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第3章「辺境からの革命」
第33話「交渉の刃」
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三日後、フロスト領に到着した。
城の周りには――。
「反乱軍……」
数千の兵士が、陣を張っていた。
旗が、風にはためいている。
バークレー家の紋章。
「緊張するな」
ルシアンが、剣の柄に手をかけた。
「大丈夫です」
私は、深呼吸をした。
「交渉に来たんです。戦いに来たわけじゃありません」
城門が、開いた。
「エリシア=ノルディアか」
一人の騎士が、馬で近づいてきた。
「バークレー伯が、お待ちだ」
「案内してくれ」
私たちは、城内に入った。
兵士たちの視線が、突き刺さる。
敵意に満ちた目。
「怖くないのか?」
ルシアンが、小声で訊いた。
「怖いです」
正直に答えた。
「でも、やらなければ」
大広間に到着した。
そこには――。
玉座に座る、バークレー伯。
周りには、数十人の貴族たち。
「ようこそ、エリシア」
バークレー伯が、冷笑した。
「よく来たな」
「バークレー伯」
私は、まっすぐ彼を見た。
「お話を、させてください」
「話?」
伯爵が、鼻で笑った。
「今更、何を話すことがある」
「お前の改革が、この国を壊している」
「それを止めるために――」
「我々は立ち上がった」
「壊している……?」
私は、首を横に振った。
「違います。私は、この国を良くしようとしているんです」
「良くする?」
バークレー伯が、立ち上がった。
「身分制度を壊し、伝統を否定し――」
「それが、良くすることか!?」
「身分制度は、不公平でした」
私も、声を上げた。
「才能のある者が、埋もれていました」
「だから、変えたんです」
「だが!」
伯爵が、叫んだ。
「秩序が失われる!」
「平民が調子に乗り、貴族を軽んじるようになる!」
「それは――」
「国の崩壊だ!」
その言葉に、私は――。
「バークレー伯」
冷静に、答えた。
「あなたが恐れているのは――」
「秩序の崩壊ではありません」
「何……?」
「あなたが恐れているのは――」
私は、彼の目を見た。
「自分の特権が失われることです」
場内が、静まった。
「平民が力をつければ、貴族の権力が相対的に弱まる」
「それが、怖いんでしょう?」
「黙れ!」
バークレー伯の顔が、真っ赤になった。
「貴様に、何がわかる!」
「わかります」
私は、一歩前に出た。
「なぜなら――」
「私も、かつては貴族でしたから」
「特権を持ち、何不自由ない生活をしていました」
「でも――」
私の声が、震えた。
「それが、間違っていると気づいたんです」
「自分だけが幸せで、他人が不幸でいい――」
「そんな社会は、間違っていると」
「綺麗事を……!」
別の貴族が、叫んだ。
「お前は、理想主義者だ!」
「現実を見ろ!」
「平民に力を与えれば、混乱が起きる!」
「混乱は、起きていません」
私は、データを取り出した。
「改革後の犯罪率――減少しています」
「経済成長率――上昇しています」
「民衆の満足度――九十パーセント以上です」
「これのどこが、混乱ですか?」
貴族たちが、言葉に詰まった。
「それは……」
「今はまだ、初期だからだ」
バークレー伯が、反論した。
「時間が経てば、必ず問題が出る」
「では、どれくらい時間が経てば――」
私は、訊いた。
「あなたは、納得するんですか?」
「五年? 十年?」
「それとも――」
「永遠に、認めないつもりですか?」
バークレー伯が、黙り込んだ。
「あなたは――」
私は、悲しい顔をした。
「最初から、認めるつもりがないんですね」
「データも、事実も、関係ない」
「ただ、変化が怖いだけ」
「黙れ!」
バークレー伯が、剣を抜いた。
「これ以上、侮辱するなら――」
「殺すぞ!」
ルシアンも、剣を抜いた。
「その前に、私が斬る」
緊張が、走った。
「待ってください」
私は、二人の間に立った。
「暴力では、何も解決しません」
「エリシア、危ない!」
「大丈夫です」
私は、バークレー伯を見た。
「伯爵、お願いがあります」
「何だ……」
「兵士たちに、会わせてください」
「兵士たち?」
「はい。反乱軍の兵士たちに」
「私の話を、聞いてもらいたいんです」
バークレー伯が、怪訝な顔をした。
「何を企んでいる……」
「企んでいません」
私は、まっすぐ答えた。
「ただ、彼らに訊きたいんです」
「何のために、戦っているのかを」
一時間後。
城の中庭に、兵士たちが集められた。
三千人以上。
様々な顔ぶれ。
若者、中年、老人――。
「エリシア=ノルディアだ」
「改革を進めた女か」
「何を言うつもりだ……」
ざわめきが、広がる。
私は、壇上に立った。
「皆さん」
声を張り上げた。
「私の話を、聞いてください」
ざわめきが、少し静まる。
「皆さんは、なぜここにいるのですか?」
「なぜ、武器を持っているのですか?」
沈黙。
「バークレー伯に、命令されたから?」
「給料をもらえるから?」
「それとも――」
私は、全員を見渡した。
「本当に、改革に反対だから?」
一人の兵士が、叫んだ。
「当たり前だ!」
「改革なんか、いらない!」
「なぜですか?」
私は、その兵士を見た。
「改革の何が、悪いんですか?」
「それは……」
兵士が、言葉に詰まった。
「子供たちが学べるようになった――悪いことですか?」
「才能のある者が、職人になれるようになった――悪いことですか?」
「民衆の声が、政治に届くようになった――悪いことですか?」
沈黙。
「答えてください」
私は、涙声になった。
「何が、悪いんですか?」
別の兵士が、前に出た。
「でも――」
老兵だった。
「伝統が、失われる」
「伝統……」
私は、頷いた。
「確かに、伝統は大切です」
「でも――」
「伝統は、人を苦しめるためにあるんですか?」
「伝統は、才能を殺すためにあるんですか?」
「違うでしょう?」
私は、力を込めて言った。
「伝統は、人を幸せにするためにあるべきです」
「もし、伝統が人を不幸にしているなら――」
「それは、変えるべきです」
老兵が、黙り込んだ。
「皆さん」
私は、全員に語りかけた。
「質問があります」
「この中に、子供がいる方――」
「手を、上げてください」
ゆっくりと、手が上がっていく。
半数以上。
「ありがとうございます」
「では、もう一つ質問です」
「その子供たちに――」
「学校に行ってほしいと思いますか?」
今度は、ほぼ全員が手を上げた。
「そうですよね」
私は、微笑んだ。
「親なら、当然です」
「子供に、良い教育を受けさせたい」
「良い未来を、歩んでほしい」
「それが――」
「親の願いです」
兵士たちが、頷いている。
「では、訊きます」
私の声が、強くなった。
「なぜ、その願いを――」
「他の親から、奪おうとするんですか?」
場が、凍りついた。
「改革を撤回すれば――」
「貧しい家の子供たちは、学べなくなります」
「才能のある若者は、夢を諦めます」
「民衆の声は、届かなくなります」
「それを――」
私は、涙を流した。
「あなたたちは、望んでいるんですか?」
沈黙。
重い、重い沈黙。
「私は――」
一人の若い兵士が、声を上げた。
「農民の息子です」
「弟が、今――」
「学校に通っています」
若い兵士の声が、震えていた。
「弟は、毎日嬉しそうに学校の話をしてくれます」
「『今日、こんなこと習った』って」
「『将来、先生になりたい』って」
「その顔を見るたびに――」
「俺は、幸せでした」
「でも――」
兵士が、地面を見た。
「もし改革が撤回されたら――」
「弟の夢は、消えます」
「俺は――」
兵士が、武器を地面に置いた。
「それは、嫌です」
その行動に、場がざわめいた。
「おい、何をしている!」
バークレー伯が、叫んだ。
「拾え! 武器を拾え!」
でも――。
「俺も、です」
別の兵士が、武器を置いた。
「娘が、職業訓練学校に通っています」
「夢を持っています」
「それを、奪いたくない」
「俺も」
「私も」
次々と、兵士たちが武器を置いていく。
「やめろ! やめろ!」
バークレー伯が、必死に叫んだ。
「お前たちは、命令に従え!」
でも、もう止まらなかった。
「バークレー伯」
私は、彼を見た。
「あなたは、間違っていました」
「兵士たちは――」
「心から、改革に反対していたわけじゃない」
「ただ、命令に従っていただけです」
「でも、今――」
「彼らは、自分の意志で選びました」
バークレー伯の顔が、絶望に染まった。
「くそ……くそ……!」
「伯爵」
私は、彼に近づいた。
「まだ、遅くありません」
「一緒に、新しい時代を作りましょう」
「黙れ……!」
バークレー伯が、剣を振り上げた。
「お前さえいなければ……!」
彼が、私に向かって突進してきた。
「エリシア!」
ルシアンが、私の前に立ちはだかった。
ガキン。
剣と剣が、ぶつかり合う。
「やめてください!」
私が、叫んだ。
「これ以上、戦っても――」
「何も、生まれません!」
「黙れ、黙れ、黙れ!」
バークレー伯が、理性を失っていた。
「お前が……お前が全て壊した……!」
その時――。
「父上、やめてください」
若い声が、響いた。
振り向くと――。
二十代の青年が、立っていた。
「お前は……」
バークレー伯の息子だった。
「エドワード……」
「父上、もうやめてください」
エドワードが、父に近づいた。
「これ以上、戦っても――」
「負けるだけです」
「エドワード、お前まで……!」
「父上」
エドワードの目に、涙が浮かんでいた。
「私、王都で見てきました」
「学校で学ぶ子供たち」
「職人として働く若者たち」
「民衆議会で議論する人々」
「皆――」
「生き生きとしていました」
「希望を持っていました」
「それを見て、思ったんです」
エドワードが、父を見た。
「これが、正しい社会なんだって」
「お前……」
バークレー伯の手から、剣が落ちた。
「私は……」
彼は、膝をついた。
「間違っていたのか……」
「いいえ」
私は、彼の前にしゃがんだ。
「あなたは、間違っていませんでした」
「何……?」
「あなたは、この国を愛していた」
「伝統を、守りたかった」
「その気持ちは――」
「間違っていません」
バークレー伯が、私を見た。
「ただ――」
私は、微笑んだ。
「方法が、間違っていただけです」
「方法……」
「はい。伝統を守る方法は――」
「変化を拒むことではありません」
「変化の中で、本当に大切なものを見極めることです」
「大切なもの……」
「この国の未来」
「人々の幸せ」
「それこそが――」
私は、立ち上がった。
「守るべき伝統です」
バークレー伯は、長い沈黙の後――。
「……わかった」
彼も、立ち上がった。
「私の、負けだ」
「これは、勝負じゃありません」
私は、首を横に振った。
「一緒に、未来を作るんです」
「あなたの知恵も、必要です」
「私の……知恵?」
「はい」
私は、手を差し出した。
「一緒に、この国を良くしましょう」
バークレー伯は、その手を――。
ゆっくりと、握った。
「……ああ」
場内から、歓声が上がった。
「反乱、終結だ!」
「戦争は、回避された!」
兵士たちが、喜びの声を上げている。
「やった……」
私は、その場に座り込んだ。
緊張の糸が、切れた。
「エリシア」
ルシアンが、私を抱き起こした。
「よくやった」
「疲れました……」
「当然だ」
彼が、微笑んだ。
「でも、成し遂げたな」
「はい」
私も、微笑んだ。
「無血で、解決できました」
その夜、バークレー伯の城で。
「改めて、感謝します」
私は、エドワードに頭を下げた。
「あなたが止めてくれなければ――」
「いいえ」
エドワードが、首を横に振った。
「父を止めたのは、エリシア様です」
「あの演説――」
「心に響きました」
「ありがとうございます」
「エドワード様も、協力していただけますか?」
「もちろんです」
エドワードが、頷いた。
「父の代わりに、私が――」
「改革を、支援します」
「お願いします」
翌朝、王都に戻る準備をしていた。
「エリシア様」
一人の兵士が、近づいてきた。
昨日、最初に武器を置いた若い兵士。
「はい?」
「俺、決めました」
兵士が、力強く言った。
「兵士を辞めて、教師になります」
「弟みたいに、夢を持つ子供たちを――」
「支えたいんです」
その言葉に、涙が出そうになった。
「素晴らしいです」
「頑張ってください」
「はい!」
兵士が、敬礼した。
馬車に乗り込むと――。
「行くぞ」
ルシアンが、手綱を取った。
「はい」
馬車が、動き出した。
フロスト領を後にする。
「長い三日間だったな」
「ええ」
私は、窓の外を見た。
「でも――」
「良い結果でした」
「ああ」
ルシアンが、微笑んだ。
「お前の勝利だ」
王都への道を、馬車が進む。
反乱は、終わった。
戦争は、回避された。
改革は――。
続く。
「もう少し……」
私は、呟いた。
「もう少しで、完成する」
「理想の社会が」
ルシアンが、私の手を握った。
「ああ。もうすぐだ」
二人で、未来を見つめた。
希望に満ちた、未来を。
城の周りには――。
「反乱軍……」
数千の兵士が、陣を張っていた。
旗が、風にはためいている。
バークレー家の紋章。
「緊張するな」
ルシアンが、剣の柄に手をかけた。
「大丈夫です」
私は、深呼吸をした。
「交渉に来たんです。戦いに来たわけじゃありません」
城門が、開いた。
「エリシア=ノルディアか」
一人の騎士が、馬で近づいてきた。
「バークレー伯が、お待ちだ」
「案内してくれ」
私たちは、城内に入った。
兵士たちの視線が、突き刺さる。
敵意に満ちた目。
「怖くないのか?」
ルシアンが、小声で訊いた。
「怖いです」
正直に答えた。
「でも、やらなければ」
大広間に到着した。
そこには――。
玉座に座る、バークレー伯。
周りには、数十人の貴族たち。
「ようこそ、エリシア」
バークレー伯が、冷笑した。
「よく来たな」
「バークレー伯」
私は、まっすぐ彼を見た。
「お話を、させてください」
「話?」
伯爵が、鼻で笑った。
「今更、何を話すことがある」
「お前の改革が、この国を壊している」
「それを止めるために――」
「我々は立ち上がった」
「壊している……?」
私は、首を横に振った。
「違います。私は、この国を良くしようとしているんです」
「良くする?」
バークレー伯が、立ち上がった。
「身分制度を壊し、伝統を否定し――」
「それが、良くすることか!?」
「身分制度は、不公平でした」
私も、声を上げた。
「才能のある者が、埋もれていました」
「だから、変えたんです」
「だが!」
伯爵が、叫んだ。
「秩序が失われる!」
「平民が調子に乗り、貴族を軽んじるようになる!」
「それは――」
「国の崩壊だ!」
その言葉に、私は――。
「バークレー伯」
冷静に、答えた。
「あなたが恐れているのは――」
「秩序の崩壊ではありません」
「何……?」
「あなたが恐れているのは――」
私は、彼の目を見た。
「自分の特権が失われることです」
場内が、静まった。
「平民が力をつければ、貴族の権力が相対的に弱まる」
「それが、怖いんでしょう?」
「黙れ!」
バークレー伯の顔が、真っ赤になった。
「貴様に、何がわかる!」
「わかります」
私は、一歩前に出た。
「なぜなら――」
「私も、かつては貴族でしたから」
「特権を持ち、何不自由ない生活をしていました」
「でも――」
私の声が、震えた。
「それが、間違っていると気づいたんです」
「自分だけが幸せで、他人が不幸でいい――」
「そんな社会は、間違っていると」
「綺麗事を……!」
別の貴族が、叫んだ。
「お前は、理想主義者だ!」
「現実を見ろ!」
「平民に力を与えれば、混乱が起きる!」
「混乱は、起きていません」
私は、データを取り出した。
「改革後の犯罪率――減少しています」
「経済成長率――上昇しています」
「民衆の満足度――九十パーセント以上です」
「これのどこが、混乱ですか?」
貴族たちが、言葉に詰まった。
「それは……」
「今はまだ、初期だからだ」
バークレー伯が、反論した。
「時間が経てば、必ず問題が出る」
「では、どれくらい時間が経てば――」
私は、訊いた。
「あなたは、納得するんですか?」
「五年? 十年?」
「それとも――」
「永遠に、認めないつもりですか?」
バークレー伯が、黙り込んだ。
「あなたは――」
私は、悲しい顔をした。
「最初から、認めるつもりがないんですね」
「データも、事実も、関係ない」
「ただ、変化が怖いだけ」
「黙れ!」
バークレー伯が、剣を抜いた。
「これ以上、侮辱するなら――」
「殺すぞ!」
ルシアンも、剣を抜いた。
「その前に、私が斬る」
緊張が、走った。
「待ってください」
私は、二人の間に立った。
「暴力では、何も解決しません」
「エリシア、危ない!」
「大丈夫です」
私は、バークレー伯を見た。
「伯爵、お願いがあります」
「何だ……」
「兵士たちに、会わせてください」
「兵士たち?」
「はい。反乱軍の兵士たちに」
「私の話を、聞いてもらいたいんです」
バークレー伯が、怪訝な顔をした。
「何を企んでいる……」
「企んでいません」
私は、まっすぐ答えた。
「ただ、彼らに訊きたいんです」
「何のために、戦っているのかを」
一時間後。
城の中庭に、兵士たちが集められた。
三千人以上。
様々な顔ぶれ。
若者、中年、老人――。
「エリシア=ノルディアだ」
「改革を進めた女か」
「何を言うつもりだ……」
ざわめきが、広がる。
私は、壇上に立った。
「皆さん」
声を張り上げた。
「私の話を、聞いてください」
ざわめきが、少し静まる。
「皆さんは、なぜここにいるのですか?」
「なぜ、武器を持っているのですか?」
沈黙。
「バークレー伯に、命令されたから?」
「給料をもらえるから?」
「それとも――」
私は、全員を見渡した。
「本当に、改革に反対だから?」
一人の兵士が、叫んだ。
「当たり前だ!」
「改革なんか、いらない!」
「なぜですか?」
私は、その兵士を見た。
「改革の何が、悪いんですか?」
「それは……」
兵士が、言葉に詰まった。
「子供たちが学べるようになった――悪いことですか?」
「才能のある者が、職人になれるようになった――悪いことですか?」
「民衆の声が、政治に届くようになった――悪いことですか?」
沈黙。
「答えてください」
私は、涙声になった。
「何が、悪いんですか?」
別の兵士が、前に出た。
「でも――」
老兵だった。
「伝統が、失われる」
「伝統……」
私は、頷いた。
「確かに、伝統は大切です」
「でも――」
「伝統は、人を苦しめるためにあるんですか?」
「伝統は、才能を殺すためにあるんですか?」
「違うでしょう?」
私は、力を込めて言った。
「伝統は、人を幸せにするためにあるべきです」
「もし、伝統が人を不幸にしているなら――」
「それは、変えるべきです」
老兵が、黙り込んだ。
「皆さん」
私は、全員に語りかけた。
「質問があります」
「この中に、子供がいる方――」
「手を、上げてください」
ゆっくりと、手が上がっていく。
半数以上。
「ありがとうございます」
「では、もう一つ質問です」
「その子供たちに――」
「学校に行ってほしいと思いますか?」
今度は、ほぼ全員が手を上げた。
「そうですよね」
私は、微笑んだ。
「親なら、当然です」
「子供に、良い教育を受けさせたい」
「良い未来を、歩んでほしい」
「それが――」
「親の願いです」
兵士たちが、頷いている。
「では、訊きます」
私の声が、強くなった。
「なぜ、その願いを――」
「他の親から、奪おうとするんですか?」
場が、凍りついた。
「改革を撤回すれば――」
「貧しい家の子供たちは、学べなくなります」
「才能のある若者は、夢を諦めます」
「民衆の声は、届かなくなります」
「それを――」
私は、涙を流した。
「あなたたちは、望んでいるんですか?」
沈黙。
重い、重い沈黙。
「私は――」
一人の若い兵士が、声を上げた。
「農民の息子です」
「弟が、今――」
「学校に通っています」
若い兵士の声が、震えていた。
「弟は、毎日嬉しそうに学校の話をしてくれます」
「『今日、こんなこと習った』って」
「『将来、先生になりたい』って」
「その顔を見るたびに――」
「俺は、幸せでした」
「でも――」
兵士が、地面を見た。
「もし改革が撤回されたら――」
「弟の夢は、消えます」
「俺は――」
兵士が、武器を地面に置いた。
「それは、嫌です」
その行動に、場がざわめいた。
「おい、何をしている!」
バークレー伯が、叫んだ。
「拾え! 武器を拾え!」
でも――。
「俺も、です」
別の兵士が、武器を置いた。
「娘が、職業訓練学校に通っています」
「夢を持っています」
「それを、奪いたくない」
「俺も」
「私も」
次々と、兵士たちが武器を置いていく。
「やめろ! やめろ!」
バークレー伯が、必死に叫んだ。
「お前たちは、命令に従え!」
でも、もう止まらなかった。
「バークレー伯」
私は、彼を見た。
「あなたは、間違っていました」
「兵士たちは――」
「心から、改革に反対していたわけじゃない」
「ただ、命令に従っていただけです」
「でも、今――」
「彼らは、自分の意志で選びました」
バークレー伯の顔が、絶望に染まった。
「くそ……くそ……!」
「伯爵」
私は、彼に近づいた。
「まだ、遅くありません」
「一緒に、新しい時代を作りましょう」
「黙れ……!」
バークレー伯が、剣を振り上げた。
「お前さえいなければ……!」
彼が、私に向かって突進してきた。
「エリシア!」
ルシアンが、私の前に立ちはだかった。
ガキン。
剣と剣が、ぶつかり合う。
「やめてください!」
私が、叫んだ。
「これ以上、戦っても――」
「何も、生まれません!」
「黙れ、黙れ、黙れ!」
バークレー伯が、理性を失っていた。
「お前が……お前が全て壊した……!」
その時――。
「父上、やめてください」
若い声が、響いた。
振り向くと――。
二十代の青年が、立っていた。
「お前は……」
バークレー伯の息子だった。
「エドワード……」
「父上、もうやめてください」
エドワードが、父に近づいた。
「これ以上、戦っても――」
「負けるだけです」
「エドワード、お前まで……!」
「父上」
エドワードの目に、涙が浮かんでいた。
「私、王都で見てきました」
「学校で学ぶ子供たち」
「職人として働く若者たち」
「民衆議会で議論する人々」
「皆――」
「生き生きとしていました」
「希望を持っていました」
「それを見て、思ったんです」
エドワードが、父を見た。
「これが、正しい社会なんだって」
「お前……」
バークレー伯の手から、剣が落ちた。
「私は……」
彼は、膝をついた。
「間違っていたのか……」
「いいえ」
私は、彼の前にしゃがんだ。
「あなたは、間違っていませんでした」
「何……?」
「あなたは、この国を愛していた」
「伝統を、守りたかった」
「その気持ちは――」
「間違っていません」
バークレー伯が、私を見た。
「ただ――」
私は、微笑んだ。
「方法が、間違っていただけです」
「方法……」
「はい。伝統を守る方法は――」
「変化を拒むことではありません」
「変化の中で、本当に大切なものを見極めることです」
「大切なもの……」
「この国の未来」
「人々の幸せ」
「それこそが――」
私は、立ち上がった。
「守るべき伝統です」
バークレー伯は、長い沈黙の後――。
「……わかった」
彼も、立ち上がった。
「私の、負けだ」
「これは、勝負じゃありません」
私は、首を横に振った。
「一緒に、未来を作るんです」
「あなたの知恵も、必要です」
「私の……知恵?」
「はい」
私は、手を差し出した。
「一緒に、この国を良くしましょう」
バークレー伯は、その手を――。
ゆっくりと、握った。
「……ああ」
場内から、歓声が上がった。
「反乱、終結だ!」
「戦争は、回避された!」
兵士たちが、喜びの声を上げている。
「やった……」
私は、その場に座り込んだ。
緊張の糸が、切れた。
「エリシア」
ルシアンが、私を抱き起こした。
「よくやった」
「疲れました……」
「当然だ」
彼が、微笑んだ。
「でも、成し遂げたな」
「はい」
私も、微笑んだ。
「無血で、解決できました」
その夜、バークレー伯の城で。
「改めて、感謝します」
私は、エドワードに頭を下げた。
「あなたが止めてくれなければ――」
「いいえ」
エドワードが、首を横に振った。
「父を止めたのは、エリシア様です」
「あの演説――」
「心に響きました」
「ありがとうございます」
「エドワード様も、協力していただけますか?」
「もちろんです」
エドワードが、頷いた。
「父の代わりに、私が――」
「改革を、支援します」
「お願いします」
翌朝、王都に戻る準備をしていた。
「エリシア様」
一人の兵士が、近づいてきた。
昨日、最初に武器を置いた若い兵士。
「はい?」
「俺、決めました」
兵士が、力強く言った。
「兵士を辞めて、教師になります」
「弟みたいに、夢を持つ子供たちを――」
「支えたいんです」
その言葉に、涙が出そうになった。
「素晴らしいです」
「頑張ってください」
「はい!」
兵士が、敬礼した。
馬車に乗り込むと――。
「行くぞ」
ルシアンが、手綱を取った。
「はい」
馬車が、動き出した。
フロスト領を後にする。
「長い三日間だったな」
「ええ」
私は、窓の外を見た。
「でも――」
「良い結果でした」
「ああ」
ルシアンが、微笑んだ。
「お前の勝利だ」
王都への道を、馬車が進む。
反乱は、終わった。
戦争は、回避された。
改革は――。
続く。
「もう少し……」
私は、呟いた。
「もう少しで、完成する」
「理想の社会が」
ルシアンが、私の手を握った。
「ああ。もうすぐだ」
二人で、未来を見つめた。
希望に満ちた、未来を。
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