望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ

文字の大きさ
12 / 32

【11】誰も気づいていない

しおりを挟む
水盤に映る父の姿を見て、私は声を震わせていた。
(お父様……!)
『おぉ……ヴィオラじゃないか!』

疲労と心労ですっかりやつれた壮年男性――この人は、紛れもなく私の父だ。嫁いで以来会えずにいた、大好きなお父様……。感極まって、私は涙ぐんでいた。

水盤に映っている部屋は父の執務室。ということはこの魔導通信機は今、ノイリス伯爵領と繋がっているのだ。でも、どうしてそんなことが可能なの?

「伯爵閣下、ご無沙汰しております」
『ん? 伯爵閣下とは……?』
相変わらず演技が下手なエデンは、うっかり騎士の口調で父に話しかけてしまっていた。

「あ! いえ間違えました。ええと……、おとうさま? ご無沙汰しております」
『ああ……。久しいな、ヴィオラ』

水盤越しの父は、とても心配そうな表情でこちらを見ていた。

『だが、突然どうしたんだ? ……お前は今、クラーヴァル領にはいないのか? 魔導通信機の通信範囲は限られているから、こちらとクラーヴァル領との交信はできないはずだ』

――そう。私もそれが気になっていた。
魔導通信機は交信可能な範囲が限られていて、王都やクラーヴァル公爵領と、辺境にあるノイリス領との通信は不可能だ。だからこそ王都近郊の貴族たちは、圏外の地域を「片田舎」と蔑むのだけれど……。

エデンは、父の問いに答えた。
「いいえ。伯爵閣っ……お父様。私は今、クラーヴァル公爵領の領主邸におります」
『では、なぜ通信がつながるんだ?』
「それは私が、を使っているからです」

エデンは、手に持っていた小瓶を水盤越しの父に見せた。その小瓶にはさっき厨房で焙煎したばかりの真っ白な粉が入っている。

『魔力資源? その瓶は一体……』
「魔塩です」

――魔塩? 土から作った、この粉が? 私は耳を疑った。

「従来この国で使用される魔塩は、遠く離れた他国からの輸入品です。だから品質が劣化して、かなり効力が落ちています。しかし今、この通信に使用しているのは我が国で作ったばかりのなので、遠隔地との交信も可能です」

父は驚きに目をみはっている。驚いているのは私も同じだ。

『何を言っているんだ、ヴィオラ。この国で魔塩を作れるわけがない。魔塩の製造が可能なのは北の果てにあるオロラニア王国と大陸中央のセディロス砂漠、あとは極東の一部地域だけのはずだろう? しかもその製法は秘密とされていて――』

「作れるのですよ、お父様」
エデンは誇らしげに笑った。

「ノイリス領に大量に存在する灼血土から、魔塩を作ることができます! 灼血土は災禍の竜が遺した負の遺産――何の役にも立たない『死んだ土』だと思われていますが、実際は天の恵みです。少し手を加えるだけで、すばらしい魔力資源になるのです」

『なんだと……!?』

そんなのは初耳だ。父も私も、愕然としていた。

「お父様も、オロラニア王国が千年前に一度滅びていたことをご存じでしょう」
『ああ。災禍の竜に焼き尽くされて国中が焦土と化し、聖女に救われたという伝承がある。長い年月をかけて復興し、オロラニアは今や世界有数の文明大国だ』

「そのオロラニア王国の産業を支えているのが、ノイリス伯爵領にあるのと同じ灼血土なのです」
『!?』

「オロラニアへの出入国は厳しく制限されており、あの国の実情は遥か離れたこの国にはほとんど届いていません。……しかし私は、とある事情でオロラニアのことをよく知っています。あの国は灼血土まみれですよ。そして政府の厳密な管理のもと、灼血土から魔塩を製造・流通しています」

『なっ――!?』
父は、唇を戦慄かせていた。父の顔に浮かぶのは戸惑いと、そして――希望だ。

『それではまさか、このノイリス領でも……魔塩が……』
「作れます。実際私は、リサが採取してきたノイリス領の灼血土を使って魔塩を作りました。ついさっき、厨房で」
『厨房で!?』

エデンは、灼血土を弱火で30分焙煎するだけで魔塩が作れるのだと説明した。……冗談みたいに簡単な製造法だ。

こんなに簡単なら誰かが偶然、魔塩作りにたどり着く可能性もあったのでは……? とも思ったが、私はすぐに考えを改めた。災禍の竜に汚染された土なんて、恐ろしくて誰も触りたくないのだろう。ましてや「試しに30分くらい、フライパンで焼いてみようかな!」と思う変人なんて、いない気がする……。

『ヴィオラ、お前は素晴らしいことを教えてくれた! お前のおかげでノイリス領が、いや、灼血土の被害に苦しむすべての領が救われるぞ! ……しかしなぜお前は魔塩の製法を知っていたんだ!?』

父が希望に目を輝かせ、前のめりになって尋ねてきた。一方のエデンは、「えっ? えぇと……」と困惑した顔で、目線をうろうろさせ始めた。どうやら、この質問はエデンの想定外だったらしい。

「いえ、まぁ、……細かいことはどうでもいいではありませんか、お父様」
『ん? まぁ、そうだな。大切なのは復興の話だ!』

「ともかく、この通信を終えたらお父様は領内の灼血土を焙煎してみてください。ちなみに灼血土の瘴気はすでに抜けているから安心して作業できます」
『分かった。魔導庁からの通達でも、『土中からの瘴気は消失している』と報じられていたしな』

そして、エデンは続けた。

「お父様。ノイリス領は、これから確実に発展します――灼血土まみれの荒れた大地が、実は宝の山なのですから。しかもその価値に、おそらく誰も気づいていません」

父がゴクリと唾を呑む音が、聞こえた。

『……ああ。この素晴らしい資源を最大限活かして、ノイリス伯爵領を復興させてみせる!』


――そして、通信が終了した。
エデンがソファに腰かけて目を閉じる。やがて、心の奥の真っ白な世界に青年姿のエデンが現れた。

(……すごいわ、エデン!)

エデンは照れ笑いをしている。
(ヴィオラ様のお役に立てましたか?)
(ええ! でも灼血土が魔塩になるなんて、どうして知っていたの!?)

分からないことだらけだ。灼血土が魔塩に変化するということも、北の果てのオロラニア王国のことも。そんな知識をエデンはどこで手に入れたのだろう? 命懸けで災禍の竜と戦っていたエデンには、異国の知識を学ぶ時間があったとは思えないけれど……。

(実は以前、俺はオロラニア王国にいたんです)
(それは初耳よ? あなたはノイリス領で生まれ育って、竜伐隊に召集されたあとも国内で戦っていたでしょう?)
(それは……)

彼は整った眉を寄せ、琥珀色の瞳をさまよわせた。なぜかとても困った顔で、言葉を選ぶように考え込んでいる。

(信じてもらえる自信がないんですが……。オロラニア王国へ飛ばされていたんです)

――意味が分からない。

(災禍の竜と相打ちで死んだあと、目が覚めたらオロラニア王国にいました。体は失くしていたんですが、魂だけであの国を彷徨っていたんです)

それからエデンが語り出したのは、想定外の経緯《いきさつ》だった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

氷狼陛下のお茶会と溺愛は比例しない!フェンリル様と会話できるようになったらオプションがついてました!

屋月 トム伽
恋愛
ディティーリア国の末王女のフィリ―ネは、社交なども出させてもらえず、王宮の離れで軟禁同様にひっそりと育っていた。そして、18歳になると大国フェンヴィルム国の陛下に嫁ぐことになった。 どこにいても変わらない。それどころかやっと外に出られるのだと思い、フェンヴィルム国の陛下フェリクスのもとへと行くと、彼はフィリ―ネを「よく来てくれた」と迎え入れてくれた。 そんなフィリ―ネに、フェリクスは毎日一緒にお茶をして欲しいと頼んでくる。 そんなある日フェリクスの幻獣フェンリルに出会う。話相手のいないフィリ―ネはフェンリルと話がしたくて「心を通わせたい」とフェンリルに願う。 望んだとおりフェンリルと言葉が通じるようになったが、フェンリルの幻獣士フェリクスにまで異変が起きてしまい……お互いの心の声が聞こえるようになってしまった。 心の声が聞こえるのは、フェンリル様だけで十分なのですが! ※あらすじは時々書き直します!

彼を傷つける者は許さない!私が皆叩き潰して差し上げましょう

Karamimi
恋愛
公爵令嬢アリシアは、16歳の誕生日を心待ちにしていた。なぜなら16歳になると、魔物討伐部隊に参加できるからだ。 彼女は5年前から魔物討伐部隊に参加している愛する婚約者、第一王子のルーカスの役に立ちたいという一心で、5年間血の滲む様な魔力の訓練を続けてきたのだ。 ただルーカスとは今まで一度も会った事もなく、両親からも正体を隠して討伐部隊に参加する様言われた。 それでもルーカスに会えるとあって、誕生日の翌日には意気揚々と旅立って行ったのだった。 一方ルーカスは、甲斐甲斐しく自分や隊員たちの世話を焼いてくれるアリシアに、次第に惹かれていく。でも自分には婚約者がいるからと、必死に自分の気持ちを抑えようとするのだった。 心惹かれている彼女が、実は自分の婚約者とも知らずに… そんな2人が絆を深め、幸せを掴むまでのお話しです。 ファンタジー要素強めの作品です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも
恋愛
「好きです。付き合ってください!」  大きな桜の木に花が咲き始めた頃、その木の下で、彼は真っ赤な顔をして告げてきた。  嬉しさに胸が熱くなり、なかなか返事ができなかった。その間、彼はまっすぐ緊張した面持ちで私を見ていた。そして、私が「はい」と答えると、お互い花が咲いたような笑顔で笑い合った。  中学校の卒業式の日だった……。  あ~……。くだらない。  脳味噌花畑の学生の恋愛ごっこだったわ。  全ての情熱を学生時代に置いてきた立花美咲(24)の前に、突然音信不通になった元カレ橘蓮(24)が現れた。  なぜ何も言わずに姿を消したのか。  蓮に起こったことを知り、美咲はあの頃に置き去りにした心を徐々に取り戻していく。 ──────────────────── 現時点でプロローグ+20話まで執筆ができていますが、まだ完結していません。 20話以降は不定期になると思います。 初の現代版の恋愛ストーリーなので、遅い執筆がさらに遅くなっていますが、必ず最後まで書き上げます! 少しでも楽しんでいただければ幸いです。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

ポンコツ娘は初恋を諦める代わりに彼の子どもを所望する

キムラましゅろう
恋愛
辺境の田舎から聖騎士となった大好きな幼馴染フェイト(20)を追って聖女教会のメイドとして働くルゥカ(20)。 叱られながらもフェイトの側にいられるならとポンコツなりに頑張ってきた。 だけど王都で暮らして四年。そろそろこの先のない初恋にルゥカはケリをつける事にした。 初恋を諦める。諦めるけど彼の子供が欲しい。 そうしたらきっと一生ハッピーに生きてゆけるから。 そう決心したその日から、フェイトの“コダネ”を狙うルゥカだが……。 「でも子供ってどうやって作るのかしら?」 ……果たしてルゥカの願いは叶うのか。 表紙は読者様CさんがAIにて作成してくださいました。 完全ご都合主義、作者独自の世界観、ノーリアリティノークオリティのお話です。 そして作者は元サヤハピエン至上主義者でございます。 ハピエンはともかく元サヤはなぁ…という方は見なかった事にしていただけますと助かります。 不治の誤字脱字病患者が書くお話です。ところどころこうかな?とご自分で脳内変換しながら読むというスキルを必要とします。 そこのところをご了承くださいませ。 性描写はありませんが、それを連想させるワードがいくつか出てまいります。 地雷の方は自衛をお願いいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

処理中です...