追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第37話 ランク降格

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リアムたちが辺境の地で着実に楽園を築き上げ、新たな仲間との絆を深めていた頃。王都では地に墜ちた英雄たちの断末魔が響き渡ろうとしていた。

王都冒険者ギルド。その最奥にあるギルドマスターの執務室は、重苦しい沈黙に支配されていた。

革張りの重厚な椅子に腰掛けたギルドマスター、ドレイクは、目の前に立つ三人の男女を厳しい目で見据えていた。その視線の先には勇者アレク、聖女イリーナ、そして賢者マルスの姿があった。かつて王国最強と謳われ、ギルドの誇りであったSランクパーティー『光の剣』。だが、今の彼らの姿にかつての輝きは微塵もなかった。

アレクは苛立たしげに腕を組み、イリーナは不安げに俯き、マルスはフードの奥で表情を殺している。遺跡攻略の失敗から数週間。彼らは汚名返上とばかりにいくつかの依頼を受けたが、その結果は惨憺たるものだった。

簡単な護衛依頼では連携ミスから盗賊の奇襲を許し、荷物の一部を奪われる失態を演じた。魔物討伐依頼では互いを庇うことなく戦った結果、全員が軽くない傷を負って辛くも帰還した。彼らの間にはもはや信頼などという言葉は存在しなかった。ただ、互いへの不信と責任のなすりつけ合いだけが渦巻いていた。

「……さて」

ドレイクが重々しく口を開いた。その声は長年ギルドを取り仕切ってきた者の威厳に満ちている。

「君たちを呼んだ理由は、分かっているな」

彼は机の上に置かれた数枚の羊皮紙を指さした。それは彼らがここ最近で受けた依頼の報告書だった。そのどれもに依頼主からのクレームや、目標未達を示す赤いインクの文字が記されている。

「遺跡での半壊、撤退。その後の依頼達成率はCランクパーティーの平均をも下回る。これが王国最強と謳われた君たちの現状だ。何か、言い分はあるか」

ドレイクの厳しい問いに、アレクが噛みつくように反論した。

「偶然が重なっただけだ! 少し歯車が噛み合わなかったに過ぎん! 我々の実力は、何一つ衰えてなどいない!」

その言葉はもはや虚勢にしか聞こえなかった。聖剣を振るうたびに身体を蝕む原因不明の疲労。彼はその事実から頑なに目を背けていた。

「アレク様……」

イリーナがすがるような目でアレクを見た。彼女もまた、聖なる力を使うたびに襲われる吐き気や頭痛の原因が分からず怯えていた。

マルスはただ黙している。だが、そのフードの下では全ての事象を繋ぎ合わせ、一つの忌まわしい結論にたどり着きつつあった。

ドレイクはアレクの空虚な反論を、大きなため息で一蹴した。

「実力、か。確かに、個々の力は依然として高いのだろう。だが、今の君たちにはパーティーとして最も重要なものが致命的に欠けている」

彼は三人の顔を一人一人、射抜くような目で見つめた。

「信頼だ。互いを信じ、補い合う心が今の君たちにはない。ただいがみ合い、足を引っ張り合っているだけだ。そんな者たちがSランクを名乗ることなど、断じて許されん」

そして、ギルドマスターは冷酷な宣告を下した。

「ギルドの名において、本日をもって、『光の剣』のSランクパーティー資格を剥奪する」

その言葉はまるで死刑宣告のように、静かな執務室に響き渡った。

一瞬の沈黙。

最初に反応したのはアレクだった。彼の顔が怒りと屈辱で真っ赤に染まっていく。

「なっ……! ふ、ふざけるな! この俺が、勇者アレクが……Sランクでなくなるだと!? 何かの間違いだ! 撤回しろ!」

彼は机に叩きつけるようにして身を乗り出した。だが、ドレイクは眉一つ動かさない。

「これはギルドの総意による決定だ。覆ることはない」

「なぜだ! 俺たちは、これまでどれだけギルドに貢献してきたと思っている! 数々の困難な依頼をこなし、ギルドの名声を高めてきたのはこの俺たちだろうが!」

「過去の栄光にすがるのは、弱者のすることだ、勇者よ」

ドレイクの言葉が、アレクのプライドを容赦なく切り刻む。

イリーナは、その場で膝から崩れ落ちそうになるのをかろうじて堪えていた。顔面は蒼白で、唇はわなわなと震えている。Sランクパーティーの聖女。それが彼女の全てだった。民衆からの羨望、貴族からの寵愛。その全てが今、目の前で音を立てて崩れ去ろうとしていた。

「そんな……嘘ですわ……。わたくしたちが……」

そして、これまで沈黙を守っていたマルスが静かに口を開いた。

「……妥当な判断だ」

その一言に、アレクとイリーナは信じられないといった顔で彼を見た。

「マルス! 貴様、何を言っている!」

「事実を言ったまでだ。我々の現状を見れば、この降格処分は合理的と言わざるを得ない」

マルスはフードの奥から冷たい声で続けた。

「問題は、なぜこうなったか、だ。原因を究明し対策を講じなければ、我々はさらに墜ちるだろう」

その冷静すぎる分析が、アレクの怒りの火に油を注いだ。

「原因だと!? そんなものは決まっているだろうが! お前たちが足を引っ張るからだ! イリーナは重要な局面で吐血し、マルス、貴様の魔法は暴走して退路を断つ! 俺一人なら、あんな遺跡、とっくに攻略していたわ!」

責任を全て仲間に押し付ける醜い責任転嫁。その言葉に、ついにイリーナの堪忍袋の緒が切れた。

「アレク様こそ! 最近のアレク様は、以前のような力が感じられませんわ! ゴブリン相手に息を切らし、ゴーレムの一撃に体勢を崩す! あなたのその傲慢さと衰えた力が、この結果を招いたのですわ!」

「なんだと、この役立たずの聖女が!」
「聖女に向かって、なんてことを!」

執務室は罵詈雑言が飛び交う醜い口論の場と化した。パーティーの崩壊は、もはや誰の目にも明らかだった。

「……そこまでだ」

ドレイクの地を這うような低い声が、二人の口論を遮った。

「見苦しい。もう、私の前から消えろ」

彼は三人に背を向け、窓の外に広がる王都の景色を見つめた。

「ちなみに、君たちの新しいランクはBランクだ。明日から、そのランクに相応しい依頼を受けるがいい」

Bランク。それは一流と二流を分ける境界線。かつて彼らが見下し、歯牙にもかけなかったランクだった。その追い打ちをかけるような一言に、三人は言葉を失い、ただ屈辱に顔を歪ませることしかできなかった。

「……かつての君たちは、もっと輝いていた」

ドレイクは背を向けたまま、ぽつりと呟いた。

「何が欠けてしまったのか、今一度、己の胸に手を当ててよく考えることだ」

それが彼らにかけられた最後の言葉だった。

三人はまるで敗残兵のように、重い足取りで執務室を後にした。ギルドのラウンジに出ると、彼らの降格の噂はすでに広まっていたらしい。周囲の冒険者たちが遠巻きにこちらを見ながら、ひそひそと囁き合っているのが分かった。

「おい、見たかよ、『光の剣』の連中だ」
「Sランクから降格したって本当らしいぜ。ざまぁないな」
「あれだけ偉そうにしてたのによ。天罰ってやつか」

嘲笑。侮蔑。憐れみ。かつて羨望の的であった彼らに向けられるのは、今やそんな刺すような視線だけだった。

アレクは唇を噛み締め、血が滲むほど強く拳を握りしめていた。イリーナは俯いたまま、その肩を小さく震わせている。マルスはフードの奥で、静かに目を閉じていた。

彼の脳裏には一つの仮説が、もはや揺るぎようのない確信となって浮かび上がっていた。

――リアム。あの男が、俺たちの『何か』を肩代わりしていたのだ、と。

だが、その真実を今ここで口にすることはできなかった。

三人は互いに一瞥も交わすことなく、ギルドの出口でそれぞれの方向へと無言で別れていった。

王国最強と謳われた英雄譚は、今、ここに終わりを告げた。そして、それは彼ら一人一人の転落人生の始まりを告げる、崩壊の序曲でもあった。
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