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【第1章】追放と絶望の夜
第8話「裏切りの影」
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鉱山開発から二週間。
ノルディアは、日に日に活気を取り戻していた。
「エリシア様! 今月の採掘量、目標の一・二倍です!」
グレンが、嬉しそうに報告してくる。
「素晴らしいわ」
私は、採掘記録を確認した。
品質も安定している。商人たちへの供給も順調だ。
「それに、新しい鉱夫も十人増えました」
ミラが、人事記録を見せてくる。
最近、彼女の読み書きは格段に上達した。毎晩、私が教えているのだ。
「みんな、真面目に働いてくれてます」
「良かった」
私は、窓の外を見た。
街には、新しい建物が建ち始めている。
加工工場の建設も、予定通り進んでいる。
「全てが、順調ね」
その言葉を口にした瞬間――。
違和感。
何か、引っかかる。
「エリシア? どうしたの?」
ミラが、心配そうに訊いてくる。
「……いえ、何でもないわ」
でも、この感覚――。
前世で何度も経験した。
プロジェクトが順調すぎるとき。必ず、どこかに落とし穴がある。
「ミラ」
「何?」
「最近、変わったことはない? 街で、何か噂とか」
ミラは、少し考えた。
「うーん……特にないけど。あ、でも」
「でも?」
「数日前から、見慣れない人がちょくちょく街に来てるって話は聞いた」
「見慣れない人?」
「うん。商人っぽい格好してるけど、あんまり商売してないみたい」
私の中で、警戒信号が鳴った。
「詳しく教えて」
「えっと、黒いマントを着た男が、酒場とかで色々聞き回ってるって――」
コンコン。
ノックの音が、ミラの言葉を遮った。
「どうぞ」
扉が開き、城の衛兵が入ってきた。
「エリシア様、辺境王がお呼びです。至急、謁見の間へ」
「今すぐに?」
「はい」
衛兵の表情が、硬い。
何か、あった。
謁見の間に入ると、ルシアンが玉座に座っていた。
その隣には――。
「あなたは……」
王宮の使者。黒い外套を纏った、冷たい目をした男。
「エリシア=ハーランド」
使者が、書類を取り出した。
「王命により、あなたを王都へ召喚する」
「召喚?」
私の心臓が、激しく打った。
「理由は?」
「国家反逆罪に関する、追加調査だ」
「でも、私はすでに追放刑を受けています」
「新たな証拠が発見された」
使者が、書類を広げた。
「あなたが、ノルディアで不正に魔鉱石を採掘し、王国の許可なく密売していると」
「何ですって!?」
ミラが叫んだ。
「そんなの、デタラメだ! 全部、ルシアン様の許可を得て――」
「黙れ、盗賊の小娘が」
使者が、冷たく言った。
「これは、王命だ。辺境王といえど、逆らうことはできぬ」
ルシアンは、黙って座っていた。
でも、その拳は――固く握りしめられている。
「ルシアン陛下」
私は、彼を見た。
「これは――」
「罠だ」
ルシアンが、低く言った。
「王宮の、お前を再び陥れようとする罠だ」
「では、拒否を――」
「できない」
彼は、苦渋の表情を浮かべた。
「私がお前を庇えば、ノルディア全体が王宮から敵視される」
つまり。
私を守ることは、この国の人々を危険に晒すこと。
「……わかりました」
私は、使者を見た。
「いつ出発すれば?」
「今すぐだ」
「今すぐ!?」
ミラが、再び叫んだ。
「せめて、準備の時間を――」
「不要だ。囚人に、準備など必要ない」
使者が、冷酷に言った。
「待て」
ルシアンが立ち上がった。
「エリシアは、この国の重要な人材だ。最低限の準備時間は必要だ」
「しかし――」
「一時間。それだけ待て」
ルシアンの声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
使者は、渋々頷いた。
「一時間だけだ。それ以上は待たぬ」
自室に戻ると、ミラが泣いていた。
「どうして……どうして、こんなことに……」
「大丈夫よ」
私は、荷物をまとめながら言った。
「また罠なら、また乗り越えればいい」
「でも、前と違うよ! 今度は、もっと準備されてるかもしれない!」
その通りだ。
前回は、突然の追放だった。
でも今回は、計画的に仕組まれている。
「ミラ」
私は、荷物を置いて彼女を抱きしめた。
「泣かないで」
「だって……」
「私は、必ず戻ってくる」
私は、彼女の目を見た。
「あなたと、グレンさんと、皆のところに」
「本当に?」
「約束するわ」
でも――正直、不安がないわけじゃない。
王都に戻れば、また濡れ衣を着せられるかもしれない。
今度こそ、処刑されるかもしれない。
「エリシア」
扉が開き、ルシアンが入ってきた。
「陛下」
「少し、話がある」
彼は、ミラを見た。
「席を外してくれ」
「……はい」
ミラは、不安そうな顔で部屋を出ていった。
二人きりになった。
「エリシア」
ルシアンが、私の前に立った。
「すまない」
「謝らないでください」
私は、首を横に振った。
「陛下は、何も悪くない」
「だが――」
「陛下は、ノルディアの王です。この国の人々を守らなければならない」
私は、微笑んだ。
「私のために、その責任を放棄することはできない」
ルシアンは、苦しそうな顔をした。
「お前は……本当に」
彼は、何かを言いかけて、やめた。
「これを持って行け」
彼は、小さな袋を差し出した。
「これは?」
「身分証明と、資金だ」
袋の中には、辺境王の印章と、金貨が入っていた。
「もし――万が一、逃げる必要が出たら、この印章を使え。私の名で、どこへでも行ける」
「でも――」
「お前は、この国に必要な人材だ」
ルシアンが、私の手を握った。
「だから、生き延びろ。どんな手を使ってでも」
その手の温かさに、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます」
「それと」
ルシアンが、もう一つ何かを取り出した。
小さな、銀色のペンダント。
「これは?」
「魔力を込めた護符だ。危険が迫ったとき、これを握れ。私に伝わる」
彼は、私の首にペンダントをかけた。
その指が、首筋に触れる。
「必ず、戻って来い」
低く、でも確かな声。
「……はい」
私は、頷いた。
その瞬間――。
ドンッ!
扉が激しく開いた。
「エリシア様! 大変です!」
グレンが、息を切らして飛び込んできた。
「何があった?」
ルシアンが訊く。
「鉱山に、王宮の調査団が来ています! 採掘記録を全て押収すると――」
「何ですって!?」
私は、駆け出そうとした。
でも――。
「待て」
ルシアンが、私の腕を掴んだ。
「お前が行っても、状況は変わらない」
「でも!」
「私が行く」
彼は、外套を掴んだ。
「お前は、ここで準備をしろ」
「陛下……」
「グレン、案内しろ」
「はっ!」
二人は、部屋を出ていった。
私は、一人残された。
窓の外を見る。
鉱山の方向から、黒煙が上がっていた。
「まさか……」
嫌な予感がする。
三十分後。
ルシアンが、血相を変えて戻ってきた。
「エリシア」
「どうでしたか?」
「……鉱山が、封鎖された」
「封鎖?」
「王宮の命令で、全ての採掘が停止された」
私は、言葉を失った。
「そして――」
ルシアンの表情が、さらに暗くなった。
「グレンが、逮捕された」
「グレンさんが!? なぜ!?」
「不正採掘の共犯者として」
「そんな……」
全てが、計画的だ。
私を王都に連れ戻し、同時に鉱山を封鎖する。
そして、主要人物を逮捕する。
「完璧な、罠だわ……」
私は、唇を噛んだ。
「誰が――誰が、こんなことを」
「おそらく」
ルシアンが、窓の外を見た。
「あの商人、ヴィクターだ」
「ヴィクター……」
契約を拒否した、あの男。
「彼が王宮に密告し、今回の件を仕組んだ」
「なぜ、そこまで……」
「彼は、ロイヤル商会の代表だ」
ルシアンが説明した。
「ロイヤル商会は、王宮と深い繋がりがある。お前が他の商会と契約したことで、彼は王宮からの信頼を失った」
「それで、私を陥れることで信頼を取り戻そうと……」
「そういうことだ」
卑劣な。
でも、理解できる。
商人の世界は、こういうものだ。
「時間だ!」
使者の声が、廊下から聞こえた。
「エリシア=ハーランド、出発するぞ!」
私は、荷物を手に取った。
「行ってきます」
「エリシア」
ルシアンが、私の肩を掴んだ。
「必ず、生きて戻れ」
「はい」
私は、微笑んだ。
「約束します」
部屋を出る。
廊下には、ミラが待っていた。
「エリシア……」
涙でぐしゃぐしゃの顔。
「ミラ、お願いがあるの」
「何?」
「鉱山を、守って」
私は、彼女の手を握った。
「私が戻るまで、皆を支えてあげて」
「……無理だよ。アタシ、何もできない」
「できるわ」
私は、彼女の頭を撫でた。
「あなたは、もう立派な秘書よ」
「エリシア……」
「泣かないで。笑って見送って」
ミラは、必死に涙を拭いた。
そして――。
「……行ってらっしゃい」
震える声で、言った。
「ただいまって、言いに戻ってきてね」
「ええ」
私は、彼女を抱きしめた。
「必ず」
城門を出ると、護送馬車が待っていた。
また、あの粗末な木箱。
でも、今回は――。
中に、誰かが座っていた。
「あなたは……」
「……エリシア様」
それは――。
オスカー。
鉱山の警備を任せていた、元騎士の男。
「どうして、あなたがここに?」
「私も、逮捕されました」
オスカーは、俯いた。
「共謀罪、だそうです」
「そんな……」
私は、馬車に乗り込んだ。
扉が閉まる。
「エリシア様、申し訳ございません」
オスカーが、頭を下げた。
「私が、もっと警戒していれば――」
「あなたのせいじゃないわ」
私は、首を横に振った。
「これは、最初から仕組まれていたこと」
でも――。
心のどこかで、疑問が湧く。
なぜ、こんなに完璧に罠が仕掛けられたのか。
内部に、情報を流した者がいるのでは――。
「エリシア様」
オスカーが、震える声で言った。
「実は……お話ししなければならないことが」
「何?」
「私――」
彼は、苦しそうに顔を歪めた。
「私が、ヴィクターに情報を流していました」
「……え?」
時が、止まった。
「鉱山の採掘量、契約の詳細、全て――私が、ヴィクターに報告していました」
信じられない。
信じたくない。
「どうして……」
「娘が――」
オスカーの目から、涙が溢れた。
「私の娘が、ヴィクターに捕まっているんです」
「娘……」
「五年前、私が騎士を辞めたのは、娘の病気のためでした。治療費を稼ぐため、ここに来て――」
彼は、震えている。
「でも、足りなかった。そこにヴィクターが現れて、金を貸してくれると。その代わり――」
「情報を流せ、と」
「はい……」
オスカーは、地面に額をつけた。
「申し訳ございません。裏切り者です。どんな罰でも受けます。ただ――」
彼は、顔を上げた。
「娘だけは、助けてください」
私は――。
何も言えなかった。
怒りたくても、怒れない。
彼の立場になったら、私も同じことをしたかもしれない。
「オスカー」
「はい……」
「娘さんの名前は?」
「……リリィです」
「リリィちゃんね」
私は、深く息をついた。
「わかったわ。必ず、助ける」
「え……」
オスカーが、信じられない顔をした。
「でも、私は裏切り――」
「事情があったのでしょう」
私は、彼の肩に手を置いた。
「親が子を守ろうとするのは、当然のこと」
「エリシア様……」
「ただし」
私は、彼の目を見た。
「今度は、私を信じて。隠し事なしで、一緒に戦って」
オスカーの目から、涙が溢れた。
「はい……はい! 必ず!」
馬車が、動き出した。
王都へ向かって。
私の、二度目の試練の場所へ。
でも、今回は違う。
前回は、一人だった。
でも今は――。
「私には、仲間がいる」
ノルディアで待つ、ミラやグレン。
そして、守ってくれるルシアン。
「大丈夫」
私は、窓の外を見た。
遠ざかるノルディアの城。
「必ず、戻る」
そして、今度こそ――。
「全ての真実を、明らかにしてみせる」
護送馬車は、雪原を走り続けた。
冷たい風が吹いている。
でも、私の心には――。
炎が燃えていた。
復讐の炎ではなく。
守るべきものを守るための、熱い炎が。
ノルディアは、日に日に活気を取り戻していた。
「エリシア様! 今月の採掘量、目標の一・二倍です!」
グレンが、嬉しそうに報告してくる。
「素晴らしいわ」
私は、採掘記録を確認した。
品質も安定している。商人たちへの供給も順調だ。
「それに、新しい鉱夫も十人増えました」
ミラが、人事記録を見せてくる。
最近、彼女の読み書きは格段に上達した。毎晩、私が教えているのだ。
「みんな、真面目に働いてくれてます」
「良かった」
私は、窓の外を見た。
街には、新しい建物が建ち始めている。
加工工場の建設も、予定通り進んでいる。
「全てが、順調ね」
その言葉を口にした瞬間――。
違和感。
何か、引っかかる。
「エリシア? どうしたの?」
ミラが、心配そうに訊いてくる。
「……いえ、何でもないわ」
でも、この感覚――。
前世で何度も経験した。
プロジェクトが順調すぎるとき。必ず、どこかに落とし穴がある。
「ミラ」
「何?」
「最近、変わったことはない? 街で、何か噂とか」
ミラは、少し考えた。
「うーん……特にないけど。あ、でも」
「でも?」
「数日前から、見慣れない人がちょくちょく街に来てるって話は聞いた」
「見慣れない人?」
「うん。商人っぽい格好してるけど、あんまり商売してないみたい」
私の中で、警戒信号が鳴った。
「詳しく教えて」
「えっと、黒いマントを着た男が、酒場とかで色々聞き回ってるって――」
コンコン。
ノックの音が、ミラの言葉を遮った。
「どうぞ」
扉が開き、城の衛兵が入ってきた。
「エリシア様、辺境王がお呼びです。至急、謁見の間へ」
「今すぐに?」
「はい」
衛兵の表情が、硬い。
何か、あった。
謁見の間に入ると、ルシアンが玉座に座っていた。
その隣には――。
「あなたは……」
王宮の使者。黒い外套を纏った、冷たい目をした男。
「エリシア=ハーランド」
使者が、書類を取り出した。
「王命により、あなたを王都へ召喚する」
「召喚?」
私の心臓が、激しく打った。
「理由は?」
「国家反逆罪に関する、追加調査だ」
「でも、私はすでに追放刑を受けています」
「新たな証拠が発見された」
使者が、書類を広げた。
「あなたが、ノルディアで不正に魔鉱石を採掘し、王国の許可なく密売していると」
「何ですって!?」
ミラが叫んだ。
「そんなの、デタラメだ! 全部、ルシアン様の許可を得て――」
「黙れ、盗賊の小娘が」
使者が、冷たく言った。
「これは、王命だ。辺境王といえど、逆らうことはできぬ」
ルシアンは、黙って座っていた。
でも、その拳は――固く握りしめられている。
「ルシアン陛下」
私は、彼を見た。
「これは――」
「罠だ」
ルシアンが、低く言った。
「王宮の、お前を再び陥れようとする罠だ」
「では、拒否を――」
「できない」
彼は、苦渋の表情を浮かべた。
「私がお前を庇えば、ノルディア全体が王宮から敵視される」
つまり。
私を守ることは、この国の人々を危険に晒すこと。
「……わかりました」
私は、使者を見た。
「いつ出発すれば?」
「今すぐだ」
「今すぐ!?」
ミラが、再び叫んだ。
「せめて、準備の時間を――」
「不要だ。囚人に、準備など必要ない」
使者が、冷酷に言った。
「待て」
ルシアンが立ち上がった。
「エリシアは、この国の重要な人材だ。最低限の準備時間は必要だ」
「しかし――」
「一時間。それだけ待て」
ルシアンの声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
使者は、渋々頷いた。
「一時間だけだ。それ以上は待たぬ」
自室に戻ると、ミラが泣いていた。
「どうして……どうして、こんなことに……」
「大丈夫よ」
私は、荷物をまとめながら言った。
「また罠なら、また乗り越えればいい」
「でも、前と違うよ! 今度は、もっと準備されてるかもしれない!」
その通りだ。
前回は、突然の追放だった。
でも今回は、計画的に仕組まれている。
「ミラ」
私は、荷物を置いて彼女を抱きしめた。
「泣かないで」
「だって……」
「私は、必ず戻ってくる」
私は、彼女の目を見た。
「あなたと、グレンさんと、皆のところに」
「本当に?」
「約束するわ」
でも――正直、不安がないわけじゃない。
王都に戻れば、また濡れ衣を着せられるかもしれない。
今度こそ、処刑されるかもしれない。
「エリシア」
扉が開き、ルシアンが入ってきた。
「陛下」
「少し、話がある」
彼は、ミラを見た。
「席を外してくれ」
「……はい」
ミラは、不安そうな顔で部屋を出ていった。
二人きりになった。
「エリシア」
ルシアンが、私の前に立った。
「すまない」
「謝らないでください」
私は、首を横に振った。
「陛下は、何も悪くない」
「だが――」
「陛下は、ノルディアの王です。この国の人々を守らなければならない」
私は、微笑んだ。
「私のために、その責任を放棄することはできない」
ルシアンは、苦しそうな顔をした。
「お前は……本当に」
彼は、何かを言いかけて、やめた。
「これを持って行け」
彼は、小さな袋を差し出した。
「これは?」
「身分証明と、資金だ」
袋の中には、辺境王の印章と、金貨が入っていた。
「もし――万が一、逃げる必要が出たら、この印章を使え。私の名で、どこへでも行ける」
「でも――」
「お前は、この国に必要な人材だ」
ルシアンが、私の手を握った。
「だから、生き延びろ。どんな手を使ってでも」
その手の温かさに、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます」
「それと」
ルシアンが、もう一つ何かを取り出した。
小さな、銀色のペンダント。
「これは?」
「魔力を込めた護符だ。危険が迫ったとき、これを握れ。私に伝わる」
彼は、私の首にペンダントをかけた。
その指が、首筋に触れる。
「必ず、戻って来い」
低く、でも確かな声。
「……はい」
私は、頷いた。
その瞬間――。
ドンッ!
扉が激しく開いた。
「エリシア様! 大変です!」
グレンが、息を切らして飛び込んできた。
「何があった?」
ルシアンが訊く。
「鉱山に、王宮の調査団が来ています! 採掘記録を全て押収すると――」
「何ですって!?」
私は、駆け出そうとした。
でも――。
「待て」
ルシアンが、私の腕を掴んだ。
「お前が行っても、状況は変わらない」
「でも!」
「私が行く」
彼は、外套を掴んだ。
「お前は、ここで準備をしろ」
「陛下……」
「グレン、案内しろ」
「はっ!」
二人は、部屋を出ていった。
私は、一人残された。
窓の外を見る。
鉱山の方向から、黒煙が上がっていた。
「まさか……」
嫌な予感がする。
三十分後。
ルシアンが、血相を変えて戻ってきた。
「エリシア」
「どうでしたか?」
「……鉱山が、封鎖された」
「封鎖?」
「王宮の命令で、全ての採掘が停止された」
私は、言葉を失った。
「そして――」
ルシアンの表情が、さらに暗くなった。
「グレンが、逮捕された」
「グレンさんが!? なぜ!?」
「不正採掘の共犯者として」
「そんな……」
全てが、計画的だ。
私を王都に連れ戻し、同時に鉱山を封鎖する。
そして、主要人物を逮捕する。
「完璧な、罠だわ……」
私は、唇を噛んだ。
「誰が――誰が、こんなことを」
「おそらく」
ルシアンが、窓の外を見た。
「あの商人、ヴィクターだ」
「ヴィクター……」
契約を拒否した、あの男。
「彼が王宮に密告し、今回の件を仕組んだ」
「なぜ、そこまで……」
「彼は、ロイヤル商会の代表だ」
ルシアンが説明した。
「ロイヤル商会は、王宮と深い繋がりがある。お前が他の商会と契約したことで、彼は王宮からの信頼を失った」
「それで、私を陥れることで信頼を取り戻そうと……」
「そういうことだ」
卑劣な。
でも、理解できる。
商人の世界は、こういうものだ。
「時間だ!」
使者の声が、廊下から聞こえた。
「エリシア=ハーランド、出発するぞ!」
私は、荷物を手に取った。
「行ってきます」
「エリシア」
ルシアンが、私の肩を掴んだ。
「必ず、生きて戻れ」
「はい」
私は、微笑んだ。
「約束します」
部屋を出る。
廊下には、ミラが待っていた。
「エリシア……」
涙でぐしゃぐしゃの顔。
「ミラ、お願いがあるの」
「何?」
「鉱山を、守って」
私は、彼女の手を握った。
「私が戻るまで、皆を支えてあげて」
「……無理だよ。アタシ、何もできない」
「できるわ」
私は、彼女の頭を撫でた。
「あなたは、もう立派な秘書よ」
「エリシア……」
「泣かないで。笑って見送って」
ミラは、必死に涙を拭いた。
そして――。
「……行ってらっしゃい」
震える声で、言った。
「ただいまって、言いに戻ってきてね」
「ええ」
私は、彼女を抱きしめた。
「必ず」
城門を出ると、護送馬車が待っていた。
また、あの粗末な木箱。
でも、今回は――。
中に、誰かが座っていた。
「あなたは……」
「……エリシア様」
それは――。
オスカー。
鉱山の警備を任せていた、元騎士の男。
「どうして、あなたがここに?」
「私も、逮捕されました」
オスカーは、俯いた。
「共謀罪、だそうです」
「そんな……」
私は、馬車に乗り込んだ。
扉が閉まる。
「エリシア様、申し訳ございません」
オスカーが、頭を下げた。
「私が、もっと警戒していれば――」
「あなたのせいじゃないわ」
私は、首を横に振った。
「これは、最初から仕組まれていたこと」
でも――。
心のどこかで、疑問が湧く。
なぜ、こんなに完璧に罠が仕掛けられたのか。
内部に、情報を流した者がいるのでは――。
「エリシア様」
オスカーが、震える声で言った。
「実は……お話ししなければならないことが」
「何?」
「私――」
彼は、苦しそうに顔を歪めた。
「私が、ヴィクターに情報を流していました」
「……え?」
時が、止まった。
「鉱山の採掘量、契約の詳細、全て――私が、ヴィクターに報告していました」
信じられない。
信じたくない。
「どうして……」
「娘が――」
オスカーの目から、涙が溢れた。
「私の娘が、ヴィクターに捕まっているんです」
「娘……」
「五年前、私が騎士を辞めたのは、娘の病気のためでした。治療費を稼ぐため、ここに来て――」
彼は、震えている。
「でも、足りなかった。そこにヴィクターが現れて、金を貸してくれると。その代わり――」
「情報を流せ、と」
「はい……」
オスカーは、地面に額をつけた。
「申し訳ございません。裏切り者です。どんな罰でも受けます。ただ――」
彼は、顔を上げた。
「娘だけは、助けてください」
私は――。
何も言えなかった。
怒りたくても、怒れない。
彼の立場になったら、私も同じことをしたかもしれない。
「オスカー」
「はい……」
「娘さんの名前は?」
「……リリィです」
「リリィちゃんね」
私は、深く息をついた。
「わかったわ。必ず、助ける」
「え……」
オスカーが、信じられない顔をした。
「でも、私は裏切り――」
「事情があったのでしょう」
私は、彼の肩に手を置いた。
「親が子を守ろうとするのは、当然のこと」
「エリシア様……」
「ただし」
私は、彼の目を見た。
「今度は、私を信じて。隠し事なしで、一緒に戦って」
オスカーの目から、涙が溢れた。
「はい……はい! 必ず!」
馬車が、動き出した。
王都へ向かって。
私の、二度目の試練の場所へ。
でも、今回は違う。
前回は、一人だった。
でも今は――。
「私には、仲間がいる」
ノルディアで待つ、ミラやグレン。
そして、守ってくれるルシアン。
「大丈夫」
私は、窓の外を見た。
遠ざかるノルディアの城。
「必ず、戻る」
そして、今度こそ――。
「全ての真実を、明らかにしてみせる」
護送馬車は、雪原を走り続けた。
冷たい風が吹いている。
でも、私の心には――。
炎が燃えていた。
復讐の炎ではなく。
守るべきものを守るための、熱い炎が。
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