処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka

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第6章「宰相の手」

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王宮の記録室は、羊皮紙の匂いで満ちていた。
天井まで届く書棚。無数の巻物。分厚い帳簿。封蝋で閉じられた文書の束。
この部屋には、王国の全ての記録が保管されている。税収、判決、契約、誕生、死亡。全て。
そして、この部屋を管理しているのが宰相バルドだ。
セリーヌは書棚の間を歩いた。
記録を調べに来たのだが、何を探すべきか。
マルセル商会との取引記録。薬剤の納品記録。東国との通商記録。
どれも、バルドの管理下にある。
「お探しものですか、殿下」
声がした。
振り返ると、初老の書記官が立っていた。バルドの部下。痩せた男で、眼鏡をかけている。
「ええ、少し調べたいことがあって」
「何の記録でしょう」
「王宮への納品記録です。薬剤関係の」
書記官は頷いた。
「こちらです」
彼は書棚の一角に案内した。
「過去十年分の納品記録がここにあります。ご自由にご覧ください」
「ありがとう」
書記官は去った。
セリーヌは帳簿を手に取った。
重い。分厚い革表紙。几帳面な字で記録が並んでいる。
日付、品目、数量、業者名、金額。
マルセル商会の名前を探す。
あった。
月に一度、定期的に薬剤を納品している。ハーブ、鉱物粉末、蒸留水。
記録は正確だ。異常は見当たらない。
だが、それが逆に不自然だった。
完璧すぎる記録。
セリーヌは過去の記録を遡った。一年前、二年前、三年前。
全て同じ。定期的、正確、異常なし。
ならば、毒はどこから来た?
マルセル商会が直接毒を納品しているなら、記録に残るはずがない。
ということは、マルセル商会の仕入れ先に問題があるのか。
それとも、この記録自体が改竄されているのか。
セリーヌは帳簿を閉じた。
ここでは何も見つからない。
直接マルセル商会に行くしかない。
セリーヌは記録室を出た。
廊下でマリーを呼んだ。
「お嬢様、何か」
「町に出ます。同行してください」
「町、ですか」
マリーは驚いた顔をした。
「はい。商業区に用があります」
「護衛は」
「レオンに頼みます」
セリーヌはすぐにレオンを呼び、事情を説明した。
レオンは何も聞かず、頷いた。
三人は王宮を出た。
馬車に乗り、王都の商業区へ向かう。
夏の午後。通りは賑わっていた。商人が品物を並べ、客が値段交渉をしている。子どもたちが走り回り、犬が吠える。
活気がある。
この光景が、一年後も続いているだろうか。
ロベルトが王位を奪えば、国は混乱する。
セリーヌはそれを知っている。
馬車が止まった。
「マルセル商会です」
レオンが言った。
三人は降りた。
目の前に、立派な石造りの建物。看板には「マルセル商会・薬剤と香料」と書かれている。
扉を開けると、薬草の香りが鼻をついた。
店内には棚が並び、瓶や袋が整然と並んでいる。奥にはカウンターがあり、初老の男が座っていた。
「いらっしゃいませ」
男は立ち上がり、セリーヌの姿を見て目を見開いた。
「これは、王女殿下。ご来店とは」
「マルセル商会の店主ですね」
「はい、マルセルと申します。何かご入用でしょうか」
セリーヌは微笑んだ。
「少しお話を聞かせていただきたいのです」
マルセルは戸惑った様子を見せた。
「お話、ですか」
「あなたの店は、王宮に薬剤を納めていますね」
「はい、三十年以上のお付き合いです」
「信頼されているのですね」
「光栄なことです」
セリーヌはカウンターに近づいた。
「鉱物粉末について聞きたいのです」
マルセルの表情が少し強ばった。
「鉱物粉末、ですか」
「はい。王宮に納めている強壮剤の材料です」
「ああ、あれは一般的な鉄分補給のための粉末です。何か問題でも」
「いえ、問題ではありません。ただ、その粉末はどこから仕入れているのかと思いまして」
マルセルは一瞬だけ視線を逸らした。
「仕入れ先ですか」
「ええ」
沈黙。
マルセルは額の汗を拭った。
「東国の商人から仕入れています」
東国。
セリーヌの心臓が跳ねた。
「東国?」
「はい。東国は鉱物資源が豊富で、質の良い粉末が手に入るのです」
「その商人の名前は」
「リー、という名です。もう十年以上の付き合いです」
十年。
ならば、今に始まったことではない。
だが、東国。
前の時間軸で、ロベルトは東国と密約を結んでいた。処刑の半年後、東国の軍勢が国境を越えてきた。それはロベルトが招き入れたものだった。
東国とロベルトの繋がり。
それが、すでにあるのか。
「そのリーという商人に、会えますか」
マルセルは困った顔をした。
「彼は定期的に来るのですが、次はいつかわかりません。いつも突然現れるのです」
「最後に来たのは」
「一週間前です」
一週間前。
ちょうど、バルドがロベルトに袋を渡した頃だ。
偶然か。
いや、偶然ではないだろう。
「マルセル、もう一つ聞きます」
セリーヌは真剣な顔をした。
「その鉱物粉末に、何か混ざっている可能性はありませんか」
マルセルは顔色を変えた。
「混ざる、とは」
「不純物です。あるいは、意図的に混入された何か」
「そんな、まさか」
マルセルは首を振った。
「私は必ず品質を確認しています。色、匂い、触感。三十年の経験で、異常があればわかります」
「それでも、見分けがつかないものがあるかもしれません」
「殿下、何をおっしゃりたいのですか」
セリーヌは言葉を選んだ。
「父王の健康を心配しているのです。もし、薬に何か問題があれば」
マルセルは息を呑んだ。
「まさか、陛下が」
「まだ何も起きていません。ただ、確認しておきたいのです」
マルセルは震える手で棚から瓶を取り出した。
「これが、現在納めている鉱物粉末です。ご自身でご確認ください」
セリーヌは瓶を受け取った。
灰色の細かい粉。匂いはほとんどない。
見た目では、何もわからない。
「この粉末を分析できる人物を、知っていますか」
マルセルは考え込んだ。
「錬金術師ならば、成分を分析できるかもしれません。王都には何人かいますが」
「紹介してもらえますか」
「はい、もちろん」
マルセルは紙に名前と住所を書いた。
「この方は信頼できます。私も時々、成分鑑定を依頼しています」
「ありがとう」
セリーヌは瓶と紙を受け取った。
店を出る時、マルセルが呼び止めた。
「殿下」
「はい」
「もし、本当に何か問題があるのなら」
マルセルは真剣な顔をした。
「私は知らなかったのです。信じてください」
セリーヌは頷いた。
「わかっています」
外に出ると、夕日が傾き始めていた。
レオンが待っていた。
「何か手がかりは」
「ええ、少し」
セリーヌは瓶を見た。
この中に、毒が入っているのか。
それとも、これから混入されるのか。
わからない。
だが、一つわかったことがある。
東国とマルセル商会の繋がり。
そして、東国とロベルトの繋がり。
点が、線になり始めている。
「錬金術師に会いに行きます」
セリーヌは言った。
「今日中に」
レオンは頷いた。
三人は馬車に乗り、錬金術師の工房へ向かった。
王都の外れ。古い石造りの建物。
扉を叩くと、白髪の老人が出てきた。
「マルセルの紹介で来ました」
「ああ、どうぞ」
工房の中は、不思議な匂いで満ちていた。薬草と金属と、何か焦げたような匂い。
セリーヌは瓶を差し出した。
「この粉末を分析してもらえますか」
錬金術師は瓶を手に取り、光にかざした。
「鉱物粉末ですね。何を調べたいのです」
「不純物、あるいは有害な成分が含まれていないか」
錬金術師は眉を上げた。
「なるほど。時間がかかりますが、よろしいですか」
「どのくらい」
「三日ほど」
三日。
長い。だが、仕方ない。
「お願いします」
「わかりました。結果が出たら、どちらへ」
セリーヌはマリーに紙を渡させた。
「この住所へ連絡してください」
王宮ではなく、町の宿を指定した。マリーが時々使う、信頼できる場所だ。
錬金術師は頷いた。
「承知しました」
セリーヌたちは工房を出た。
空はすでに暗くなり始めていた。
王宮へ戻る馬車の中、セリーヌは窓の外を見た。
三日後、答えが出る。
もし毒が見つかれば、証拠になる。
もし見つからなければ、まだ混入されていないということだ。
どちらにしても、次の一手が見える。
馬車が王宮に到着した。
セリーヌは自室に戻り、記録を更新した。
マルセル商会。東国商人リー。鉱物粉末。錬金術師への依頼。
全て、記録する。
証拠は少しずつ積み上がっている。
窓の外、月が昇り始めていた。
母の髪飾りが月明かりを反射して光る。
希望を捨てないで。
セリーヌは羽根ペンを置いた。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
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