追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第32話 追っ手のドラゴン

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不吉な雷鳴が轟いた直後だった。

見張り台から、今度は先ほどとは比べ物にならないほどけたたましい鐘の音が連続で打ち鳴らされた。それは明らかな敵襲を告げる最高レベルの警鐘だった。

「何事だ!?」

ルナリエルが鋭い声で窓の外に目をやる。俺もセレスティアも、息を呑んで外の様子を窺った。

嵐の闇の中、村の上空に巨大な影が舞っているのが見えた。稲光が、一瞬だけその姿を照らし出す。それは翼を持つ巨大な爬虫類――ワイバーンだった。しかも一匹ではない。少なくとも三、四匹の群れが村の上空を旋回している。

「ワイバーン……!? なぜこんな場所に!」

セレスティアが信じられないといった声を上げた。ワイバーンは通常、人里離れた山岳地帯に生息する凶暴な魔物だ。それが群れをなしてこんな辺境の村を襲うなど、聞いたことがない。

「違うわ」

ルナリエルが低い声で否定した。その翡翠の瞳は、まるで獲物を狩る猛禽のように鋭く空の影を睨みつけている。

「あれはただの野生のワイバーンじゃない。誰かに乗りこなされている。……追っ手よ」

「追っ手……? まさか、この子の……」

俺はベッドで苦しげに喘ぐ赤い髪の少女に視線を落とした。彼女を追って、ワイバーンを駆る竜騎士がやってきたというのか。

その時、ワイバーンの一匹から何者かが地上へと飛び降りた。その影は風の抵抗をものともせず、ふわりと村の広場に着地する。常人離れした身体能力だった。

「リアム様!」

タロウが再び血相を変えて談話室に駆け込んできた。

「広場に、変な鎧を着た男が! ワイバーンを連れて! 『妹を返せ』と……!」

やはり、この少女の追っ手で間違いない。

俺はすぐさま決断を下した。

「セレスティア、君はこの子のそばにいてくれ。万が一のことがあったら、すぐに知らせてくれ」
「はい……! リアム様も、お気をつけて!」

「ルナリエル、行くぞ」
「ええ。面白くなってきたじゃない」

ルナリエルは好戦的な笑みを浮かべて頷いた。俺たちは嵐の中へと再び飛び出していった。

村の広場には異様な光景が広がっていた。

広場の中央に、一人の男が仁王立ちしている。歳は俺とさほど変わらないように見えるが、その全身を黒曜石のように黒く輝く、竜の鱗を模した禍々しい鎧が覆っていた。その背後には翼を休めたワイバーンが三匹、まるで忠実な猟犬のように控えている。男から放たれる威圧感は、尋常ではなかった。

村の男たちが松明と武器を手に、男を遠巻きに取り囲んでいる。だが、その顔には恐怖の色が浮かび、誰も迂闊に近づけずにいた。

俺とルナリエルが広場に姿を現すと、鎧の男はゆっくりとこちらに顔を向けた。兜の隙間から覗くその瞳は冷たく、そして一切の感情を映していなかった。

「……ようやく、話の分かる奴が出てきたか」

男の声は、その冷たい瞳と同じように何の温度も感じさせない声だった。

「アイリスを匿っているのは、お前たちだな。あの小娘を、こちらへ引き渡せ」

アイリス。それがベッドで眠る少女の名前らしい。

俺は男の前に進み出た。

「あんたは誰だ。彼女の何なんだ」

「答える義理はない。俺はただ、一族の『恥』を処分しに来ただけだ。お前たちには関係のないことだ」

一族の恥。処分。その言葉に、俺の中で何かがカチンときた。

「関係なくはない。彼女は俺たちの村に助けを求めてきた。俺たちは彼女を保護する」

俺がはっきりとそう告げると、男の纏う空気がぴりりと緊張を帯びた。

「……ほう。下等な人間どもが、我ら竜騎士団に逆らうと申すか。身の程を知れ」

男は、俺たちを虫けらでも見るような目で冷ややかに言い放った。その傲慢な態度に、俺の隣に立っていたルナリエルの眉がぴくりと動く。

「下等ですって?」

ルナリエルの声は冬の湖面のように静かだったが、その奥には絶対零度の怒りが宿っていた。

「あなたこそ、何様のつもり? リアムに、その汚らわしい口を利くことを、このわたしが許さないわ」

彼女は腰に差した愛剣の柄に、そっと手をかけた。その瞬間、鎧の男の纏う空気が初めて揺らいだ。彼はルナリエルから放たれる尋常ならざる強者の気配を敏感に感じ取ったのだ。

「……エルフ、か。それもただのエルフではないな。面白い。辺境のこんな掃き溜めに、お前のような奴がいるとは」

男は初めて興味深そうな色を瞳に浮かべた。だが、その態度はすぐに元の冷徹なものへと戻る。

「だが、どうということはない。俺の敵ではない」

彼は俺たちに最後通告を突きつけた。

「もう一度だけ言う。アイリスを引き渡せ。そうすれば、この村の者たちの命だけは見逃してやろう。だが、もし拒むというのなら――」

男はすっと右手を上げた。その合図に、背後で控えていた三匹のワイバーンが、一斉に翼を広げ威嚇するように低い唸り声を上げる。

「――この村ごと、焼き尽くすまでだ」

その脅しは決してハッタリではなかった。ワイバーンの群れが本気で暴れれば、この村が火の海になるのにそう時間はかからないだろう。

村人たちの顔に、絶望の色が浮かぶ。

だが、俺は怯まなかった。

「……断る」

俺の静かな、しかしきっぱりとした拒絶の言葉が、嵐の音に負けずに広場に響き渡った。

「彼女は助けを求めてきた。俺たちはそれに応える。ただ、それだけだ。あんたの理屈など、知ったことか」

俺の言葉に、鎧の男の瞳が初めて明確な殺意の色を宿した。

「……そうか。愚かな選択をしたな」

彼は、ゆっくりと腰に下げていた長大な槍を抜き放った。その穂先は竜の牙のように鋭く、不吉な光を放っている。

「ならば、死ね。お前たち全員、我が妹の道連れだ」

男が槍を構え、背後のワイバーンたちが一斉に咆哮を上げる。

絶体絶命の状況。

だが、俺の隣でルナリエルが楽しそうに口の端を吊り上げた。

「ようやく、本性を現したわね。……いいわ、相手になってあげる。リアム、あなたは下がっていなさい。あんな鉄クズ、わたし一人で十分よ」

ルナリエルもまた、月光のように美しい剣を抜き放つ。

嵐の夜の小さな村で、エルフの王女と謎の竜騎士。二人の規格外の強者が、今、激突しようとしていた。
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