追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第33話 兄妹の確執

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「愚かな選択をしたな」

鎧の男――アイリスの兄はそう吐き捨てると、竜槍を水平に構えた。その切っ先が、正確に俺の心臓を捉えている。嵐の風雨が彼の黒曜石の鎧を滑り落ちていった。

「リアムに指一本触れさせてなるものか」

ルナリエルが俺を庇うように一歩前に出る。抜き放たれた彼女の剣は、闇の中で月光のように静かな輝きを放っていた。

男はそんな俺たちを嘲笑うかのように鼻を鳴らした。

「まだあの小娘を庇うか。アイリスは我ら竜騎士一族の出来損ないだ。その身に宿した竜の血を制御できず、暴走を繰り返すだけの『恥』。本来ならとうの昔に処分されるべき存在だったのだ。それを、情けをかけられ生かされてきた恩も忘れ、あろうことか一族から逃げ出した。もはや生かしておく価値もない」

その言葉は、血を分けた妹に向けるものとは到底思えない、氷のように冷たく非情なものだった。兄妹の間にどれほど深い確執があるのかは分からない。だが、彼の言葉が俺たちの逆鱗に触れたことだけは確かだった。

「黙りなさい」

ルナリエルの声が低く響いた。

「血を分けた妹を『恥』と呼び、命を奪うことを『処分』と言い放つ。あなたこそ騎士の誇りも、人の心さえも失った、ただの獣よ」

「口の減らないエルフめ」

男の纏う空気が殺意で膨れ上がる。

次の瞬間、男の姿がその場から消えた。否、常人にはそう見えただけだ。彼は嵐の音さえ置き去りにするほどの速度で、地面を蹴っていた。

狙いは俺の首。

だが、その凶刃が俺に届くことはない。

キィィィィン!

甲高い金属音。ルナリエルの剣が男の竜槍を寸前で弾き返していた。火花が散り、衝撃波が周囲の雨水を吹き飛ばす。

「あなたの相手は、このわたしよ」

ルナリエルは男の凄まじい一撃を片手で受け止めながら、涼しい顔で言い放った。男の目に、初めて明確な驚愕の色が浮かぶ。

そこから先は、もはや人間の動体視力では捉えきれない超高速の攻防が繰り広げられた。

男の竜槍が、薙ぎ、突き、払いと嵐のように繰り出される。一撃一撃が、家屋をたやすく粉砕するほどの破壊力を秘めている。だが、その全ての攻撃をルナリエルは紙一重で見切り、受け流し、弾き返していく。彼女の剣は、まるで奔流の中を自在に泳ぐ魚のように、槍の猛攻の隙間を縫って男の鎧の急所を的確に捉えようとしていた。

剣と槍が交錯するたびに、耳をつんざく金属音と衝撃波が広場を支配する。その凄まじい戦いを、俺も村人たちもただ息を呑んで見守ることしかできなかった。

「リアム様、危ない!」

村長が俺の腕を引いて物陰へと退避させる。俺は村人たちに、家の中へ避難するように指示を出した。これは彼らが巻き込まれていいレベルの戦いではない。

戦いは徐々にルナリエルが優勢となっていた。

「どうしたの? その程度なの? 竜騎士の名が泣くわよ」

彼女は男を挑発しながら、その剣速をさらに上げていく。男の黒い鎧に、少しずつ浅い傷が刻まれ始めた。地上戦における純粋な技量では、エルフの剣聖であるルナリエルに一日の長があったのだ。

「……面白い」

追い詰められながらも、男は不敵な笑みを浮かべた。

「確かに、地上での剣の腕は認めてやろう。だが、我ら竜騎士の本当の戦場は、そこではない!」

男はルナリエルの剣を力任せに弾き返すと、大きく後方へと跳躍した。そして天に向かって鋭い口笛を吹く。

その合図に、背後で控えていた三匹のワイバーンが一斉に咆哮を上げた。

「やれ! 奴らを、村ごと食い破れ!」

非情な命令。ワイバーンたちは巨大な翼を広げ、嵐の空へと舞い上がった。そして上空から俺たちがいる広場目掛けて、次々と急降下してくる。

「くっ……!」

ルナリエルは地上の男を警戒しながらも、空からの脅威に対応せざるを得なかった。一匹のワイバーンが鋭い爪を立てて襲いかかってくる。彼女はそれを最小限の動きでかわすが、その隙を別のワイバーンが見逃さない。

ゴオオオッ!

口から灼熱のブレスが吐き出された。ルナリエルは咄嗟に地面を蹴って回避するが、ブレスは近くの家屋に着弾し、激しい水蒸気を上げて壁を黒く焦がした。

「リアム! このままじゃ、村が……!」

彼女の焦りの声が飛ぶ。地上では無敵を誇る彼女も、空を自在に飛ぶ三匹の魔物を同時に相手にするのはあまりにも分が悪かった。

そして、その状況を作り出した張本人である鎧の男は、少し離れた場所でただ腕を組んでその光景を眺めているだけだった。

「どうした、エルフ。空の戦いは不得手と見えるな。無様に逃げ惑うがいい」

その卑劣な戦い方に、俺は奥歯をギリリと噛み締めた。

その時、教会の方からセレスティアの悲鳴に似た声が聞こえてきた。

「リアム様!」

俺がはっとそちらを向くと、教会の二階の窓から、彼女が必死の形相で何かを叫んでいた。風雨の音でよく聞こえないが、その口の動きはこう言っているように見えた。

『アイリスが……! 彼の言葉に……!』

男が吐き捨てた妹への罵詈雑言。その言葉が、意識のないはずのアイリスに何らかの影響を与えているというのか。

俺は、教会で苦しむ少女と、空からの脅威に晒される仲間と村、そしてそれを嘲笑うように見下ろす敵を見比べ、思考をフル回転させた。

この状況を打開する手は、あるのか。

俺が、非戦闘員の俺に、できることは――。

その時だった。ルナリエルの動きが一瞬鈍った。三匹のワイバーンの連携攻撃を捌ききれず、一匹の尻尾の薙ぎ払いを左肩にまともに食らってしまったのだ。

「ぐっ……!」

短い呻き声と共に、彼女の華奢な身体が地面に叩きつけられる。致命傷ではないが、動きは明らかに封じられた。

その好機をワイバーンたちが見逃すはずがなかった。三匹は空中で旋回すると、地面に倒れたルナリエル目掛けて、一斉に止めを刺さんと急降下を始めた。

「ルナリエル!」

俺が叫ぶ。だが、間に合わない。

絶体絶命の、その瞬間。

村全体を地響きのような咆哮が揺るがした。

それはワイバーンの声ではない。もっと巨大で、もっと力強く、そして魂の奥底から奮い立つような竜の雄叫びだった。

その声は、教会の方角から響いてきていた。
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