追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

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【第1章】追放と絶望の夜

第3話「極寒の歓迎」

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三日目の夜、馬車が止まった。
「着いたぞ」
御者の声が、やけに重く響く。
私は凍えた体を引きずるように馬車から降りた。
そして――息を呑んだ。
「これが……ノルディア」
目の前に広がるのは、白い世界。
どこまでも続く雪原。吹き付ける氷の風。王都の冬とは比較にならない、骨まで凍るような寒さ。
街道の先に、城壁が見える。いや、城壁と呼ぶには粗末すぎる。崩れかけた石積みと、腐った木の柵。
「ノルディア城塞都市……というより、廃墟ね」
私の呟きに、騎士の一人が苦笑した。
「ここが辺境の現実さ。王都の華やかさなんて、夢物語だ」
城門が開く。
中に入ると、さらに驚愕の光景が広がっていた。
ぼろぼろの建物。すれ違う人々は皆、痩せ細り、目には光がない。子供たちは薄汚れた服を着て、路地で震えている。
「こんな……」
前世で、発展途上国の貧困地域を視察したことがある。でも、それ以上だ。ここは完全に、社会インフラが崩壊している。
「令嬢様には、地獄に見えるだろうな」
騎士が言った。
「でも、ここに送られた奴らは皆、何かしらの罪を犯してる。自業自得さ」
私は何も言わなかった。
でも、心の中で思う。
この環境で「罪」を犯さずに生きろという方が、無理じゃないのか?
中央広場に、一際大きな建物があった。
辺境王の居城。
といっても、王都の貴族邸宅より小さい。石造りの無骨な建物で、装飾というものが一切ない。
「中に入れ。辺境王がお前に会うそうだ」
私は深呼吸をした。
来た。最初の、そして最も重要な交渉相手。
ルシアン=ノルディア。
冷血王と呼ばれる男。
扉が開く。
大広間――と呼ぶには質素すぎる部屋。暖炉の火が唯一の明かり。
そして、玉座に座る一人の男。
「……」
私は、思わず息を止めた。
若い。おそらく二十代後半。
漆黒の髪に、氷のような銀色の瞳。鍛え抜かれた体躯は、鎧の上からでもわかる。そして何より――。
「美しい……」
思わず口から漏れた言葉を、私は慌てて飲み込んだ。
いや、美しいというより、鋭い。研ぎ澄まされた刃のような存在感。
彼の視線が、私を捉えた。
「ハーランド公爵家の令嬢か」
低く、冷たい声。
「エリシア=ハーランド、です」
私は背筋を伸ばして答えた。
ここで萎縮したら、終わりだ。
「反逆罪で追放された、な」
「濡れ衣です」
即答した。
ルシアンの眉が、わずかに動いた。
「罪人は皆、そう言う」
「では、陛下は私が本当に反逆者だと?」
「どちらでもいい」
彼は玉座から立ち上がった。
私との距離が、一気に詰まる。
「ここでは、中央の肩書きも罪状も関係ない。生き残れるかどうか、それだけが問題だ」
圧倒的な威圧感。
でも、私は目を逸らさなかった。
「一つ、提案がある」
ルシアンが言った。
「お前に一週間やる。その間に、自分がこの地で生きる価値があることを証明しろ」
「価値、ですか」
「そうだ。無能な貴族令嬢をここで養う余裕はない。働けない者は、ここでは死ぬしかない」
残酷なまでに合理的な論理。
でも――。
「わかりました」
私は、はっきりと答えた。
「一週間で証明します。私が、あなたの国に必要な人材であることを」
ルシアンの目が、わずかに見開かれた。
おそらく、こんな返答を期待していなかったのだろう。
「面白い」
彼は、わずかに笑った。
初めて見せた表情の変化。
「では、具体的に何ができる? 刺繍か? 舞踏か? それとも、宮廷での社交術か?」
明らかな皮肉。
でも、私は動じない。
「経営と戦略です」
「……何?」
「私は、組織を立て直すことができます。財務、流通、人事、マーケティング。この地の問題点を分析し、解決策を提示できます」
ルシアンは、しばらく私を見つめていた。
「貴族令嬢が、そんなことを?」
「貴族令嬢だからこそ、です」
私は一歩、前に出た。
「この国の貴族社会を、私は内側から見てきました。どこに金が流れ、どこで腐敗が起き、どこに歪みがあるのか。そして――」
私は、ルシアンの目を見据えた。
「どうすれば、その構造を利用できるのか」
静寂。
暖炉の薪が爆ぜる音だけが、部屋に響く。
「……証明してみせろ」
ルシアンが言った。
「一週間後、お前の価値を判断する。期待しているぞ、エリシア=ハーランド」
「必ず」
私は深く頭を下げた。
「それと」
ルシアンが、側近に何か指示を出す。
「お前に、仮の住居と最低限の生活物資を与える。そして――」
彼は、扉の方を見た。
「ミラ、入れ」
扉が開き、一人の少女が入ってきた。
小柄で、ぼさぼさの茶色い髪。年は十二、三歳くらいか。ぼろぼろの服を着て、警戒心の塊のような目でこちらを見ている。
「こいつは、元盗賊だ」
ルシアンが淡々と説明する。
「三日前に捕まった。本来なら処刑だが――お前の世話係として使え」
「え……」
少女――ミラが驚いた顔をした。
「処刑の代わりに、この女の下で働け。もし逃げたり、こいつを傷つけたりしたら、即座に首を刎ねる」
「ちょ、ちょっと待って!」
ミラが叫んだ。
「アタシ、貴族の世話なんてできないよ! そんなの無理だって!」
「できないなら、死ね」
ルシアンの冷たい声に、ミラは凍りついた。
「それと、エリシア」
彼は私を見た。
「こいつが逃げたり問題を起こしたりしたら、お前の責任だ。監督不行き届きとして、お前も処罰する」
「……なるほど」
私は理解した。
これは、私の人材管理能力を見るテストでもあるのだ。
「わかりました」
私は、ミラの方を見た。
少女は、怯えと敵意の混じった目で私を睨んでいる。
「よろしくね、ミラ」
私は、できるだけ柔らかく微笑んだ。
「これから一週間、一緒に頑張りましょう」
ミラは何も言わなかった。
ただ、さらに警戒を強めただけだった。

廃墟のような建物の一室。
それが、私に与えられた「住居」だった。
窓は半分壊れ、隙間風が吹き込む。ベッドは藁を詰めた粗末なもの。暖炉はあるが、薪は三日分しかない。
「……まあ、ここから始めるしかないわね」
私は部屋を見回した。
ミラは、部屋の隅で壁に背を預けている。完全に警戒モード。
「ねえ、ミラ」
「……何」
敵意を込めた声。
「あなた、盗賊だったんでしょう? ということは、この街のことを知ってるわね」
「だから何」
「教えてほしいの。この街の構造、人の流れ、物資の入手ルート。それから――」
私は、ミラの目を見た。
「あなたが盗みを働いていた理由」
ミラの目が、わずかに揺れた。
「……アタシのことなんて、どうでもいいだろ」
「そんなことない」
私は首を横に振った。
「あなたは、今日から私のチームの一員よ。チームメンバーのことを知らずに、どうやって目標を達成するの?」
「チーム……?」
ミラが、初めて困惑の表情を見せた。
「そう、チーム」
私は、部屋の真ん中に立った。
「私たち二人で、一週間後までに実績を作る。そのためには、お互いを理解して、協力しないといけない」
「……わけわかんない」
ミラが呟いた。
「アタシは囚人で、アンタは追放された貴族だろ。何が『チーム』だよ」
「過去の肩書きなんて、もうどうでもいいの」
私は、ミラの前にしゃがみ込んだ。
目線を合わせる。
「今、私たちは同じ。生き残るために必死な、二人の人間」
ミラは、じっと私を見つめた。
「……本気で言ってんの?」
「本気よ」
私は、手を差し出した。
「改めて。エリシア=ハーランド。元・公爵令嬢、現・ただの追放者。これから、あなたと一緒に頑張りたい」
ミラは、私の手を見た。
長い沈黙。
そして――。
「……ミラ。ただのミラ。元・盗賊、現・よくわかんない立場」
彼女は、おそるおそる私の手を握った。
小さくて、冷たくて、傷だらけの手。
「よろしく、ミラ」
「……よろしく」
これが、私の最初の仲間。
信頼関係なんて、まだゼロに等しい。
でも――。
「さて」
私は立ち上がった。
「一週間で実績を出すって約束したわ。具体的に何をするか、考えないと」
「え、もう動くの? もう夜だよ」
「時間は貴重だもの」
私は窓から外を見た。
雪が降り始めている。
「ミラ、一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「この街で、一番困ってることって何?」
ミラは、少し考えてから答えた。
「……食い物、かな。冬になると、マジで飢える奴が出る」
「食料不足ね」
私は頷いた。
「他には?」
「寒さ。薪も足りない。あと、病気も多い」
「なるほど」
私は、頭の中で問題を整理していく。
食料、燃料、医療。
基本的な生活インフラが崩壊している。
「ねえ、さっきルシアン陛下が言ってた『魔鉱石』って、何か知ってる?」
「ああ、地下に眠ってるっていう宝石みたいなやつ?」
「そう、それ」
私の脳内で、パズルのピースが組み合わさり始める。
未開発の資源。
困窮する人々。
そして、一週間という期限。
「……よし、決めた」
私は、ミラを振り返った。
「明日から、私たちは鉱山開発事業を始めるわ」
「は?」
ミラが目を丸くした。
「いや、無理でしょ。アンタ、貴族令嬢でしょ? 鉱山なんて――」
「大丈夫」
私は微笑んだ。
「前世で、似たようなプロジェクトをいくつもやってきたから」
「前世? 何それ」
「気にしないで」
私は、部屋にあった紙とペンを取り出した。
そして、計画を書き始める。
Step 1:情報収集(鉱山の位置、埋蔵量、採掘の障壁)
Step 2:労働力の確保(失業者、元罪人を雇用)
Step 3:試験採掘と品質確認
Step 4:成果の提示
「一週間じゃ、全部はできないけど……」
私は、プランを見直した。
「方向性と実現可能性を示せれば、十分」
これは、前世で何度もやった。
経営戦略のプレゼンテーション。
投資家を説得し、プロジェクトを動かす。
「エリシア」
ミラが、不安そうに言った。
「本当に、大丈夫なの? ルシアン様、失敗したら容赦ないよ」
「知ってるわ」
私は、ペンを置いた。
「だから、失敗しない」
窓の外、雪はますます激しくなっている。
極寒の地獄。
でも、私の心には――。
「燃える」
前世でも感じたことのない、熱い情熱が湧き上がっていた。
これは、復讐のためだけじゃない。
目の前の少女のため。
この街で凍えている人々のため。
そして、私自身のため。
「さあ、始めましょう。エリシア=ハーランドの、逆襲を」
長い夜が、明けようとしていた。
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