでは一番どころか唯一の存在だとも思っている。本気で迫ったら、なんとかなるんじゃないかと妙な自信もあったんだ。いまはそんなものはどこかに吹っ飛んでいってしまったが。
こうなったら最終手段だ。俺はホテルのフロントに向かった。
というのは、サイジがこのホテルに宿泊しているという話を思い出したからだ。女性関係が派手で、写真週刊誌に狙われているから自宅に帰らないんだろう。そう考えた俺は、サイジが輝を連れてわざわざ外に出ることはしないんじゃないかと踏んだのだ。
「このホテルにサイジさんって人が宿泊していると思うんですけど何号室ですか?」
フロントマンは警戒心を強め、顔を引きしめた。
「申し訳ありません。お客様の個人情報に関することはお教えすることはできません」
だろうな。そう言うと思ったよ。だけどほかに手立てが見つからないから、やけくそで聞いたまでだ。
「部屋に内線を入れてもらうことは可能ですか? 『藤城がロビーで待ってる』と伝えてほしいんです」
「申し訳ありません。そういったこともできかねます」
「そう固いこと言わずに。困ってるんです。どうしてもサイジさんと話をしたいんですよ」
「そう言われましても……。ご本人の携帯電話に連絡してみては?」
「それができるならとっくにしてますって」
輝からは一向に連絡がこない。音沙汰ないとはどういうことなんだ? 頼むから電話に出てくれ。メッセージを読んだんなら返事をくれ。俺は祈るような気持ちでもう一度電話をした。
「ちくしょう……」
だが、電話はつながらず、メッセージの返信もなかった。
これこそ万事休す……と思っていたら、ふいにかわいい声が聞こえてきた。
「冬馬くん、こんなところでなにしてるの?」
まさかと思って振り向くと、やっぱり輝だった。
「へ? あ、あれ? どうしてここに?」
「それはこっちのセリフ。二次会に行ったんじゃなかったの?」
「あー、うん。ちょっと予定変更?」
「なんで疑問形?」
「いや、なんていうか……。それよりだよ! おまえ、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫……だよ」
輝はなぜか照れくさそうにはにかんだ。
なんだなんだ? なにがあったんだ? いや、なにもなかったのか?
「ありがとう。本当は全部聞いてた。わたしのこと、心配してくれていたんだね」
「なんかよくわかんないけど、無事ならよかった」
ごまかそうにも全部バレバレのようなので無駄な抵抗はやめた。それに顔を見ればわかる。なにもなかったんだって。
帰り道。
輝はサイジと会っていたことは認めたが、ホテルの部屋でなにがあったのかは話さなかった。その代わり、サイジから俺に「よろしく」ということだそうだ。それから「一緒にライブに行こう」と誘われた。俺は別に行きたくなかったけど、「いいよ」と言っておいた。それだけの会話だった。
でもそれでいいと思った。話したくないならそれでいい。俺もすべてを知る必要はないと思った。
誰にでも踏み入れてほしくない領域があると思う。俺にもある。俺も輝にすべてを打ち明けていない。
沙耶にとって俺はさみしさを埋めるための存在でしかなかった。それでもいつか振り向いてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いてそばにいたマヌケな俺。だけど、どうしても最後にやり遂げたかった。元彼とヨリを戻した沙耶に「告白」という名の嫌がらせをして、俺に対する罪悪感を刻んでやろうと思ったんだ。
だけど大人になったいま。他人の幸せを願えないなんて、人としてだめだと反省した。
だから輝は偉いと思った。佐野先生の幸せのために身を引き、そして結婚した佐野先生の家庭を壊すことなんて絶対にできないと言い切ったあの凛とした姿に、俺は自分の器の小ささを思い知ったんだ。
創立記念の式典の最中だというのに、俺は我慢できなくなって輝にキスをした。輝は最初こそ驚いていたみたいだったけど、そのあとは拒むことなく、従順に俺のキスを受け入れてくれた。それが逆に申し訳ない。俺ってサイテーじゃん。
「ごめん」
「ほんとにどうしちゃったの? わたし、なにかしたのかな? 気に障ることをしたんなら謝るよ」
輝は怒らなかった。逆に自分に非があるんじゃないかと不安がっている。
「輝はなにも悪くないから。俺が……」
勝手にやきもちを焼いているだけなんだ。格好悪い。ほかの女の子と遊びまくってきた俺に束縛されるなんて、輝にしてみたらすっげー理不尽だよな。
結局どうしていいのかわからなくなって、今日の夜に会う約束をした。とにかく俺のところに帰ってきてほしかった。今晩、気持ちを伝えようと思っている。
受け入れてもらえるかわからない。だけど俺は輝とそういう関係になって以降、一度たりともほかの女を抱いていない。輝だけだった。それくらい本気だ。
定刻通りに式典が終わった。現地解散となって、みんなそれぞれホテルを出ていった。
それから一時間後。
俺はホテルのロビーで悩んでいた。
あー! もうっ! いったい、あのふたりはどこに消えたんだよっ!?
どうしてなのかというと、俺は同期たちとの二次会を断って、輝のあとをつけたからだ。行き先の見当はついていた。輝が誰かと電話で話していたときに最上階にあるバーの名前を口にしていたからだ。間違いなくサイジと会うのだと思った。実際、その通りだった。
しかしさほど時間を置かずにふたりがバーから出てきて、エレベーターに乗り込んでしまった。その先は追うことができなかった。
仕方なく俺は電話をした。
輝、出てくれよ。願いを込めながらスマホを耳にあてる。だけどコールは鳴るが、輝が出てくれることはなかった。
マジかよ……。なんで電話に出られないんだよ? 輝はどういうつもりでサイジに会いにいったんだよ?
こんなことならもっと早く俺のものにしておくんだった。たぶん、輝にとって俺はかなり近い立ち位置にいるはず。なんだったら、佐野先生を除いた男のなかでは一番どころか唯一の存在だとも思っている。本気で迫ったら、なんとかなるんじゃないかと妙な自信もあったんだ。いまはそんなものはどこかに吹っ飛んでいってしまったが。
こうなったら最終手段だ。俺はホテルのフロントに向かった。
というのは、サイジがこのホテルに宿泊しているという話を思い出したからだ。女性関係が派手で、写真週刊誌に狙われているから自宅に帰らないんだろう。そう考えた俺は、サイジが輝を連れてわざわざ外に出ることはしないんじゃないかと踏んだのだ。
「このホテルにサイジさんって人が宿泊していると思うんですけど何号室ですか?」
フロントマンは警戒心を強め、顔を引きしめた。
「申し訳ありません。お客様の個人情報に関することはお教えすることはできません」
だろうな。そう言うと思ったよ。だけどほかに手立てが見つからないから、やけくそで聞いたまでだ。
「部屋に内線を入れてもらうことは可能ですか? 『藤城がロビーで待ってる』と伝えてほしいんです」
「申し訳ありません。そういったこともできかねます」
「そう固いこと言わずに。困ってるんです。どうしてもサイジさんと話をしたいんですよ」
「そう言われましても……。ご本人の携帯電話に連絡してみては?」
「それができるならとっくにしてますって」
輝からは一向に連絡がこない。音沙汰ないとはどういうことなんだ? 頼むから電話に出てくれ。メッセージを読んだんなら返事をくれ。俺は祈るような気持ちでもう一度電話をした。
「ちくしょう……」
だが、電話はつながらず、メッセージの返信もなかった。
これこそ万事休す……と思っていたら、ふいにかわいい声が聞こえてきた。
「冬馬くん、こんなところでなにしてるの?」
まさかと思って振り向くと、やっぱり輝だった。
「へ? あ、あれ? どうしてここに?」
「それはこっちのセリフ。二次会に行ったんじゃなかったの?」
「あー、うん。ちょっと予定変更?」
「なんで疑問形?」
「いや、なんていうか……。それよりだよ! おまえ、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫……だよ」
輝はなぜか照れくさそうにはにかんだ。
なんだなんだ? なにがあったんだ? いや、なにもなかったのか?
「ありがとう。本当は全部聞いてた。わたしのこと、心配してくれていたんだね」
「なんかよくわかんないけど、無事ならよかった」
ごまかそうにも全部バレバレのようなので無駄な抵抗はやめた。それに顔を見ればわかる。なにもなかったんだって。
帰り道。
輝はサイジと会っていたことは認めたが、ホテルの部屋でなにがあったのかは話さなかった。その代わり、サイジから俺に「よろしく」ということだそうだ。それから「一緒にライブに行こう」と誘われた。俺は別に行きたくなかったけど、「いいよ」と言っておいた。それだけの会話だった。
でもそれでいいと思った。話したくないならそれでいい。俺もすべてを知る必要はないと思った。
誰にでも踏み入れてほしくない領域があると思う。俺にもある。俺も輝にすべてを打ち明けていない。
沙耶にとって俺はさみしさを埋めるための存在でしかなかった。それでもいつか振り向いてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いてそばにいたマヌケな俺。だけど、どうしても最後にやり遂げたかった。元彼とヨリを戻した沙耶に「告白」という名の嫌がらせをして、俺に対する罪悪感を刻んでやろうと思ったんだ。
だけど大人になったいま。他人の幸せを願えないなんて、人としてだめだと反省した。
だから輝は偉いと思った。佐野先生の幸せのために身を引き、そして結婚した佐野先生の家庭を壊すことなんて絶対にできないと言い切ったあの凛とした姿に、俺は自分の器の小ささを思い知ったんだ。
0
あなたにおすすめの小説
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
元恋人と、今日から同僚です
紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。
仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。
「今日から、この部署に配属になった」
そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。
かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。
仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。
恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。
仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。
元恋人と同僚になった二人。
仕事から始まる新しい恋の物語。
【完結】刺客の私が、生き別れた姉姫の替え玉として王宮に入る
nanahi
恋愛
『王太子の側室である姉姫が側近の子をみごもった。このことが知れたら一族は破滅だ。苦肉の策として、双子の妹である私が替え玉として王宮に送られることになる。幼い頃、家族と生き別れ、刺客として育てられた私だが、大切な姉姫のためにも、王太子にさとられないよう側室として振る舞うのだ』
だが、妹の思惑とは裏腹に、王太子と王太子の命を狙う凄腕の刺客をまじえた、奇妙な三角関係が始まる──
初めて書いた短編連載です。読んでくださった皆様ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる