追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第48話 剣聖の脱退

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エデンに穏やかな光が満ちている頃、王都の一角は凍てつくような闇に沈んでいた。

『光の剣』が拠点とする高級宿の一室。かつては栄光と勝利の美酒に満ちていたその場所は、今や澱んだ空気と互いへの不信感が充満する、息の詰まるような空間と化していた。

Bランクへの降格。その事実は彼らのプライドを根底から打ち砕いた。依頼の失敗は続き、ギルドでの評価は地に墜ち、民衆からの賞賛は嘲笑へと変わった。

勇者アレクは日に日に苛立ちを募らせていた。原因不明の疲労感は聖剣を振るうたびにその濃度を増し、彼の精神を蝕んでいく。聖女イリーナは奇跡を使うことへの恐怖から、些細な治癒魔法さえ躊躇するようになっていた。賢者マルスは自室に引きこもることが多くなり、ただ黙って古い文献を読み漁っている。

そしてパーティーにはもう一人、苦悩する男がいた。

剣聖ダリウス。

銀灰色の髪を短く刈り込み、鋼のような肉体を持つ無口で実直な剣士。彼はパーティーの主戦力として、アレクと並び立つほどの剣技を誇っていた。彼の剣は音を置き去りにするほどの速度と、あらゆる防御を切り裂くほどの鋭さを兼ね備えていた。

だがその彼の剣にも、最近、明らかな『狂い』が生じていた。

神速と謳われた彼の剣技。それは常人には目で追うことすらできないほどの連続攻撃を可能にする。だがその技を使った後、必ず彼の四肢を痺れるような微かな痙攣が襲うようになっていたのだ。それはほんの一瞬の硬直。しかし達人の戦いにおいて、その一瞬は致命的な隙となる。

(なぜだ……)

ダリウスは自室で愛剣の手入れをしながら、己の肉体に起きた異変の原因を冷静に分析していた。彼はアレクのように現実から目を背けたり、イリーナのようにただ怯えたりする男ではなかった。剣士として常に自分自身と向き合い、寸分の狂いも許さない。それが彼の生き方だった。

彼はここ数ヶ月の戦闘記録、依頼の報告書、そして自分自身の記憶を一つ一つ丹念に検証していった。

そして、一つの事実にたどり着く。

パーティーがおかしくなり始めた時期。それはあの雑用係の男、リアムを追放した直後からぴたりと一致するのだ。

(偶然か? いや……)

ダリウスの脳裏に過去の光景が蘇る。

自分が神速の剣技を放った後、いつもリアムが心配そうな顔で駆け寄り水差しを差し出してくれていた。あの時リアムの手に軽く触れた瞬間、身体を駆け巡るはずだった微かな痺れが、すっと霧散していたような気がする。

アレクが聖剣の奥義を放った後もそうだ。リアムが彼のマントを直したり肩を叩いたりすると、アレクの乱れた呼吸が不思議とすぐに落ち着いていた。

イリーナが大奇跡を使った後も、マルスが大魔法を連発した後も、必ずリアムが彼らのそばにいた。そして何気ない接触の後、彼らの消耗は和らぎ、代わりにリアムの顔色が悪くなっていた。

あの頃は誰もがそれを、リアムが力のない俗物だから自分たちの神聖な力の余波に当てられているだけだ、と笑っていた。

だが、もしそれが逆だったとしたら?

もしあの男が、俺たちの強大な力が生み出す『代償』を、その身に引き受けていたのだとしたら?

その結論に達した瞬間、ダリウスの背筋を冷たい汗が伝った。

俺たちはとんでもない過ちを犯したのではないか。俺たちはパーティーの生命線ともいえる存在を、自らの手で切り捨ててしまったのではないか。

ダリウスはすぐに行動を起こした。彼はマルスの部屋の扉を叩いた。

「マルス、話がある」

部屋から出てきたマルスはフードを目深に被っていたが、その顔色が悪いことは明らかだった。

「……ダリウスか。何だ」

「お前も気づいているのではないか。このパーティーの異常性の原因に」

ダリウスの単刀直入な言葉に、マルスは一瞬肩を震わせた。そして諦めたように小さく頷いた。

「……仮説の段階だがな。リアムのスキル【代償転嫁】。その効果が我々の想定を遥かに超えるものだった可能性は、否定できない」

「仮説ではない。俺は確信している」

ダリ-ウスはきっぱりと言い切った。

「リアムが俺たちの『枷』を背負っていたのだ。俺たちは彼を探し出し、頭を下げてでもパーティーに戻ってもらわなければならない。でなければ『光の剣』は、本当に終わる」

その言葉にマルスは何も答えなかった。だがその沈黙は肯定を意味していた。

ダリウスは次に行動すべきことを決めた。彼はパーティーのリーダーであるアレクの元へと向かった。

アレクは談話室で一人、酒を煽っていた。その目は血走り、その姿にはかつての英雄の面影はなかった。

「アレク」

ダリウスの声に、アレクは面倒くさそうに顔を上げた。

「……ダリウスか。何の用だ。説教なら聞かんぞ」

「俺たちの弱体化した原因が分かった」

ダリウスは前置きもなしに本題を切り出した。そして自分のたどり着いた結論を、冷静に、そしてはっきりとアレクに告げた。リアムのスキルのこと、彼が俺たちの代償を肩代わりしていた可能性が高いこと、そして彼を連れ戻すべきだということ。

アレクは最初、馬鹿にしたように鼻で笑っていた。だがダリウスの話が核心に近づくにつれ、その顔から笑みが消え怒りの色へと変わっていった。

「……黙って聞いていれば、くだらん妄想を」

アレクは酒瓶をテーブルに叩きつけるように置いた。

「お前もか、ダリウス! マルスと同じように弱気になったのか! あんな寄生虫が、俺たちの力の源だっただと!? ふざけるのも大概にしろ!」

「事実だ。お前が聖剣を振るうたびに生命力が削られていることに、まだ気づかんのか」

「うるさい!」

アレクは激昂し、立ち上がった。

「俺は勇者だ! 聖剣に選ばれた唯一無二の存在だ! あんなゴミのような男の助けなど、微塵も必要としていない!」

その時、談話室にイリーナが入ってきた。彼女は二人の険悪な雰囲気に怯えたような顔をした。

「ダリウス様まであのような男を庇うのですか……? あいつは我々の栄光に泥を塗る、ただのお荷物だったはずですわ……!」

もはや言葉は通じない。ダリウスはそれを悟った。彼らの凝り固まったプライドが、真実を見る目を曇らせている。

ならば示すしかない。剣士として、己の信じる正義を。

「……アレク」

ダリウスは静かに腰の剣の柄に手をかけた。

「俺と決闘しろ」

その一言にアレクとイリーナは息を呑んだ。

「俺が勝てばお前は俺の意見を認め、リアムを探しに行く。お前が勝てば俺は何も言わずにこのパーティーを去る」

それは剣聖ダリウスが、崩壊しつつある仲間たちに突きつけた最後の、そして最も悲しい戦いの狼煙だった。

プライドを、己の存在意義そのものを傷つけられたアレクがその挑戦を受けないはずがなかった。

「……面白い。いいだろう。その錆びついた剣で、この俺に勝てると思っているのならな!」

アレクもまた聖剣ソルブレイバーを抜き放った。

高級宿の中庭で、二本の剣が対峙する。かつて互いの背中を預け、共に戦った仲間同士のあまりにも虚しい決闘が始まろうとしていた。

戦いは一瞬で決着がつくかと思われた。だがそれは泥沼のような消耗戦となった。

聖剣の代償に蝕まれ動きの精彩を欠くアレク。神速の剣の反動に苦しみ踏み込みが甘くなるダリウス。二人の剣は何度も交錯するが、互いに決定打を与えることができない。それは全盛期の彼らを知る者が見れば涙するほどに、無様で醜い戦いだった。

「はあっ、はあっ……!」

二人の息が同時に上がる。その時だった。

「終わりだあああっ!」

アレクが最後の力を振り絞り、聖剣の力を無理やり解放した。黄金の光が彼の身体を包む。だがその代償として、彼の口からごふっと黒い血が吐き出された。

その一瞬の輝きが生み出した隙をダリウスは見逃さなかった。彼は身体の痺れを無視し、最後の一撃を叩き込もうと前へと踏み込んだ。

だが彼の身体は言うことを聞かなかった。神速の反動が彼の全身を硬直させたのだ。

その、致命的な一瞬。

アレクの聖剣がダリウスの肩を深く薙ぎ払った。

「ぐっ……!」

鮮血が舞い、ダリウスの身体は崩れるように地面へと膝をついた。

勝負は決した。

「……ふん。口ほどにも、ない」

アレクは吐血しながらも勝者の笑みを浮かべた。だがその顔は勝利の輝きではなく、死人のように青白かった。

ダリウスは傷ついた肩を押さえながらゆっくりと立ち上がった。彼はもう何も言わなかった。ただかつての友を哀れみに満ちた目で見つめると、静かに背を向けた。

「負け犬が、どこへでも去るがいい! 二度とその面を見せるな!」

アレクの罵声が背中に突き刺さる。

ダリウスは一度も振り返ることなく、拠点としていた宿から、そして『光の剣』から完全に去っていった。彼の心の中にはもはや怒りも悔しさもなかった。ただ真実から目を背け、崩壊へと突き進む愚かな者たちへの深い憐れみだけが残っていた。

主戦力の一角であり、パーティーの最後の良心でもあった剣聖の脱退。それは『光の剣』の崩壊を、もはや誰にも止められないものへと決定づけた瞬間だった。
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