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【10】エデンの30分間クッキング
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――翌朝。
私は小さな麻袋を持って、屋敷の厨房へと向かった。この麻袋の中には、昨晩リサが持ち帰ってきた『ノイリス領の灼血土』が少しだけ入っている。
厨房では、今日もトマス・ベッカーが一人で料理の仕込みを行っていた。
「おはよう、ベッカー。今日も朝からご苦労」
私がベッカーの背中に声をかけると、ベッカーは飛び上がって真っ青な顔でこちらを振り向いた。
「……お、お、奥様。おはようございます」
顔を合わせるのは、あの薬物事件以来だ。ベッカーは震えあがっている……私が何か言ってくるのではないかと恐れているようだ。
そんなベッカーを見て、私が肩をすくめる。
「楽にしろ。今日はべつに、お前を脅しに着た訳じゃない。むしろ、お前のおかげで最近すこぶる健康だ。お前は料理の腕前が良いし、栄養にも配慮してくれるから感謝している」
「も、もったいないお言葉です、奥様」
ベッカーは、安堵したように胸をなでおろした。
「ですがお咎めがないのなら、奥様はなぜ厨房に?」
「ああ。少し焜炉《コンロ》を借りたくてな」
「焜炉を? 軽食を召し上がるんなら、すぐに何かお作りしますが」
「いや、いい。自分でやりたいんだ。悪いが、少し席を外してくれるか?」
「はぁ……かまいませんが。あと1時間くらいで他の料理人も来てしまいますよ」
「そうか。私の用事は30分くらいで全部済むから問題ない。お前もいったん外した後、戻って仕事を再開していいぞ」
「わかりました」
怪訝そうな顔をしながら厨房を出ようとしたベッカーに、私は圧のこもった笑みを向けた。
「言わなくても分かると思うが……私が厨房に来たことは、他の者には言うなよ?」
「も、もちろんですよ! それじゃあ、おれは失礼します……!」
ベッカーの去った厨房で、私は焜炉《コンロ》の前に立った。焜炉は魔導具の一種で、調理台の表面に火を起こす魔法陣が彫り込まれており、ひねりを操作すると着火する。
近代以降の人類は『魔法科学の発展とともに、自身で魔法を発動する能力が衰えてしまった』と言われており、代わりに魔力を含有する資源を駆使して便利な魔導具を産み出してきた。
「俺は自分の魔法で火を起こせますが、火力調整が面倒なので焜炉を使うことにしました」
(お料理するの?)
「食べ物じゃありませんよ。焼くのは、この土です」
――土?
私はフライパンを取り出すと、……あろうことか、麻袋の中の灼血土をフライパンに振り入れた。
(ちょっと……エデン!? どうしてそんな土を!)
「見ていてください。自分でやるのは初めてですが、簡単そうな手順だったので」
そして焜炉に火をつけて、灼血土の入ったフライパンを弱火で加熱し始める。いわゆる乾煎り、つまり焙煎《ロースト》という調理法だ。油も水も使わずに、焦がさないようムラなく加熱していく……。
(私、土をフライパンで焙煎する人を見るのは初めてよ……)
「まぁ普通はやりませんよね。ヴィオラ様、引かないでください。ノイリス領の命運がかかってるんですから」
(……?)
弱火でじっくり乾煎りすること30分弱。血の色をしていた灼血土に、異変が起きた。
ぱち、ぱち、と爆ぜるような音を立てて灼血土が鮮やかな閃光を放ったと思うと、次の瞬間――。
(え? 真っ白になった……!?)
目を奪われるほどに美しい、雪のような白へと変わった。ぼそぼそだった土質も、今はさらさらとした美しい微粒子に変化している。
……あら? この白い粒、どこかで見たことがあるような……。
「よし! できた」
私は上機嫌で焜炉の火を消すと、真っ白になったそれを綺麗な小瓶に移し替え、手早く後片付けをして厨房を出た。
(……まるで手品みたいね。でも、それをどうするの?)
「今から使ってみせますよ」
自室に戻るなり、私はさらに奇怪な行動をした……。持ち帰って来た白い粒を水差しの水に溶かすと、水盤状の魔導通信機に注ぎ入れたのだ。
(エデン、何をしているの!? 魔導通信機は、決められた溶液を使わないと壊れてしまうのよ! そんなモノを入れたら――)
「大丈夫です」
どこかワクワクした様子で、私は魔導通信機の操作を始めた。受信ではなく、どこかに発信するときの手順だ。
――次の瞬間、私は息を呑んでいた。
水盤の中にぼんやりと、誰かの顔が映し出される。疲労の色が濃く浮かんだ、やつれた壮年男性の顔。この顔は、
(……お、お父様!?)
『おぉ……ヴィオラじゃないか!』
水盤の向こうから話しかけてきたのは、私の父――ドルフ・ノイリス伯爵だったのだから。
私は小さな麻袋を持って、屋敷の厨房へと向かった。この麻袋の中には、昨晩リサが持ち帰ってきた『ノイリス領の灼血土』が少しだけ入っている。
厨房では、今日もトマス・ベッカーが一人で料理の仕込みを行っていた。
「おはよう、ベッカー。今日も朝からご苦労」
私がベッカーの背中に声をかけると、ベッカーは飛び上がって真っ青な顔でこちらを振り向いた。
「……お、お、奥様。おはようございます」
顔を合わせるのは、あの薬物事件以来だ。ベッカーは震えあがっている……私が何か言ってくるのではないかと恐れているようだ。
そんなベッカーを見て、私が肩をすくめる。
「楽にしろ。今日はべつに、お前を脅しに着た訳じゃない。むしろ、お前のおかげで最近すこぶる健康だ。お前は料理の腕前が良いし、栄養にも配慮してくれるから感謝している」
「も、もったいないお言葉です、奥様」
ベッカーは、安堵したように胸をなでおろした。
「ですがお咎めがないのなら、奥様はなぜ厨房に?」
「ああ。少し焜炉《コンロ》を借りたくてな」
「焜炉を? 軽食を召し上がるんなら、すぐに何かお作りしますが」
「いや、いい。自分でやりたいんだ。悪いが、少し席を外してくれるか?」
「はぁ……かまいませんが。あと1時間くらいで他の料理人も来てしまいますよ」
「そうか。私の用事は30分くらいで全部済むから問題ない。お前もいったん外した後、戻って仕事を再開していいぞ」
「わかりました」
怪訝そうな顔をしながら厨房を出ようとしたベッカーに、私は圧のこもった笑みを向けた。
「言わなくても分かると思うが……私が厨房に来たことは、他の者には言うなよ?」
「も、もちろんですよ! それじゃあ、おれは失礼します……!」
ベッカーの去った厨房で、私は焜炉《コンロ》の前に立った。焜炉は魔導具の一種で、調理台の表面に火を起こす魔法陣が彫り込まれており、ひねりを操作すると着火する。
近代以降の人類は『魔法科学の発展とともに、自身で魔法を発動する能力が衰えてしまった』と言われており、代わりに魔力を含有する資源を駆使して便利な魔導具を産み出してきた。
「俺は自分の魔法で火を起こせますが、火力調整が面倒なので焜炉を使うことにしました」
(お料理するの?)
「食べ物じゃありませんよ。焼くのは、この土です」
――土?
私はフライパンを取り出すと、……あろうことか、麻袋の中の灼血土をフライパンに振り入れた。
(ちょっと……エデン!? どうしてそんな土を!)
「見ていてください。自分でやるのは初めてですが、簡単そうな手順だったので」
そして焜炉に火をつけて、灼血土の入ったフライパンを弱火で加熱し始める。いわゆる乾煎り、つまり焙煎《ロースト》という調理法だ。油も水も使わずに、焦がさないようムラなく加熱していく……。
(私、土をフライパンで焙煎する人を見るのは初めてよ……)
「まぁ普通はやりませんよね。ヴィオラ様、引かないでください。ノイリス領の命運がかかってるんですから」
(……?)
弱火でじっくり乾煎りすること30分弱。血の色をしていた灼血土に、異変が起きた。
ぱち、ぱち、と爆ぜるような音を立てて灼血土が鮮やかな閃光を放ったと思うと、次の瞬間――。
(え? 真っ白になった……!?)
目を奪われるほどに美しい、雪のような白へと変わった。ぼそぼそだった土質も、今はさらさらとした美しい微粒子に変化している。
……あら? この白い粒、どこかで見たことがあるような……。
「よし! できた」
私は上機嫌で焜炉の火を消すと、真っ白になったそれを綺麗な小瓶に移し替え、手早く後片付けをして厨房を出た。
(……まるで手品みたいね。でも、それをどうするの?)
「今から使ってみせますよ」
自室に戻るなり、私はさらに奇怪な行動をした……。持ち帰って来た白い粒を水差しの水に溶かすと、水盤状の魔導通信機に注ぎ入れたのだ。
(エデン、何をしているの!? 魔導通信機は、決められた溶液を使わないと壊れてしまうのよ! そんなモノを入れたら――)
「大丈夫です」
どこかワクワクした様子で、私は魔導通信機の操作を始めた。受信ではなく、どこかに発信するときの手順だ。
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水盤の中にぼんやりと、誰かの顔が映し出される。疲労の色が濃く浮かんだ、やつれた壮年男性の顔。この顔は、
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