34 / 100
第34話 竜血の目覚め
しおりを挟む
全てが終わる、と誰もが思った。
地面に倒れたルナリエルに、三匹のワイバーンが死の鉤爪を振り下ろさんと急降下してくる。その光景はあまりにも絶望的だった。
その時、教会の方角から地を揺るがす咆哮が轟いた。
グオオオオオオオオン!
それはワイバーンたちの甲高い鳴き声とは全く質の違う、もっと重く、力強く、そして魂の根源を震わせるような真なる竜の咆哮だった。
その圧倒的な威圧感に、空を舞っていたワイバーンたちがぴたりと動きを止めた。本能的な恐怖。食物連鎖の頂点に立つ者への絶対的な服従心が、彼女たちの動きを縛り付けていた。
広場に立つアイリスの兄も、信じられないといった様子で教会の方向を睨みつけている。
「……なんだ、今の咆哮は……。この辺りに、あれほどの古竜が生息していたという報告は……」
生まれた、ほんの一瞬の隙。
俺にとって、それは全てを覆すには十分すぎる時間だった。
「セレスティア!」
俺は教会の窓で叫んでいた彼女の意図を完全に理解し、全力で駆けだした。ルナリエルは倒れているが、ワイバーンが怯えている今ならまだ時間は稼げる。問題の根源は教会にいるアイリスだ。
俺は教会の扉を蹴破るようにして中に飛び込んだ。客室へと続く階段を駆け上がると、そこには鬼気迫る形相のセレスティアがいた。彼女はベッドの上で激しく暴れるアイリスの身体を、必死に押さえつけている。
「リアム様! 彼女が……彼女の身体が……!」
セレスティアの悲鳴が響く。
アイリスの身体は、もはや人間のものではなかった。全身の肌は赤く上気し、そこかしこに本物の竜の鱗のような痣が浮かび上がっている。指先からは鋭い爪が伸び、瞳は爬虫類のように縦に裂けていた。身体から発せられる熱気は、部屋の空気を陽炎のように揺らめかせている。
竜血の暴走。彼女は人の形を失い、破壊の化身へと変貌する、まさにその瀬戸際にいた。
兄の非情な言葉が、彼女の心の最後の箍を外してしまったのだ。
俺は迷わなかった。
「――俺が、引き受ける!」
俺はベッドに駆け寄ると、暴れるアイリスの熱い手を両手で強く握りしめた。
その瞬間、灼熱の奔流が俺の身体へと流れ込んできた。
それはこれまで経験したどんな呪いとも違っていた。憎悪や絶望といった負の感情ではない。もっと根源的で純粋な、破壊と再生を司る竜の力そのもの。制御を失ったその力は、俺の身体を内側から焼き尽くし、塵一つ残さず消し去ろうとしてきた。
「ぐっ……あああああっ!」
思わず絶叫が漏れる。意識が灼熱の光に飲み込まれていく。
(負けるな……! ここで俺が呑まれたら、セレスティアも、ルナリエルも、村の皆も……!)
俺は最後の理性を振り絞って【代償転嫁】を発動させた。俺のスキルは、飢えた獣のようにその灼熱の力に喰らいついた。それはもはや浄化ではなかった。暴れ狂う竜の力を無理やりねじ伏せ、自分の支配下に置くような荒々しい乗っ取りだった。
どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも思える苦痛の後、俺の身体を焼いていた灼熱の奔流は、ゆっくりとその勢いを弱めていった。暴走していた竜の力は俺の中で飼いならされ、温かい魔力へと変わっていく。
俺が顔を上げると、ベッドの上のアイリスは静かになっていた。
全身を覆っていた鱗のような痣は消え、荒い呼吸も穏やかな寝息に変わっている。彼女の瞳から爬虫類のような光は消え、代わりに透き通るような強い意志の光が宿っていた。
彼女は意識を取り戻していた。
俺と彼女の目が合う。彼女の瞳には感謝と、そしてほんの少しの驚きが浮かんでいた。
だが、感傷に浸っている時間はない。彼女はすぐに窓の外へと視線を移し、窮地に陥っているルナリエルの姿を捉えた。
彼女はゆっくりと上半身を起こすと、掠れた、しかし凛とした声でその名を呼んだ。
「――応えよ、我が半身! 来たれ、フレア!」
彼女がそう叫ぶと、部屋の空間がぐにゃりと歪み、真紅の魔法陣が床に現れた。魔法陣の中心から、眩い光と共に咆哮の主がその姿を現す。
それはまだ成体とは言えない小柄な竜だった。だが、その全身を覆う鱗は燃えるような真紅に輝き、その瞳にはワイバーンのような獣性ではない、古代竜の血を引く者だけが持つ高い知性が宿っていた。
相棒の幼竜、フレア。
「グルル……」
フレアは主であるアイリスに親愛の情を込めて喉を鳴らすと、すぐに彼女の意図を汲み取った。
次の瞬間、フレアは教会の窓ガラスを突き破り、嵐の空へと躍り出た。
広場では、咆哮の主の正体が分からず、ワイバーンたちが再びルナリエルへと襲いかかろうとしていた。
その三匹の前に、真紅の閃光が舞い降りる。
フレアは傷ついたルナリエルを庇うようにその前に降り立つと、自分より遥かに巨大なワイバーンたちを睨みつけ、威嚇するように鋭い牙を剥き出しにした。
その圧倒的な存在感を前に、ワイバーンたちは完全に動きを止めた。格の違いを本能で理解したのだ。
その光景を、アイリスの兄は信じられないものを見るような目で見ていた。
「馬鹿な……。アイリスが、フレアを……? 暴走せずに、完全に制御しているだと……!? あの出来損ないが、竜血を完全に乗りこなしたというのか……!」
彼の動揺した声が、嵐の音に混じって響き渡った。
戦いの流れは、再び変わった。
今度は、空の戦いが始まろうとしていた。
地面に倒れたルナリエルに、三匹のワイバーンが死の鉤爪を振り下ろさんと急降下してくる。その光景はあまりにも絶望的だった。
その時、教会の方角から地を揺るがす咆哮が轟いた。
グオオオオオオオオン!
それはワイバーンたちの甲高い鳴き声とは全く質の違う、もっと重く、力強く、そして魂の根源を震わせるような真なる竜の咆哮だった。
その圧倒的な威圧感に、空を舞っていたワイバーンたちがぴたりと動きを止めた。本能的な恐怖。食物連鎖の頂点に立つ者への絶対的な服従心が、彼女たちの動きを縛り付けていた。
広場に立つアイリスの兄も、信じられないといった様子で教会の方向を睨みつけている。
「……なんだ、今の咆哮は……。この辺りに、あれほどの古竜が生息していたという報告は……」
生まれた、ほんの一瞬の隙。
俺にとって、それは全てを覆すには十分すぎる時間だった。
「セレスティア!」
俺は教会の窓で叫んでいた彼女の意図を完全に理解し、全力で駆けだした。ルナリエルは倒れているが、ワイバーンが怯えている今ならまだ時間は稼げる。問題の根源は教会にいるアイリスだ。
俺は教会の扉を蹴破るようにして中に飛び込んだ。客室へと続く階段を駆け上がると、そこには鬼気迫る形相のセレスティアがいた。彼女はベッドの上で激しく暴れるアイリスの身体を、必死に押さえつけている。
「リアム様! 彼女が……彼女の身体が……!」
セレスティアの悲鳴が響く。
アイリスの身体は、もはや人間のものではなかった。全身の肌は赤く上気し、そこかしこに本物の竜の鱗のような痣が浮かび上がっている。指先からは鋭い爪が伸び、瞳は爬虫類のように縦に裂けていた。身体から発せられる熱気は、部屋の空気を陽炎のように揺らめかせている。
竜血の暴走。彼女は人の形を失い、破壊の化身へと変貌する、まさにその瀬戸際にいた。
兄の非情な言葉が、彼女の心の最後の箍を外してしまったのだ。
俺は迷わなかった。
「――俺が、引き受ける!」
俺はベッドに駆け寄ると、暴れるアイリスの熱い手を両手で強く握りしめた。
その瞬間、灼熱の奔流が俺の身体へと流れ込んできた。
それはこれまで経験したどんな呪いとも違っていた。憎悪や絶望といった負の感情ではない。もっと根源的で純粋な、破壊と再生を司る竜の力そのもの。制御を失ったその力は、俺の身体を内側から焼き尽くし、塵一つ残さず消し去ろうとしてきた。
「ぐっ……あああああっ!」
思わず絶叫が漏れる。意識が灼熱の光に飲み込まれていく。
(負けるな……! ここで俺が呑まれたら、セレスティアも、ルナリエルも、村の皆も……!)
俺は最後の理性を振り絞って【代償転嫁】を発動させた。俺のスキルは、飢えた獣のようにその灼熱の力に喰らいついた。それはもはや浄化ではなかった。暴れ狂う竜の力を無理やりねじ伏せ、自分の支配下に置くような荒々しい乗っ取りだった。
どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも思える苦痛の後、俺の身体を焼いていた灼熱の奔流は、ゆっくりとその勢いを弱めていった。暴走していた竜の力は俺の中で飼いならされ、温かい魔力へと変わっていく。
俺が顔を上げると、ベッドの上のアイリスは静かになっていた。
全身を覆っていた鱗のような痣は消え、荒い呼吸も穏やかな寝息に変わっている。彼女の瞳から爬虫類のような光は消え、代わりに透き通るような強い意志の光が宿っていた。
彼女は意識を取り戻していた。
俺と彼女の目が合う。彼女の瞳には感謝と、そしてほんの少しの驚きが浮かんでいた。
だが、感傷に浸っている時間はない。彼女はすぐに窓の外へと視線を移し、窮地に陥っているルナリエルの姿を捉えた。
彼女はゆっくりと上半身を起こすと、掠れた、しかし凛とした声でその名を呼んだ。
「――応えよ、我が半身! 来たれ、フレア!」
彼女がそう叫ぶと、部屋の空間がぐにゃりと歪み、真紅の魔法陣が床に現れた。魔法陣の中心から、眩い光と共に咆哮の主がその姿を現す。
それはまだ成体とは言えない小柄な竜だった。だが、その全身を覆う鱗は燃えるような真紅に輝き、その瞳にはワイバーンのような獣性ではない、古代竜の血を引く者だけが持つ高い知性が宿っていた。
相棒の幼竜、フレア。
「グルル……」
フレアは主であるアイリスに親愛の情を込めて喉を鳴らすと、すぐに彼女の意図を汲み取った。
次の瞬間、フレアは教会の窓ガラスを突き破り、嵐の空へと躍り出た。
広場では、咆哮の主の正体が分からず、ワイバーンたちが再びルナリエルへと襲いかかろうとしていた。
その三匹の前に、真紅の閃光が舞い降りる。
フレアは傷ついたルナリエルを庇うようにその前に降り立つと、自分より遥かに巨大なワイバーンたちを睨みつけ、威嚇するように鋭い牙を剥き出しにした。
その圧倒的な存在感を前に、ワイバーンたちは完全に動きを止めた。格の違いを本能で理解したのだ。
その光景を、アイリスの兄は信じられないものを見るような目で見ていた。
「馬鹿な……。アイリスが、フレアを……? 暴走せずに、完全に制御しているだと……!? あの出来損ないが、竜血を完全に乗りこなしたというのか……!」
彼の動揺した声が、嵐の音に混じって響き渡った。
戦いの流れは、再び変わった。
今度は、空の戦いが始まろうとしていた。
88
あなたにおすすめの小説
貴族に無茶苦茶なことを言われたのでやけくそな行動をしたら、戦争賠償として引き抜かれました。
詰んだ
ファンタジー
エルクス王国の魔法剣士で重鎮のキースは、うんざりしていた。
王国とは名ばかりで、元老院の貴族が好き勝手なこと言っている。
そしてついに国力、戦力、人材全てにおいて圧倒的な戦力を持つヴォルクス皇国に、戦争を仕掛けるという暴挙に出た。
勝てるわけのない戦争に、「何とか勝て!」と言われたが、何もできるはずもなく、あっという間に劣勢になった。
日を追うごとに悪くなる戦況に、キースへのあたりがひどくなった。
むしゃくしゃしたキースは、一つの案を思いついた。
その案を実行したことによって、あんなことになるなんて、誰も想像しなかった。
追放された宮廷薬師、科学の力で不毛の地を救い、聡明な第二王子に溺愛される
希羽
ファンタジー
王国の土地が「灰色枯病」に蝕まれる中、若干25歳で宮廷薬師長に就任したばかりの天才リンは、その原因が「神の祟り」ではなく「土壌疲弊」であるという科学的真実を突き止める。しかし、錬金術による安易な「奇跡」にすがりたい国王と、彼女を妬む者たちの陰謀によって、リンは国を侮辱した反逆者の濡れ衣を着せられ、最も不毛な土地「灰の地」へ追放されてしまう。
すべてを奪われた彼女に残されたのは、膨大な科学知識だけだった。絶望の地で、リンは化学、物理学、植物学を駆使して生存基盤を確立し、やがて同じく見捨てられた者たちと共に、豊かな共同体「聖域」をゼロから築き上げていく。
その様子を影から見守り、心を痛めていたのは、第二王子アルジェント。宮廷で唯一リンの価値を理解しながらも、彼女の追放を止められなかった無力な王子だった。
微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する
こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」
そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。
だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。
「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」
窮地に追い込まれたフォーレスト。
だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。
こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。
これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
聖水が「無味無臭」というだけで能無しと追放された聖女ですが、前世が化学研究者だったので、相棒のスライムと辺境でポーション醸造所を始めます
☆ほしい
ファンタジー
聖女エリアーナの生み出す聖水は、万物を浄化する力を持つものの「無味無臭」で効果が分かりにくいため、「能無し」の烙印を押され王都から追放されてしまう。
絶望の淵で彼女は思い出す。前世が、物質の配合を極めた化学研究者だったことを。
「この完璧な純水……これ以上の溶媒はないじゃない!」
辺境の地で助けたスライムを相棒に、エリアーナは前世の知識と「能無し」の聖水を組み合わせ、常識を覆す高品質なポーション作りを始める。やがて彼女の作るポーションは国を揺るがす大ヒット商品となり、彼女を追放した者たちが手のひらを返して戻ってくるよう懇願するが――もう遅い。
元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜
☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。
しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。
「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。
書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。
だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。
高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。
本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。
その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。
姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】
小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。
しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。
そして、リーリエルは戻って来た。
政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる