追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第31話 逃げてきた少女

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俺たちの村に、エルフの建築術と聖なる結界によって築かれた防壁が完成してから初めての嵐が訪れた。

夜の闇を切り裂く稲光。全てを洗い流さんばかりに降りしきる豪雨。そして、木々を揺らし家々を震わせる荒れ狂う風。辺境の冬の嵐は、容赦なくその牙を剥いていた。

だが、村の中は驚くほど静かだった。

緑の城壁は風の勢いを和らげ、セレスティアがかけた結界は、邪な気配を持つ魔物だけでなく嵐の持つ暴力的なエネルギーさえも弾いているようだった。村人たちは生まれて初めて、嵐の夜に何の不安も感じることなく、それぞれの家で穏やかな眠りについていた。

教会の談話室では、暖炉の火がぱちぱちと音を立てて燃えている。俺は、ルナリエルから借りたエルフの戦術書を読みふけっていた。隣ではセレスティアが俺たちのために温かいハーブティーを淹れてくれている。ルナリエルは窓の外の嵐を眺めながら、手にした剣の手入れをしていた。

穏やかで、満ち足りた日常。外の荒れ狂う世界とは隔絶された、俺たちが手に入れた楽園の姿がそこにはあった。

その静寂を破ったのは、唐突な音だった。

ゴン、ゴン、ゴン!

激しい風雨の音に混じって、明らかに人工的な音が響いてきた。それは、村の入り口にある樫の木で作られた頑丈な門を、誰かが外から激しく叩く音だった。

「……!」

俺たちは同時に顔を上げた。ルナリエルは即座に剣を手に立ち上がり、セレスティアは不安げに俺の顔を見つめる。

カン、カン、カン!

今度は、見張り台から警戒を告げる鐘の音が短く鳴らされた。こんな嵐の夜に村を訪れる者などいるはずがない。商人でも旅人でもない。ならば、一体誰が?

「リアム様!」

談話室の扉が勢いよく開かれ、見張りの任についていたタロウがずぶ濡れの姿で駆け込んできた。

「門に誰かいます! 魔物ではないようですが……!」

「分かった。すぐに行く」

俺は立ち上がり、壁にかけていた防水のマントを羽織った。

「わたしも行くわ」
「わたくしもご一緒します」

ルナリエルとセレスティアも、当然のように後に続こうとする。俺は頷くと、三人で嵐の中へと飛び出した。

村の門の前には、すでに村長や屈強な村の男たちが数人、槍や松明を手に集まっていた。彼らの顔には緊張と警戒の色が浮かんでいる。完成したばかりの防壁が、早くも試される時が来たのかもしれない。

「リアム様! どうしますか?」

村長が俺の判断を仰ぐように尋ねてくる。

ゴン! ゴン!

門を叩く音は、先ほどより弱々しくなっていた。まるで叩く力さえ尽きかけているかのように。

俺は門の向こうにいる何者かに向かって、声を張り上げた。

「そこにいるのは誰だ! 名乗れ!」

だが、返事はなかった。ただ風の唸り声と雨音だけが響く。そして門を叩く音も、完全に止んでしまった。

俺はしばらく様子を窺ったが、それ以上の動きはない。

「……開けてみよう」

俺の決断に、村長が「しかし、危険かもしれませぬぞ!」と警告する。

「その時は、その時だ。ルナリエルもいる。大丈夫だ」

俺の言葉に、ルナリエルは自信ありげに頷いた。俺は村の男たちに合図を送る。彼らは覚悟を決めた顔で頷き合うと、数人がかりで重いかんぬきを外した。

ギィィィ……。

重い木の扉が、ゆっくりと開かれていく。松明の光が、扉の向こうの嵐の闇を照らし出した。

そこに立っていたのは、魔物でも屈強な盗賊でもなかった。

ただ一人の少女だった。

年の頃はセレスティアよりもさらに幼く見える。十五、六歳くらいだろうか。燃えるような赤い髪は冷たい雨に打たれてぐっしょりと濡れ、その白い頬に張り付いている。身にまとっているのは竜の鱗を模したような意匠の革鎧だったが、それはあちこちが裂け、所々が黒く焼け焦げていた。

彼女は門が開いたことに気づくと、虚ろな目で俺たちの顔を見上げた。その瞳には、もはや何の光も宿っていない。

そして、安堵したのか、あるいは限界が来たのか、その華奢な身体は糸が切れた人形のようにゆっくりと前へと傾いだ。

「危ない!」

俺は咄嗟に駆け寄り、崩れ落ちる彼女の身体を腕で受け止めた。

腕の中に伝わってきたのは異常なほどの熱だった。まるで燃え盛る炭を抱いているかのようだ。彼女は荒い呼吸を繰り返し、その身体は小さくけいれんしている。

「ひどい熱だ……。それに、この傷……」

俺はすぐに彼女を教会へ運ぶことにした。村人たちは、突然現れた謎の少女に戸惑いながらも、俺の指示に従って道を開けてくれた。

教会の一室にある客用のベッドに少女を寝かせると、セレスティアがすぐに治癒の準備を始めた。

「リアム様、彼女の手当をします」

セレスティアは少女の傷ついた身体の上に、そっと手をかざした。

「聖なる光よ、その傷を癒したまえ――ヒール」

いつものように彼女の手から温かい治癒の光が放たれる。だが、いつもとは明らかに様子が違った。

光は少女の身体に触れた瞬間、まるで見えない壁に弾かれるかのように、バチッと音を立てて霧散してしまったのだ。

「なっ……!?」

セレスティアが驚愕に目を見開いた。

「どうしたんだ、セレスティア?」

「分かりません……。わたしの魔法が弾かれます。彼女の身体の中から、何かとてつもなく強大な力が治癒を拒んでいるような……。まるで内側から炎が燃え盛っているみたいです……」

その言葉を裏付けるかのように、少女の肌の表面に奇妙な紋様が浮かび上がっては消えるのを繰り返していた。それは、まるで竜の鱗のような禍々しい痣だった。

彼女は高熱にうなされながら、苦しげに喘いでいる。そして、その唇から断片的なうわ言が漏れ始めた。

「いや……来るな……兄さん……」

その声は恐怖に満ちていた。誰かから必死に逃げてきたのだろう。

「血が……竜の血が……わたしを……喰らう……燃える……助けて……」

竜の血。その言葉に、部屋の隅で様子を見ていたルナリエルが鋭く反応した。

「……まさか」

彼女はベッドのそばまで近づくと、少女の様子を真剣な眼差しで観察し始めた。そして確信を得たように、低い声で呟いた。

「間違いないわ。この子、竜騎士の一族ね。それも、その身に竜の血を宿す『竜血の呪い』を背負っている」

「竜血の呪い?」

俺が聞き返すと、ルナリエルは古い伝承を語るように静かに説明を始めた。

それは古代の竜騎士の一族に稀に発現するという、忌まわしき異能。その身に竜の血を宿す者は、竜と心を通わせその力を借りることで絶大な力を発揮する。だが、その力は諸刃の剣。ひとたび制御を誤れば、竜の血は持ち主の理性を焼き尽くし、やがては人の心を失った破壊の化身――竜そのものへと変えてしまうのだという。

「この熱と鱗のような痣……。彼女は今、まさにその血の力に呑まれかけている状態よ。このままでは彼女自身の命が危ない。あるいは、それよりもっと恐ろしい何かに変貌してしまうかもしれないわ」

ルナリエルの言葉に、俺とセレスティアは息を呑んだ。

俺は、苦しげに喘ぐ少女の手をそっと握った。その手は、まるで溶鉱炉のように熱かった。

(これもまた『呪い』の一種だというのか……)

俺のスキルでこの苦しみを引き受けることはできるだろうか。だが、セレスティアの聖なる力すら弾き返すほどの強大な呪いだ。下手に手を出せば、俺の身体がどうなるか全く想像がつかなかった。

俺が逡巡していると、外の嵐がひときわ激しくなった。

ゴロゴロ……ドオオオォォン!

まるで何かの到来を告げるかのように、巨大な雷鳴が村の上空に轟いた。それは、ただの自然現象とは思えない不吉な響きを伴っていた。

俺は窓の外の荒れ狂う闇を見つめた。

嵐に乗じて、この村に新たな厄介事が舞い込んできた。そのことだけは疑いようのない事実だった。
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