3 / 10
ある正妃の誓い
しおりを挟む「香雅皇女、私達には、貴女という存在が不可欠なのだ。
貴女がいてくれる、それだけで救われる。貴女はまこと、私達に使わされた天の御使いだ」
……
………
…………夢?
ああ、私は夢を見ていたのね。遥か昔の夢を。
最近は昔の夢ばかり見るわ。
特に多いのは夫の求婚に言葉。
政略結婚ではあったけれど、夫はわざわざ求婚してくださった。
私はもうすぐ死ぬ。
春寿様や沙羅、周囲の者達も「大丈夫」としか言わないけれど、私自身、もう長くないのは理解しているわ。最近では床から出られない有り様なんですもの。昨日も吐血してしまったし…。周囲が幾ら私の病状を隠そうとしても隠しきれないものだわ。
東の離宮(皇太子の住まい)から、生まれ育った皇宮に移ってきて本当に良かった。
春寿様は最後まで反対なさっておいでだったけど、お父様が私の味方になってくださったので帰ってくる事が出来た。
お父様の計らいで、子供達とも離れ離れにならずに済んだ…本当に感謝しかありません。
「おかあ様、だいじょうぶ?」
私の顔を心配そうに見る幼い皇子。その手には小さな白い花が握られていた。
「それは?」
「うん?お花、おかあ様に」
「くれるの?」
「うん。だって、おかあ様にあげるためにとってきたんだよ」
「ありがとう、宝寿」
「おかあ様、はやくよくなってね」
「……勿論よ」
ニコニコと笑う皇子のなんと愛らしいことでしょう。
「お母様、失礼いたします。こちらに宝寿はきていませんか?」
「ねえ様!」
「宝寿、やっぱりお母様のところに来ていたのね。ダメでしょう?お母様はお加減がわるいのだから」
「ねえ様、ごめんなさい」
娘はどうやら弟を探していたようだわ。
「白姫、宝寿は花を渡しに来てくれたのよ。あまり叱らないであげて」
「お母様……わかりました。さあ、宝寿。行きましょう」
「はい!おかあ様、また来ます」
部屋から出て行く二人を床についたまま見送った。
本当は起き上がって二人を抱きしめたいのに既にその体力すら残されていない。
白姫は十七歳、宝寿は五歳。
多感な時期の娘とまだ幼い息子を残して逝かなければならないなんて……。
母親不在となればどれだけ二人の将来に影響を与えることになるのか、それは私が誰よりも分かっているのに。
皇子を産むことなく他の妃達の悪意に苛まれて亡くなったお母様。
沙羅が後宮を苦手としているのは間違いなく母の死が原因でしょうね。本人は無資格の上、私に心配を掛けないように隠しているようだけれど、愚かな子。貴女を育てたのは誰だと思っているの。この姉なのですよ。
女の愛憎渦巻く後宮の闇から沙羅を遠ざけて置いた事は良かったのか、それとも悪かったのか。
これからあの子は苦労するでしょうね。
皇太子に嫁いで二十年。
正妃として大切に扱われたけれど、遂に、夫に愛されることのない人生だった。
いいえ、愛されてはいたわね。
数多いる妃の中でも正妃は特別の存在。
けれど、夫が求めたのは『皇太子妃』としての役目。
子供達の事をお願いしているけれど不安は尽きない。
夫は当てにならない。
私の可愛い二人の子供達も、夫にとっては数ある息子と娘。皇位継承を持つ、というだけの存在。
それも替えの利く皇子なのだから。後宮には新たに公爵家の美姫が入ったと知らせが届いた事からも私の皇子が軽んじられる事になるでしょう。
いいえ!
そうはさせない!
白姫…宝寿。
お母様亡き後も、あなたたち二人を必ず守ってあげるわ。
母になる喜び、子を持つ母とは強い者であることを教えてあげましょう。
必ず守り通して見せる。
どのようなことをしても……。
110
あなたにおすすめの小説
魅了魔法の正しい使い方
章槻雅希
ファンタジー
公爵令嬢のジュリエンヌは年の離れた妹を見て、自分との扱いの差に愕然とした。家族との交流も薄く、厳しい教育を課される自分。一方妹は我が儘を許され常に母の傍にいて甘やかされている。自分は愛されていないのではないか。そう不安に思うジュリエンヌ。そして、妹が溺愛されるのはもしかしたら魅了魔法が関係しているのではと思いついたジュリエンヌは筆頭魔術師に相談する。すると──。
お后たちの宮廷革命
章槻雅希
ファンタジー
今は亡き前皇帝・現皇帝、そして現皇太子。
帝国では3代続けて夜会での婚約破棄劇場が開催された。
勿論、ピンク頭(物理的にも中身的にも)の毒婦とそれに誑かされた盆暗男たちによる、冤罪の断罪茶番劇はすぐに破綻する。
そして、3代続いた茶番劇に憂いを抱いた帝国上層部は思い切った政策転換を行なうことを決めたのだ。
盆暗男にゃ任せておけねぇ! 先代皇帝・現皇帝・現皇太子の代わりに政務に携わる皇太后・皇后・皇太子妃候補はついに宮廷革命に乗り出したのである。
勢いで書いたので、設定にも全体的にも甘いところがかなりあります。歴史や政治を調べてもいません。真面目に書こうとすれば色々ツッコミどころは満載だと思いますので、軽い気持ちでお読みください。
完結予約投稿済み、全8話。毎日2回更新。
小説家になろう・pixivにも投稿。
姉から全て奪う妹
明日井 真
ファンタジー
「お姉様!!酷いのよ!!マリーが私の物を奪っていくの!!」
可愛い顔をした悪魔みたいな妹が私に泣きすがってくる。
だから私はこう言うのよ。
「あら、それって貴女が私にしたのと同じじゃない?」
*カテゴリー不明のためファンタジーにお邪魔いたします。
カウントダウンは止められない
柊
ファンタジー
2年間の「白い結婚」の後、アリスから離婚を突きつけられたアルノー。
一週間後、屋敷を後にするが……。
※小説になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。
他国ならうまくいったかもしれない話
章槻雅希
ファンタジー
入り婿が爵位を継いで、第二夫人を迎えて後継者作り。
他国であれば、それが許される国もありましょうが、我が国では法律違反ですわよ。
そう、カヌーン魔導王国には王国特殊法がございますから。
『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載
逆行転生って胎児から!?
章槻雅希
ファンタジー
冤罪によって処刑されたログス公爵令嬢シャンセ。母の命と引き換えに生まれた彼女は冷遇され、その膨大な魔力を国のために有効に利用する目的で王太子の婚約者として王家に縛られていた。家族に冷遇され王家に酷使された彼女は言われるままに動くマリオネットと化していた。
そんな彼女を疎んだ王太子による冤罪で彼女は処刑されたのだが、気づけば時を遡っていた。
そう、胎児にまで。
別の連載ものを書いてる最中にふと思いついて書いた1時間クオリティ。
長編予定にしていたけど、プロローグ的な部分を書いているつもりで、これだけでも短編として成り立つかなと、一先ずショートショートで投稿。長編化するなら、後半の国王・王妃とのあれこれは無くなる予定。
押し付けられた仕事、してもいいものでしょうか
章槻雅希
ファンタジー
以前書いた『押し付けられた仕事はいたしません』の別バージョンみたいな感じ。
仕事を押し付けようとする王太子に、婚約者の令嬢が周りの力を借りて抵抗する話。
会話は殆どない、地の文ばかり。
『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる