追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第5話 呪われた聖女セレスティア

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丘へと続く道は、もはや道とは呼べないものだった。雑草が生い茂り、ぬかるんだ地面が歩みを妨げる。この道が、長い間誰にも使われていないことは明らかだった。村人たちは彼女を恐れ、この教会に近づくことさえしないのだろう。

息を切らしながら丘を登りきると、目の前に古びた石造りの教会が現れた。壁には蔦が絡みつき、屋根の瓦は所々剥がれ落ちている。鐘楼にあるはずの鐘はなく、ただ空虚な穴が夕暮れの空を切り取っていた。廃墟、という言葉がしっくりくる。

教会の扉は厚い木製で、蝶番は錆びついていた。俺はためらったが、意を決してその扉を押す。ギィィ、と耳障りな軋む音を立てて、重い扉がゆっくりと開いた。

堂内は薄暗く、ひんやりとした空気が肌を刺す。窓のステンドグラスはほとんどが割れており、そこから差し込む頼りない光が、舞い上がる埃をきらきらと照らし出していた。並べられた長椅子には分厚く埃が積もり、祭壇の燭台は蝋が溶けきったまま放置されている。ここは、神に見捨てられた場所のようだった。

静寂が支配する空間。俺は息を殺し、慎重に足を進めた。床板がみしりと鳴る音が、やけに大きく響く。

その時、祭壇の奥から、かすかな呻き声が聞こえた。

俺は音のする方へ近づく。祭壇の陰、そこに一人の少女がうずくまっていた。年の頃は、俺よりいくつか下だろうか。銀色に近い淡い金髪が、床に力なく広がっている。着ているのは純白の法衣だったが、今は裾が汚れ、あちこちが擦り切れていた。

彼女は壁に身を寄せ、苦しそうに肩で息をしている。額には玉のような汗が浮かび、頬は熱で赤く上気していた。時折、抑えきれない苦痛に、小さく唇を震わせている。

この人が、呪われた聖女。

俺の足音に気づいたのか、少女がゆっくりと顔を上げた。現れたのは、驚くほど整った顔立ちだった。透き通るような白い肌。長い睫毛に縁取られた、湖のように澄んだ青い瞳。だが、その瞳はひどくやつれ、今は高熱と、そして俺という不審者に対する強い警戒心で揺れていた。

「……だれ?」

か細い、掠れた声だった。話すことさえ辛いのだろう。

「……旅の者だ。この村で、あなたの噂を聞いて……」

俺がそう言うと、彼女の瞳に宿る警戒の色がさらに濃くなった。その唇が、嘲るようにかすかに歪む。

「噂……。『呪われた聖女』の噂でしょう? 疫病神を、見に来たのかしら。それとも、何かご利益があるとでも思って来たの?」

言葉は棘を含んでいたが、その声には力がなかった。彼女はすぐに顔をしかめ、ぜえぜえと苦しげな息を吐き始める。

「違う。ただ……気になって」

嘘ではなかった。なぜかは分からないが、彼女のことが気になった。放っておけないと、そう思った。

俺はゆっくりと彼女に近づこうとした。だが、彼女は怯えたように後ずさり、壁にさらに強く背を押し付ける。

「来ないで……!」

その拒絶の言葉は、悲鳴に近かった。彼女は、これまでに何度も同じような目に遭ってきたのだろう。好奇の目に晒され、無遠慮な言葉を投げつけられ、心ない人々に傷つけられてきたに違いない。

俺は足を止めた。これ以上近づけば、彼女をさらに追い詰めるだけだ。

「……すまない。怖がらせるつもりはなかった」

俺は彼女から数歩離れた場所に、ゆっくりと腰を下ろした。今の俺は、髪も髭も伸び放題の薄汚い格好だ。彼女が警戒するのも無理はない。

「酒場の連中が言っていた。あなたが倒れたと」

「……余計なお世話よ。いつものことだから」

彼女は吐き捨てるように言った。その強がる姿が、痛々しい。

「昨日、村の子供が転んで、酷い怪我をしたの。骨も折れていたわ。だから、治してあげた。ただ、それだけ」

彼女は独り言のように呟いた。その声には、諦めと疲労が色濃く滲んでいる。

「わたしの力は、誰かを癒やすと、その傷や病をそのまま自分の身体に引き受けてしまう。骨折の痛みも、高熱も、全部。……これが、わたしの『呪い』」

やはり、噂は本当だった。彼女は自らの身を犠牲にして、人々を救っていた。そして、その結果がこの苦しみだ。

「村の人たちは、わたしを聖女と呼ぶわ。でも、心の底では不気味がっている。わたしに癒やしてもらうことを、どこか躊躇している。助けてもらったのに、罪悪感を覚えるから。……気持ちは、分かるわ。わたしだって、こんな力、いらないもの」

彼女の青い瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、熱のせいだけではないだろう。計り知れない孤独と絶望が、その一滴に凝縮されているようだった。

その姿が、追放された時の自分と重なった。

誰にも理解されず、その存在価値さえも否定される。一人ぼっちで、暗闇の中に取り残される感覚。俺と彼女は違う。彼女は人を救う力を持っている。だが、その根底にある孤独は、きっと同じだ。

俺は何も言えなかった。今の俺に、彼女を慰める言葉など見つからない。無力な俺にできることなど、何一つないのだから。

堂内には、少女の苦しげな呼吸音と、吹き抜ける風の音だけが響いていた。

割れたステンドグラスから差し込む最後の西日が、彼女のやつれた横顔を照らし出す。その姿は、あまりにも儚く、そしてどこか神々しく見えた。
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