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【12】極光の異国/護衛騎士エデンside
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俺はヴィオラ様に、自分の死後に体験した出来事について語り始めた。
(災禍の竜と相打ちで死んだあと、目が覚めたらオロラニア王国にいました。体は失くしていたんですが、魂だけであの国を彷徨っていたんです)
(どういうこと?)
案の定、ヴィオラ様の紫の瞳は困惑の色に揺れていた。
こんな話、信じてもらえるわけがない。……自分でも、いまだに信じられないのだから。
(少し長い話になりますが、俺が災禍の竜を殺したときのことから話していいですか?)
ヴィオラ様が、こくりと頷く。
こんな無茶苦茶な話をしたら、ヴィオラ様に「嘘つきだ」と思わてしまうかもしれないな――そんなふうに思いつつ、俺は自分が死んだときのことを語り始めた。
◆
あれは、3年前のこと。
俺たち『王宮騎士団竜伐隊』が最後の戦いをしたときのことだ。
災禍の竜。
それは創世神話に出てくる、神と敵対する巨大な邪竜だ。
災禍の竜は8つの頭と灼熱の鱗を持ち、瘴気という毒の息を吐く。
翼はなく、地を這いずって移動するので『竜』というよりむしろ『蛇』に似た姿だが、古来それは『災禍の竜』と呼ばれてきた。
神話では、災禍の竜は神に敗れて死んだとされている。だが完全には死なず、世界の穢れを溜め込んで、1000年に一度世界のどこかに現れるのだと。
1000年前には、北の果ての島国・オロラニア王国を滅ぼそうとしたそうだ。
そしてこの時代には、俺たちの国に現れた。
俺たち王宮騎士団竜伐隊は、長い戦いの中で8つの頭のうちの7つを切り落としてきた。
あと一つ落とせば俺たちの勝ちだというのに、部隊は全滅の危機にあった。最高司令官が死亡し、いま動ける者は俺を含めた4人ほど……しかも全員が重傷だ。こんな状態で、最後の頭を落とせるだろうか?
仲間の一人を庇ったとき、俺の動きに隙ができた――そこを突かれて、竜に食らいつかれた。血が噴きあがり、激痛で意識が霞む。自分がここで死ぬのだと分かった。
だから俺は最後の力を振り絞って、自分ごと封印結晶の中に竜を封じたのだ。
◆
――そのときのことを、俺はヴィオラ様に語って聞かせた。
(俺は竜の頭を抱えて、封印結晶を展開しました。……10歳の頃、ヴィオラ様とリサの前で暴漢たちを封じ込めたのと同じ魔法です)
俺の話を、ヴィオラ様は青ざめた顔で聞いている。
華奢な肩が小さく震え、目に涙が浮かんでいた――ヴィオラ様を怖がらせるつもりはなかったのに、申し訳ない。
(竜は抵抗しましたが、なんとか封印結晶に封じ込めることができました)
あの時のことは、今も鮮烈に覚えている。
薄氷のような結晶が、俺ごと竜を包み込んでいく。竜は危険を察したのか、俺から逃れようとした。だが、絶対に逃がさない。
竜の赤い瞳が、憎しみに燃える目で俺を睨む。俺も鋭く睨み返した。
――貴様は、俺とともに死ね。
互いににらみ合ったまま、俺と竜は結晶の中に閉ざされた。
(封印結晶は、単なる束縛の魔法ではありません。あの結晶に封じられた生命は、数か月の時間をかけて結晶の中で死に、最後は肉体内の魔力まで完全に吸い取られて消滅します。……竜の首を落とすことはできませんでしたが、竜の討伐は成功したと言えるでしょう。今ごろは竜も俺も、跡形なく消滅しているはずですから)
ぽろぽろと、ヴィオラ様の目から涙が溢れ出した。
……怖がらせてしまって、本当に申し訳ない。
俺は少しためらいながらも、ヴィオラ様の頬に手を伸ばして涙を拭った。
本当は一介の騎士が主人に触れるなんて許されないことだが、今は大目に見てほしい。
(結晶が完成した瞬間に、俺の意識は途絶えました。そして、次に目覚めた場所がオロラニア王国だったんです)
(オロラニアに……)
要領を得ない様子で、ヴィオラ様がつぶやいた。
(雪とオーロラに包まれた極寒の島国ですが、地面だけは血のように真っ赤で……あまりに異様だったので驚きました。『災禍の竜の瘴気で蝕まれた土地と、よく似ている』と思いましたよ)
事実、オロラニア王国の土壌は大半が灼血土だ。
1000年前の災禍の竜に焼かれたために、灼血土になってしまったのだ――という昔話を、現地の老人が子供に話しているのを聞いた。
その老人は、灼血土は『災禍の竜という試練を乗り越えた者に与えられる褒美』なのだとも言っていた。
灼血土は、魔塩の材料になる。
内部に秘められた不活性状態の魔力が、加熱すると活性化しておびただしい魔力を発するらしい。その結果、オロラニア王国は世界屈指の文明大国になったそうだ。
(俺は魂だけの状態でオロラニア王国のあちこちを彷徨っていました。だから、現地の様子も知っています。政府が灼血土の製造権を一元的に握っていて、国民は政府の命令に応じて魔塩を作り、政府に納めています。――あぁ、それと灼血土にはほとんど農作物が育ちませんが、それは『強酸性土壌』という性質があるからだそうです)
オロラニア王国では食物生産が困難で、ほとんどの食料を他国からの輸入に依存している。
(ですが、石灰を加えて土の性質を変えれば農耕が可能になります。役人が農耕地と魔塩生産用地を区分けしている場面を見ました)
――それが、俺の知るすべての内容だ。
ヴィオラ様は静かに話を聞いていたが、やがてぽつりと言葉を発した。
(そうだったのね。……でも、なぜ魂だけオロラニアに飛ばされたのかしら。本当に不思議ね)
(! 俺の話を信じてくださるんですか!?)
こんな、荒唐無稽な話を。
俺が驚いていると、ヴィオラ様はしっかりとうなずいてくれた。
(もちろんよ。エデンを疑うわけがないでしょう?)
即答されて、じわりと胸が熱くなる。
胸の高鳴りに戸惑う俺に、ヴィオラ様はふと思い至ったように尋ねてきた。
(……それにしても、エデンはいつオロラニアからこの国に戻ってきたの?)
(1年ほど前、ヴィオラ様がクラーヴァル家に輿入れした少しあとのことです。異国に飛ばされたと気付いた時点で帰国を試みてはいたんですが、魂だけだとあまり自由に動けなくて)
魂だけで移動するのは難しく、意識を集中しなければ進めない。しかも、強風が吹けば容易に流されてしまった。
(ようやく国に戻って来た矢先に、ヴィオラ様の現状を知りました。俺が不甲斐ないばかりに、あなたを苦しめることになってしまった――本当に、申し訳ありません)
(どうしてエデンが謝るの?)
(……)
俺は、自分が不甲斐なかった。
俺が死んだりしなければ、生きてヴィオラ様のもとに帰っていれば、ヴィオラ様は望まぬ結婚を強いられることはなかったのだから。
沈黙していると、不意にヴィオラ様が俺の手を取った。俺の手を両手でしっかりと握りしめ、真剣な顔で見つめてくる。――思いがけないことに、俺は言葉を失っていた。
(エデン、お願いだからそんな悲しい顔をしないで。あなたが自分を責めることなんて、本当に何もないんだもの。あなたはいつも、私やこの国を救ってくれている)
ヴィオラ様の美しい顔が、まっすぐに俺を見ていた。
(この国に戻ってきてくれてありがとう。灼血土の価値を教えてくれてありがとう。……体を亡くしても、魂だけでも帰って来てくれて、ありがとう)
ぎゅ。と、彼女は俺に抱きついてきた。
(っ……。ヴィオラ様!?)
あり得ないことだ。ヴィオラ様が、俺の胸に頭を埋めているなんて。
(約束、守ってくれたのね。「できるだけ早く帰ってくる」って、あなたは言ってくれたもの。本当にうれしい……)
お互いに魂だけの状態だからか、触れられた感触やぬくもりは感じなかった――でも、確かにヴィオラ様が俺に抱きついている。
ヴィオラ様は、幸福そうに頬を染めて俺を見上げた。
(エデン! 一緒にノイリス領を復興させましょう!)
何を照れているんだ俺は……。
ヴィオラ様がこんなに元気な笑顔を見せてくれたんだから、俺もしっかりしなければ。気を引き締めて、うなずき返した。
ヴィオラ様の顔は希望に輝いている。
(私、お父様にもう一度通信をしてみようかしら。いいアイデアを思い付いたの!)
(災禍の竜と相打ちで死んだあと、目が覚めたらオロラニア王国にいました。体は失くしていたんですが、魂だけであの国を彷徨っていたんです)
(どういうこと?)
案の定、ヴィオラ様の紫の瞳は困惑の色に揺れていた。
こんな話、信じてもらえるわけがない。……自分でも、いまだに信じられないのだから。
(少し長い話になりますが、俺が災禍の竜を殺したときのことから話していいですか?)
ヴィオラ様が、こくりと頷く。
こんな無茶苦茶な話をしたら、ヴィオラ様に「嘘つきだ」と思わてしまうかもしれないな――そんなふうに思いつつ、俺は自分が死んだときのことを語り始めた。
◆
あれは、3年前のこと。
俺たち『王宮騎士団竜伐隊』が最後の戦いをしたときのことだ。
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それは創世神話に出てくる、神と敵対する巨大な邪竜だ。
災禍の竜は8つの頭と灼熱の鱗を持ち、瘴気という毒の息を吐く。
翼はなく、地を這いずって移動するので『竜』というよりむしろ『蛇』に似た姿だが、古来それは『災禍の竜』と呼ばれてきた。
神話では、災禍の竜は神に敗れて死んだとされている。だが完全には死なず、世界の穢れを溜め込んで、1000年に一度世界のどこかに現れるのだと。
1000年前には、北の果ての島国・オロラニア王国を滅ぼそうとしたそうだ。
そしてこの時代には、俺たちの国に現れた。
俺たち王宮騎士団竜伐隊は、長い戦いの中で8つの頭のうちの7つを切り落としてきた。
あと一つ落とせば俺たちの勝ちだというのに、部隊は全滅の危機にあった。最高司令官が死亡し、いま動ける者は俺を含めた4人ほど……しかも全員が重傷だ。こんな状態で、最後の頭を落とせるだろうか?
仲間の一人を庇ったとき、俺の動きに隙ができた――そこを突かれて、竜に食らいつかれた。血が噴きあがり、激痛で意識が霞む。自分がここで死ぬのだと分かった。
だから俺は最後の力を振り絞って、自分ごと封印結晶の中に竜を封じたのだ。
◆
――そのときのことを、俺はヴィオラ様に語って聞かせた。
(俺は竜の頭を抱えて、封印結晶を展開しました。……10歳の頃、ヴィオラ様とリサの前で暴漢たちを封じ込めたのと同じ魔法です)
俺の話を、ヴィオラ様は青ざめた顔で聞いている。
華奢な肩が小さく震え、目に涙が浮かんでいた――ヴィオラ様を怖がらせるつもりはなかったのに、申し訳ない。
(竜は抵抗しましたが、なんとか封印結晶に封じ込めることができました)
あの時のことは、今も鮮烈に覚えている。
薄氷のような結晶が、俺ごと竜を包み込んでいく。竜は危険を察したのか、俺から逃れようとした。だが、絶対に逃がさない。
竜の赤い瞳が、憎しみに燃える目で俺を睨む。俺も鋭く睨み返した。
――貴様は、俺とともに死ね。
互いににらみ合ったまま、俺と竜は結晶の中に閉ざされた。
(封印結晶は、単なる束縛の魔法ではありません。あの結晶に封じられた生命は、数か月の時間をかけて結晶の中で死に、最後は肉体内の魔力まで完全に吸い取られて消滅します。……竜の首を落とすことはできませんでしたが、竜の討伐は成功したと言えるでしょう。今ごろは竜も俺も、跡形なく消滅しているはずですから)
ぽろぽろと、ヴィオラ様の目から涙が溢れ出した。
……怖がらせてしまって、本当に申し訳ない。
俺は少しためらいながらも、ヴィオラ様の頬に手を伸ばして涙を拭った。
本当は一介の騎士が主人に触れるなんて許されないことだが、今は大目に見てほしい。
(結晶が完成した瞬間に、俺の意識は途絶えました。そして、次に目覚めた場所がオロラニア王国だったんです)
(オロラニアに……)
要領を得ない様子で、ヴィオラ様がつぶやいた。
(雪とオーロラに包まれた極寒の島国ですが、地面だけは血のように真っ赤で……あまりに異様だったので驚きました。『災禍の竜の瘴気で蝕まれた土地と、よく似ている』と思いましたよ)
事実、オロラニア王国の土壌は大半が灼血土だ。
1000年前の災禍の竜に焼かれたために、灼血土になってしまったのだ――という昔話を、現地の老人が子供に話しているのを聞いた。
その老人は、灼血土は『災禍の竜という試練を乗り越えた者に与えられる褒美』なのだとも言っていた。
灼血土は、魔塩の材料になる。
内部に秘められた不活性状態の魔力が、加熱すると活性化しておびただしい魔力を発するらしい。その結果、オロラニア王国は世界屈指の文明大国になったそうだ。
(俺は魂だけの状態でオロラニア王国のあちこちを彷徨っていました。だから、現地の様子も知っています。政府が灼血土の製造権を一元的に握っていて、国民は政府の命令に応じて魔塩を作り、政府に納めています。――あぁ、それと灼血土にはほとんど農作物が育ちませんが、それは『強酸性土壌』という性質があるからだそうです)
オロラニア王国では食物生産が困難で、ほとんどの食料を他国からの輸入に依存している。
(ですが、石灰を加えて土の性質を変えれば農耕が可能になります。役人が農耕地と魔塩生産用地を区分けしている場面を見ました)
――それが、俺の知るすべての内容だ。
ヴィオラ様は静かに話を聞いていたが、やがてぽつりと言葉を発した。
(そうだったのね。……でも、なぜ魂だけオロラニアに飛ばされたのかしら。本当に不思議ね)
(! 俺の話を信じてくださるんですか!?)
こんな、荒唐無稽な話を。
俺が驚いていると、ヴィオラ様はしっかりとうなずいてくれた。
(もちろんよ。エデンを疑うわけがないでしょう?)
即答されて、じわりと胸が熱くなる。
胸の高鳴りに戸惑う俺に、ヴィオラ様はふと思い至ったように尋ねてきた。
(……それにしても、エデンはいつオロラニアからこの国に戻ってきたの?)
(1年ほど前、ヴィオラ様がクラーヴァル家に輿入れした少しあとのことです。異国に飛ばされたと気付いた時点で帰国を試みてはいたんですが、魂だけだとあまり自由に動けなくて)
魂だけで移動するのは難しく、意識を集中しなければ進めない。しかも、強風が吹けば容易に流されてしまった。
(ようやく国に戻って来た矢先に、ヴィオラ様の現状を知りました。俺が不甲斐ないばかりに、あなたを苦しめることになってしまった――本当に、申し訳ありません)
(どうしてエデンが謝るの?)
(……)
俺は、自分が不甲斐なかった。
俺が死んだりしなければ、生きてヴィオラ様のもとに帰っていれば、ヴィオラ様は望まぬ結婚を強いられることはなかったのだから。
沈黙していると、不意にヴィオラ様が俺の手を取った。俺の手を両手でしっかりと握りしめ、真剣な顔で見つめてくる。――思いがけないことに、俺は言葉を失っていた。
(エデン、お願いだからそんな悲しい顔をしないで。あなたが自分を責めることなんて、本当に何もないんだもの。あなたはいつも、私やこの国を救ってくれている)
ヴィオラ様の美しい顔が、まっすぐに俺を見ていた。
(この国に戻ってきてくれてありがとう。灼血土の価値を教えてくれてありがとう。……体を亡くしても、魂だけでも帰って来てくれて、ありがとう)
ぎゅ。と、彼女は俺に抱きついてきた。
(っ……。ヴィオラ様!?)
あり得ないことだ。ヴィオラ様が、俺の胸に頭を埋めているなんて。
(約束、守ってくれたのね。「できるだけ早く帰ってくる」って、あなたは言ってくれたもの。本当にうれしい……)
お互いに魂だけの状態だからか、触れられた感触やぬくもりは感じなかった――でも、確かにヴィオラ様が俺に抱きついている。
ヴィオラ様は、幸福そうに頬を染めて俺を見上げた。
(エデン! 一緒にノイリス領を復興させましょう!)
何を照れているんだ俺は……。
ヴィオラ様がこんなに元気な笑顔を見せてくれたんだから、俺もしっかりしなければ。気を引き締めて、うなずき返した。
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