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召喚令状
第7話
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リリアは、ほんのわずかに首を横に振った。
アランの申し出を、静かに拒む。
アランの瞳が、一瞬だけ揺らいだ。それでも、声は柔らかかった。
「……もう、話せるはずだよ」
問いかけに、リリアはただ首を横に振るだけだった。言葉はひとつも紡げない。
アランはしばし、リリアの沈黙を待ち続けた。
やがて、深く息を吐いて淡々と告げる。
「……そうか。君がそう決めたなら、僕が口を出すことじゃないね」
アランは静かに立ち上がり、部屋の外へ向かう。
書記官と護衛はすぐに従って扉へ向かい、エルドランが慌てた声をあげた。
「お待ちください……!」
その声もむなしく、彼らの背は音もなく部屋を出ていった。
残されたのは、リリアとジャド、そして深淵の管理者だけだった。
「……いいのかい?」
管理者の穏やかな問いに、リリアは答えられず、服の裾をぎゅっと握りしめて顔を伏せた。
困惑した様子で、ジャドが言う。
「リリア、話をしたほうがいいんじゃない?」
ジャドの声は真剣で、まっすぐだった。
「話せる機会があるなら、話したほうがいい。生きてるうちに、いっぱい笑い合えたほうが絶対にいいんだ」
そう言ってリリアの顔をのぞき込み、満面の笑みを浮かべる。
その笑顔に、リリアは思わず噴き出すように笑ってしまった。
ジャドは嬉しそうにうなずく。
「そうだよ。笑ったほうがいい。王様、出会ってから一度もちゃんと笑ってなかった。リリアが笑わせてあげて」
リリアは複雑な顔をしながら、小さくつぶやいた。
「……でも、なにを話せばいいのかわからない。正直、憎む気持ちだってある。王都に一緒に戻るなんて……そんな返事はできない」
その言葉に、管理者がひとことだけ答える。
「……それでいいんだよ」
それだけだったが、確かな後押しが背中に触れた。
リリアはジャドを見つめて「ありがとう」と言い、勢いよく立ち上がる。
扉を開け、駆けだした。
廊下を抜け、アランの背を追う。
胸の奥で、早鐘のように心臓が鳴った。
この機会を逃したら、もう二度と声をかけられなくなるのではないか。
そんな焦りが、足を前へ突き動かした。
アランの気配を追って魔術ギルドの裏口へ向かう。
リリアが外へ出ると、ちょうどアランの姿が闇に紛れて消えようとしていた。
──アラン!
本当は、話したいことが山ほどある。
心の奥に押し込めてきた問いが、一気に喉元まで込み上げてくる。
──どうして私から墓守という役目を奪ったの? どうしてなにも言ってくれなかったの? どうして、私を置いていったの?
王であるアランと、一市民であるリリアが話せる時間は限られている。
だというのに、胸の内を整理できず、愛しさと憎しみが絡み合って乱れていく。
それでも構わない。
言葉にならなくても、ただ彼に伝えたい。
リリアは声をかけようと口を開いた。
その瞬間、アランの背に漂う静かな怒りを感じ取り、足がすくむ。
驚きに息を呑んだリリアの耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「なんだ、感動の再会の場面は見逃しちゃったのかな?」
嫌味ったらしい口調。
振り向くと、薄暗い路地裏にカイが立っていた。セラを伴い、口元に嘲りの笑みを浮かべている。
アランが静かに呟いた。
「……こっちが先に姿を現したか」
淡々とした声色だったが、抑えきれぬ怒気が空気を震わせる。
その指先から、先ほどリリアを救った白い光の糸が伸びていた。
糸の先は、カイの持つ拍杖に絡みついている。
「お前がリリアの声を奪った者で、間違いないか」
アランの静かな問いかけに、カイはけらけらと笑い、拍杖をひらりと振った。
糸は断ち切られ、光が散る。
「別に、奪うつもりはなかったけどね」
軽い調子で答えるその声が、路地裏の闇の中で不気味に響いた。
カイは拍杖を強く握りしめ、一歩踏み出そうとする。
だが、彼の足は動かない。
「……なに、これ……?」
カイの表情に初めて焦りがにじむ。
アランは微動だにせず、余裕の笑みを浮かべていた。
その声音は嘲りを含みながらも、威厳に満ちている。
「その程度の力でリリアに手を出すか。挙げ句に、この私にまで挑もうとするとは……身の程知らずもいいところだ」
言葉は穏やかなのに、その一音ごとに圧が増していく。
リリアの胸をも締めつけられるほどだった。
カイは必死に歯を食いしばるが、次第に戦意が萎えていく。
その姿は、もはや獲物を前にした獣ではなく、抗う意思を失った哀れな小動物に過ぎなかった。
リリアの耳元で、そっと言葉が囁かれる。
「――彼の身体に絡みついている糸まで見えているのは、陛下ご本人と、君と、私だけだよ」
驚いて振り向くと、深淵の管理者がいつの間にか背後に立っていた。
リリアが問い返そうと口を開いた瞬間、彼は人差し指をそっとリリアの唇に当て、制した。
「こればかりは血筋だと言うしかないね」
管理者の瞳が、どこか愉快そうに細められる。
さらに囁きが続いた。
「それから……声が出せるようになったことは、しばらく伏せておいたほうがいい」
リリアは意図が分からず、目を伏せる。
それでも黙って、小さくうなずいた。
管理者は満足げに微笑み、指を離した。
リリアの心臓は激しく鳴っていた。
アランの背に漂う威圧感に怯えて身体が震えそうになる。けれど、彼からは目を逸らせない。
胸の奥では、先ほどまで押し込めていた言葉がなおも溢れ出そうとしていた。
アランの申し出を、静かに拒む。
アランの瞳が、一瞬だけ揺らいだ。それでも、声は柔らかかった。
「……もう、話せるはずだよ」
問いかけに、リリアはただ首を横に振るだけだった。言葉はひとつも紡げない。
アランはしばし、リリアの沈黙を待ち続けた。
やがて、深く息を吐いて淡々と告げる。
「……そうか。君がそう決めたなら、僕が口を出すことじゃないね」
アランは静かに立ち上がり、部屋の外へ向かう。
書記官と護衛はすぐに従って扉へ向かい、エルドランが慌てた声をあげた。
「お待ちください……!」
その声もむなしく、彼らの背は音もなく部屋を出ていった。
残されたのは、リリアとジャド、そして深淵の管理者だけだった。
「……いいのかい?」
管理者の穏やかな問いに、リリアは答えられず、服の裾をぎゅっと握りしめて顔を伏せた。
困惑した様子で、ジャドが言う。
「リリア、話をしたほうがいいんじゃない?」
ジャドの声は真剣で、まっすぐだった。
「話せる機会があるなら、話したほうがいい。生きてるうちに、いっぱい笑い合えたほうが絶対にいいんだ」
そう言ってリリアの顔をのぞき込み、満面の笑みを浮かべる。
その笑顔に、リリアは思わず噴き出すように笑ってしまった。
ジャドは嬉しそうにうなずく。
「そうだよ。笑ったほうがいい。王様、出会ってから一度もちゃんと笑ってなかった。リリアが笑わせてあげて」
リリアは複雑な顔をしながら、小さくつぶやいた。
「……でも、なにを話せばいいのかわからない。正直、憎む気持ちだってある。王都に一緒に戻るなんて……そんな返事はできない」
その言葉に、管理者がひとことだけ答える。
「……それでいいんだよ」
それだけだったが、確かな後押しが背中に触れた。
リリアはジャドを見つめて「ありがとう」と言い、勢いよく立ち上がる。
扉を開け、駆けだした。
廊下を抜け、アランの背を追う。
胸の奥で、早鐘のように心臓が鳴った。
この機会を逃したら、もう二度と声をかけられなくなるのではないか。
そんな焦りが、足を前へ突き動かした。
アランの気配を追って魔術ギルドの裏口へ向かう。
リリアが外へ出ると、ちょうどアランの姿が闇に紛れて消えようとしていた。
──アラン!
本当は、話したいことが山ほどある。
心の奥に押し込めてきた問いが、一気に喉元まで込み上げてくる。
──どうして私から墓守という役目を奪ったの? どうしてなにも言ってくれなかったの? どうして、私を置いていったの?
王であるアランと、一市民であるリリアが話せる時間は限られている。
だというのに、胸の内を整理できず、愛しさと憎しみが絡み合って乱れていく。
それでも構わない。
言葉にならなくても、ただ彼に伝えたい。
リリアは声をかけようと口を開いた。
その瞬間、アランの背に漂う静かな怒りを感じ取り、足がすくむ。
驚きに息を呑んだリリアの耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「なんだ、感動の再会の場面は見逃しちゃったのかな?」
嫌味ったらしい口調。
振り向くと、薄暗い路地裏にカイが立っていた。セラを伴い、口元に嘲りの笑みを浮かべている。
アランが静かに呟いた。
「……こっちが先に姿を現したか」
淡々とした声色だったが、抑えきれぬ怒気が空気を震わせる。
その指先から、先ほどリリアを救った白い光の糸が伸びていた。
糸の先は、カイの持つ拍杖に絡みついている。
「お前がリリアの声を奪った者で、間違いないか」
アランの静かな問いかけに、カイはけらけらと笑い、拍杖をひらりと振った。
糸は断ち切られ、光が散る。
「別に、奪うつもりはなかったけどね」
軽い調子で答えるその声が、路地裏の闇の中で不気味に響いた。
カイは拍杖を強く握りしめ、一歩踏み出そうとする。
だが、彼の足は動かない。
「……なに、これ……?」
カイの表情に初めて焦りがにじむ。
アランは微動だにせず、余裕の笑みを浮かべていた。
その声音は嘲りを含みながらも、威厳に満ちている。
「その程度の力でリリアに手を出すか。挙げ句に、この私にまで挑もうとするとは……身の程知らずもいいところだ」
言葉は穏やかなのに、その一音ごとに圧が増していく。
リリアの胸をも締めつけられるほどだった。
カイは必死に歯を食いしばるが、次第に戦意が萎えていく。
その姿は、もはや獲物を前にした獣ではなく、抗う意思を失った哀れな小動物に過ぎなかった。
リリアの耳元で、そっと言葉が囁かれる。
「――彼の身体に絡みついている糸まで見えているのは、陛下ご本人と、君と、私だけだよ」
驚いて振り向くと、深淵の管理者がいつの間にか背後に立っていた。
リリアが問い返そうと口を開いた瞬間、彼は人差し指をそっとリリアの唇に当て、制した。
「こればかりは血筋だと言うしかないね」
管理者の瞳が、どこか愉快そうに細められる。
さらに囁きが続いた。
「それから……声が出せるようになったことは、しばらく伏せておいたほうがいい」
リリアは意図が分からず、目を伏せる。
それでも黙って、小さくうなずいた。
管理者は満足げに微笑み、指を離した。
リリアの心臓は激しく鳴っていた。
アランの背に漂う威圧感に怯えて身体が震えそうになる。けれど、彼からは目を逸らせない。
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