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7.いつもと違う彼のキス
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「いまのサイジさんはどうかしています」
「そうかもしれない。でも俺がこんなふうになったのは、輝ちゃんにも責任があるんだよ」
「サイジさん……」
嘘……。サイジさんにこんな冷酷な一面があったなんて。
「俺は二番目でもかまわなかったんだ。なのに輝ちゃんが実紅をけしかけるから悪いんだよ」
「サイジさん!」
急にサイジさんが覆いかぶさってきて、ソファに倒れ込んでしまった。力ずくで押さえられ、身動きできない。
冬馬くん!
心のなかで叫んだ。
「軽く考えてくれていいよ。こういうことって、案外みんなやってることなんだから」
「わたしはできません! 軽い気持ちでなんて……」
「軽くないならいいの? なら俺たち、つき合ってみる?」
「えっ──」
絶句した。わたしを好きでもないのに、なんでそんなことが言えるんだろう。
身体だけの関係というのは否定しないけど、わたしの場合、相手が冬馬くんだったから。
あの日……。佐野先生たちと偶然に再会し、家族となった幸せの象徴に心が砕けそうだった。置いていかれたままのわたし。時間が解決すると心のどこかで思っていた。だけどそうではなかった。それを知り、わたしはこの先どうやって生きていけばいいのかわからなくなって、冬馬くんに救いを求めた。その結果、男女の関係になったわけだけど。遊び慣れている冬馬くんだから、わたしのこともその女の子たちとひとくくりにするんだと思った。
でもわたしの予想に反して、冬馬くんはわたしをちゃんと見てくれた。わたしの目を見てキスしてくれた。それだけでうれしかった。誰かを想って抱くのではなく、わたしの身体を愛してくれているんだと思わせてくれた。おかげで、わたしは擦れることなく、自棄《やけ》になることもなかった。
ぼろぼろだったわたしを救ってくれた冬馬くんだったから一度だけで終わらなかったんだと思う。あんな幸せな気持ちを味わえるのなら、何度だって喜んで受け入れる。
だけどわたしではサイジさんを救えない。サイジさんとだなんて絶対に無理! こんなの、お互いに傷つくだけだ。
「俺と輝ちゃんならきっとうまくいくよ」
「やめて! サイジさん、お願い!」
スカートをめくられてストッキングの上から太ももを撫でられる。手のひらがしなやかに動き、ぞわりとした。
鎖骨に舌が這い、首もとに顔を埋められた。
どうしてホテルの部屋にのこのこついてきてしまったのだろう。冬馬くんと一緒に二次会に行っていればこんなことにならなかったのに。
冬馬くん、助けて……。
助けに来てくれるわけないのはわかっている。だけど助けを求めてしまう。
これまで冬馬くんは何度もわたしを助けてくれた。
賭けの対象にされたわたしのために先輩である稲橋さんにつめ寄り、わたしの代わりに怒ってくれた。そのおかげで、わたしのショックは小さくてすんだ。
また、会社にうまく馴染めず、同期のなかでもひとり浮いていたわたしを気遣ってくれたのが冬馬くんだった。飲み会のときはわたしの隣に座ってくれて、楽しい話題を提供し、みんなとの仲を取り持ってくれた。
佐野先生に再会したときもそう。わたしの彼氏のフリをしてくれて、わたしのズタズタになりかけたプライドをふんわりと包み込んでくれた。
冬馬くんはすごいよ。どれだけ心が広いの? なんの得にもならないのに、こんなにも尽くしてくれた。
「……とう……ま……くん……」
会いたいよ。いま、すごく会いたい。
もしいまここにいたら、「自業自得だ」と言って、叱りながらも助け出してくれたのかな。わたしね、冬馬くんの言うことなら素直に聞いて反省できるの。信頼できる人の言葉だから、自分の悪いところも全部認めることができる。
わたし、ばかだった。サイジさんのために、サイジさんを助けたいという、わたしのちっぽけなひとりよがりの正義感がこんな事態を招いてしまったんだ。
「……冬馬……くん……」
「輝ちゃん……?」
なぜか突然、サイジさんがハッとしたような顔をして起きあがり、わたしから身体を離した。
「……ごめん」
だけど謝ってもらったところで、すんなりと許すことはできない。わたしは顔を逸らした。
「よりによって輝ちゃんになんてことしたんだろう。本当にごめん」
サイジさんはソファに座ると、わたしの身体を起こしてくれた。わたしは無言で乱れた服を直す。涙をこらえるのに必死だった。
「輝ちゃんなら俺の気持ちをわかってくれているから、俺を受け入れて、楽にしてくれると思い込んでいたんだな」
ぽつりぽつりと話しはじめたサイジさんは頭を抱え、うなだれた。さっきまでの冷酷さは影を潜め、後悔の念にさいなまれているようだった。
「俺、どんどん荒んでいってるよ。最近じゃ、まともに作詞もできなくなって、書いても書いてもボツばっかりなんだ」
サイジさんがようやく本音を吐き出した。それを聞いていたらサイジさんの苦しみに共感していって、昔のサイジさんのことが思い出された。
メジャーデビューを目標にして、アルバイトをして食いつないできた。ライブが終わるとみんなでファミレスに集まって語り合ってきた。どんな話をしていたのかまではわからないけれど、五人は仲がよくていつも楽しそうだった。
「サイジさんは自分の存在は無意味だと言ってましたけど、そんなことありません。五人でバンドを作りあげて、五人で苦労をしてきたんですよ。デビュー前をずっと見てきたのでわかります。サイジさんは大切なメンバーのひとりです」
作曲はほとんどミツヒデさんが担当している。サイジさんは作曲もするけれど、おもに作詞担当だ。
「わたし、サイジさんの書く歌詞がとても好きなんです。切なさや憂いの感情を見事に表現していて、心にすっと入り込んでしまうんです。だからナリも感情を込めて、あんなに素敵に歌えるんだと思います。四年前、ライブハウスでサイジさんの作った楽曲を初めて聞いたとき、感動して鳥肌が立ちました」
メンバーが音楽業界でトップクラスに君臨したきっかけになった曲は、あのライブハウスで聴いたラストナンバー。サイジさんが作ったあの曲だった。
「わたしだけじゃないです。誰かがどこかでサイジさんの作った曲や演奏に感動しているはずです。それなのに自分の存在は無意味とか、俺じゃだめだなんて、そんな悲しいことを言わないでください。応援している人たちに失礼です」
他人の誰かを想う気持ちはどうにもならないときがある。でも自分自身は変わることができる。もう一度、原点に戻ってほしい。どれだけ自分が恵まれているか、どれだけいまの場所を夢見てきたか。それを考えたとき、もっと音楽に真摯に向き合えるんだと思う。
だからサイジさん、がんばってください。過去のせいにしないで。自分の力を信じて、前に進み続けてほしい。
「そうかもしれない。でも俺がこんなふうになったのは、輝ちゃんにも責任があるんだよ」
「サイジさん……」
嘘……。サイジさんにこんな冷酷な一面があったなんて。
「俺は二番目でもかまわなかったんだ。なのに輝ちゃんが実紅をけしかけるから悪いんだよ」
「サイジさん!」
急にサイジさんが覆いかぶさってきて、ソファに倒れ込んでしまった。力ずくで押さえられ、身動きできない。
冬馬くん!
心のなかで叫んだ。
「軽く考えてくれていいよ。こういうことって、案外みんなやってることなんだから」
「わたしはできません! 軽い気持ちでなんて……」
「軽くないならいいの? なら俺たち、つき合ってみる?」
「えっ──」
絶句した。わたしを好きでもないのに、なんでそんなことが言えるんだろう。
身体だけの関係というのは否定しないけど、わたしの場合、相手が冬馬くんだったから。
あの日……。佐野先生たちと偶然に再会し、家族となった幸せの象徴に心が砕けそうだった。置いていかれたままのわたし。時間が解決すると心のどこかで思っていた。だけどそうではなかった。それを知り、わたしはこの先どうやって生きていけばいいのかわからなくなって、冬馬くんに救いを求めた。その結果、男女の関係になったわけだけど。遊び慣れている冬馬くんだから、わたしのこともその女の子たちとひとくくりにするんだと思った。
でもわたしの予想に反して、冬馬くんはわたしをちゃんと見てくれた。わたしの目を見てキスしてくれた。それだけでうれしかった。誰かを想って抱くのではなく、わたしの身体を愛してくれているんだと思わせてくれた。おかげで、わたしは擦れることなく、自棄《やけ》になることもなかった。
ぼろぼろだったわたしを救ってくれた冬馬くんだったから一度だけで終わらなかったんだと思う。あんな幸せな気持ちを味わえるのなら、何度だって喜んで受け入れる。
だけどわたしではサイジさんを救えない。サイジさんとだなんて絶対に無理! こんなの、お互いに傷つくだけだ。
「俺と輝ちゃんならきっとうまくいくよ」
「やめて! サイジさん、お願い!」
スカートをめくられてストッキングの上から太ももを撫でられる。手のひらがしなやかに動き、ぞわりとした。
鎖骨に舌が這い、首もとに顔を埋められた。
どうしてホテルの部屋にのこのこついてきてしまったのだろう。冬馬くんと一緒に二次会に行っていればこんなことにならなかったのに。
冬馬くん、助けて……。
助けに来てくれるわけないのはわかっている。だけど助けを求めてしまう。
これまで冬馬くんは何度もわたしを助けてくれた。
賭けの対象にされたわたしのために先輩である稲橋さんにつめ寄り、わたしの代わりに怒ってくれた。そのおかげで、わたしのショックは小さくてすんだ。
また、会社にうまく馴染めず、同期のなかでもひとり浮いていたわたしを気遣ってくれたのが冬馬くんだった。飲み会のときはわたしの隣に座ってくれて、楽しい話題を提供し、みんなとの仲を取り持ってくれた。
佐野先生に再会したときもそう。わたしの彼氏のフリをしてくれて、わたしのズタズタになりかけたプライドをふんわりと包み込んでくれた。
冬馬くんはすごいよ。どれだけ心が広いの? なんの得にもならないのに、こんなにも尽くしてくれた。
「……とう……ま……くん……」
会いたいよ。いま、すごく会いたい。
もしいまここにいたら、「自業自得だ」と言って、叱りながらも助け出してくれたのかな。わたしね、冬馬くんの言うことなら素直に聞いて反省できるの。信頼できる人の言葉だから、自分の悪いところも全部認めることができる。
わたし、ばかだった。サイジさんのために、サイジさんを助けたいという、わたしのちっぽけなひとりよがりの正義感がこんな事態を招いてしまったんだ。
「……冬馬……くん……」
「輝ちゃん……?」
なぜか突然、サイジさんがハッとしたような顔をして起きあがり、わたしから身体を離した。
「……ごめん」
だけど謝ってもらったところで、すんなりと許すことはできない。わたしは顔を逸らした。
「よりによって輝ちゃんになんてことしたんだろう。本当にごめん」
サイジさんはソファに座ると、わたしの身体を起こしてくれた。わたしは無言で乱れた服を直す。涙をこらえるのに必死だった。
「輝ちゃんなら俺の気持ちをわかってくれているから、俺を受け入れて、楽にしてくれると思い込んでいたんだな」
ぽつりぽつりと話しはじめたサイジさんは頭を抱え、うなだれた。さっきまでの冷酷さは影を潜め、後悔の念にさいなまれているようだった。
「俺、どんどん荒んでいってるよ。最近じゃ、まともに作詞もできなくなって、書いても書いてもボツばっかりなんだ」
サイジさんがようやく本音を吐き出した。それを聞いていたらサイジさんの苦しみに共感していって、昔のサイジさんのことが思い出された。
メジャーデビューを目標にして、アルバイトをして食いつないできた。ライブが終わるとみんなでファミレスに集まって語り合ってきた。どんな話をしていたのかまではわからないけれど、五人は仲がよくていつも楽しそうだった。
「サイジさんは自分の存在は無意味だと言ってましたけど、そんなことありません。五人でバンドを作りあげて、五人で苦労をしてきたんですよ。デビュー前をずっと見てきたのでわかります。サイジさんは大切なメンバーのひとりです」
作曲はほとんどミツヒデさんが担当している。サイジさんは作曲もするけれど、おもに作詞担当だ。
「わたし、サイジさんの書く歌詞がとても好きなんです。切なさや憂いの感情を見事に表現していて、心にすっと入り込んでしまうんです。だからナリも感情を込めて、あんなに素敵に歌えるんだと思います。四年前、ライブハウスでサイジさんの作った楽曲を初めて聞いたとき、感動して鳥肌が立ちました」
メンバーが音楽業界でトップクラスに君臨したきっかけになった曲は、あのライブハウスで聴いたラストナンバー。サイジさんが作ったあの曲だった。
「わたしだけじゃないです。誰かがどこかでサイジさんの作った曲や演奏に感動しているはずです。それなのに自分の存在は無意味とか、俺じゃだめだなんて、そんな悲しいことを言わないでください。応援している人たちに失礼です」
他人の誰かを想う気持ちはどうにもならないときがある。でも自分自身は変わることができる。もう一度、原点に戻ってほしい。どれだけ自分が恵まれているか、どれだけいまの場所を夢見てきたか。それを考えたとき、もっと音楽に真摯に向き合えるんだと思う。
だからサイジさん、がんばってください。過去のせいにしないで。自分の力を信じて、前に進み続けてほしい。
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