ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~

さとう涼

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9.彼のぬくもり

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(side 輝)


「本当に大丈夫?」
「はい、最寄駅から近いので」

 部屋のドアの前でサイジさんと言葉をかわす。サイジさんはわたしの住むアパートまで送ると言ってくれたけれど、それは丁重にお断りした。
 サイジさんは少し元気を取り戻したみたいだった。「明日から私生活を改めなきゃな」と頭をぽりぽりと掻いた。
 これまでについたイメージを覆《くつがえ》すことは大変だと思う。でもサイジさんはそのことはあまり気にしていないみたいで、「どうせ、ひと月もすれば俺の顔も名前もみんな忘れてるよ」と気楽に言って笑っていた。

「藤城冬馬くん……だっけ? 彼によろしく。ライブのチケットを送るから、よかったらふたりでおいで」

 サイジさんはわたしの気持ちに気づき、それに対してなにか思うことがあったんだろう。申し訳なさそうに言った。

「必ずライブを見にいきます。サイジさんが作る新曲、楽しみにしてます」
「ありがとう、がんばってみるよ。……いや違うな。待ってて、次のツアーで必ず新曲を披露するから」

 前向きな言葉。静かな気迫を感じた。

「今日はひどいことしちゃって本当にごめん」
「謝罪の言葉は何度も聞きました。もうこれ以上は言わないでくださいと、さっきも言いましたよね」

 サイジさんは「そうだったね」とまた笑った。

「輝ちゃんに会えてよかった。輝ちゃんが言ってくれたように、もう一度昔の自分を思い出して純粋に音楽に打ち込むよ」

 その言葉を信じたい。サイジさんが早くスランプから抜け出せることを祈るばかりだ。


 時刻は午後九時。
 冬馬くんは二次会で盛りあがっている頃だろう。いまから合流してみようかな。けれどエレベーターホールでスマホを確認すると、冬馬くんから鬼のような着信履歴とメッセージの数々。ちょっといったいなにがあったの?
 エレベーターをおりたあと、ロビーを通りながら冬馬くんに電話を折り返そうとスマホを操作する。だけど妙に気になる光景に遭遇。フロントでなにやらもめている人がいた。声が大きくて、こちらまで話の内容が筒抜け。

「やだ、もう……」

 わたしはおかしくて、しばらく黙ってその様子を眺めていた。

「冬馬くん、こんなところでなにしてるの?」

 話が一段落したようだったので、なにも知らないフリをして声をかけると、冬馬くんは目を見開いて、訳がわからないという感じ。
 フロントマンとのやり取りを全部聞いていたことを告げると、冬馬くんは力が抜けたみたいになって、ほっとしたような顔をしていた。

「なんかよくわかんないけど、無事ならよかった」

 たくさん心配してくれたみたいだった。
 わたしがサイジさんと会っていたことをどうして知っていたのかはわからない。だけど冬馬くんも必要以上に詮索してこなくて、それがありがたかったので、わたしも聞くことを遠慮した。


 それからふたりでホテルを出て駅に向かう。
 冬馬くんが「お腹が空いた」と言うので、途中でファストフード店に立ち寄ってハンバーガーとポテトを食べた。冬馬くんはハンバーガー三個をぺろりと完食。わたしの食べかけのポテトも平らげてしまった。

「わたし、冬馬くんが好きなんだ」
「……んん!?」

 コーラを飲んでいた冬馬くんはストローを口にくわえたまま固まった。

「本当はもっとムードのある場所で言えばよかったんだろうけど」
「ちょ、ちょっと待った! いきなりなんだよ!?」
「ごめんね。いますぐ伝えたかったの」

 よほど驚いているのか、冬馬くんは目を丸くしたままだ。

「いや、むしろうれしいんだけどさ、なんかそれだと俺が格好悪くなるだろう」
「格好悪い?」
「俺が先に言おうと思ってたんだよ。……輝のことを好きだって。先に言わせてごめん」
「嘘……」

 本当に? 冬馬くんがわたしを?

「……信じられない」
「信じてよ」
「わたしてっきり……」
「もてあそばれてると思ってた?」
「ひどい扱いをされているとまでは思っていなかったんだけど……。気持ちを伝えたらそこで終わっちゃう可能性もあるのかなって思ってた」
「俺も終わっちゃうかもって不安だった。だから迷ってた。これでもかなり悩んでたんだからな」

 同じ気持ちであることに喜びがあふれてくる。
 この二ヶ月近く、ずっと一方通行の恋だった。まわりを見渡せば、みんな幸せそうに好きな人同士で寄り添っていて、わたしはいつもひとりぼっち。仕事は好きだし、友達と過ごす時間も楽しいけれど、さみしさを感じることが多かった。
 それでも、もう一度人を好きになれたことがうれしくて、冬馬くんとの時間を大事に過ごした。たくさんの女の子のひとりとして、多くを望まないようにしようと努力した。
 だけどもう好きな気持ちを隠す必要はないんだね。これからはたくさん「好き」を伝えるね。

「佐野先生のことはいいのか?」
「わたしが長い間、佐野先生のことでうじうじしてたから、急になに言ってるんだろうって思うよね。でも二ヶ月前のあの日からわたしはずっと……」

 不純なきっかけかもしれないけど、冬馬くんへの気持ちは純粋。佐野先生に再会しなかったら、冬馬くんがわたしに同情しなかったら、こんなふうに一緒にいなかったのかもしれない。


 ベッドのなか。裸のままで、わたしはうとうとしている。体力が消耗しきって、もう動けない。

「輝?」

 冬馬くんが背後からわたしを呼んだ。

「寝ちゃった?」
「ううん、起きてるよ」

 なんとか重い瞼をあげて振り返った。

「すごく大事な話を忘れてた」
「大事な話?」

 なんか怖いな。わざわざいま話すということは深刻な問題でもあるのかな。

「俺さ、いっつも合コンだ飲み会だって女の子たちと会ってたけど……ヤッてないからな」
「え?」
「友達や会社の人のつき合いで参加していただけで、別に遊びたくて遊んでたわけじゃないから。少なくともここ二ヶ月はそうだから」
「わたしだけだったってこと?」
「そうだよ。合コンがあった日は、ほとんどこの部屋に帰ってきてた。そういう日はなぜだか無性に輝に会いたくなるんだよ。最初は無意識だったけど、そのうちそうじゃなくなった」

 ずっと気になっていたことだった。冬馬くんはわたしの気持ちを知り、誤解していると困るからと、こうして話してくれたんだろう。
 冬馬くんに抱かれているとき、すごく幸せだった。それって冬馬くんがわたしのことを想ってくれていたからなんだね。キスだって、ちゃんと心がこもっていた。あれはそういうことだったんだ。
 冬馬くんのぬくもりが心地いい。シングルベッドの窮屈さはすっかり慣れ、逆に冬馬くんのいない夜は広く感じてしまうほど。ベッドの右半分は冬馬くんのスペース。いつからか、ベッドの端っこで眠るようになってしまった。

「合コンがなくても泊まりにきてね」
「もう行かないよ。誘われても断るよ」

 そう言って冬馬くんはうしろから甘えてきた。ちょっとくすぐったい。わたしは目を閉じて、この幸せを噛みしめた。
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