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目を覚ました瞬間、まず感じたのは体の軽さだった。
手は小さく、指先は細く、制服の感触は軽やかで、視界に映る天井は低い。
俺はすぐに気づいた。これは――小学生の身体だ。
そして、胸の奥にふわりと広がったのは、喜びだった。
今度は、もっと前からやり直せる。
そんな確信が、体の隅々まで染み渡っていく。
窓から差し込む朝の光が、まるで祝福のようにまぶしくて、俺は思わず目を細めた。
この光の中で始まる新しい人生に、俺は静かに息を吸い込んだ。
「今度こそ、三回目は絶対に間違えない」
幸福ポイントの仕組みは、もう知っている。
幸せを積み重ねることで幸福ポイントを消費してしまい、早く死ぬ。
二度目の人生では、徹底的につらい出来事を避けて通った結果、わずか二十五歳で命を落とした。
一度目よりも十年も早かった。
だから今回は、“バランス”を取る。
成功と失敗、幸福と不幸――その両方を、うまく織り交ぜて生きるんだ。
* **
学校の勉強は、三十五歳まで生きた俺には簡単だった。
だが、目立ちすぎてもいけない。
幸福ポイントを減らさないためには、褒められすぎても、好かれすぎても、危ない。
俺は、成績を平均的に保つよう調整した。
賢くもなく、馬鹿でもない。
教師に褒められすぎず、叱られすぎず。
この“中庸”を保つのが、想像以上に難しかった。
テストの点数を微妙に調整し、発言の頻度も周囲に合わせる。
友人関係も、深すぎず浅すぎず。
常に「普通」であることに神経をすり減らす日々だった。
* **
中等部に進んだ頃、俺は一つの決断をした。
セリーヌ・ローレンに、もう一度告白する。
一度目の人生では、人気のない中庭でこっそりと。 それが、彼女を困らせた。
今回は、幸福ポイントを減らさないためにも、もっと不幸に、こっぴどく振られなくてはならない。
そのために、皆の前で堂々と告白した。
「セリーヌ・ローレン! 俺は君が好きだ!」
教室がざわめく中、セリーヌは一瞬きょとんとした。
その場の空気が張り詰める。
俺の心臓が、静かに、しかし確かに高鳴っていた。
そして数秒の沈黙のあと―― 彼女は頬を赤らめ、ゆっくりと、微笑みながら頷いた。
結果は、成功。
そんなはずではなかったのに。
そして、胸の奥で幸福ポイントが減る感覚を、俺は確かに感じた。
でも、後悔はない。
この関係を大切にしながら、次の一手を考える。
* **
高等部では、騎士クラスを選んだ。
一度目で失敗した場所だが、今度は違う。
二度目の人生で文官として学んだ知識を思い出し、体の動かし方や訓練法を理論的に見直した。
けれど、心の奥では不安があった。
また怪我をして、道を断たれるのではないか。
その恐怖を払拭するため、俺は徹底的に基礎体力を鍛えた。
走り込み、筋力トレーニング、柔軟性の向上―― 毎朝、誰よりも早く起き、誰よりも長く汗を流した。 自分の限界を少しずつ押し広げるように、黙々と鍛錬を重ねた。
すると、思いがけないことが起きた。
俺の身体が、驚くほど素直に応えてくれたのだ。
動きが軽くなり、剣の扱いも自然と上達していく。
筋肉の動きが意識と一致し、技術が身体に馴染んでいく感覚は、何よりも快感だった。
教官から「君には騎士としての素質がある」と言われたとき、 俺は初めて“才能”というものを実感した。
努力が報われることの喜びと、自分にしかない可能性を感じた瞬間だった。
練習試合では、ジュリアン・ヴァルモンに勝利した。
一度目の人生では、彼とセリーヌが一緒にいるところを見て、心が折れた。
そして戦う前に怪我をしてしまい、俺は、ジュリアンに不戦敗で敗れた。
あのときの悔しさは、今でも胸に残っている。 だが今は違う。
剣を交え、正々堂々と勝利を掴んだ。
セリーヌは誇らしげに笑い、俺を見つめていた。
その笑顔は、まるで俺の努力をすべて肯定してくれるようだった。
ただ――彼女の笑顔を見た瞬間、胸の奥で確かに感じた。
また幸福ポイントが減った。
けれど、嬉しかった。
この瞬間だけは、失ってもいいと思えるほどに。
手は小さく、指先は細く、制服の感触は軽やかで、視界に映る天井は低い。
俺はすぐに気づいた。これは――小学生の身体だ。
そして、胸の奥にふわりと広がったのは、喜びだった。
今度は、もっと前からやり直せる。
そんな確信が、体の隅々まで染み渡っていく。
窓から差し込む朝の光が、まるで祝福のようにまぶしくて、俺は思わず目を細めた。
この光の中で始まる新しい人生に、俺は静かに息を吸い込んだ。
「今度こそ、三回目は絶対に間違えない」
幸福ポイントの仕組みは、もう知っている。
幸せを積み重ねることで幸福ポイントを消費してしまい、早く死ぬ。
二度目の人生では、徹底的につらい出来事を避けて通った結果、わずか二十五歳で命を落とした。
一度目よりも十年も早かった。
だから今回は、“バランス”を取る。
成功と失敗、幸福と不幸――その両方を、うまく織り交ぜて生きるんだ。
* **
学校の勉強は、三十五歳まで生きた俺には簡単だった。
だが、目立ちすぎてもいけない。
幸福ポイントを減らさないためには、褒められすぎても、好かれすぎても、危ない。
俺は、成績を平均的に保つよう調整した。
賢くもなく、馬鹿でもない。
教師に褒められすぎず、叱られすぎず。
この“中庸”を保つのが、想像以上に難しかった。
テストの点数を微妙に調整し、発言の頻度も周囲に合わせる。
友人関係も、深すぎず浅すぎず。
常に「普通」であることに神経をすり減らす日々だった。
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中等部に進んだ頃、俺は一つの決断をした。
セリーヌ・ローレンに、もう一度告白する。
一度目の人生では、人気のない中庭でこっそりと。 それが、彼女を困らせた。
今回は、幸福ポイントを減らさないためにも、もっと不幸に、こっぴどく振られなくてはならない。
そのために、皆の前で堂々と告白した。
「セリーヌ・ローレン! 俺は君が好きだ!」
教室がざわめく中、セリーヌは一瞬きょとんとした。
その場の空気が張り詰める。
俺の心臓が、静かに、しかし確かに高鳴っていた。
そして数秒の沈黙のあと―― 彼女は頬を赤らめ、ゆっくりと、微笑みながら頷いた。
結果は、成功。
そんなはずではなかったのに。
そして、胸の奥で幸福ポイントが減る感覚を、俺は確かに感じた。
でも、後悔はない。
この関係を大切にしながら、次の一手を考える。
* **
高等部では、騎士クラスを選んだ。
一度目で失敗した場所だが、今度は違う。
二度目の人生で文官として学んだ知識を思い出し、体の動かし方や訓練法を理論的に見直した。
けれど、心の奥では不安があった。
また怪我をして、道を断たれるのではないか。
その恐怖を払拭するため、俺は徹底的に基礎体力を鍛えた。
走り込み、筋力トレーニング、柔軟性の向上―― 毎朝、誰よりも早く起き、誰よりも長く汗を流した。 自分の限界を少しずつ押し広げるように、黙々と鍛錬を重ねた。
すると、思いがけないことが起きた。
俺の身体が、驚くほど素直に応えてくれたのだ。
動きが軽くなり、剣の扱いも自然と上達していく。
筋肉の動きが意識と一致し、技術が身体に馴染んでいく感覚は、何よりも快感だった。
教官から「君には騎士としての素質がある」と言われたとき、 俺は初めて“才能”というものを実感した。
努力が報われることの喜びと、自分にしかない可能性を感じた瞬間だった。
練習試合では、ジュリアン・ヴァルモンに勝利した。
一度目の人生では、彼とセリーヌが一緒にいるところを見て、心が折れた。
そして戦う前に怪我をしてしまい、俺は、ジュリアンに不戦敗で敗れた。
あのときの悔しさは、今でも胸に残っている。 だが今は違う。
剣を交え、正々堂々と勝利を掴んだ。
セリーヌは誇らしげに笑い、俺を見つめていた。
その笑顔は、まるで俺の努力をすべて肯定してくれるようだった。
ただ――彼女の笑顔を見た瞬間、胸の奥で確かに感じた。
また幸福ポイントが減った。
けれど、嬉しかった。
この瞬間だけは、失ってもいいと思えるほどに。
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