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召喚令状
第8話
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沈黙の中に、カイの苦しそうな息づかいだけが響いていた。
傾きかけた陽が、路地裏を赤く染める。
張り詰めた空気を破ったのは、セラの叫びだった。
「アンタのせいよ……!」
怒鳴るような声が、夕暮れの光を震わせた。
その瞳は怒りと涙で濁り、焦点が定まっていない。
震える唇の端から、呪いのような言葉がこぼれる。
「アンタがいなければ、私たちは、こんな惨めな気持ちを味わうことはなかったのに!」
声は次第にかすれいく。けれど、止まらなかった。
セラの頬を伝う涙が、足元の石畳に落ちては砕ける。
リリアには、セラの言葉の内容が理解できなかった。
けれどその声の奥に、冷たく淀んだなにかを感じ取っていた。
──セラの持つ感情、これはきっと単純な怒りだけじゃない。
支離滅裂な叫びを前に、アランはわずかに眉をひそめる。
しばらくの間、彼はその主張を黙って聞いていた。
だがやがて、目を伏せ、静かに息を整えた。
「……もういい。興が削がれた」
アランの声音には怒りも哀れみもなく、ただ終わりを告げる響きがあった。
彼の指先から、光が静かにほどける。
カイを縛っていた白い糸が解け、空気の中で淡く消えた。
解放されたカイは、拍杖を手にしたまま膝をつき、荒い呼吸を整える。
アランはその姿を、冷たく見据えた。
「おとなしく引け。これ以上、リリアにも、僕にも関わらないと約束するのなら──今日だけは、見逃してやる」
路地裏に、乾いた風が吹き抜ける。
アランの言葉は、その風に乗って低く響いた。
書記官がすぐに声を上げる。
「陛下、本当にそれでよろしいのですか?」
「構わないさ」
アランは肩をすくめ、興味もなさげに答える。
すると、セラの顔に再び怒りが燃え上がる。
今にも掴みかかりそうな勢いで、彼女は叫んだ。
「ふざけないで……! 全部、アンタのせいなのにっ!」
叫びは裏返り、涙まじりに震えていた。
その声には、もはや理屈がなかった。
セラの心の中で長年積み重ねてきたなにかが、いま崩れ落ちようとしているのだと、リリアは直感でわかった。
そして、その怒りの矛先が、アランひとりに向けられているのではないことも。
──この叫びは、きっと過去そのものへの絶望。
カイが短く「セラ」と呼び、腕を掴む。
その一言だけで、彼女ははっとして動きを止めた。
唇を噛みしめ、視線を地面に落とす。
アランはそれを見ても、ただ無言で見下ろすだけだった。
書記官がなおも口を開く。
「ですが……これでこの者たちが引き下がるとは思えません」
その声には、警戒と恐れが入り混じっていた。
アランはなにも答えず、ただ静かに目を細める。
その瞬間だった。
眩い光が辺りを包み込む。
目を開けていられないほどの強烈な閃光。
夕焼けの赤が、一瞬で白に塗り潰された。
風が巻き起こり、砂が舞う。
耳鳴りがして、誰かの声が遠くで途切れた。
リリアは反射的に腕で顔を庇う。
そして、光が消えたとき。
カイとセラの姿は、もうどこにもなかった。
ただ、白い光の残滓が地面に淡く漂っている。
アランは息を吐き、低く呟く。
「……なるほど。閃光玉とは、古風な手だね」
唇にうっすらと笑みを浮かべ、遠くを見つめる。
消えた二人の気配を追うように、目を細めた。
その背中に、沈みかけた陽が差し、長い影を落とす。
「……あの青年には、何度でも僕に挑んでほしいと思っているよ。彼にはその資格がある。そして僕には、それに応じる義務がある」
その声は静かだったが、確かな熱を帯びていた。
それが怒りか、それとも別のなにかか、リリアには判断がつかなかった。
書記官が小さく息を呑む。
その声音には、わずかな躊躇が混じっていた。
「……陛下、まさかあの血筋との因縁を……」
「終わらせるつもりだよ。僕の代で、ね」
穏やかに返されたその言葉に、空気が一瞬凍りつく。
リリアには意味がわからなかったが、書記官はそれ以上言葉を続けられず、ただ深く頭を垂れた。
アランは少しだけ視線を和らげ、リリアのほうを見やった。
その目に浮かんだのは、哀しみのような光だった。
「リリィ。皆が一斉に動き出した。……十分に気をつけて過ごすんだよ」
その言葉はやわらかく、それでいて遠い。
リリアが言葉を発しようと息を吸い込むより早く、アランは振り返り、命じる。
「──閃光玉を投げ込んできた者を追う。行くぞ」
書記官と護衛が無言でうなずき、すぐにその後を追った。
彼らの影が、夕暮れの光の中へ溶けていく。
エルドランと管理者も遅れて姿を消した。
残されたのは、リリアとジャドだけ。
茜色の光が、静かに二人を包む。
ジャドが口を開く。
「今は、忙しそうだね。でも……またきっと会えるよ」
リリアが目を瞬かせる。
ジャドは少しだけ笑って続けた。
「僕らも仲間のところへ戻ろう。カイとセラのことも、気になるしね」
その笑顔はいつになく真面目で、けれど優しかった。
リリアは、深くうなずく。
沈みゆく陽が、魔術ギルドの建物の影を伸ばしていく。
その光の中で、リリアの胸の奥にも、確かになにかが動き出していた。
傾きかけた陽が、路地裏を赤く染める。
張り詰めた空気を破ったのは、セラの叫びだった。
「アンタのせいよ……!」
怒鳴るような声が、夕暮れの光を震わせた。
その瞳は怒りと涙で濁り、焦点が定まっていない。
震える唇の端から、呪いのような言葉がこぼれる。
「アンタがいなければ、私たちは、こんな惨めな気持ちを味わうことはなかったのに!」
声は次第にかすれいく。けれど、止まらなかった。
セラの頬を伝う涙が、足元の石畳に落ちては砕ける。
リリアには、セラの言葉の内容が理解できなかった。
けれどその声の奥に、冷たく淀んだなにかを感じ取っていた。
──セラの持つ感情、これはきっと単純な怒りだけじゃない。
支離滅裂な叫びを前に、アランはわずかに眉をひそめる。
しばらくの間、彼はその主張を黙って聞いていた。
だがやがて、目を伏せ、静かに息を整えた。
「……もういい。興が削がれた」
アランの声音には怒りも哀れみもなく、ただ終わりを告げる響きがあった。
彼の指先から、光が静かにほどける。
カイを縛っていた白い糸が解け、空気の中で淡く消えた。
解放されたカイは、拍杖を手にしたまま膝をつき、荒い呼吸を整える。
アランはその姿を、冷たく見据えた。
「おとなしく引け。これ以上、リリアにも、僕にも関わらないと約束するのなら──今日だけは、見逃してやる」
路地裏に、乾いた風が吹き抜ける。
アランの言葉は、その風に乗って低く響いた。
書記官がすぐに声を上げる。
「陛下、本当にそれでよろしいのですか?」
「構わないさ」
アランは肩をすくめ、興味もなさげに答える。
すると、セラの顔に再び怒りが燃え上がる。
今にも掴みかかりそうな勢いで、彼女は叫んだ。
「ふざけないで……! 全部、アンタのせいなのにっ!」
叫びは裏返り、涙まじりに震えていた。
その声には、もはや理屈がなかった。
セラの心の中で長年積み重ねてきたなにかが、いま崩れ落ちようとしているのだと、リリアは直感でわかった。
そして、その怒りの矛先が、アランひとりに向けられているのではないことも。
──この叫びは、きっと過去そのものへの絶望。
カイが短く「セラ」と呼び、腕を掴む。
その一言だけで、彼女ははっとして動きを止めた。
唇を噛みしめ、視線を地面に落とす。
アランはそれを見ても、ただ無言で見下ろすだけだった。
書記官がなおも口を開く。
「ですが……これでこの者たちが引き下がるとは思えません」
その声には、警戒と恐れが入り混じっていた。
アランはなにも答えず、ただ静かに目を細める。
その瞬間だった。
眩い光が辺りを包み込む。
目を開けていられないほどの強烈な閃光。
夕焼けの赤が、一瞬で白に塗り潰された。
風が巻き起こり、砂が舞う。
耳鳴りがして、誰かの声が遠くで途切れた。
リリアは反射的に腕で顔を庇う。
そして、光が消えたとき。
カイとセラの姿は、もうどこにもなかった。
ただ、白い光の残滓が地面に淡く漂っている。
アランは息を吐き、低く呟く。
「……なるほど。閃光玉とは、古風な手だね」
唇にうっすらと笑みを浮かべ、遠くを見つめる。
消えた二人の気配を追うように、目を細めた。
その背中に、沈みかけた陽が差し、長い影を落とす。
「……あの青年には、何度でも僕に挑んでほしいと思っているよ。彼にはその資格がある。そして僕には、それに応じる義務がある」
その声は静かだったが、確かな熱を帯びていた。
それが怒りか、それとも別のなにかか、リリアには判断がつかなかった。
書記官が小さく息を呑む。
その声音には、わずかな躊躇が混じっていた。
「……陛下、まさかあの血筋との因縁を……」
「終わらせるつもりだよ。僕の代で、ね」
穏やかに返されたその言葉に、空気が一瞬凍りつく。
リリアには意味がわからなかったが、書記官はそれ以上言葉を続けられず、ただ深く頭を垂れた。
アランは少しだけ視線を和らげ、リリアのほうを見やった。
その目に浮かんだのは、哀しみのような光だった。
「リリィ。皆が一斉に動き出した。……十分に気をつけて過ごすんだよ」
その言葉はやわらかく、それでいて遠い。
リリアが言葉を発しようと息を吸い込むより早く、アランは振り返り、命じる。
「──閃光玉を投げ込んできた者を追う。行くぞ」
書記官と護衛が無言でうなずき、すぐにその後を追った。
彼らの影が、夕暮れの光の中へ溶けていく。
エルドランと管理者も遅れて姿を消した。
残されたのは、リリアとジャドだけ。
茜色の光が、静かに二人を包む。
ジャドが口を開く。
「今は、忙しそうだね。でも……またきっと会えるよ」
リリアが目を瞬かせる。
ジャドは少しだけ笑って続けた。
「僕らも仲間のところへ戻ろう。カイとセラのことも、気になるしね」
その笑顔はいつになく真面目で、けれど優しかった。
リリアは、深くうなずく。
沈みゆく陽が、魔術ギルドの建物の影を伸ばしていく。
その光の中で、リリアの胸の奥にも、確かになにかが動き出していた。
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