追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太

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【第1章】追放と絶望の夜

第2話「冷静な復讐者」

馬車の中は、凍えるように寒かった。
薄い囚人服一枚。暖房魔法陣すら施されていない粗末な木箱。これが、つい昨日まで王国一の名門令嬢だった私の乗り物。
皮肉なものね。
私は膝を抱えて座り、窓の外を眺めた。
夜明けが近い。東の空が、わずかに白み始めている。
「……落ち着きなさい、エリシア」
自分に言い聞かせる。
感情に流されている場合じゃない。今必要なのは、冷静な状況分析と戦略立案。
そう、まるで――前世で数え切れないほど繰り返した、企業再生プロジェクトのように。
深呼吸をする。
「佐藤美咲」
前世の名前を、小さく呟いた。
三十二歳で過労死した、大手コンサルティング会社のマネージャー。企業の倒産危機を何度も救ってきた、経営戦略のプロフェッショナル。
転生してから十五年。
私はその記憶を持ちながらも、貴族令嬢としての人生を優先してきた。前世の知識は封印し、この世界のルールに従って生きてきた。
でも、もうその必要はない。
「状況整理から始めましょう」
企業再生の第一ステップ。現状把握。
私は指を折りながら、冷静に事実を列挙していく。
「失ったもの:地位、財産、家族、婚約者、名誉、そして自由」
全てだ。文字通り、すべてを失った。
「残っているもの:命、健康、そして――」
私は自分の頭を軽く叩いた。
「前世の知識と、この世界の貴族教育で身につけた全てのスキル」
そう。まだ何も終わっていない。
企業再生の現場で学んだ。どんなに絶望的に見える状況でも、リソースがゼロということはあり得ない。必ず、何かしらの資産は残っている。
「行き先はノルディア。極寒の辺境、罪人の流刑地」
馬車の御者が昨夜、仲間と話していた内容が聞こえていた。
「あそこに送られたら、半年も持たないだろうな」
「ああ。凍死か餓死か、どっちが早いかの賭けだ」
彼らは、私が聞いているとは思っていなかった。
でも、その情報は有益だった。
「つまり、ノルディアは誰も期待していない土地。中央から見捨てられ、注目もされていない」
私の唇に、わずかな笑みが浮かんだ。
「完璧じゃない」
企業再生の鉄則その一:注目されていない市場にこそ、チャンスがある。
誰も見ていない場所なら、誰にも邪魔されずに基盤を築ける。
「ノルディアの詳細情報が必要ね」
私は記憶を辿った。
貴族教育の一環として学んだ、王国の地理と歴史。ノルディアについては、ほんのわずかしか教えられなかった。それ自体が、中央がこの地域をどう扱っているかの証明。
「確か……魔鉱石の鉱脈があったはず」
断片的な記憶が蘇る。
子供の頃、図書室で読んだ古い地誌。そこには、ノルディアの地下に眠る資源について書かれていた。でも、極寒すぎて採掘が困難だと。
「つまり、未開発の資源がある」
私の戦略脳が、高速回転し始める。
資源がある。人はいる(罪人や異民族だとしても、労働力は労働力)。そして、誰も注目していない。
これは――。
「ゼロから国を作れるということじゃない」
そう、企業再生ではなく、起業だ。
前世では大企業の再建ばかりだったけれど、本質は同じ。ヒト、モノ、カネ、そして情報。この四つのリソースをどう確保し、どう活用するか。
「まず生き延びる。次に基盤を作る。そして――」
馬車が大きく揺れた。
「いってっ」
頭を壁にぶつけて、一瞬現実に引き戻される。
そうだ、まだ私は囚人服を着た追放者。妄想戦略を立てている場合じゃない。
「順序を間違えないで、エリシア」
自分を諫める。
「Step 1:生存。Step 2:信頼獲得。Step 3:資源確保。Step 4:経済基盤構築」
前世で何度も使った、段階的戦略立案のフレームワーク。
「そして最終目標は――」
私の目が、冷たく細められる。
「王宮への逆襲」
ただ生き延びるだけじゃない。ただ幸せになるだけじゃない。
私を陥れた者たち全員に、後悔させる。
クラリッサ。アルベルト。そして、私を見捨てた全ての者に。
「奪われたものは、利子をつけて取り返す」
でも、感情的な復讐じゃない。
前世で学んだ。感情的な経営判断は、必ず失敗する。復讐も同じ。きちんと計画し、確実に実行する。
「そのためには――」
ガタン、と馬車が止まった。
「休憩だ。水を飲んでおけ」
御者の声。
扉が開き、冷たい朝の空気が流れ込んでくる。
私は馬車から降りた。
森の中の街道。周囲は雪で覆われている。ここはまだ、王国の中央部。本当の極寒は、これからだ。
「ほら、さっさと飲め」
騎士が水筒を投げてよこす。
私は黙ってそれを受け取り、一口飲んだ。
冷たい水が喉を通る。
生きている。まだ、生きている。
「……ありがとうございます」
私は騎士に水筒を返した。
騎士は意外そうな顔をした。おそらく、追放者が礼を言うとは思っていなかったのだろう。
「お前、変わってるな」
「そうですか?」
「普通、お前みたいな立場の奴は、泣き叫ぶか、呪いの言葉を吐くかだ」
騎士は面白そうに私を見た。
「だが、お前は落ち着いてる。まるで、これから旅行にでも行くみたいだ」
「もう、泣き終わりましたから」
私は微笑んだ。
嘘だけど。
本当は、泣く暇もなかった。頭の中は戦略立案で一杯で。
「……そうか」
騎士は何か言いかけて、やめた。
彼は悪い人ではなさそうだ。ただ、命令に従っているだけ。
「ねえ、一つ聞いていいですか」
「何だ」
「ノルディアって、どんな場所なんですか? 行ったことはありますか?」
情報収集。これも、戦略の基本。
騎士は首を横に振った。
「俺は行ったことはない。でも、先輩から聞いた話だと……地獄だそうだ」
「地獄」
「ああ。一年の半分は雪に閉ざされる。食料は乏しく、魔物も出る。そして、辺境王ルシアンは――」
騎士の声が、わずかに低くなった。
「冷血王と呼ばれてる。容赦なく罪人を処刑し、反抗する者は即座に斬り捨てる」
ルシアン。
その名前、どこかで聞いたことがある。
「強いんですか?」
「王国最強クラスだ。若いのに、戦場で百人斬りの異名を持つ」
百人斬り。
それは本当の数字ではないだろうけど、相当な実力者であることは確か。
「怖い人なんですね」
「ああ。だから、お前も気をつけろ。変な真似をしたら、首が飛ぶぞ」
「……忠告、ありがとうございます」
私は本心から礼を言った。
情報は武器だ。そして、この騎士は貴重な情報源になる。
「休憩終わりだ! 乗れ!」
隊長の声。
私は再び馬車に乗り込んだ。
扉が閉まり、再び暗闇。
「ルシアン=ノルディア、か」
その名前を、私は記憶に刻んだ。
おそらく、彼が私の最初の交渉相手になる。
冷血王。百人斬り。恐ろしい異名を持つ男。
でも――。
「人間である以上、必ず弱点はある」
前世で学んだ交渉術の基本。相手を理解し、相手の望むものを見極める。
「さあ、エリシア。あなたの第二の人生が始まるのよ」
私は窓の外を見た。
北へ、北へと進む馬車。
行き先は極寒の地獄。
でも、私はもう恐れていなかった。
なぜなら――。
「地獄から、天国を作ってみせる」
それが、私の戦略だから。
馬車は、雪の中を走り続けた。
そして私の心の中では、すでに復讐と革命の計画が、着々と形になり始めていた。
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