追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第47話 勃発、ヒロイン戦争

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その日、エデンの朝はいつも通りの穏やかさで始まった。

俺は教会の談話室で、村の子供たちのために作った木剣の仕上げをしていた。小刀で丁寧にささくれを取り、亜麻仁油を染み込ませた布で磨き上げる。子供たちが怪我をしないように、そして少しでも長持ちするように。そんなことを考えている時間は、俺にとってささやかな幸せの一つだった。

「リアム様、朝食の準備ができましたわ」

その幸せな静寂を鈴が鳴るような声が破った。セレスティアが湯気の立つ朝食を盆に乗せて運んできてくれたのだ。テーブルに並べられたのは焼きたてのパンと、具沢山の野菜スープ、そして色鮮やかな果物。いつもの朝食だが、今日はどこか気合が入っているように見えた。

「ありがとう、セレスティア。いつもすまないな」

「いいえ。リアム様のためにお食事の準備をすることは、わたくしの喜びですもの」

彼女はそう言ってふわりと微笑んだ。その笑顔は朝日よりも眩しい。俺が席に着こうとした、その時だった。

「リアムさーん! おっはよーございまーす!」

談話室の扉が勢いよく開き、アイリスが元気いっぱいに飛び込んできた。その腕には見たこともないような、真っ赤な木の実がたくさん入った籠が抱えられている。

「見てください! 森の奥で、すっごく珍しい『太陽の実』を見つけたんです! すごく甘くて美味しいんですよ! リアムさん、どうぞ!」

彼女は俺の目の前にどさりと籠を置いた。その真っ直ぐな瞳は「褒めて!」と訴えかけている子犬のようだ。

「おお、すごいな! ありがとう、アイリス」

俺がその実を一つ手に取ると、セレスティアが「まあ、アイリスさん」と、穏やかな、しかしどこか圧のある声で言った。

「森の奥まで一人で行くのは危険ですわ。リアム様を心配させてはいけませんよ」

「だ、大丈夫です! フレアも一緒でしたから!」

アイリスが慌てて弁解する。二人の間に目に見えない火花がパチッと散ったのを、俺はまだ知らない。

そこへ今度はルナリエルが、すっと優雅な足取りで入ってきた。彼女はテーブルの上に並べられた食器を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。

「……リアム。あなた、まだこんな泥水みたいなお茶を飲んでいるの?」

彼女が指さしたのは俺が淹れた普通の麦茶だった。

「別に泥水じゃないが……」

「これだから人間は。口に入れるものの価値が分かっていないわね。少し待ちなさい」

彼女はそう言うと、どこからか取り出した美しい木箱を開けた。中には銀色に輝く茶葉が入っている。ふわりと、花の蜜のような甘い香りが広がった。

「エルフの王家に伝わる『月光茶』よ。一杯で丸一日の疲労が取れると言われているわ。……べ、別にあなたのために淹れてあげるわけじゃないんだから。わたしが飲みたいだけよ」

彼女は手際よく茶器を準備し始め、その場に高貴な香りを漂わせた。

最後に談話室に現れたのはソフィアだった。彼女は数冊の分厚い本を抱え、静かに俺の隣の席に腰を下ろした。

「おはようございます、リアムさん。昨夜はよく眠れましたか?」

「ああ、ありがとう。ソフィアも」

「ええ。それで昨日の文献の件ですが、あなたが指摘してくださった『熱効率』の観点から再計算したところ、驚くべきことが分かりました。古代シルヴァリオン文明は魔力の循環システムから発生する廃熱を、別のエネルギーとして再利用していたようなのです。この技術を応用すれば……」

彼女は俺にしか聞こえないような声で、知的な瞳を輝かせながら魔法文明の新たな秘密を語り始めた。

気がつけば俺の周りには四人の美しい少女たちが集い、それぞれの方法で俺の気を引こうとしていた。

セレスティアは家庭的な優しさで。
アイリスは天真爛漫な贈り物で。
ルナリエルは高貴な気遣いで。
ソフィアは知的な会話で。

だがその中心にいる俺は、そんな彼女たちの心中など露知らず、ただただ呑気なことを考えていた。

「すごいな、今日の朝食は! セレスティアのスープに、アイリスの果物、ルナリエルの淹れてくれたお茶まである。ソフィアの話も面白いし……。なんだか、王様になった気分だ!」

俺のその一言に、四人の少女たちの動きがぴたりと止まった。

そして彼女たちの間で、バチバチバチッ! と激しい火花が散った。

「「「「(この、朴念仁……!)」」」」

四人の心の声が、完璧にシンクロした瞬間だった。

その日、俺を巡る静かな戦争は朝食の席だけに留まらなかった。

村の広場で俺が新しい水路の設計図を引いていると、案の定彼女たちが次々と集まってきた。

「リアムさん、大変そうですね! わたし、何か手伝います!」
一番乗りはやはりアイリスだった。彼女は俺の隣に陣取ると、測量用の杭を打つのを元気いっぱいに手伝ってくれる。

そこへセレスティアが盆に乗せた冷たい麦茶と手ぬぐいを持って、ふわりと現れた。
「リアム様、お疲れでしょう。少し、お休みになってくださいな」
彼女は俺の額の汗を、まるで母親のように優しく拭ってくれる。その自然な仕草にアイリスが「むーっ」と頬を膨らませた。

さらにそこへ、ルナリエルが腕を組んでやってきた。
「見ていられないわね。そんなちまちました作業、日が暮れるわよ。リアム、少し下がりなさい」
彼女はそう言うと、腰の剣を抜き放ち、水路を作る予定の地面に正確無比な一閃を叩き込もうとした。
「ま、待て待て待て! ルナリエル! 村に斬撃の跡を残すな!」
俺が慌てて止める。

そして最後に現れたソフィアが、静かに杖を掲げた。
「皆さん、もっと効率的な方法がありますわ。『アース・シェイプ』」
彼女が短く呪文を唱えると、地面の土がまるで生きているかのように蠢き、設計図通りにひとりでに水路の形を成していった。そのあまりにスマートな解決法に、他の三人はぐうの音も出なかった。

それぞれの方法で俺の役に立とうとする彼女たち。その行動の裏には「わたしが一番、リアムの役に立つ」という強いライバル意識が燃え上がっていた。

もちろん俺はそんなことには全く気づかず、「みんな協力的で、本当に助かるなあ」と、ただただ感謝していたのだが。

その夜。談話室での食後のくつろぎの時間。

静かな戦争は、ついに最終局面を迎えた。議題はただ一つ。『誰が、リアムの隣に座るか』。

暖炉に一番近い特等席。俺がそこに腰を下ろした瞬間、無言の戦いの火蓋が切られた。

「リアム様、こちらのお席の方が背もたれが楽ですわよ」
セレスティアが俺の右隣の椅子を、さっと引いた。

「いいえ。リアム、こっちの方が窓の外の月が綺麗に見えるわ」
ルナリエルがすかさず俺の左隣の席を主張する。

「えーい、細かいことはいいんです!」
アイリスが痺れを切らして俺の腕をぐいと引き、自分の隣の長椅子に無理やり座らせた。

そしてその長椅子の、俺の隣の空いたスペースに、ソフィアが「リアムさん、この本のこの一節ですが」と、何でもない顔をしてすっと滑り込むように座った。

結果、俺は四人の美しい少女たちに完全に包囲される形となった。

そして牽制の言葉の応酬が始まる。

「それにしても、リアム様の風邪がすぐに治って本当に良かったですわ。わたくし、昨日は心配で一睡もできなくて……」
セレスティアが俺の顔を覗き込みながら、しおらしく言う。

「ふん。病は気から、と言うわ。それならこのブローチのように、普段から魔除けの効果があるものを身につけて気を引き締めておくべきね」
ルナリエルが俺の胸元で輝くブローチを指さしながら、得意げに言う。

「やっぱり、たまには気分転換に外に出るのが一番ですよ! 空の上の新鮮な空気は、どんな薬よりも効きますよね、リアムさん!」
アイリスが俺の腕に抱きつきながら、元気いっぱいに言う。

「ええ、ですが知的な刺激も心身の健康には不可欠ですわ。昨夜の古代文明に関する議論は、実に有意義な時間でした。ねえ、リアムさん?」
ソフィアが俺にだけ聞こえるような声で、知的に微笑む。

四人の視線が部屋の中央で激しく交錯する。バチ、バチ、バチ……。もはやそれは隠しようもない、恋の火花だった。

その凄まじい戦場の中心で、俺は呑気に薪を暖炉にくべながら心の底からこう思っていた。

「みんな、本当に仲がいいなあ。セレスティアは優しいし、ルナリエルは気遣い屋だし、アイリスは元気だし、ソフィアは物知りだ。こんな最高の仲間たちに囲まれて、俺は世界一の幸せ者かもしれないな」

その、あまりにも鈍感な一言が決定打となった。

四人の少女たちの顔から表情がすっと消える。そしてその視線は、俺という一点に絶対零度の光を宿して集中した。

エデンに、初めて冬の足音が聞こえた気がした。
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