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第36話 空飛ぶ働き手
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嵐は夜明けと共に嘘のように過ぎ去っていた。
空はどこまでも青く澄み渡り、洗い清められた木々の葉が朝日を浴びてきらきらと輝いている。村は昨夜の激闘がまるで夢だったかのような静けさを取り戻していた。
だが、広場に残された爪痕はそれが現実だったことを物語っていた。ワイバーンのブレスで黒く焦げた家屋の壁。激しい戦闘でえぐられた地面。そして、村の外れの森に突き刺さるように墜落した巨大なワイバーンの残骸。
村人たちは後片付けのために広場へと集まってきていた。彼らは昨夜の出来事を思い出し、改めて自分たちが生きていることへの感謝と、村を守ってくれた者たちへの畏敬の念を抱いていた。
その視線の先には、三人の少女がいた。
聖女セレスティア。エルフの剣士ルナリエル。そして新しく仲間になった竜騎士の少女、アイリス。彼女たちは皆で協力し、傷ついた村人たちの手当てをしたり、壊れた家財の片付けを手伝ったりしていた。
アイリスは最初、村人たちにどう接すればいいか分からずおどおどしていた。彼女は自分の持つ力が常に他者から恐れられ、疎まれるものだと思い込んできたからだ。
だが、村人たちの反応は彼女の予想とは全く違っていた。
「アイリスさん、だったかい? 昨夜は本当にありがとうな。あんたがいなけりゃ、俺たちは今頃……」
村長が深々と頭を下げた。それに続くように、他の村人たちも次々と彼女に感謝の言葉を口にする。
「そうだそうだ! あの空の戦い、すごかったぜ!」
「あんたは、この村の恩人だ!」
向けられるのは恐怖や警戒ではない。純粋な感謝と称賛の眼差しだった。アイリスは、その温かい言葉のシャワーに戸惑いながらも、その頬を嬉しそうに赤らめていた。
そんな彼女の傍らには、相棒の幼竜フレアがちょこんと座っている。真紅の鱗を持つ美しい竜。その姿は神々しくもあり、同時に村人たちの目にはまだ少し恐怖の対象として映っていた。
特に子供たちは遠巻きにフレアを見つめ、怖がって近づこうとしない。
その様子に気づいたアイリスは少し寂しそうな顔をしたが、やがて何かを思いついたように子供たちに向かって微笑みかけた。
「ねえ、みんな。フレアは怖くないよ。とっても賢くて、優しい子なんだ」
彼女はそう言うと、フレアに何かを囁きかけた。フレアはこくりと頷くと、その小さな口からぽんと小さな火の玉を吐き出した。
「ひっ!」
子供たちが悲鳴を上げる。だが、その火の玉は何かを燃やすためのものではなかった。それはまるでシャボン玉のようにふわりと宙に浮かび、きらきらと光の粉をまき散らしながらゆっくりと弾けて消えた。幻想的で、とても美しい光景だった。
「わぁ……!」
子供たちから感嘆の声が上がる。
アイリスはにこりと笑った。
「ね? フレアはこんな風に遊ぶのが大好きなんだ」
その言葉に、一番勇敢だった男の子がおそるおそるフレアに近づいてきた。そして震える手で、その真紅の鱗にそっと触れた。
フレアは気持ちよさそうに目を細め、その子の手に自分の頭をすり寄せた。その仕草は、まるで人懐っこい猫のようだった。
その光景を見て、他の子供たちも安心したように次々とフレアの周りに集まってきた。彼らはフレアの背中に乗せてもらったり、その温かい鱗に触れたりして、すぐに打ち解けていった。フレアもまた、子供たちに囲まれて本当に嬉しそうに喉を鳴らしていた。
その日から、アイリスとフレアは村の復興に欠かせない新しい力となった。
彼らの活躍は戦闘だけにとどまらなかった。むしろその真価は、平和な日常の中でこそ発揮された。
例えば農作業。
収穫した麦の脱穀作業では、フレアが少し離れた場所から翼で優しい風を送る。その絶妙な風量で、籾殻だけが綺麗に吹き飛ばされていく。これまで村人たちが一日がかりでやっていた作業が、ものの数時間で終わってしまった。
例えば建築作業。
嵐で傷んだ家々の屋根を修理する際、フレアはその背中に資材と作業員を乗せ、軽々と屋根の上まで運んでいく。これまで危険な梯子を何度も往復しなければならなかった作業が、驚くほど安全に、そして迅速に進められた。
そして、何よりも絶大な効果を発揮したのが運搬作業だった。
ルナリエルが魔物を一掃してくれたことで、俺たちは森の奥深くまで入れるようになった。そこには家や防壁の材料となる、太く良質な木材が豊富にあった。だが、それを切り出しても村まで運ぶ手段がなかった。
その問題を、フレアはあっさりと解決してくれた。
彼は数人がかりでようやく動かせるような巨大な丸太を、その小さな身体で軽々と咥え上げると、空を飛んで一瞬で村まで運んでしまうのだ。
その光景を初めて見た時、村人たちは開いた口が塞がらなかった。
フレアのおかげで、村の生産性は文字通り飛躍的に向上した。これまで不可能だと思っていた規模の建築計画も、次々と実現可能になっていく。村は日に日に活気づき、豊かになっていった。
村人たちはいつしかフレアのことを、親しみを込めてこう呼ぶようになった。
『空飛ぶ働き手』、と。
そしてその主であるアイリスも、すっかり村の人気者になっていた。彼女の天真爛漫で裏表のない性格は、すぐに村人たちの心を掴んだ。
彼女は特に俺に懐いていた。
「リアムさん! 見てください、森でこんなに大きなキノコを見つけました! 今夜、シチューにしてください!」
彼女は何か嬉しいことがあるたびに、子犬のように俺の元へ駆け寄ってきては、その喜びを報告した。そしてそのたびに、セレスティアとルナリエルからじっとりとした視線を向けられるのが、最近の俺の悩みの種だった。
その日も、アイリスはフレアと共に森から戻ってくると、満面の笑みで俺に抱きついてきた。
「リアムさん! フレアが新しい芸を覚えたんですよ!」
「お、おう、そうか……。アイリス、ちょっと近い……」
俺が慌てていると、その様子を見ていたルナリエルがわざとらしく咳払いをした。
「……アイリス。あなたはもう少し淑女としての自覚を持つべきじゃないかしら。リアムが困っているわ」
「えー? でも、リアムさん、嬉しいくせに」
アイリスは悪戯っぽく笑う。その隣で、セレスティアが「リアム様、お茶が入りましたわ」と完璧な笑顔で俺にカップを差し出していた。その笑顔の裏に絶対零度の圧力を感じるのは、きっと気のせいではないだろう。
賑やかになったな、と俺は思った。
追放された時には想像もできなかった光景だ。
聖女がいて、エルフの王女がいて、そして竜騎士の少女がいる。
俺を中心に、図らずして集まった彼女たち。そして彼女たちを受け入れてくれる温かい村人たち。
俺はそんな仲間たちに囲まれながら、自分たちが築き上げた楽園の輝かしい未来を確信していた。この場所は、もっと良く、もっと強くなる。そんな予感が確かにあった。
空はどこまでも青く澄み渡り、洗い清められた木々の葉が朝日を浴びてきらきらと輝いている。村は昨夜の激闘がまるで夢だったかのような静けさを取り戻していた。
だが、広場に残された爪痕はそれが現実だったことを物語っていた。ワイバーンのブレスで黒く焦げた家屋の壁。激しい戦闘でえぐられた地面。そして、村の外れの森に突き刺さるように墜落した巨大なワイバーンの残骸。
村人たちは後片付けのために広場へと集まってきていた。彼らは昨夜の出来事を思い出し、改めて自分たちが生きていることへの感謝と、村を守ってくれた者たちへの畏敬の念を抱いていた。
その視線の先には、三人の少女がいた。
聖女セレスティア。エルフの剣士ルナリエル。そして新しく仲間になった竜騎士の少女、アイリス。彼女たちは皆で協力し、傷ついた村人たちの手当てをしたり、壊れた家財の片付けを手伝ったりしていた。
アイリスは最初、村人たちにどう接すればいいか分からずおどおどしていた。彼女は自分の持つ力が常に他者から恐れられ、疎まれるものだと思い込んできたからだ。
だが、村人たちの反応は彼女の予想とは全く違っていた。
「アイリスさん、だったかい? 昨夜は本当にありがとうな。あんたがいなけりゃ、俺たちは今頃……」
村長が深々と頭を下げた。それに続くように、他の村人たちも次々と彼女に感謝の言葉を口にする。
「そうだそうだ! あの空の戦い、すごかったぜ!」
「あんたは、この村の恩人だ!」
向けられるのは恐怖や警戒ではない。純粋な感謝と称賛の眼差しだった。アイリスは、その温かい言葉のシャワーに戸惑いながらも、その頬を嬉しそうに赤らめていた。
そんな彼女の傍らには、相棒の幼竜フレアがちょこんと座っている。真紅の鱗を持つ美しい竜。その姿は神々しくもあり、同時に村人たちの目にはまだ少し恐怖の対象として映っていた。
特に子供たちは遠巻きにフレアを見つめ、怖がって近づこうとしない。
その様子に気づいたアイリスは少し寂しそうな顔をしたが、やがて何かを思いついたように子供たちに向かって微笑みかけた。
「ねえ、みんな。フレアは怖くないよ。とっても賢くて、優しい子なんだ」
彼女はそう言うと、フレアに何かを囁きかけた。フレアはこくりと頷くと、その小さな口からぽんと小さな火の玉を吐き出した。
「ひっ!」
子供たちが悲鳴を上げる。だが、その火の玉は何かを燃やすためのものではなかった。それはまるでシャボン玉のようにふわりと宙に浮かび、きらきらと光の粉をまき散らしながらゆっくりと弾けて消えた。幻想的で、とても美しい光景だった。
「わぁ……!」
子供たちから感嘆の声が上がる。
アイリスはにこりと笑った。
「ね? フレアはこんな風に遊ぶのが大好きなんだ」
その言葉に、一番勇敢だった男の子がおそるおそるフレアに近づいてきた。そして震える手で、その真紅の鱗にそっと触れた。
フレアは気持ちよさそうに目を細め、その子の手に自分の頭をすり寄せた。その仕草は、まるで人懐っこい猫のようだった。
その光景を見て、他の子供たちも安心したように次々とフレアの周りに集まってきた。彼らはフレアの背中に乗せてもらったり、その温かい鱗に触れたりして、すぐに打ち解けていった。フレアもまた、子供たちに囲まれて本当に嬉しそうに喉を鳴らしていた。
その日から、アイリスとフレアは村の復興に欠かせない新しい力となった。
彼らの活躍は戦闘だけにとどまらなかった。むしろその真価は、平和な日常の中でこそ発揮された。
例えば農作業。
収穫した麦の脱穀作業では、フレアが少し離れた場所から翼で優しい風を送る。その絶妙な風量で、籾殻だけが綺麗に吹き飛ばされていく。これまで村人たちが一日がかりでやっていた作業が、ものの数時間で終わってしまった。
例えば建築作業。
嵐で傷んだ家々の屋根を修理する際、フレアはその背中に資材と作業員を乗せ、軽々と屋根の上まで運んでいく。これまで危険な梯子を何度も往復しなければならなかった作業が、驚くほど安全に、そして迅速に進められた。
そして、何よりも絶大な効果を発揮したのが運搬作業だった。
ルナリエルが魔物を一掃してくれたことで、俺たちは森の奥深くまで入れるようになった。そこには家や防壁の材料となる、太く良質な木材が豊富にあった。だが、それを切り出しても村まで運ぶ手段がなかった。
その問題を、フレアはあっさりと解決してくれた。
彼は数人がかりでようやく動かせるような巨大な丸太を、その小さな身体で軽々と咥え上げると、空を飛んで一瞬で村まで運んでしまうのだ。
その光景を初めて見た時、村人たちは開いた口が塞がらなかった。
フレアのおかげで、村の生産性は文字通り飛躍的に向上した。これまで不可能だと思っていた規模の建築計画も、次々と実現可能になっていく。村は日に日に活気づき、豊かになっていった。
村人たちはいつしかフレアのことを、親しみを込めてこう呼ぶようになった。
『空飛ぶ働き手』、と。
そしてその主であるアイリスも、すっかり村の人気者になっていた。彼女の天真爛漫で裏表のない性格は、すぐに村人たちの心を掴んだ。
彼女は特に俺に懐いていた。
「リアムさん! 見てください、森でこんなに大きなキノコを見つけました! 今夜、シチューにしてください!」
彼女は何か嬉しいことがあるたびに、子犬のように俺の元へ駆け寄ってきては、その喜びを報告した。そしてそのたびに、セレスティアとルナリエルからじっとりとした視線を向けられるのが、最近の俺の悩みの種だった。
その日も、アイリスはフレアと共に森から戻ってくると、満面の笑みで俺に抱きついてきた。
「リアムさん! フレアが新しい芸を覚えたんですよ!」
「お、おう、そうか……。アイリス、ちょっと近い……」
俺が慌てていると、その様子を見ていたルナリエルがわざとらしく咳払いをした。
「……アイリス。あなたはもう少し淑女としての自覚を持つべきじゃないかしら。リアムが困っているわ」
「えー? でも、リアムさん、嬉しいくせに」
アイリスは悪戯っぽく笑う。その隣で、セレスティアが「リアム様、お茶が入りましたわ」と完璧な笑顔で俺にカップを差し出していた。その笑顔の裏に絶対零度の圧力を感じるのは、きっと気のせいではないだろう。
賑やかになったな、と俺は思った。
追放された時には想像もできなかった光景だ。
聖女がいて、エルフの王女がいて、そして竜騎士の少女がいる。
俺を中心に、図らずして集まった彼女たち。そして彼女たちを受け入れてくれる温かい村人たち。
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