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第7章「宮廷の罠」
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夜会の準備が整っていた。
大広間の天井からシャンデリアが下がり、無数の蝋燭が光を放つ。壁には花が飾られ、テーブルにはワインと料理が並ぶ。
楽団が穏やかな曲を奏でている。
貴族たちが集まり始めた。華やかなドレス。磨かれた宝石。上品な笑い声。
セリーヌは自室で身支度を整えた。
青いドレス。母の髪飾り。最小限の装飾品。
鏡の中の自分を見る。
夜会。
前の時間軸で、この夜会は何度もあった。だが、セリーヌは社交を楽しんだことはなかった。
義務として参加し、礼儀正しく振る舞い、早々に退出する。
だが、今夜は違う。
今夜は、観察する。
誰が誰と話すか。誰が誰を避けるか。視線の動き。言葉の選び方。
全てが情報だ。
「お嬢様、準備はよろしいですか」
マリーが声をかけた。
「ええ、行きましょう」
大広間に入ると、すでに数十人が集まっていた。
セリーヌの姿を見て、何人かが頭を下げる。
セリーヌは微笑み、返礼した。
父王はまだ来ていない。おそらく、もう少し遅れて登場するだろう。
ロベルトがいた。
黒い礼服。金の刺繍。胸に王家の紋章。
彼はセリーヌを見つけ、近づいてきた。
「姪御、今宵は美しい」
「ありがとうございます、伯父上」
ロベルトはワインの杯を二つ取り、一つをセリーヌに渡した。
「乾杯を」
セリーヌは杯を受け取った。
「何に」
「未来に」
ロベルトは微笑んだ。
「王国の未来、王家の未来、そしてあなたの未来に」
二人は杯を合わせた。
音が響く。
セリーヌは杯を口に運んだが、ほんの一口だけ飲んだ。
ロベルトは全て飲み干した。
「評議会でのあなたの発言、印象的でしたよ」
「光栄です」
「継承の基準を明確にすべきだ、と。素晴らしい提案でした」
ロベルトの目がセリーヌを観察している。
「ただ、少し驚きました」
「何がですか」
「あなたがそこまで継承に関心を持っているとは思いませんでした」
罠だ。
この質問は、セリーヌの意図を探っている。
「父上はまだお若く健康です。ですが、王家の責任として、備えは必要だと考えました」
「なるほど。責任感が強いのですね」
「母から教わりました。王家に生まれた者の義務だと」
ロベルトの表情が一瞬だけ変わった。
母の話題。
セリーヌの母、故エリザベート王妃は、ロベルトと折り合いが悪かった。
前の時間軸で、セリーヌはそのことを知っていた。母は生前、ロベルトを信用していなかった。
「エリザベート様は賢い方でした」
ロベルトは静かに言った。
「あなたは母君に似ていますね」
「ありがとうございます」
「ただ」
ロベルトは杯を置いた。
「賢さは時に、重荷にもなります。知りすぎることは、苦しみを生む」
その言葉に、何か含みがあった。
セリーヌは表情を変えなかった。
「知らないことの方が、危険だと思います」
ロベルトは笑った。
「そうかもしれませんね」
その時、グレン侯爵夫人が近づいてきた。
「殿下、お久しぶりです」
五十代の女性。気品のある顔立ち。鋭い目。
「侯爵夫人、お元気でしたか」
「ええ、おかげさまで」
夫人はロベルトを見た。
「ロベルト殿下、少し殿下とお話ししてもよろしいですか」
「もちろん」
ロベルトは一礼し、去った。
夫人はセリーヌの腕を取った。
「少し歩きましょう」
二人は広間の端へ移動した。
夫人は声を低めた。
「殿下、噂を聞きました」
「噂?」
「継承の話です。評議会で基準を求めたとか」
「ええ」
夫人は真剣な顔をした。
「賢明な判断です。曖昧なままでは、いずれ争いが起こる」
「侯爵夫人もそう思われますか」
「ええ。私の夫は中立を保とうとしていますが、私は違う考えです」
夫人はセリーヌを見た。
「あなたは次の王になるべきです」
セリーヌは驚いた。
「夫人」
「エリザベート様の娘です。あの方の遺志を継ぐのは、あなたしかいない」
夫人の目に、涙が浮かんでいた。
「エリザベート様は私の親友でした。あの方が亡くなった時、私は誓ったのです。あの方の娘を守ると」
セリーヌは胸が熱くなった。
「夫人、ありがとうございます」
「ただし」
夫人は声をさらに低めた。
「気をつけなさい。ロベルト殿下は野心家です。そして、バルドは彼の手足です」
「ご存じなのですか」
「疑っています。証拠はありません。ただ、勘です」
夫人は周囲を見回した。
「あの二人は、よく密会しています。夜、宮廷庭園で」
セリーヌは息を呑んだ。
夫人も気づいていた。
「もし、何か困ったことがあれば、私を頼りなさい。夫は中立ですが、私は違います」
「ありがとうございます」
夫人は微笑んだ。
「さあ、戻りましょう。あまり長く話していると、怪しまれます」
二人は広間の中央へ戻った。
ちょうど父王が入場するところだった。
全員が頭を下げる。
父王は手を上げた。
「皆、楽しんでくれ。今宵は祝いの夜だ」
楽団が華やかな曲を奏で始めた。
ダンスが始まる。
ロベルトがセリーヌに近づいてきた。
「一曲、いかがですか」
セリーヌは頷いた。
「喜んで」
二人はダンスフロアに出た。
ロベルトが腰に手を置き、セリーヌの手を取る。
音楽に合わせて、動き出す。
「あなたは踊りも上手ですね」
「母が教えてくれました」
また母の話。
ロベルトの手に、少し力が入った。
「エリザベート様は、私を嫌っていましたね」
セリーヌは驚いて顔を上げた。
「なぜそう思うのですか」
「わかっていました。あの方の目を見れば」
ロベルトは静かに言った。
「あの方は、私が王位を望んでいると思っていた」
「違うのですか」
「さあ、どうでしょうね」
ロベルトは微笑んだ。
「人の心は複雑です。欲しいものと、手に入れるべきものは違う」
「では、伯父上は何を手に入れたいのですか」
「安定です」
ロベルトは真剣な顔をした。
「この国の安定。それだけです」
嘘だ。
セリーヌは知っている。この男が何をするか。
だが、今は何も言えない。
「私も同じです」
「ならば、私たちは同じ目標を持っているのですね」
曲が終わった。
二人は離れ、一礼した。
ロベルトは去った。
セリーヌは深呼吸した。
広間の端で、レオンが立っていた。
護衛として、壁際に控えている。
セリーヌの視線に気づき、小さく頷いた。
その存在が、心強かった。
夜会は続いた。
貴族たちが談笑し、ダンスが続き、ワインが注がれる。
セリーヌは疲れを感じ始めた。
社交は、戦いだ。
言葉を選び、表情を作り、視線を配る。
一瞬の油断が、命取りになる。
やがて、父王が退出した。
それを合図に、セリーヌも退出を申し出た。
「お疲れ様でした、殿下」
レオンが声をかけた。
「ええ、疲れました」
「何か、問題は」
「いえ、大丈夫です」
だが、大丈夫ではなかった。
ロベルトの言葉が、頭に残っている。
知りすぎることは、苦しみを生む。
あれは、警告だったのか。
それとも、ただの社交辞令だったのか。
セリーヌは自室に戻り、ドレスを脱いだ。
鏡を見る。
疲れた顔。
だが、まだ倒れるわけにはいかない。
窓の外、夜空に星が輝いていた。
三日後、錬金術師から連絡が来る。
その結果次第で、次の手が決まる。
セリーヌはベッドに横になった。
目を閉じる。
だが、眠れなかった。
ロベルトの顔が浮かぶ。バルドの冷たい目が浮かぶ。処刑台の記憶が蘇る。
全てが、まだ終わっていない。
戦いは、続く。
大広間の天井からシャンデリアが下がり、無数の蝋燭が光を放つ。壁には花が飾られ、テーブルにはワインと料理が並ぶ。
楽団が穏やかな曲を奏でている。
貴族たちが集まり始めた。華やかなドレス。磨かれた宝石。上品な笑い声。
セリーヌは自室で身支度を整えた。
青いドレス。母の髪飾り。最小限の装飾品。
鏡の中の自分を見る。
夜会。
前の時間軸で、この夜会は何度もあった。だが、セリーヌは社交を楽しんだことはなかった。
義務として参加し、礼儀正しく振る舞い、早々に退出する。
だが、今夜は違う。
今夜は、観察する。
誰が誰と話すか。誰が誰を避けるか。視線の動き。言葉の選び方。
全てが情報だ。
「お嬢様、準備はよろしいですか」
マリーが声をかけた。
「ええ、行きましょう」
大広間に入ると、すでに数十人が集まっていた。
セリーヌの姿を見て、何人かが頭を下げる。
セリーヌは微笑み、返礼した。
父王はまだ来ていない。おそらく、もう少し遅れて登場するだろう。
ロベルトがいた。
黒い礼服。金の刺繍。胸に王家の紋章。
彼はセリーヌを見つけ、近づいてきた。
「姪御、今宵は美しい」
「ありがとうございます、伯父上」
ロベルトはワインの杯を二つ取り、一つをセリーヌに渡した。
「乾杯を」
セリーヌは杯を受け取った。
「何に」
「未来に」
ロベルトは微笑んだ。
「王国の未来、王家の未来、そしてあなたの未来に」
二人は杯を合わせた。
音が響く。
セリーヌは杯を口に運んだが、ほんの一口だけ飲んだ。
ロベルトは全て飲み干した。
「評議会でのあなたの発言、印象的でしたよ」
「光栄です」
「継承の基準を明確にすべきだ、と。素晴らしい提案でした」
ロベルトの目がセリーヌを観察している。
「ただ、少し驚きました」
「何がですか」
「あなたがそこまで継承に関心を持っているとは思いませんでした」
罠だ。
この質問は、セリーヌの意図を探っている。
「父上はまだお若く健康です。ですが、王家の責任として、備えは必要だと考えました」
「なるほど。責任感が強いのですね」
「母から教わりました。王家に生まれた者の義務だと」
ロベルトの表情が一瞬だけ変わった。
母の話題。
セリーヌの母、故エリザベート王妃は、ロベルトと折り合いが悪かった。
前の時間軸で、セリーヌはそのことを知っていた。母は生前、ロベルトを信用していなかった。
「エリザベート様は賢い方でした」
ロベルトは静かに言った。
「あなたは母君に似ていますね」
「ありがとうございます」
「ただ」
ロベルトは杯を置いた。
「賢さは時に、重荷にもなります。知りすぎることは、苦しみを生む」
その言葉に、何か含みがあった。
セリーヌは表情を変えなかった。
「知らないことの方が、危険だと思います」
ロベルトは笑った。
「そうかもしれませんね」
その時、グレン侯爵夫人が近づいてきた。
「殿下、お久しぶりです」
五十代の女性。気品のある顔立ち。鋭い目。
「侯爵夫人、お元気でしたか」
「ええ、おかげさまで」
夫人はロベルトを見た。
「ロベルト殿下、少し殿下とお話ししてもよろしいですか」
「もちろん」
ロベルトは一礼し、去った。
夫人はセリーヌの腕を取った。
「少し歩きましょう」
二人は広間の端へ移動した。
夫人は声を低めた。
「殿下、噂を聞きました」
「噂?」
「継承の話です。評議会で基準を求めたとか」
「ええ」
夫人は真剣な顔をした。
「賢明な判断です。曖昧なままでは、いずれ争いが起こる」
「侯爵夫人もそう思われますか」
「ええ。私の夫は中立を保とうとしていますが、私は違う考えです」
夫人はセリーヌを見た。
「あなたは次の王になるべきです」
セリーヌは驚いた。
「夫人」
「エリザベート様の娘です。あの方の遺志を継ぐのは、あなたしかいない」
夫人の目に、涙が浮かんでいた。
「エリザベート様は私の親友でした。あの方が亡くなった時、私は誓ったのです。あの方の娘を守ると」
セリーヌは胸が熱くなった。
「夫人、ありがとうございます」
「ただし」
夫人は声をさらに低めた。
「気をつけなさい。ロベルト殿下は野心家です。そして、バルドは彼の手足です」
「ご存じなのですか」
「疑っています。証拠はありません。ただ、勘です」
夫人は周囲を見回した。
「あの二人は、よく密会しています。夜、宮廷庭園で」
セリーヌは息を呑んだ。
夫人も気づいていた。
「もし、何か困ったことがあれば、私を頼りなさい。夫は中立ですが、私は違います」
「ありがとうございます」
夫人は微笑んだ。
「さあ、戻りましょう。あまり長く話していると、怪しまれます」
二人は広間の中央へ戻った。
ちょうど父王が入場するところだった。
全員が頭を下げる。
父王は手を上げた。
「皆、楽しんでくれ。今宵は祝いの夜だ」
楽団が華やかな曲を奏で始めた。
ダンスが始まる。
ロベルトがセリーヌに近づいてきた。
「一曲、いかがですか」
セリーヌは頷いた。
「喜んで」
二人はダンスフロアに出た。
ロベルトが腰に手を置き、セリーヌの手を取る。
音楽に合わせて、動き出す。
「あなたは踊りも上手ですね」
「母が教えてくれました」
また母の話。
ロベルトの手に、少し力が入った。
「エリザベート様は、私を嫌っていましたね」
セリーヌは驚いて顔を上げた。
「なぜそう思うのですか」
「わかっていました。あの方の目を見れば」
ロベルトは静かに言った。
「あの方は、私が王位を望んでいると思っていた」
「違うのですか」
「さあ、どうでしょうね」
ロベルトは微笑んだ。
「人の心は複雑です。欲しいものと、手に入れるべきものは違う」
「では、伯父上は何を手に入れたいのですか」
「安定です」
ロベルトは真剣な顔をした。
「この国の安定。それだけです」
嘘だ。
セリーヌは知っている。この男が何をするか。
だが、今は何も言えない。
「私も同じです」
「ならば、私たちは同じ目標を持っているのですね」
曲が終わった。
二人は離れ、一礼した。
ロベルトは去った。
セリーヌは深呼吸した。
広間の端で、レオンが立っていた。
護衛として、壁際に控えている。
セリーヌの視線に気づき、小さく頷いた。
その存在が、心強かった。
夜会は続いた。
貴族たちが談笑し、ダンスが続き、ワインが注がれる。
セリーヌは疲れを感じ始めた。
社交は、戦いだ。
言葉を選び、表情を作り、視線を配る。
一瞬の油断が、命取りになる。
やがて、父王が退出した。
それを合図に、セリーヌも退出を申し出た。
「お疲れ様でした、殿下」
レオンが声をかけた。
「ええ、疲れました」
「何か、問題は」
「いえ、大丈夫です」
だが、大丈夫ではなかった。
ロベルトの言葉が、頭に残っている。
知りすぎることは、苦しみを生む。
あれは、警告だったのか。
それとも、ただの社交辞令だったのか。
セリーヌは自室に戻り、ドレスを脱いだ。
鏡を見る。
疲れた顔。
だが、まだ倒れるわけにはいかない。
窓の外、夜空に星が輝いていた。
三日後、錬金術師から連絡が来る。
その結果次第で、次の手が決まる。
セリーヌはベッドに横になった。
目を閉じる。
だが、眠れなかった。
ロベルトの顔が浮かぶ。バルドの冷たい目が浮かぶ。処刑台の記憶が蘇る。
全てが、まだ終わっていない。
戦いは、続く。
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既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
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